プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
新しい蛍光タンパク質 Keima(ケイマ)
- 生体の分子間相互作用を効率よく観測する優れた技術 -
平成18年5月1日
◇ポイント◇
  • 励起光と蛍光の波長差(ストークスシフト)が大きい新しい蛍光タンパク質を開発
  • 創薬に重要な生体分子間相互作用を高感度かつ定量的に計れる新技術
  • 一つの励起光で6色同時に蛍光を発する「マルチカラーイメージング」が可能に
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、新しい蛍光タンパク質を開発し、生体の分子間相互作用を効率よく観測する基盤技術を構築しました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)細胞機能探索技術開発チームの宮脇敦史チームリーダー、小暮貴子テクニカルスタッフらと、有限会社アマルガム(西田克彦社長)、株式会社医学生物学研究所(西田克彦社長)、社団法人バイオ産業情報化コンソーシアム(平田正会長)および北海道大学電子研究所とによる、共同で得られた研究成果です。
 生体分子間の相互作用を定量的に検出する技術として、蛍光相互相関分光法(FCCS)があります。FCCSは、異なる色を発する蛍光色素を二つの生体分子にラベルし、極小の領域に由来する二つの蛍光シグナルのゆらぎを観測することにより、両ゆらぎの間にみられる相互相関から、蛍光ラベルした二つの生体分子の間の相互作用に関する情報を引き出すものです。異なる色の蛍光色素を同時に励起するために、従来は二つの異なる波長のレーザー光(励起光)を極小の測定領域に集光するという、技術的困難を伴うシステムが採用されてきました。この問題を解決するためには、一つの励起光で、異なる色を発する二種類の蛍光色素を用意することが近道です。
 現在、広く使われているCFP※1をはじめとする蛍光タンパク質の多くは、励起光と近い色(波長)で蛍光を発します。研究チームでは、遺伝子改変技術により、励起光と離れた波長で蛍光を発するタンパク質を開発しました。この蛍光タンパク質は、励起光と蛍光との波長差(ストークスシフト)が非常に大きいことから、将棋駒の“桂馬”にあやかり“Keima(ケイマ)”と名付けました。Keimaは、CFPと同じ励起光で蛍光を発することから、一本のレーザー光でのFCCSシステムが可能となります。
 このFCCSシステムを活用することにより、細胞死(アポトーシス)に伴って生じるタンパク質分解や、カルシウムに依存する生体分子間の相互作用を、試験管内や細胞内でみることに成功しました。また、創薬では、薬の効果を迅速に正しく評価する上で、生体分子間相互作用の検出が重要となっています。本システムは、生体の分子間相互作用を高感度、定量的に検出する技術として産業界からも注目されています。
 さらに、Keimaを含め、ストークスシフトの異なる6つの蛍光タンパク質を開発しました。これらを細胞内の異なる細胞内小器官に組み込み、一つの励起光で同時に光らせる「マルチカラーイメージング」を行うことにも成功しました。この技術を用いることにより、生体内で素早く動く、複数の分子の複雑な挙動をリアルタイムで観察することができ、ライフサイエンス研究に革新をもたらす基盤技術として期待されます。
 本研究成果は、米国の学術雑誌『Nature Biotechnology(ネイチャー・バイオテクノロジー)』(5月号・4月30日付オンライン)に掲載されます。


