プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
ホルモン顆粒を細胞膜につなぎとめる新分子機構を解明
- ホルモン分泌異常による疾病の治療法開発に期待 -
平成17年11月19日
◇ポイント◇
  • 特殊な顕微鏡を用いてホルモン分泌の様子を観察
  • ホルモン顆粒つなぎとめの新機構は3つのタンパク質が複合体を形成
  • 消化酵素アミラーゼの分泌機構でも同様なメカニズムを発見
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、ホルモン顆粒を細胞膜につなぎとめておく新たな分子メカニズムを解明しました。福田独立主幹研究ユニットの坪井貴司基礎科学特別研究員と福田光則独立主幹研究員(ユニットリーダー)による研究成果です。
 ホルモン分泌は、私達の体内のさまざまなバランスを保つ重要な働きをしており、ホルモン分泌の異常は、インスリン分泌不全による糖尿病などただちに疾病を引き起こします。ホルモンは、内分泌細胞と呼ばれる膵臓β細胞や副腎髄質細胞など特殊な細胞の中で合成され、膜に包まれた小胞(ホルモン顆粒)に貯蔵されています。このホルモン顆粒が細胞膜へ運ばれ、細胞外からの分泌刺激に素早く反応して、内容物のホルモンを細胞外へと放出することで体内バランスを保っています。このホルモン分泌を効率良く行うためには、ホルモン顆粒をあらかじめ細胞膜につなぎとめておくと都合がよいと考えられてきましたが、これまでその分子メカニズムはほとんど解明されていませんでした。
 今回、研究ユニットは、この細胞膜にホルモン顆粒をつなぎとめておく分子機構に、3つのタンパク質(Rab27A[ラブ27A]、SNAP-25[スナップ25]及びRabphilin[ラブフィリン])が関与しており、これらの分子が複合体を形成していることを突き止めました。すなわち、ラブ27A分子はホルモン顆粒上に、スナップ25分子は細胞膜上にそれぞれ存在しており、ラブフィリン分子がラブ27A及びスナップ25と結合することによりホルモン顆粒と細胞膜を橋渡ししていました。
 今回同定されたラブフィリン及びラブ27A分子は、ホルモン分泌を人為的に制御するための分子標的として応用可能であり、今後これらの分子の活性化・不活性化を促す薬の開発が進めば、ホルモン分泌調節異常によって引き起こされる疾病の新たな治療法として役立つものと期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Biological Chemistry』11月18日のオンライン版に掲載されます。


1. 背 景
 私達の身体は体内外の様々な環境変化に対応するため、ホルモンを分泌することによって体内のバランス(恒常性)を一定に保っています。ホルモンは内分泌細胞(インスリンを分泌する膵臓β細胞やアドレナリンを分泌する副腎髄質細胞などの特殊な細胞)で合成され、ホルモン顆粒に貯蔵されます。成熟したホルモン顆粒は、細胞内にはり巡らされた交通網(細胞骨格)に沿って細胞膜まで移動し、細胞膜の内側につなぎとめられます。細胞膜に結合したホルモン顆粒は、最終的に細胞外からの刺激に反応して細胞膜と融合し、顆粒の内容物であるホルモンは細胞外へと放出されます(図1)。
 研究ユニットは、低分子量Gタンパク質*1の1つであるラブ27Aの欠損により発症するGriscelli(グリセリ)症候群*2の病態解明に取り組んできました。グリセリ症候群は、肌や髪の毛の白色化やある種の分泌異常の症状を示すことが知られています。色素異常に関しては、当研究ユニットがラブ27Aによるメラニン色素運搬の分子的仕組みを既に解明しています*3が、このラブ27Aがどのようにしてホルモン顆粒を細胞膜へつなぎとめておくのかといった分子メカニズムはこれまであまり解明されていませんでした。


