プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
免疫応答のスタートポイントを発見
- ミクロクラスターが免疫の開始と維持の役割を担う -
平成17年11月7日
◇ポイント◇
  • リンパ球が外敵を察知して反応を起こす部位は、これまで考えられてきた「免疫シナプス」の中心ではなく、「ミクロクラスター」であった。
  • 「ミクロクラスター」は免疫応答を維持する役割も担う。
  • 新しい免疫抑制法に繋がる可能性を持つ。
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、免疫応答の開始点が「ミクロクラスター」であることを発見しました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫シグナル研究グループの斉藤隆副センター長、横須賀忠研究員らの研究成果です。
 免疫応答は、ウイルスや花粉などの異物が生体内に侵入したのを察知して、生体を守る働きです。異物の抗原は、まず特殊な細胞(抗原提示細胞※1)によって処理され、Tリンパ球(T細胞※2)がその情報を察知します。この情報の受け渡しの際、T細胞と抗原提示細胞の2つの細胞は接着し、その接着面にはお互いの細胞表面分子や情報伝達に重要な分子が集まる「免疫シナプス」が作られます。免疫シナプスの中心には、抗原を認識する受容体が集まり、その周りを接着分子が取り巻く構造をとることが知られているため、これまでは、免疫シナプスの中心こそが抗原を認識し細胞が活性化される場であると考えられてきました。
 今回の研究では、これまで考えられてきた免疫シナプスの中心ではなく、T細胞と抗原提示細胞との接着面に作られる「ミクロクラスター」こそが、T細胞が抗原を認識し、活性化される“場”であること、即ち、免疫応答の“スタートポイント”であることを明らかにしました。また同時に、免疫応答が進んでからでも、T細胞が興奮している間の興奮の場所もミクロクラスターであることも解明しました。このことは、免疫応答の始まりと維持の両方を司るミクロの構造を発見したことになります。
 アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患やリウマチなどの自己免疫疾患の多くが、T細胞の過剰な活性化に基づくものであり、現在の移植医療を支えているのがT細胞の活性化を抑制する免疫抑制剤であることから、T細胞を特異的に抑制する医療の新たな展開も望まれています。本研究の成果は、「免疫応答の始まりの場の抑制」という、これまでにない観点からの有効な免疫抑制剤の開発に新たな展開をもたらすものと期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Immunology』12月号に、「News & Views」とともに掲載されます。


1. 背 景
 生体を外敵から防御する役割を果たす免疫系のはたらきは、まずウイルスや花粉などの異物が生体に入り込んだことを認識することから始まります。T細胞が異物の侵入を察知すると、直接外敵を攻撃したり、他の細胞にその情報を知らせる分子を放出したりするようになります。T細胞は外敵を察知する役割を果たすとともに、生体防御の中心的担い手となります。
 異物が体内に侵入すると、抗原提示細胞が異物の抗原を細胞内に取り込んで処理をし、外敵であることの信号を細胞表面に示します。T細胞はこれを抗原受容体によって認識し、外敵である情報を得ることになります。この情報の受け渡しの際に、2つの細胞は直接接着し、その接着面に、お互いの細胞表面受容体や細胞内の情報伝達分子が集まることが知られています。神経細胞が、筋肉の細胞や感覚を司る細胞との間に作る神経シナプスにちなんで、このT細胞と抗原提示細胞との間に形成される特殊な構造を「免疫シナプス」と呼んでいます。
 これまでの多くの研究から、免疫シナプスはT細胞抗原受容体※3が集まる中心部分とそれを取り囲む接着分子から成る同心円状の構造からできていて、抗原を認識するT細胞抗原受容体が集まる中心部分こそが、T細胞の抗原認識と活性化の場所であろう、と考えられてきました。しかし一方では、免疫シナプスの形成には10〜15分の時間が必要なのに対して、細胞の活性化が、わずか1〜2分で開始されるという事との間に、説明のつかないギャップが存在していました。


