プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
T細胞をつくる受容体の新規な作用メカニズムを発見
- プレT細胞受容体の自動的な凝集が信号を伝達 -
平成17年12月5日
◇ポイント◇
  • プレTCRと呼ばれる受容体は、リガンド不在でも信号を自動送信する珍しい受容体
  • 信号の自動的な送信の原動力は、電荷を介する自発的な受容体の凝集
  • 新たな白血病治療法開発の発展に期待
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、受容体が自動的に信号を送信する分子メカニズムを発見しました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫シグナル研究グループの斉藤隆グループディレクター(兼・副センター長)、山崎晶上級研究員らの研究成果です。
 細胞は外界や体内からの情報を察知すると、細胞内に信号を伝達することで、情報に対応した増殖や移動などの反応を起こします。その信号の伝達は、通常は受容体タンパク質が凝集することによって行われることが知られています。また、信号伝達には受容体に特異的な鍵(リガンド※1)が必要であり、リガンドが受容体に結合することによって初めて情報が伝達されると考えられてきました。ところが、プレTCR※2という未熟なT細胞※3(プレT細胞※4)に発現する受容体は、リガンド不在でも自動的に信号を送信できる珍しい機構を持っている事が分かりました(図1)。さらに、信号を自動的に送信するメカニズムは、プレTCR内に存在する電荷を介した自動的な受容体の凝集であることも明らかとなりました。実際、プレTCRの凝集に重要な電荷を取り除くと、T細胞が正常に産生されなくなってしまうことが解りました。T細胞の産生過程には極めて合目的的な自動情報処理・管理システムが備わっていたのです。
 また、ある種の急性リンパ性白血病においては、細胞の異常増殖が促進されることが知られており、プレTCRがその発症と維持に密接に関わっていることが報告されています。今回の研究で明らかになったこの自動送信メカニズムを制御することで、細胞分化を誘導することができれば、新たな白血病治療法の開発につながる可能性もあり、今後の展開が期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Immunology』1月号に掲載されます。


1. 背 景
 免疫細胞のひとつであるT細胞は、感染を防ぐ生体防御反応において中心的な役割を果たす、司令塔ともいうべき細胞集団で、体内に侵入する異物(抗原)を、受容体(T細胞受容体:TCR)を介して認識します。個々のT細胞はそれぞれ異なるTCRを発現しています。すなわち、生体は無数のTCRを持っていて、多様な外来抗原に対応できるように準備がなされています。成熟T細胞に発現するTCRは、自分自身の生体内物質には反応せず、外来抗原には全て反応できるように、緻密な制御の下にさまざまな過程を経て形成されていることが分かっています。
 TCRは主にα鎖、β鎖の2種類のタンパク質から構成されます。まずβ鎖がつくられますが、β鎖は遺伝子の再構成によって作られる多様な分子であり、β鎖の発現に成功した細胞のみが生存し、次のステップに進むことができることが分かっています。作られたβ鎖はその後、プレTCRα(pTα)と呼ばれる分子との会合によってその完成が確認され、プレTCRを形成します。このβ鎖とpTαで構成されるプレTCRによって「β鎖の完成」を細胞に知らせることになります。この知らせの信号は、その後のTCRの形成とT細胞分化に必須であることは知られていましたが、どのようにして伝えられているかは不明でした。研究グループはプレTCRにおいてβ鎖の介在役となっているpTαにそのメカニズムを解く鍵があるのではないかと考え、その構造と機能に注目して解析を行いました。


2. 研究手法と成果
 今回の研究では、プレTCRが自動的に信号を伝達するメカニズムを明らかにしました。研究グループは、まずGFPと呼ばれる蛍光タンパク質を融合させたプレTCR、成熟TCRを作成し、細胞内での動態を蛍光顕微鏡で調べました。その結果、プレTCRは、リガンドがない状態でも、リガンドで刺激した成熟TCRと同じような動きを示すことが分かりました(図2)。このことは、プレTCRが自動的に凝集を起こしていることを強く示唆するものでした。
 次に、プレTCRの中の、どの部分がこのような自動的な凝集を引き起こすのかを調べるために、研究グループは、細胞表面でのタンパク質相互作用を検出する新しいシステムを開発しました。多くの増殖因子受容体は、リガンドである増殖因子と結合することによって凝集し、細胞に増殖を促す信号を伝達します。ところが、リガンドなしでも自動的に凝集を起こすような変異型受容体は、細胞の無秩序な増殖を引き起こし、ある種のがんの原因となっていることもわかっています。そこで研究グループはこの現象を応用し、pTαと増殖因子受容体を融合させた人工タンパク質を作成して細胞に発現させたところ、細胞増殖が促進しました。この結果から、pTαが積極的に自動的な凝集に関わっていることが分かりました。
 さらにこの新システムを用いて、pTαを構成する様々なアミノ酸を変異させて調べた結果、pTαに存在するプラス電荷を持つアミノ酸(アルギニン)3個、マイナス電荷を持つアミノ酸(アスパラギン酸)1個が信号の伝達に必須であることが分かりました。立体構造モデリングから、これらのアミノ酸は分子表面で相互作用に都合の良い配位を示していました(図3)。また、マウスの体内でこれらのアミノ酸を変異させた分子を発現させると、正常なT細胞の成熟が起こらなくなることも明らかとなりました。
 以上の結果から、プレTCRは、タンパクの持つプラス・マイナス電荷を介して凝集することによって、正常なT細胞成熟を促す信号を自動的に送信する、極めて珍しいタイプの受容体であることが強く示唆されました。