1. 背 景
 細胞の働きは、タンパク質を含むさまざまな生体分子同士の相互作用によって営まれています。生体分子間の相互作用の中には疾患に関連するものも多く見つかってきており、創薬において注目されています。また、生体分子間の相互作用を指標にして化合物をスクリーニングする技術の開発も進められています。
 生体分子間相互作用を検出する技術としては、蛍光色素を使うFRET(蛍光のエネルギー移動)が有名です。この技術は、注目する二つの生体分子にそれぞれ蛍光プローブ(ドナーとアクセプター)をラベルし、生体分子間の相互作用に起きた場合に、ドナーからアクセプターへ励起エネルギーが移動する現象を利用します。ところが注目する分子が大きいと、相互作用のシグナルが得られないケースがたびたび発生します。例えば、分子の相互作用が起こってもドナーとアクセプターが充分に近接しないとFRETが起きません。このためFRET技術では、注目する分子に蛍光プローブをラベルする仕方(部位やリンカーの性質など)を十分に検討する必要があり、より簡便に生体分子の相互作用を検出する技術が求められてきました。
 このFRET技術の欠点を補う手法として最近注目されているものに、蛍光相互相関分光法(FCCS)があります。FCCSは、蛍光相関分光法(FCS)を発展させたものです。FCSでは、レーザー光を充分に絞って焦点に微小領域を作り、この領域から発せられる蛍光のシグナルを“ゆらぎ”として観測します。ゆらぎのパターンから蛍光色素でラベルされた生体分子の大きさや拡散に関する情報を引き出していきます。この原理をもとに、FCCS では、注目する2つの生体分子に異なる色を発する蛍光色素をラベルします。そして、これらの蛍光色素を同時に励起し、観測される2色の蛍光シグナルのゆらぎを比較(相互相関を定量)します。この技術は、ある一点でしか相互作用の情報が得られないのが欠点ですが、先のFRET技術よりも簡便で定量的であるといえます。
 従来のFCCSでは、2つの蛍光色素を同時に励起するために2つの異なるレーザー光を用いていますが、2つのレーザー光をまったく同じ微小領域に集光することは技術的困難を伴い、FCCS技術の普及を妨げる要因となっていました。この問題は一つのレーザーでFCCSができれば解決しますが、同じ波長の光で励起され、まったく異なる波長の蛍光を放出するような蛍光色素のペアが必要となります。言い換えれば、同じ波長の光で励起することができ、まったく異なる蛍光(ストークスシフト)を示すような蛍光色素のペアが求められます。
 これまで蛍光タンパク質として、GFP(Green Fluorescent Protein)など、オワンクラゲやサンゴ、イソギンチャクに由来するものが広く普及してきましたが、これらの蛍光タンパク質が示すストークスシフトはいずれも小さく、飛躍的に大きいストークスシフトを有する蛍光タンパク質の開発が求められていました。