2. 研究手法と成果
 今回、内分泌細胞のホルモン顆粒上に存在するラブ27Aがエフェクター*4と呼ばれる結合パートナーであるラブフィリン分子と結合し、この複合体がさらに細胞膜上に存在するスナップ25分子と結合することによってホルモン顆粒を細胞膜につなぎとめることを明らかにしました(図2及び3)。
 これは、生細胞イメージング*5の技術を駆使して得られたものです。具体的には、ガラス平面上にラブフィリン分子を過剰に発現している内分泌細胞(ここではラット副腎髄質クロマフィン細胞由来のPC12細胞を利用)を培養します。そして、細胞膜表面近傍で起こるホルモン顆粒(ここではホルモンを蛍光タンパク質と融合し、ホルモン顆粒を黄色にラベル)を細胞膜につなぎとめている現象やホルモンの分泌現象を、高感度の全反射蛍光顕微鏡*6で生きたまま観察しました。
 その結果、ラブフィリン分子を過剰に発現した内分泌細胞は、細胞膜につなぎとめられている顆粒数及びホルモンの分泌量がコントロールに比べ約2倍に増加しました。一方、スナップ25分子との結合能力が欠損しているラブフィリン分子(スナップ25が結合するC2B領域を欠損;図3中央下参照)を過剰に発現した内分泌細胞では、細胞膜につなぎとめられている顆粒数及びホルモンの分泌量が2割ほど減少しました(図2)。
 こうした分子現象の解明からホルモン顆粒上に存在するラブ27Aは、エフェクター分子としてラブフィリンを用いることにより、細胞膜上にあるスナップ25分子と結合し、ホルモン顆粒を細胞膜につなぎとめていることが明らかになりました。この顆粒つなぎとめの分子機構は、当研究ユニットが昨年度解明したメラニン色素(メラノソーム)のつなぎとめ機構*3と非常によく似ていました(図3右上参照)。
 さらに、研究ユニットでは、唾液腺(唾液分泌顆粒)からの消化酵素アミラーゼの分泌(外分泌の一種)においても同様な機構が利用されていること(Rab27A・Slp4-a・ Munc18-2/Syntaxin-2,3複合体)を明らかにすることに成功しました*7(図3右下)。
 このように、ラブ27Aは異なる細胞では異なるエフェクター分子を用いることにより、様々な小胞(顆粒)の細胞膜へのつなぎとめを行っていると考えられます(図3左)。
 低分子量Gタンパク質Rab(ラブ)はヒトにおいて60種類以上存在しますが、複数のエフェクター分子が存在する場合、これらのエフェクター分子をどのように使い分けているのかについてはこれまでほとんど解明されていません。今回の研究成果は、単なるホルモン顆粒を細胞膜につなぎとめる分子メカニズムの解明にとどまらず、ラブによる膜輸送制御機構に新たな知見を与える重要な発見と考えられます。


3. 今後の展開
 ホルモンは様々な臓器、細胞の機能を最適な状態に保つことによって、私達の身体の恒常性を保っています。多くのホルモンは血液中を流れて、全身の臓器、細胞に行き渡り、必要な場所でその機能を果たしています。このためホルモンの分泌異常は、直ちに糖尿病などの疾病につながります。今回の研究により同定されたラブ27A及びラブフィリン分子は、ホルモン顆粒の細胞膜へのつなぎとめ役として働くことが明らかとなり、ホルモン分泌を人為的に制御するための分子標的として用いることが可能と考えられます。今後これらの分子の活性化・不活性化を促す薬の開発が進めば、ホルモン分泌調節異常によって引き起こされる疾病の新たな治療法として役立つものと期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 福田独立主幹研究ユニット
  独立主幹研究員(ユニットリーダー) 福田 光則