3. 今後の展開
 プレTCRが自動的に一時的な増殖を促すような信号を伝達するポテンシャルを持っているということは、T細胞の成熟過程を効率良く進めるためには合目的的である反面、そのシステムの制御が破綻するとがん化に繋がる恐れもあります。実際、ある種の急性リンパ性白血病においては、未熟な細胞の異常増殖が促進されることが知られており、プレTCRがその発症、維持に密接に関わっていることも示唆されています。今回の発見は、プレTCRによる自動的な信号送信システムの分子メカニズムが、細胞外領域の相互作用に起因することを初めて示したもの(図4)であり、この領域に結合する特異的な低分子化合物、抗体などを用いてその相互作用を阻害することで、自動的な活性化シグナルをブロックすることができれば、新たな白血病治療法の開発につながるとものと期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 免疫・アレルギー科学総合研究センター
  免疫シグナル研究グループ
グループディレクター  斉藤 隆
(免疫・アレルギー科学総合研究センター副センター長)
上級研究員  山崎 晶

Tel: 045-503-7037 / Fax: 045-503-7036
独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 研究推進部 企画課溝部 鈴

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 リガンド
細胞表面に発現し、外界または体内からの刺激を受け取る受容体に特異的に結合する分子。
※2 T細胞抗原受容体(TCR)
T細胞の表面に発現している抗原を認識する受容体。α、βの2本鎖から構成されており、各々のT細胞が、1つの抗原に特異的なTCRを発現する。膨大なTCRの多様性は、遺伝子の再構成によって作られる。
※3 T細胞
免疫制御の中心的役割を果たすリンパ球。胸腺(Thymus)で形成されるのでT細胞と呼ばれる。各細胞(クローン)が異なる抗原特異的な受容体(T細胞抗原受容体:TCR)を発現し、抗原を認識する。機能により、種々のサイトカインを産生したり、B細胞からの抗体産生の調節をしたりするもの(ヘルパーT細胞)や、標的細胞の傷害を担うもの(キラーT細胞)などがある。
※4 プレT細胞
成熟T細胞に分化する前段階の細胞で、細胞表面にプレTCRを発現している。


図1 プレTCRと成熟TCRとのシグナル伝達様式の違い
 成熟TCRは信号(シグナル)を伝達するのにリガンド(抗原)を必要とするが(右)、プレTCRはリガンド不在でもシグナルを伝達することができる(左)。


図2 プレTCRによる自動的な信号伝達の様子を示す図
 図左のように緑色蛍光タンパク質(GFP)を融合させた成熟TCR、プレTCRを作成し、その動きを顕微鏡で追跡しました。成熟TCRではリガンド刺激によって初めてリソソームへの集積が起こりますが(上、中段)、プレTCRでは無刺激の状態でも自動的に集積していることがよく分かります(下段)。


図3 プレTCR立体構造の立体視画像
 pTα(黒色)とβ(灰色)からなるプレTCRの立体構造を示します。プレTCRの機能に重要なアミノ酸はプレTCRの外側に位置し、相互作用による自動的な凝集に都合が良い事を示しています(赤色:プラス電荷、青色:マイナス電荷)。


図4 プレTCRの自動的凝集によるT細胞の成熟分化
 pTαを発現している未熟なT細胞では、TCRβ鎖の遺伝子再構成が起こり、作られたβ鎖は細胞表面でpTαとの2量体(プレTCR)を形成します(プレT細胞)。プレTCRの自動的な凝集によって細胞内に信号が伝わり、細胞増殖とともに分化を誘導します。これによってTCRα鎖が遺伝子再構成を起こし、細胞表面ではTCRαβの成熟TCRが形成され、それに伴ってプレTCRの発現は無くなります。こうして成熟T細胞が分化します。

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