2. 研究手法と成果
 今回の研究では、T細胞と抗原提示細胞との接着面に創られる「ミクロクラスター」が、T細胞が抗原を認識して、それによって細胞が活性化される“場”であること、即ち、免疫応答の“スタートポイント”であることを明らかにしました。(図1)
 この成果は、当研究センターの1分子イメージング研究ユニットの徳永万喜洋ユニットリーダーとの共同研究による生体分子イメージンング※4の技術を駆使して得られたものです。具体的には、ガラス平面上に人工の細胞膜(脂質二重膜)を作り、その上に抗原提示細胞が発現するT細胞の認識や活性化に重要な細胞表面分子を、細胞表面の上と同様に動くことができるような状態でのせます。この人工細胞膜上にT細胞をのせ、接着面で起きる現象を感度の高いレーザー顕微鏡で観察しました。T細胞抗原受容体や細胞内に情報を伝達する分子など、その動きを観察したい分子は、予め蛍光タンパク質で標識しておきました。
 T細胞が抗原提示細胞と接着した直後から、接着面全体にミクロクラスターと呼んでいる抗原受容体・活性化分子の集まりができます。ミクロクラスターは50〜200個程度のT細胞抗原受容体と細胞内情報伝達分子から構成される活性化分子の複合体です。最初に出来たミクロクラスターは、時間とともに接着面の中心部へ向かって移動していきますが、ミクロクラスターで起こるタンパク質のリン酸化などの活性化は、中心部へ移動するまでには終わってしまいます。しかし、抗原受容体が免疫シナプスの中心に集積した後でも、ミクロクラスターは、引き続き絶え間なく接着面の辺縁で形成され、次々と中心部へ移動して行くことが明らかとなりました。
 これらの結果は、T細胞の活性化が、これまで考えられてきたように抗原受容体が細胞の接着面の中心部に集まることによるのではなく、最初の活性化も、また持続的に続く活性化も、辺縁部に次々と形成されるミクロクラスターで行われていることを示しています。免疫応答の始まりも、引き続く応答の維持も、ミクロクラスターによって制御されているわけです。
 これまで免疫細胞の活性化のメカニズムは沢山の手法で研究されてきましたが、今回の研究は、その活性化の現場をミクロのレベルで発見し、どのように始まり、どのように維持されるかを解明した、画期的な研究と考えられます。


3. 今後の展開
 アトピー性皮膚炎やスギ花粉症などのアレルギー疾患や、リウマチや腎炎などの自己免疫疾患は免疫系の過剰な活性化の結果生じる病気です。また、臓器移植後は拒絶反応を抑えるために免疫系を抑制する必要があります。一方、がん患者や高齢者など免疫が低下している人にはその活性化が必要です。T細胞は魚から哺乳類にまで存在する、免疫系を司る重要な細胞で、T細胞の活性化を調整することで、免疫系全体の調節が可能となります。実際に、移植医療を支えている免疫抑制剤もT細胞の活性化を抑制する薬です。これまでは、シグナル伝達系の酵素が免疫制御の標的となっていましたが、今回のT細胞の活性化の“場”“スタートポイント”である「ミクロクラスター」の発見により、今後は、ミクロクラスターの形成の制御という全く新たな方向での、新たな免疫抑制剤や免疫賦活剤の開発が期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 免疫・アレルギー科学総合研究センター 副センター長
 免疫シグナル研究グループ グループディレクター
斉藤 隆

Tel: 045-503-7037 / Fax: 045-503-7036
独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 研究推進部 企画課溝部 鈴

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 抗原提示細胞
抗原を細胞内に取り込み、アミノ酸数が約10〜15程度の抗原ペプチドに消化分解し、T細胞が認識できるような形で細胞の表面に発現することで、T細胞を活性化させる機能を持つ細胞群。樹状細胞やマクロファージなどが含まれる。
※2 T細胞
免疫制御の中心的役割を果たすリンパ球。胸腺(Thymus)で形成されるのでT細胞と呼ばれる。各細胞(クローン)が異なる抗原特異的な受容体(T細胞抗原受容体)を発現し、抗原を認識する。機能により、種々のサイトカインを産生したり、B細胞からの抗体産生の調節をしたりするもの(ヘルパーT細胞)や、標的細胞の傷害を担うもの(キラーT細胞)などがある。
※3 T細胞抗原受容体(TCR)
T細胞の表面に発現している抗原を認識する受容体。abの2本鎖から構成されており、各々のT細胞が、1つの抗原に特異的なTCRを発現する。膨大なTCRの多様性は、遺伝子の再構成によって作られる。
※4 生体分子イメージング
生体内の分子を可視化する技術。蛍光を用いて、蛍光顕微鏡やレーザー顕微鏡で観察する場合が多い。とりわけ、生体内で観察するのに、蛍光蛋白GFP(Green Fluorescence Protein, 緑色蛍光蛋白)などと着目している分子との融合蛋白を作製してその動向を観察するのが広く使われている。


図1 ミクロクラスターと免疫シナプス
T細胞が抗原提示細胞と接着すると、直ちにその接着面にミクロクラスターが形成されて、そこから細胞が活性化されます(左)。ミクロクラスターは接着面の中央に集まり、10分後には中心部分にT細胞受容体が集まる免疫シナプスを形成します。その後も接着面の辺縁部にミクロクラスターが作られる事により活性化が持続します(右)。免疫シナプスの形成は、1時間近く維持されます。


図2 ミクロクラスター形成の実際
T細胞受容体と蛍光蛋白(GFP)との融合蛋白を発現したT細胞を処理し、分子の動きを蛍光顕微鏡で観察しました。接着直後に形成されるミクロクラスター(左)と、接着から20分後に免疫シナプスが形成された後のミクロクラスター(右)を示します。免疫シナプス形成後も細胞辺縁部から絶え間なくミクロクラスターが作られます。

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