プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
金属から絶縁体へ変化する分子結晶の電子運動を世界で初めて直接観測
- 分子結晶の機能を思い通りに設計する大きな手がかりをもたらす -
平成17年12月7日
◇ポイント◇
  • 分子結晶における機能を支配する電子の速度分布を直接観測
  • 2種の分子鎖において、金属的機能では異なる速度、絶縁体的機能では同じ速度を電子が持つことを明らかに
  • 分子間の相互作用が分子結晶における機能設計に役立つ
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、分子結晶※1の機能が、金属的から絶縁体※2的へと変化するのに伴って、分子間を流れる電子の速度が変化する様子を世界で初めて直接観測し、その原因は分子間の相互作用にあることを突き止めました。播磨研究所放射光科学総合研究センター量子材料研究グループ量子電子材料研究チームの伊藤孝寛客員研究員、辛(しん)放射光物性研究室の辛埴(しんしぎ)主任研究員と中央研究所加藤分子物性研究室の加藤礼三主任研究員らの研究グループによる研究成果です。
 「分子結晶」は、ナノ※3スケールの物質単位である分子の組み合わせを設計することで、金属や磁石、超伝導※4など、多様な機能を示します。そのため、次世代の様々な製品開発に欠かすことができない「ナノテク材料」として注目されています。しかし、このような役立つ機能を制御するための方法は、これまで確立されていませんでした。研究グループは、分子結晶開発の先駆け的存在であるTTF-TCNQ(テトラチアフバレン−テトラシアノキノジメタン)※5を使い、TTF分子とTCNQ分子からなる1次元的な鎖が横に並んだような結晶の中で、分子鎖内を運動する電子を世界で初めて直接観測しました。その結果、金属的な機能をもつ高温ではそれぞれの分子鎖で異なる速度の電子が流れているのに対して、絶縁体的な機能をもつ低温では分子鎖の間の相互作用を受けて、ほとんど同じ速度で流れるようになっていくことが明らかになりました。
 本研究から、分子結晶の機能が分子間の相互作用によって制御されていることが実験的に明らかになり、実用的な分子超伝導体・分子磁石などを人工的に設計する上での大きな手がかりをつかむことができました。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』のオンライン版(12月8日付け)に掲載されます。


1. 背 景
 近年の産業ハイテク化により工業製品のコンパクト化がすすみ、分子超伝導体・分子磁石※6をはじめとするナノスケール機能性材料(ナノテク材料)の開発が今まで以上に求められています。このような潮流の中で、「分子結晶」は、ナノスケールの物質単位である分子を人工的に組み合わせることで、金属や磁石、超伝導など、さまざまな機能を制御できる可能性を秘めた次世代のナノテク材料として注目を集めています。しかしながら、このような役立つ機能を産み出し、機能を制御していくために必要な「何を基準に分子を組み合わせていけばいいのか」といった基本的な枠組みが確立していないため、暗中模索な開発が行われているのが現状です。これまでの研究から、物質の機能は、物質の中で運動をしている電子によって決まっていることが知られています。例えば、高温超伝導体では、2次元的に運動する電子同士が磁石(スピン)として作用を及ぼし合うことで、超伝導の機能が高い温度であらわれると考えられています。そこで、研究グループは、分子結晶の中での電子の運動が、機能の変化とどのように関わっているかを実験的に観測することで、分子結晶における機能設計の手がかりをつかむことができると研究を展開してきました。


2. 研究手法
 分子結晶の中で運動している電子の情報を抽出するために、研究グループは「光電子分光法」※7という実験手法を利用しました。この方法は、分子結晶に紫外線を照射したときに光電効果※8によって結晶の外に飛び出してくる電子(光電子)の運動エネルギーと放出角度を検出することで、結晶の中で運動する電子の結合エネルギーと運動量を知ることができる方法です。対象とする分子結晶には、分子結晶開発の先駆け的存在であるTTF-TCNQ (テトラチアフルバレンーテトラシアノキノジメタン)を選びました。この物質はTTF分子とTCNQ分子のそれぞれから形成される1次元的な鎖が横に並んだ結晶構造をもっていて、絶対温度53K(ケルビン)(-220 ℃)より高温領域では金属的、低温領域では絶縁体的な機能をもっていることが知られています。そのため、研究グループは、測定温度を変化させると同じ物質の中で機能変化に伴った電子の運動変化を観測することができると考え、実験を行いました。


