プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
触覚を用いて人を抱き上げるロボット「RI-MAN(リー・マン)」の研究・開発
平成18年3月13日
◇ポイント◇
  • 触覚を用いて人を抱き上げるロボットの研究開発
  • 干渉駆動機構と全身マニピュレーションを活用して、小型で大きな力を生む
  • 視・聴・触・嗅覚の4感覚を持ち、人と優しく接する能力を発揮
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、世界で初めてとなる人を抱え上げる動作をするロボット「RI-MAN(リー・マン)」を開発しました。理研バイオ・ミメティックコントロール研究センターのチーム間研究連携によって生まれた成果です。
 RI-MANの最大の特徴は、面状触覚を利用して人間と同サイズの人形を抱き上げる点です。これまでにも様々なロボットが開発されていますが、全身の力を駆使して力仕事を行うロボットは実現されていませんでした。RI-MANは各モータ間の出力を足し合わせて利用できる干渉駆動機構と、ロボットの全身を使って対象となる人形を抱え上げる全身マニピュレーション方式を活用し、人間と同程度のサイズで大きな力を発揮する能力を持ちます。
 触覚以外にも視覚・聴覚・嗅覚などの感覚機能を持っており、音源定位能力と視覚処理を統合的に用いて、呼びかけた人間を探し出すとともに、音声による指令を理解して、被介護者を想定した人形を抱き上げるなどの作業を柔軟に行うことができます。また、嗅覚センサーによってにおいを識別する能力で抱き上げた人の衛生状態をチェックすることもできます。このように、RI-MANは様々な感覚情報を統合的に利用し、環境に適した柔軟な行動を実現できます。
 RI-MANは多数のセンサーに加えて、多数のモータを備えています。これらのセンサー情報処理とモータ制御を統合するために、生物の大脳・小脳・脊髄から構成される神経系を模した階層型分散処理構造を構築しました。これにより、ロボットの自律化が計られ、環境変化に対して素早く反応することが可能となります。
 現在は実験の初期段階で、抱き上げる人形の重さは12kg程度ですが、今後、より重い対象の抱き上げに挑戦し、5年後には人間を抱き上げることを目指しています。さらに、多種多様なセンサーの情報を活用し、環境に対してより柔軟な対応が自律的に行えるように研究開発を推進したいと考えています。このような研究を進めることにより、人間の生活環境において人と触れ合いながら力仕事を柔軟に行うロボットのための要素技術を確立することとなり、やがて将来の介護・福祉の現場を一変させる技術革新をもたらすと考えています。


1. 背 景
 バイオ・ミメティックコントロール研究センターでは、生物の持つ優れた運動機能を解析し、工学的に模倣する「バイオ・ミメティックコントロール」研究を主眼とした活動を展開しています。近年、ヒューマノイドロボットやペットロボットなど、人間や動物の形態を模倣したロボットが発表され注目を集め、人の心を癒すロボットとしての役目も果たしています。しかし、これらは基本的には人との接触を避けており、また接触があるとしても「たたかれた」、「なでられた」程度のコミュニケーションが中心でした。当センターでは、人間の生活環境に柔軟に対応して人と触れ合いながら力仕事を行えるロボットが、将来の介護・福祉などの生活支援にとって必要になると考え、そのための要素技術の確立を目指して、チーム間研究連携を行っています。


