プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
新型インフルエンザに対応するためのタンパク質立体構造データベースを全世界に公開
- 抗インフルエンザウイルス薬剤開発促進へ -
平成18年1月20日
◇ポイント◇
  • インフルエンザウイルスの増殖に必須なタンパク質の立体構造を迅速に予測
  • 変異タンパク質を含む多数の立体構造情報をウェブサイトにて公開
  • インフルエンザ治療薬の開発促進に有用
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、新型インフルエンザの全世界的流行の可能性とその緊急性により、インフルエンザウイルスの増殖に必須である「ノイラミニダーゼ※1」と呼ばれるタンパク質の立体構造を予測し、その全情報をデータベース化して1月20日に全世界に向け公開します。これは、理研ゲノム科学総合研究センター(榊佳之センター長)タンパク質構造・機能研究グループ(横山茂之プロジェクトディレクター)の梅山秀明客員主管研究員(北里大学薬学部教授)らの研究成果で、わが国で推進している「タンパク3000プロジェクト」の一環として行ったものです。
 インフルエンザウイルスは、ウイルスにとって必須のタンパク質の機能を阻害することにより、その増殖を抑制することが可能です。ノイラミニダーゼは、インフルエンザウイルスの増殖に欠かせないタンパク質のひとつです。ノイラミニダーゼの立体構造情報に基づいて、その機能を阻害する化合物が発見されれば、インフルエンザウイルスに作用する効果的な薬剤開発が可能となります。
 今回の研究では、構造既知のノイラミニダーゼの立体構造情報をもとに、他の亜型や変異体のノイラミニダーゼの立体構造を予測し、得られた情報をデータベース化して公開致します。本データベースには現在まで情報の乏しかった変異タンパク質の構造情報も数多く含まれています。これらの構造情報に基づいたインフルエンザ治療薬の開発が全世界で進められれば、高病原性鳥インフルエンザ※2やヒトへの感染が懸念される新型インフルエンザへの対応促進が期待されます。
 公開はウェブサイト
(日本語:http://protein.gsc.riken.jp/jp/Research/index_na.html
英語:http://protein.gsc.riken.jp/Research/index_na.html)で行います。


1. 背 景
 2003年末からアジア各国で高病原性鳥インフルエンザが流行し、多大な家禽(かきん)の被害が報告されています。また、ウイルスがヒトにも感染し、中国や東南アジア、最近ではトルコでの死亡例も報告されています。現時点では、ヒトからヒトへの感染は確認されていませんが、高病原性鳥インフルエンザウイルスが、ヒトからヒトへと感染する新型インフルエンザウイルスへと変異した場合、新型インフルエンザのパンデミック(汎世界的大流行)を引き起こす可能性が危惧されております。一般に、ウイルスが細胞感染したり増殖したりするために必須なタンパク質の機能を阻害する物質を発見することによって、効果的な薬剤開発が可能となります。インフルエンザウイルスの場合、ウイルス由来の「ノイラミニダーゼ」と呼ばれるタンパク質がその増殖に必須であることが判明しており、インフルエンザウイルス治療薬開発における第1の標的タンパク質となっています。
 しかしながら、ウイルスはその姿を変化させて薬剤耐性を獲得することがあります。実際、2005年にはベトナムで、トリインフルエンザに感染した8人の患者のうち2人から、現在、インフルエンザ治療薬として広く使用されているノイラミニダーゼ阻害剤であるリン酸オセルタミビル(タミフル)に耐性を持つウイルスが分離されました。
 そこで、既存のインフルエンザ治療薬に対する耐性を獲得したウイルスの出現に対応するため、それらとは異なる薬剤候補(インフルエンザウイルスの増殖を阻害する化合物)の発見が望まれます。そのような研究に寄与する情報を得るために、ノイラミニダーゼの立体構造をホモロジーモデリングで予測しました。


2. 研究手法
 ノイラミニダーゼの立体構造予測(モデリング)には、研究グループが開発した全自動ホモロジーモデリングソフトFAMS(Full Automatic Modeling System)が用いられました。ホモロジーモデリングとは、立体構造未知のタンパク質(目的タンパク質)の立体構造を、類似の配列を持つ立体構造既知のタンパク質を参照して予測する手法であり、コンピュータを用いたタンパク質立体構造予測法の中で現在最も精度が良いとされています。FAMSはホモロジーモデリング法に基づいて開発されたソフトであり、FAMSを用いて予測されたモデルの精度の高さは、タンパク質立体構造予測の国際コンテストにおいて実証されています。米国National Center for Biotechnology Information(NCBI)の「重複のないタンパク質配列データベース(nr, nonredundant protein sequence database)」に登録されている1603パターンのアミノ酸配列をもとにして、FAMSによるホモロジーモデリングを行い、1603個のノイラミニダーゼの立体構造を予測しました。


