プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
イネの生長ホルモンを不活性化する遺伝子を同定
- 生長促進ホルモン・ジベレリンの新しい不活性化酵素を発見 -
平成18年1月30日
◇ポイント◇
  • 草丈が高いイネ「eui変異株」の草丈はジベレリンの過剰蓄積が関与
  • ジベレリン不活性化の新しい分子メカニズムを見出す
  • イネの出穂制御などに関係するため生長調節技術の開発へ新しい道を拓く
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物の生長促進ホルモンであるジベレリンの新しい不活性化機構を発見しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)促進制御研究チームの山口信次郎チームリーダー、野村崇人基礎科学特別研究員らと、中国科学院上海生命科学研究院の何祖華(フ・ズホア)博士らの研究グループによる共同研究の成果です。
 草丈が高いイネの変異株のひとつであり、出穂期に最上位の節間が通常の長さの約2倍に伸長する「eui 変異株」(elongated uppermost internode ;最上位節間徒長)(図1)は、出穂しにくいイネの品種の出穂能力を高めるものとしてすでに利用されています。研究グループは、eui 変異株ではジベレリンの不活性化反応が正常に機能しないため、最上位節間で生長を促す活性型ジベレリン※1が過剰に蓄積していることを明らかにしました。また、背丈が適正なイネの「EUI 正常遺伝子」の翻訳産物がジベレリンを不活性化する新しいタイプのシトクロムP450酸化酵素※2であることを発見しました。さらに、EUI 正常遺伝子を常に過剰発現するようなイネを作出したところ、草丈が低くなりました。
 これらの結果は、植物の特定の器官で新規の生長ホルモン制御機構が存在すること証明した画期的な成果となります。さらに、EUI 正常遺伝子から発現する「EUIタンパク質」による新しいジベレリン不活性化機構の発見は、ほかの有用植物種におけるEUI 類似遺伝子の解析やEUIタンパク質の酵素機能を標的とした阻害剤の探索などを可能とします。このことは、生長ホルモンを利用した植物生長調節技術に新たな道を拓くものです。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『The Plant Cell』(2月号)に掲載されます。


ここでは、イネの最上位節間が必要以上に長くなり背丈が高くなる徒長型の表現形質をもつ株を「eui変異株」、eui変異株の徒長を引き起こす原因となる遺伝子を「eui変異遺伝子」、適切の背丈となる株がもつ遺伝子を「EUI正常遺伝子」、EUI正常遺伝子から発現するタンパク質を「EUIタンパク質」と標記する。


1. 背 景
 植物ホルモンは、植物自身が生産し、ごく微量で様々な生理現象を引き起こす化学物質です。植物ホルモンの一種であるジベレリンは、生長促進ホルモンで、過剰に存在すると植物の草丈は必要以上に高くなり(徒長)、逆に不足すると草丈が低くなります(矮化)。草丈は作物の収量を決定する重要な因子の一つで、イネは、農業上の重要作物という観点から植物ホルモンの研究もこれまでに詳しく行われてきました。1960〜70年代に開発された草丈が低い半矮性品種の農業への導入は、風雨によるイネの倒伏被害を軽減したことから多収性をもたらし、「緑の革命」と呼ばれました。この半矮性形質を作りだしている原因遺伝子は、ジベレリンの生合成遺伝子の一つであることがその後の研究により明らかにされています。
 イネには矮性とは逆に、徒長型の変異株の存在が知られています。徒長を引き起こすeui変異株においては、最上位の節間が通常の約2倍の長さに伸長することにより、最終的な草丈が高くなることが知られています(図1)が、どのような分子メカニズムで特定の茎の伸長が顕著に促進されるのかは不明でした。


2. 研究手法と成果
 イネの最上位節間の生長制御機構を明らかにするため、eui変異遺伝子をポジショナルクローニング法※3により同定しました。その結果、EUIタンパク質は、シトクロムP450酸化酵素(以下、P450)の一種であることが明らかになりました。eui変異遺伝子は、このP450をコードしている約1.7キロ塩基対の領域に、余計なDNA断片の挿入による変異が存在することから、eui変異株では正常なEUIタンパク質が生産されないことが分かりました(図2)。イネには458個のP450遺伝子が存在しますが、その生化学的・生物学的機能が明らかになっているものはごく一部に過ぎません。今回の研究でEUIタンパク質として同定されたP450は、イネゲノム配列情報からその存在は知られていましたが、酵素機能や生物学的役割については不明でした。このためEUIタンパク質の生化学的機能を明らかにすることを目的に、以下の実験を行いました。
 eui変異株の徒長型の表現形質には、ジベレリンをはじめとする生長ホルモンが関与する可能性が推定されていました。その関連を調べるためにeui変異株と野生型のジベレリンの定量分析を行いました。その結果、eui変異株の最上位節間には野生型と比べて数十倍という大過剰の活性型ジベレリンが蓄積していることが分かりました。このことは、(1)EUIタンパク質がジベレリン量の調節に関与すること、(2)eui最上位節間の徒長の原因は、活性型ジベレリン含量の増大であること、を示唆します。
 次に、EUIタンパク質とジベレリンとの関連性を直接検証するため、EUIタンパク質を酵母の細胞内で発現しました。その結果、酵母で生産したEUIタンパク質は、活性型ジベレリンGA4をはじめとするいくつかのジベレリンを未知の化合物に変換することが分かり、その後の実験により、この反応が16,17-エポキシ体への変換であることが明らかになりました(図3)。EUIタンパク質によって16,17-エポキシ化を受けたGA4は、イネ植物体に投与しても伸長促進活性をほとんど示しませんでした。このことは、EUIタンパク質がGA4をホルモンとして不活性な形に変換する機能を持つことを示しています
 さらに、EUI正常遺伝子を恒常的に過剰発現するような形質転換イネを作出したところ、植物体が矮化したことからEUIタンパク質が植物体内でジベレリン不活性化酵素として機能することが確認されました。eui変異株の表現型の時期・器官特異性を考えると、この新しいジベレリン不活性化反応は特定の時期と器官に限定的に機能するものと考えられます。
 本研究は、eui変異遺伝子の同定と遺伝子発現解析は中国のグループが、EUIタンパク質の酵素機能とジベレリンとの関連性については理研が主となって研究を進めました。