2. 研究手法と成果
 当研究連携では、日常の生活環境で人と触れ合いながら柔軟に力仕事を行うロボットを目指し、各チームの最新の研究成果を統合して、RI-MAN(図1)を開発しました。
 RI-MANは、高さが158センチ、重さが約100キロあり、全身が厚さ約5ミリの柔軟なシリコーン素材で覆われています。また、頭部には3自由度、両腕部には各6自由度、腰部には2自由度、足となる台車部には2自由度を備えています。さらに、全身5箇所に柔軟な面状触覚センサーを備えるとともに視覚、聴覚、嗅覚のセンサーを配置、4つの感覚をもち、超小型汎用計測制御装置C-CHIP※1で構成される階層型分散処理ネットワークで各種のセンサー情報処理やモータ制御機能を統合させるようにしています。
 RI-MANの最大の特徴は、触覚を利用して人間と同サイズの人形を抱き上げる点です(図2)。触覚は、柔軟な面状触覚センサーでピエゾ抵抗型の圧力センサーを18mmピッチで8×8並べて実現しました(図3)。人間の皮膚構造からヒントを得た硬軟2種類の弾性体を組み合わせた構造により、触覚センサーの感度を上げています。測定レンジは0から90kPa程度です。触覚以外のセンサー類も、生物の感覚器官の構造や仕組みを参考にしています。例えば、聴覚センサーによる音源定位では、人間の外耳の構造を模した反射板を使うことで、2本のマイクのみで前後の判別まで含めた音源定位が可能となっています(図4)。また、嗅覚センサーでは生物が用いているアクティブセンシングの手法を採用し、たった1つのセンサーで多種類のガスの識別とその濃度を同時に検出することができます(図5)。現在、8種類の識別まで実験で確認しました。
 小型で大きな力を出す機能を実現するために、生物の多数の筋肉活動間の協調からヒントを得た干渉駆動機構(図6)と、全身マニピュレーションを採用しています。これにより、重さ約35kgの物体を抱えることを可能にしています。逆に、万一処理系に異常が起こった場合には、モータ間の協調関係がくずれ、大きな力が出ずにすむので、安全性に寄与しています。さらに、人間の巧みな運動方式に対する身まね学習によって、より安全な動作実現が可能となります。
 RI-MANには多数のセンサーに加えて、多くの自由度を駆動するために19台のモータを使っています。これらの多数のセンサーとモータを統合するための処理系も、人間の神経系を参考にした階層型分散処理構造を採用しています。具体的には、大脳に対応する「認知用PC」、小脳に対応する「運動用PC」、脊髄に対応する超小型汎用計測制御装置C-CHIPのネットワークによって全体の統合を図っています。これによって、負荷の分散、省配線、センサー近傍で処理を行うことによるアナログ信号へのノイズ混入の抑制などの効果が得られ(図7)、環境に対して素早くかつ柔軟に対応しながら作業することが可能となりました。C-CHIPの共有メモリ機能により、ネットワーク内の情報は2ms以内で同期が取れることが保証され、また、C-CHIPのネットワークによりセンサーとアクチュエータをダイレクトに結んでいるため、人間の反射行動のような緊急時の素早い行動も原理的には可能です。
 上記のような要素技術を統合することにより、RI-MANは触覚を利用して人間と同サイズの人形(重さ12kg)を抱き上げることに成功しました。音源定位能力と視覚を統合的に用いることにより、呼びかけた人間を探し出すとともに、音声による指令を理解し、被介護者を想定した人形を抱き上げることができます。また、嗅覚センサーによるにおい識別ができるため、抱き上げた人の衛生状態をチェックすることもできます。具体的な介護作業においては、尿などのにおいの検出が可能です。
 さらに、人間と接するロボットとしての安全性を重視し、ソフトな外装や関節における巻き込み防止機構、電気制御系の安全回路はもちろんのこと、最新の没入型動力学シミュレーション技術(図8)を駆使して考案した触覚による安全な抱き上げ動作の生成方式も取り入れるなどして、各レベルでの安全性対策を施しました。


3. 今後の期待
 現在は実験の初期段階のため、抱き上げる人形の重さは12kg程度ですが、今後、より重い対象の抱き上げに挑戦したいと考えています。また、安全性と親和性を考えながら、5年後には実際に人間を抱き上げることを目指します。
 私たち人間が日常暮らしている空間は整然とした工場と違い日々変化するので、柔軟に多様な情報を得て対処する能力が必要となります。研究連携を促進することによって、多数のセンサー入力で環境変化に対してより柔軟な対応が行えるロボットの自律性を高めることを目指します。
 これらの研究により、人と接して力作業を柔軟に行う「体力」と、家庭などの複雑な環境で行動する「理知」を持つロボットの実現を期待します。これによって、将来的には介護やリハビリテーション、また引越しなどの力作業補助を行うロボットの実現に貢献し、科学技術の“力”でわれわれの暮らしをより豊かにすることを夢見ています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所バイオ・ミメティックコントロール研究センター
 環境適応ロボットシステム研究チーム  チームリーダー  羅 志偉