3. 研究成果
 TTF-TCNQにおける光電子分光測定の結果から、機能が金属的から絶縁体的へと変化することに伴って、TTFとTCNQそれぞれの分子鎖内を流れる電子の速度が揃っていく様子が初めて明らかになりました。この変化は、金属的な機能をもつ高温では、それぞれの分子鎖を流れる電子の速度が異なっているのに対して、絶縁体的な機能をもつ低温では、それぞれの分子鎖を流れる電子の速度が揃うように「分子鎖間の相互作用が働いている」ことを示しています。この結果から、分子間の相互作用によって電子の運動が制御されることを引き金として、分子結晶の機能が現れることが予測されます。このことは、分子結晶における超伝導や磁石などの有用な機能を制御する上で、分子間相互作用がひとつの大きな鍵となることを示しています。


4. 今後の期待
 今回の結果は、これまでまったく明らかになっていなかった、分子結晶における金属的と絶縁体的といった非常に基本的な機能の違いの原因を、電子の運動を直接観測することによって明らかにしたものです。同じような実験を、実際に超伝導体や磁石としての機能をもつ分子結晶についても行っていけば、ナノテク材料として注目されているような分子結晶において、機能設計に必要な基本的な枠組みを確立することができると期待されます。なかでも、今回観測に成功した、機能によって変化する電子運動の様子と分子間の相互作用との関わりは、思い通りに分子結晶の機能を設計する上での大きな手がかりになると期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 播磨研究所 放射光科学総合研究センター
 辛放射光物性研究室
  主任研究員  辛 埴

Tel: 0791-58-2933 / Fax: 0791-58-2934
  播磨研究推進部猿木 重文

Tel: 0791-58-0900 / Fax: 0791-58-0800
 中央研究所 加藤分子物性研究室
  主任研究員  加藤 礼三

Tel: 048-467-9408 / Fax: 048-462-4661

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 分子結晶
原子や分子が規則正しく並んだものを結晶と呼ぶが、特に分子と分子の間に働くファンデルワールス力という電気的な力によって、分子が規則正しく整列した結晶を分子結晶という。
※2 絶縁体
電気を通さないものを絶縁体という。逆に、電気を通すものを導体、これらの中間を半導体という。
※3 ナノ
10億分の1。原子の大きさは、0.1ナノメートル程度と言われている。
※4 超伝導
極めて低い温度条件下で、電気抵抗がゼロになり、内部の磁場もゼロになる現象。一般には、絶対零度(-273℃)付近で観察される現象であるが、それよりも高い温度条件下で、特定の物質に見られる超伝導現象を高温超伝導という。
※5 TTF-TCNQ(テトラチアフバレン−テトラシアノキノジメタン)
1973年に、常温で金属に匹敵するほど電気をよく通すことが発見された。また、電子やイオンの持っている電荷に周期的な濃淡が現れる現象が、初めて観察された物質としても知られている。こうした性質から、物性研究に中心的に用いられている。
※6 分子磁石
分子一つ一つが磁石として振る舞う概念を分子磁石という。
※7 光電子分光法
試料に光を照射し、放出される光電子をエネルギーアナライザーと呼ばれる装置で測定する分光法。放出される光電子の運動エネルギーから、試料表面の電子状態を知ることができる。
※8 光電効果
光を金属に当てると、金属から電子が飛び出す現象。アインシュタインが1905年に光量子仮説により説明、その業績が1921年のノーベル物理学賞の受賞理由となった。


図1.
(左図)TTF-TCNQの機能が金属的から絶縁体的へと変化したときに、TTF分子鎖(緑線上)とTCNQ分子鎖(紫線上)を流れる伝導電子の速度がそろっていく様子が観測されている。図中で黄→赤→黒色の変化は、それぞれの速度で運動している電子の個数の変化(多→少)を表している。金属的状態ではそれぞれの分子鎖を流れる電子の速度が異なっているのに対して、絶縁体状態では、それぞれの分子鎖を流れる電子の速度が揃うように分子鎖間の相互作用が働いていると考えられる。
(右図)それぞれの分子鎖を流れる電子の温度変化による運動の変化の模式図。

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