2. 研究手法と成果
(1) 新しい蛍光タンパク質“Keima”の開発
 研究チームは、沖縄県阿嘉島で採集したイシサンゴの一種、コモンサンゴ(図1)から、新規の色素タンパク質をクローニングしました。この色素タンパク質から、576 nm(ナノメートル、10-9メートル)の波長において吸収が極大となるような4量体を形成するタンパク質を見つけ出しました。この色素タンパク質に遺伝子変異を加え、蛍光活性を付与しました。さらに、励起が極大となる波長を短波長側に、かつ蛍光が極大となる波長領域を長波長側にずらすような工夫を重ね、ストークスシフトを拡張させていきました。
 また、4量体のままでは、他のタンパク質と結合させた際に、タンパク質本来の働きを阻害する恐れがあるため、4量体形成を壊す変異を導入し、単量体化しました。
 これら一連の作業から最終的に440 nmで励起すると620 nmに蛍光を発する単量体の蛍光タンパク質を作製することに成功しました。この新しい蛍光タンパク質は、現在、使われている蛍光タンパク質と比べて格段に大きなストークスシフトを示します(図2)。この新しい蛍光タンパク質は、励起波長から大きく蛍光波長へと跳躍することから、将棋駒の“桂馬”にあやかり“Keima”という名前を付けました。
(2) Keimaがもたらす新しい蛍光イメージング
 Keimaが持つ大きなストークシフトは、これまでに無い新しい蛍光イメージングを可能にします。FRET技術ではドナー、アクセプターとしてそれぞれCFP (cyan fluorescent protein)、 YFP (yellow fluorescent protein)が用いられます。このときCFPを選択的に励起するために440 nmのレーザー光を使います。これはKeimaの励起波長と同じです。しかもCFP、YFPとKeimaは、蛍光する色が異なることから簡単に区別することができます。従って、CFP、 YFPをふくむFRETプローブとともにKeimaを細胞に導入すると、440 nmの励起光で、FRETシグナルとKeimaのシグナルをまったく同時に観察することができます。例えば活発に収縮・弛緩を繰り返す心筋細胞において、yellow cameleon(CFP、 YFPをもつカルシウムプローブ)を細胞質に、Keimaをミトコンドリア側に組み込み、発現させたところ、収縮・弛緩に伴うミトコンドリアの動きとカルシウムの動態を同時に、かつ詳細に解析することができました。従来であれば、ミトコンドリアを赤色の蛍光タンパク質で標識し、励起波長をyellow cameleonのものと切り換えて測定していました。そのため、心筋のように速いカルシウム動態を示しながら動くサンプルでは、画像取得の時間差が大きくなり過ぎ、思うように必要とするデータがとれないという問題がありました。
 また、蛍光イメージングでは自家蛍光がたびたび深刻な問題となります。自家蛍光には、“細胞がもともと含むNADH※2、NADPH※2及びフラビンタンパク質※2によるもの”、また“細胞に投与する化合物によるもの”などがあります。そのようなバックグランドの蛍光に隠れて、注目すべき蛍光タンパク質の蛍光シグナルが検出しにくい場合があります。ところが自家蛍光の多くはストークスシフトが小さいため、Keimaの蛍光は自家蛍光としっかり区別して観測することができます。
(3) CFP-Keimaペアによる高精度なFCCSシステムの確立
 CFPとKeimaは、励起波長は、ほぼ重なっていますが、両蛍光タンパク質の蛍光波長はまったく違い、重なりません(図2)。このため、波長が440 nmの光で両蛍光タンパク質を同時に励起し、それぞれの蛍光を区別して検出することができます。すなわち、一つの波長のレーザー光で二色カラーイメージングが可能となります。通常の二色カラーイメージングではレーザー光を切り換えることが多く、クロス励起、クロス検出、FRETが問題となりますが、CFP-Keimaペアを用いた二色カラーイメージングではそのような問題は一切ありません。
 このCFP-Keimaペアが示すこのような特長を、FCCS技術に生かしました。光源であるレーザー光が一つで済むことから、FCCS機器における光学上の技術的課題、つまり微小領域を共通に設定することが容易に実現できるようになりました。また、クロス励起、クロス検出、FRETなどがないために、複雑な補正式を考えなくても、生体分子間の相互作用を定量的に評価できるようになりました。
 この技術を用いて、カスパーゼ3によるタンパク質分解(図3)や、カルシウム依存的に起こるカルモデュリンとカルモデュリン依存性酵素との相互作用を試験管内や細胞の中で観察することに成功しました。
(4) ライフサイエンス研究に革新をもたらす6色カラーイメージング
 また研究チームは、440 nmの波長で励起極大を示し、570 nmの波長で蛍光極大を示す蛍光タンパク質を、Keimaを元に作製し“Keima570”と命名しました。Keima、 Keima570、 YFP、 GFP、 CFP そして研究チームが以前に開発したMiCy、これら6つの蛍光タンパク質は、一本のレーザー光(458 nmのアルゴンレーザー発振線)で励起することができます。これらの6つの蛍光タンパク質を細胞内の異なる部位に設置し、完全同時励起による6色カラーイメージングを試みました(図4)。6つの蛍光シグナルの区別は、スペクトルイメージング技術によって達成しています。複数のレーザーを使うと、レーザーの波長が異なることによって焦点位置がずれ、共局在に関する歪んだ情報となる危険性が高いとされています。今回得られた一本のレーザーを使った完全同時励起のマルチカラーイメージングは、現存の顕微鏡システムの性能に一石を投じるものであると考えられます。