Tel: 048-462-4994 / Fax: 048-462-4995

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
*1 低分子量Gタンパク質Rab(ラブ)
ホルモン顆粒などの小胞や膜の輸送(膜輸送と総称される)を適切に行うためには交通整理人(制御タンパク質)の存在が不可欠です。この交通整理人の一つとして酵母からヒトまで普遍的に存在しているのが低分子量Gタンパク質Rabです。ヒトには60種類以上のRabが存在しており、それぞれが固有の膜輸送を制御すると考えられています。RabはGTPを結合した活性化型とGDPを結合した不活性化型の二つの状態をとり、活性化型のGTP-Rabはエフェクターと呼ばれる特異的な結合パートナー分子と結合することにより膜輸送を促進します。
*2 Griscelli(グリセリ)症候群(タイプII型)
低分子量Gタンパク質Rab27Aの変異により発症する稀なヒトの遺伝病で、メラノサイトにおけるメラニン色素輸送異常による毛髪の白色化を特徴とします。この症候群の患者(あるいはモデルマウスashen)は、色素異常以外にも免疫顆粒の放出異常による免疫不全や膵臓β細胞からのインスリン分泌不全の症状を示すことが明らかになっています。しかし、Rab27Aを介するメラニン色素輸送の分子的な仕組みに比べると分泌の分子的な仕組みはこれまであまり解明されていませんでした。
*3 プレスリリース『メラニン色素』の輸送メカニズムを解明
−肌や髪の毛が黒くなる仕組み−(2004年11月15日)
http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2004/041115/index.html
*4 エフェクター
活性化型のGTP-ラブと特異的に結合する分子を意味し、ラブ27Aに関しては、スリップ、スラック2(Slac2)、ラブフィリンなど11種類のエフェクター分子候補がヒトやマウスにおいてこれまでに同定されています。
*5 生細胞イメージング
生きた細胞内の特定のタンパク質分子をリアルタイムに観察する技術です。具体的には、着目しているタンパク質分子(ホルモンなど)に遺伝子組換え技術を用いて蛍光タンパク質(緑色蛍光たんぱく質など)を結合させ、そのタンパク質の動きを生きた細胞の中で全反射蛍光顕微鏡やレーザー蛍光顕微鏡を用いて観察します。
*6 全反射蛍光顕微鏡
高屈折率物質(例えば、ガラス)から低屈折率物質(例えば、水)の界面に光を入射させると、全反射を起こすような入射角度の範囲があり、全反射が起こると界面上の低屈折率物質側(この場合、水)にわずかに光がしみ出ます。この特殊な光は、エバネッセント光と呼ばれ、エバネッセント光のしみ出る範囲は、100nm程度(細胞膜の厚さは、約20nm程度、ホルモン顆粒の大きさは、約300nmです)になります。
従って、このエバネッセント光を観察可能な全反射蛍光顕微鏡は、細胞膜表面近傍に存在する蛍光標識分子のみ(図1に表示した部分に存在するホルモン顆粒のみ)を観察するのに非常に適しています。
*7 この成果は、当研究ユニットと日本歯科大学新潟歯学部生化学講座(今井あかね博士、梨田智子博士、下村浩巳博士)との共同研究によるもので、本成果と同じ『The Journal of Biological Chemistry』11月18日のオンライン版に掲載されます。


図1. 細胞レベルで見たホルモン顆粒輸送メカニズム
内分泌細胞で合成されたホルモンはホルモン顆粒に貯蔵されます。成熟したホルモン顆粒は(ステップ1)、細胞内にはり巡らされた交通網により細胞膜直下まで輸送され(ステップ2)、細胞膜につなぎ止められます(ステップ3)。最終的にホルモンは、分泌刺激により細胞外に放出され(ステップ4)、私達の臓器や細胞の機能を最適な状態に保ちます。本成果に用いた全反射顕微鏡は細胞膜近傍のホルモン顆粒(蛍光タンパク質でラベル)の動き(ステップ3及び4)を観察するのに適しています。


図2. ラブフィリン発現によるホルモン顆粒の細胞膜へのつなぎとめの促進
コントロールの内分泌細胞(PC12細胞)に比べ(A左図)、ラブフィリン分子を過剰に発現した内分泌細胞では、細胞膜上につなぎ止められているホルモン顆粒数が増加する症状を示します(A中央図)。これは、ラブフィリンがホルモン顆粒上に存在するRab27Aと細胞膜上に存在するスナップ25を橋渡しすることに起こります。これに対し、スナップ25と結合しない変異型ラブフィリンを過剰に発現した内分泌細胞では、細胞膜につなぎ止められているホルモン顆粒数は増加せず、むしろ減少傾向を示します(A右図)。スケールバー=5μm。


>>拡大図
図3. 分子レベルで見たホルモン顆粒の細胞膜へのつなぎとめの仕組み
成熟したホルモン顆粒上にはラブ27Aが、ホルモン顆粒の最終目的地である細胞膜上にはスナップ25が存在しています。ラブ27Aのエフェクター分子であるラブフィリンは二本の手を持ち、片方の手(図中のRBD領域)で顆粒上のラブ27Aと、もう片方の手で(図中のC2B領域)細胞膜上のスナップ25と結合することにより、ホルモン顆粒を細胞膜上につなぎ止めます(中央上)。従って、片方の手(RBDあるいはC2B)を欠いた変異型のラブフィリン分子ではホルモン顆粒を細胞膜につなぎとめることができません(中央下)。このRab27Aによるホルモン顆粒の細胞膜へのつなぎとめの機構は、当研究ユニットが昨年度解明したメラニン色素(メラノソーム)の細胞膜へのつなぎとめの機構(右上)や、アミラーゼ(消化酵素)を含む唾液分泌顆粒を細胞膜につなぎとめる機構に類似しています(右下:本成果と同じ『The Journal of Biological Chemistry』11月18日のオンライン版に掲載)。

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