Tel: 052-736-5870 / Fax: 052-736-5871
 生物型感覚統合センサー研究チーム  チームリーダー  向井 利春

Tel: 052-736-5867 / Fax: 052-736-5868
 研究推進室  室長  大久保 勇

Tel: 052-736-5850 / Fax: 052-736-5854

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 超小型汎用計測制御装置C-CHIP
理化学研究所バイオ・ミメティックコントロール研究センターで開発された超小型汎用計測制御装置。サイズは3cm×4cmと小型なので、ロボット内部の各所に分散配置することができる。多数のC-CHIPとPCでネットワークを構成できる。共有メモリ機能によってネットワーク内の情報は2ms以内で同期が取れることが保証されている。


図1 理知と力の持ち主―RI-MAN(リー・マン)
RI-MANは、高さ158センチ、重さ約100キロ、全身が厚さ約5ミリの柔軟なシリコーン素材で覆われ、また、頭部3自由度、両腕部各6自由度、腰部2自由度、台車部2自由度で構成されている。さらに、全身5箇所の柔軟な面状触覚センサーや、視覚、聴覚、嗅覚などのセンサー機能を持ち、階層型分散処理ネットワークでセンサー情報処理機能とモータ制御機能を統合させるようにしている。


図2 触覚を利用して人間と同サイズの人形を抱き上げる力仕事
全身5箇所に配置されている柔軟な面状触覚センサーおよび小型で大きな力を出せる干渉駆動機構や全身マニピュレーション方式によって重さ12kgの人形を抱え上げることに成功している。


図3  柔軟な面状触覚センサー
ピエゾ抵抗型の圧力センサーを18mmピッチで8×8並べてあり、圧力の位置と強度を検出できる。人間の皮膚構造からヒントを得た硬軟2種類の弾性体を組み合わせた構造により、触覚センサーの感度を上げている。


図4  音源定位システム
人間の外耳の構造を模した反射板を使うことで、2本のマイクのみで前後の判別まで含めた音源定位が可能となっている。また、反射板の形状を変更することで、2本のマイクのみで上下左右の音源定位を行うことも可能である。


図5 アクティブセンシングを用いたガスセンサー(嗅覚センサー)
ガスセンサー内のヒータを用いて、温度を変えたときの抵抗値の変化を見ること(アクティブセンシング)により、1つのセンサーのみでガスの濃度と種類を同時に識別することができる。


(1)RI-MANの全身機構

(2)RI-MANの腕関節の干渉駆動機構

図6 RI-MANの機構
小型で大きな力を出すために、生物における多数の筋肉活動間の協調機構からヒントを得た干渉駆動機構を採用し、さらに全身マニピュレーション方式を用いることにより重さ約35kgの物体を抱えることが可能である。


図7 RI-MANの階層型分散処理ネットワーク
多種多数なセンサーとモータを統合するため、人間の神経系構造を参考にしている。大脳に対応する「認知用PC」、小脳に対応する「運動用PC」および脊髄に対応する「C-CHIPのネットワーク」によって階層型分散処理ネットワークを構成している。これによって、全体の統合を計りながら負荷の分散、省配線、センサー近傍で処理を行うことによるアナログ信号へのノイズ混入の抑制などの効果が得られる。また、超小型汎用計測制御装置C-CHIPの共有メモリ機能を用いたネットワークによりセンサーとアクチュエータをダイレクトに結んでいるため、人間の反射行動のような緊急時の素早い動作生成も可能である。


(1)顔のトラッキング動作

(2)触覚による反応動作

図8 没入型動力学シミュレーションによるRI-MANの動作評価
没入型動力学シミュレーション技術は人間と接するロボットを研究開発するための重要な技術である。ここでは、人間があたかも計算機で構成した仮想ロボットの活動環境に共存する感覚で仮想ロボットと相互作用することができる。(1)では、RI-MANをモデルにした仮想ロボットが仮想視覚機能によって人間の顔の動きを追跡し、また(2)では、仮想触覚機能で人間の接触力に反応して動作する様子を示している。

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