3. 今後の期待
 励起波長と蛍光波長を大きく離すことによって、さまざまな蛍光イメージングが可能になると考えられます。マルチカラーイメージング、マルチFRETイメージングなど、複数の現象を同時に観察することによって、細胞の働きに対するわれわれの理解は一層深まることが期待されます。
 Keimaの登場によって、FCCS技術がますます普及することが期待されます。二本のレーザーを使って焦点の微小領域を完全に合わせこむ必要がないため、機器の作製、維持などにかかる負担が大幅に軽減されることが期待されます。この技術的ブレークスルーにより、これまで生化学的に明らかにされた生体分子間相互作用がFCCS技術によってさらに深く研究されること、また、まったく新しい生体分子間相互作用がFCCS技術によって見出されることが予想されます。さらにFCCSとFRETを上手に使い分けることによって、生体分子間相互作用に関するさまざまな知見を増やすことができると考えられます。
 また、創薬におけるドラッグ・スクリーニングのための技術としてFCCSは注目されています。特にFCCSは次のような点でハイスループットアッセイ※3に適していると考えられます。

(1) 生体分子を結晶化することなく、全て溶液中での相互作用検出を基礎とするため、試験管レベルは細胞レベル、臓器レベル、個体レベルでの検出・解析系へと共通の原理で展開可能。
(2) 検出のための反応処理時間を必要としないリアルタイムモニターが基本であるため、ハイスループット化に有利。また反応試薬が不要のため安価。

 さらに、疾患関連相互作用を制御する化合物を迅速にスクリーニングするアッセイシステム、および医薬品開発を念頭において化合物を評価するアッセイシステムを構築する上で、Keimaを使ったFCCS技術が活躍することが期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チーム
  チームリーダー  宮脇 敦史

Fax: 048-467-5924
 脳科学研究推進部嶋田 庸嗣

Tel: 048-467-9596 / Fax: 048-462-4914

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


本研究は理化学研究所による研究費のほか、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「タンパク質機能解析・活用プロジェクト」の一部として行われました。


<補足説明>
※1 CFP (Cyan fluorescent protein)
シアン(青色)を発する蛍光タンパク質の一つ。
※2 NADH、NADPH及びフラビンタンパク質
いずれも細胞内に多量に存在する蛍光物質。ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(リン酸)は、酸化還元酵素に関与する捕酵素である。還元型ニコチンアミドヌクレオチド(NADH)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)はそれぞれの補酵素の還元型で、紫外域に吸収、青色領域に発光を示す蛍光活性をもつ。フラビンタンパク質は、フラビンモノヌクレオチド(FMN)やフラビンアデニンヌクレオチド(FAD)を補酵素とするフラビン酵素を指す。補酵素が青色領域に吸収、緑色領域に発光を示す蛍光活性をもつ。
※3 ハイスループットアッセイ
化合物の評価系を単純化、ミニチュア化できる場合、ロボットを用いて自動的に高速で化合物を評価することで時間と経費を抑えられるハイテク評価系。


図1 沖縄県阿嘉島で採取されたイシサンゴの一種


図2 新規蛍光タンパク質Keimaの励起および蛍光スペクトル
赤い波線がKeimaの励起スペクトル、赤い実線が蛍光スペクトル。通常使用されるCFPの励起(シアン色の破線)と蛍光(シアン色の実線)スペクトルを併せて示す。Keimaの蛍光の波長は励起波長に比べて大きく跳ぶ。


図3 KeimaとCFPを用いた相互相関に関する実験の例
KeimaとCFPを使って、細胞死に伴うタンパク質分解酵素カスパーゼ3の活性を、時間を追ってモニターした実験。相互相関が時間とともに減少する。


図4 Keimaとそのカラー変異体などを使った6色カラーイメージング
1本のレーザー発振線(458 nm)を使って各蛍光タンパク質を励起

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