3. 研究成果
 研究グループは、コンピュータを用いてノイラミニダーゼの立体構造を予測し(図1)、得られた情報をデータベース化してウェブサイト上で公開することにより(図2)、格納された情報を誰でも自由にダウンロードすることが出来る形にまとめました(ウェブサイト日本語:http://protein.gsc.riken.jp/jp/Research/index_na.html
英語:http://protein.gsc.riken.jp/Research/index_na.html)。現在までに、インフルエンザにおけるウイルスゲノムがコードするタンパク質の立体構造情報については数多く報告されていますが、各タンパク質で報告されている亜型の違いや変異を反映した構造情報は僅かしかありませんでした。本データベースは総数1603個の立体構造モデルが格納され、この中には現在までに報告されているA型インフルエンザウイルスの9種類の亜型(N1〜N9)およびB型インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼが含まれています。このようなデータベースは世界初であり、これまでにない、詳細かつ応用性の広いデータベース公開となります。


4. 今後の期待
 公開するこのデータベースは、今後、さまざまなインフルエンザウイルスの研究に役立つと期待されます。ノイラミニダーゼ遺伝子に大きな変異を持つような新型インフルエンザウイルスが発生すると、リン酸オセルタミビルなどの既存のノイラミニダーゼ阻害剤では、その流行を阻止することは不可能になってしまいます。
 今回公開するノイラミニダーゼの立体構造情報の利用により、新型インフルエンザウイルスに効果を持つような新薬を迅速に開発でき、また、既存のノイラミニダーゼ阻害剤の化学構造を修飾することによる、より効果的なインフルエンザ治療薬としての最適化も可能になると期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所ゲノム科学総合研究センター
 タンパク質構造・機能研究グループ
  プロジェクトディレクター  横山 茂之

Tel: 045-503-9196 / Fax: 045-503-9195
北里大学薬学部製薬学科生物分子設計学教室 教授
独立行政法人理化学研究所ゲノム科学総合研究センター
 タンパク質構造・機能研究グループ
  客員主管研究員  梅山 秀明

Tel: 03-5791-6330 / Fax: 03-3446-9553
独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 研究推進部 企画課溝部 鈴

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 ノイラミニダーゼ
ノイラミニダーゼ(NA)は、ウイルス表面にある突起のことで(図3左)、NAは、生体内に侵入したウイルスが標的細胞に到達する前にシアル酸を含む阻害因子で不活化されることを防ぎます。また、NAは感染細胞内で増殖したウイルス粒子が、感染細胞から放出する際に働きます。この働きによってウイルスは、未感染の細胞へと次第に広がっていき、さらなる増殖が可能になります。ノイラミニダーゼ阻害剤はこの働きを止めることで、インフルエンザウイルスの増殖を抑えます(図3右)。日本国内で承認されているノイラミニダーゼ阻害剤には、ザナミビルやリン酸オセルタミビルがあります。
現在、ノイラミニダーゼはA型インフルエンザウイルスにおいて9種類が報告されており、ヒトに感染するインフルエンザウイルスではN1、N2の2種類がわかっています。その他、ブタ(N2、N3)、ウマ(N7、N8)、アザラシ(N6、N8)について、2種類が確認されていますが、鳥類は9種類全てのケースが報告されています。
※2 高病原性鳥インフルエンザ
高病原性鳥インフルエンザとは、鳥類のうちニワトリなどの家禽類に高致死性の病原性を示すインフルエンザウイルス感染による疾病で、家禽類が感染すると、神経症状、呼吸器症状、消化器症状等の全身症状をおこします。また、これまでに弱毒のインフルエンザウイルスが家禽類で伝播を繰り返すうちに、強毒に変異した事例も確認されています。1997年に香港で発生した高病原性鳥インフルエンザウイルス感染による18人中6人死亡の症例以来、家禽類に限らず、重要な人獣共通感染症と認識されています。


図1 ノイラミニダーゼのモデルの例(BAE46950.1)


図2 ノイラミニダーゼ立体構造予測データベース


>>拡大図
図3 インフルエンザウイルス粒子の模式図(左)とインフルエンザウイルスが細胞に感染して増殖し、子孫ウイルスを放出する様子を示した図(右)

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