3. 今後の期待
 今回の研究で、イネの出穂能力の改善に利用されているeui変異株の表現形質が、ジベレリン含量の増加が原因であることが明らかになりました。茎が常時徒長して草丈が必要以上に高くなることは、農業上好ましい形質ではありません。しかしながら、eui変異遺伝子は最上位節間に限って働くため、出穂を特異的に調節する遺伝子として利用されています。今回の発見により、「緑の革命」に貢献したジベレリン含量の低下による矮性の形質だけでなく、逆にジベレリン含量を増加させる遺伝子も農業上有用であることが初めて示されました。この発見は、ジベレリンを介した制御系が育種戦略上の重要なターゲットであることを改めて我々に教えています。
 今回の研究で発見された新規ジベレリン不活性化酵素の役割を、他の有用植物種で調べることは今後の重要な研究課題です。実際、EUI正常遺伝子と塩基配列が類似した遺伝子は、他の植物種にも存在しています。ジベレリンは茎の伸長生長だけでなく、種子発芽、花芽分化など様々なプロセスで重要な役割を果たしています。したがって、EUI関連遺伝子を茎の伸長以外の生理反応の制御技術に応用することも可能かもしれません。
 今回の発見は、ジベレリン代謝反応の多様性の一端を示しており、植物ホルモンを介したさらなる未知の生長制御メカニズムの存在を、今後も探索する重要性を明らかにしました。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 植物科学研究センター 促進制御研究チーム
  チームリーダー  山口 信次郎

Tel: 045-503-9663 / Fax: 045-503-9662
 横浜研究推進部 溝部 鈴

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 活性型ジベレリン
化学構造に基づいてジベレリンと総称される化合物群のうち、生長ホルモンとしてそれ自身で生理活性を有するものを活性型ジベレリンと呼ぶ。
※2 シトクロムP450酸化酵素
微生物から動物、植物まで生物界に広く分布する一群のヘムタンパク質で、一酸化炭素と結合して450ナノメートルに特徴的な極大吸収をもつことから、P450と呼ばれる。P450は少数の例外を除いて、膜結合型タンパク質で一原子酸素添加反応を触媒する。高等植物は、線虫、ショウジョウバエ、ヒトなどと比較して際立って多数のP450分子種を持つ。したがって、植物特有の環境応答や発生メカニズムにP450遺伝子群は重要な役割を果たしていると考えられている。これまでに、植物ホルモンの代謝に関与するP450がいくつか同定されている。
※3 ポジショナルクローニング
表現形質の原因遺伝子を遺伝地図上にマップし、変異遺伝子が存在するゲノム領域を絞り込む方法。遺伝地図は染色体の組み換えを利用した連鎖分析によって作成される。最終的には特定した候補遺伝子領域の相補性検定(候補遺伝子を突然変異株に導入して表現型の相補を検定する)により原因遺伝子が確定する。


図1 イネのeui変異株の表現型
eui変異株は出穂時期までは際立った表現型を示しませんが、最終的な草丈は野生型と比較して顕著に高くなります(左側の写真)。イネの出穂は最上位節間が伸長することにより達成されますが、eui変異株ではこの最上位節間が野生型の約2倍に徒長します(右側の模式図)。下位の節間の長さは野生型と比較してほとんど差がないことから、eui変異遺伝子の作用は、特定の生育段階と器官に限定して発現すると言えます。


図2 EUI正常遺伝子とeui変異遺伝子
EUI正常遺伝子がコードしているEUIタンパク質は、P450の一種であることが明らかとなりました。このP450は活性型ジベレリンの一部を不活性型に変換し、「活性型」を適正量に保つ働きをしています。eui変異遺伝子は挿入変異を持つため、正常なEUIタンパク質を生産することができません。したがって、eui変異株においては、本来EUIタンパク質によって不活性型に変換されるべきジベレリンが「活性型」のまま蓄積し、茎の徒長を引き起こすものと考えられます。


図3 EUIタンパク質による新しいジベレリン不活性化機構
活性型ジベレリンであるGA4は、これまで2β位の水酸化(青色で示した部分)によって不活性化されると考えられていましたが、イネの最上位節間においてはこの反応はほとんど寄与せず、16,17位のエポキシ化(ピンク色で示した部分)が主要な不活性化反応であることが分かりました。

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