プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
15年冷凍保存マウスから子供を作出
- 精子の新たな保存法開発へ -
平成18年8月15日
◇ポイント◇
  • 精巣や動物体を冷凍してもその中の精子核は生きている
  • 15年冷凍保存したマウスの精子からも正常な産子が生まれた
  • 永久凍土などに眠る絶滅動物の精子も使える可能性
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、ハワイ大学等との共同で新たな精子の凍結保存法を開発しました。新しい保存法は、精巣あるいは動物体をそのまま冷凍庫へ入れて数時間かけて凍結するというだけの極めて簡便な方法で、融解後は顕微授精法(図1)※1により回収精子から体外受精と同様に効率よく産子(マウス)を得られることを確認しました。理研バイオリソースセンター(小幡裕一センター長)遺伝工学基盤技術室の小倉淳郎室長および越後貫成美技師らによる研究成果です。
 従来の精子凍結保存法は、精子の活性を保つため※2に分離・洗浄後、特殊な保存液に浸して、液体窒素(−196℃)に保存することが必須とされていました。この技術を用いて、1990年代より現在まで、爆発的に増加している遺伝子改変マウスが保存されています。今回、理研バイオリソースセンター等が開発した方法は、精子を分離する必要もなく、精巣あるいは動物個体を通常の冷凍庫(−20から−80℃)に入れるだけというものです。まだ詳細な原理は不明ですが、精巣中でゆっくりと冷やされることが精子核の保存性に良好に働いているようです。
 この方法を用いて、英国から日本へ輸送したマウスの遺伝子改変に最も使われている系統(C57BL/6)の凍結精巣からもマウスが効率よく生まれています。世界中の貴重な実験用マウスや希少動物の精巣をいったん凍結しておけば、生きた動物を復活させる可能性が一気に高くなります。また、1991年から2006年の15年間冷凍庫(−20℃)に保存していたマウス(実験用の標準マウス: BALB/cおよびC3H/He)を融かして回収した精子からも産子を27匹得ることができました(図2)。これらの産子は正常に大人まで発育し、子供も生まれることを確認しました。本方法がマウス以外でどの程度応用できるかが今後の検討課題ですが、マンモスなど永久凍土に眠る絶滅動物の精子を回収し、近縁種の卵子に顕微授精をすることで産子を得ることも夢ではないかもしれません。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『米国アカデミー紀要』オンライン版(8月14日〜18日の週)に掲載されます。


1. 背 景
 微生物をはじめ線虫やメダカ、蛙などとともにウサギやマウス、ラットなどを実験動物として活用し、さまざまな疾患の原因解明や効率良い創薬をすることが日常的に行われるようになっています。さらに、さまざまな生物のゲノム解析が進み、その情報をもとに遺伝子やタンパク質の機能を効果的に解明することも可能となってきています。
 マウスは、ヒトと同じ哺乳類であり、ヒトの遺伝子の99%が存在する上、実験動物として百年以上の歴史があり、遺伝や病気に関する知見が蓄積しています。マウスを活用し、遺伝子を改変した病気のモデルマウスや、日本人の遺伝的性質を反映した病気のモデルマウスを使った研究がさらに重要となってきています。ゲノム解析や遺伝子、タンパク質の機能解明が必要になるとともに、遺伝子レベルまで品質が保証されるモデルマウスの育種・提供が欠かせない状況となっています。


2. 研究手法と成果
 期待が高まっているモデルマウスの品質保証、莫大な需要にこたえるためのマウス系統の保存は、液体窒素温度で精子の凍結保存する手法が最も信頼性があり、現在広く利用されています。この手法では、融解後にも、通常の体外受精で必要になる精子の運動性と受精能を保つことが必須とされています。このためには、壊れやすい精子を覆っている細胞膜を保護する必要があるので、精子を分離・洗浄し、凍結保護剤とともに急速に冷却して液体窒素に保存します。この手法は、1990年代より爆発的に増加した遺伝子改変マウスに用いられ、その主流を占めています。
 今回、開発した冷凍法は、これまでのように精子を分離・洗浄する必要がなく、精巣あるいは動物体を通常の冷凍庫(−20℃から−80℃)に入れるだけという簡単なものです。これまでの方法では、精子が自ら動いて受精しないといけない体外受精を用いていたため、最高の条件で液体窒素に保存をしなければいけませんでした。つまり、精子の運動性を保持させるために複雑な凍結保存を必要としていました。しかし、顕微授精技術を応用すると、 DNA の保存のみを考えればよくなります。そこで、 DNA 保存に最良の条件をいくつか検討した結果、精子を貯める臓器(精巣上体)と精巣をそのままゆっくり凍結することで成功しました。これまでは精巣上体精子、つまり完全に成熟した精子が一番良いだろうとこればかりが注目をされていましたが、今回は主に精巣精子に注目しました。精巣精子は動きが悪いので体外受精には使えませんが、むしろ簡易長期保存には向いていて、顕微授精で容易に産子を得ることができます。
 今回の方法については、まだ詳細な原理は不明ですが、精巣中でゆっくりと冷やされることが精子核の保存性に良好に働いているようです。この手法は、凍結させる際に特別な条件もなく簡単にできるところが利点です。生殖細胞は、DNAが100%正常でなければなりません。このため、専門家は、こんな簡単な凍結方法で長期間の保存ができるとは夢にも思っていませんでした。
 一般的には、温度が低ければ低いほど長期間保存できます。臓器あるいは動物体の丸ごとの凍結保存(−20℃)では、数ヶ月程度しか DNA が保存されないだろうと考えられていました。本来であれば液体窒素中が一番よく保存できるはずですが、今回、−20℃で保存ができたのは驚きでした。
 この方法を用いて英国から日本へ輸送したマウスの遺伝子改変に最も使われている系統であるC57BL/6マウスの凍結精巣からもマウスが効率よく生まれました。このことは、世界中の貴重な実験用マウスや希少動物の精巣をいったん凍結しておけば、生きた動物を復活させる可能性が一気に高くなる証明となりました。
 またこの方法は、動物体の緩慢凍結でもほぼ同じ条件になるので、1991年から2006年の15年間冷凍庫(−20℃)に保存していたマウス(実験用の標準マウス: BALB/cおよびC3H/He)を融かして回収した精子からも実験してみたところ、産子を27匹得ることができました。これらの産子は正常に大人まで発育し、子供も生まれることを確認しました。


3. 今後の期待
 動物精子の凍結保存は歴史が浅いため、長期保存の世界記録は残念ながらわかりません。(植物は種子があるので、相当長い期間保存できることでしょう。)しかし、15年保存の精子でも普通の効率でマウスが生まれているので、それ以上古くても使える手法だと予想されますが、どのくらいまで古くても可能であるか、ということは現状ではまだわかりません。なお、この15年保存のマウスは、慈恵医科大に眠っていたものをようやく見つけたものです。
 さらに、本手法がマウス以外でどの程度応用できるかを検討することが今後の課題です。マウス以外の動植物についても、この方法を試すことはすぐにできます。動物園などで死んだ動物にはもっと古い個体があるかもしれませんし、マンモスなど永久凍土に眠る絶滅動物の精子を回収し、近縁種の卵子に顕微授精をすることで産子を得ることも夢ではないかもしれません。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 バイオリソースセンター 遺伝工学基盤技術室
  室長  小倉 淳郎

Tel: 029-836-9165 / Fax: 029-836-9172
 筑波研究所研究推進部吉田 元裕

Tel: 029-836-9078 / Fax: 029-836-9100

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 顕微授精法
顕微鏡下で卵子に精子を注入して受精させる技術。
※2 精子の活性を保つ
通常の体外受精で必要になる精子の運動性と受精能を保つこと。このためには、壊れやすい精子の細胞膜を保護する必要があるので、精子を凍結保護剤とともに、急速に精子を冷却し、液体窒素に保存をする。


図1 顕微受精の様子


図2 産まれた27匹のうちの2匹

<< 戻る [Go top]
copyright