プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
二次元的分子ナノワイヤー形成が世界初で可能に
- 新世代単分子デバイスの実用化へ -
平成17年11月2日
◇ポイント◇
  • シリコン表面上でこれまでつくれなかった方向の分子ナノワイヤー形成が可能に
  • 連鎖反応の成長方向の制御によってシリコン基板表面に二次元的分子配線を創製
  • 分子・原子デバイスの研究に加速
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、これまでシリコン基板上の決まった方向にしか形成できなかった分子配線(ナノワイヤー)について、それと直交する方向にナノワイヤーを形成することに世界で初めて成功しました。これにより基盤上の任意の2点をナノワイヤーによってつなぐことが可能となり、電子デバイスの二次元回路形成実現への道が開かれます。理研中央研究所の川合表面化学研究室(川合真紀主任研究員)のザキール・ホサイン協力研究員、加藤浩之先任研究員らによる研究成果です。
 電子デバイスとして広く活用されるシリコンの結晶表面では、2つのシリコン原子同士が結合してダイマー(二量体)を形成し、それらのダイマーが平行にならんだ構造(ダイマー列)で安定化しています。この表面に水素原子を結合させると、水素で終端された表面が得られ、水素終端表面からさらに、水素原子を取り除くことで部分的に結合不飽和な「ダングリングボンド」と呼ばれる結合状態を形成することができます。このダングリングボンドは一つの電子しか持たないため反応性が非常に高く、ある種のアルケン分子(炭素−炭素二重結合をもつ分子)は、ダングリングボンドと反応し、ダイマー列に平行な分子列を形成することが知られていました。
 本研究では、アルケン分子の中で、末端基のみが違う分子の中から、ダイマー列に直交する方向だけに成長をする分子を見出すことに成功しました。この発見により、従来の方法とあわせることで、シリコン表面の任意の2点を結ぶ分子配線が始めて可能となります。見出した分子は、プロペンチオール(CH2=CH-CH2-SH)で、走査トンネル顕微鏡を使ってシリコン表面の水素を引抜くことで、任意の地点間に分子列を形成することができ、さらに化学修飾による新たな機能付加も可能です。
 この成果は、電子デバイスとして広く活用されているシリコン内に自由にナノワイヤーを配線させる実用性の高い技術となり、期待される分子・原子デバイスの研究を加速させる意義があります。また、米国の科学雑誌『Journal of the American Chemical Society.』11月2日号に掲載されます。


1. 背 景
 近年、新世代の電子デバイスとして、単一分子をスイッチ、トランジスター、センサー、ダイオード等に活用する研究が盛んに行われています。このような電子デバイスを実現するには、デバイスとして使用する単分子同士を回路上で接触させて情報(電気信号)を伝達する「ナノワイヤー」という配線に使う分子が不可欠です。このナノワイヤーは未だ多くの課題を残しており、世界各国の研究者が、ナノワイヤーとして有力な物質を模索している状況にあります。その中で、最近注目を浴びているのが、シリコンの(100)と呼ばれる表面上に「二重結合をもつ分子(アルケン分子、CH2=CH−Rで表される。)」の「ラジカル連鎖反応」と呼ばれる連鎖反応によって形成される「一次元分子列」を活用する方法です。この連鎖反応は、速やかな反応でありながら、場所、長さ、構造、成分などをコントロールすることが可能であることが大きな理由となっています。さらに最近、シリコン(100)上で連鎖反応による一次元分子ワイヤーが伝導性を示すと報告され、様々なアルケン分子で一次元分子列を形成する研究が行われています。
 シリコン(100)表面では、2つのシリコン原子同士が結合しダイマーを形成し、それらのダイマーが平行にならんだ構造(ダイマー列)を示し安定化しています。この表面に水素原子を結合させると水素で終端された表面が得られ、水素終端表面からさらに、水素原子を取り除くことで部分的に結合不飽和な「ダングリングボンド」と呼ばれる状態を形成することができます。このダングリングボンドは一つの電子しか持たないため反応性が非常に高く、ある種のアルケン分子は、ダングリングボンドと反応し、ダイマー列に平行な分子列を形成することが知られていました。しかし、分子デバイスを用いた回路を形成するには、二次元にワイヤーを広げることが欠かせず、ダイマー列に沿ったワイヤーと直交ワイヤーの両方の研究が必要となります。


2. 研究手法
 650ケルビン(380 ℃)で清浄なシリコン(100)表面を水素原子でさらすと、水素終端なシリコン表面が得られます。このように形成した水素終端なシリコン表面から水素原子を取り除くと電子が対になっていない不対のダングリングボンドを形成します。650ケルビンで水素化は完全には行われないため、水素終端なシリコン表面上には不対ダングリングボンドが多少存在します。また、走査トンネル顕微鏡(STM)のチップで水素を脱離させ、不対ダングリングボンドを形成することも可能です。このダングリングボンドは反応性が高いので、ラジカル連鎖反応では反応開始剤になり、アルケン分子と出会った際すぐ反応を引き起こします。連鎖反応は連続な反応であり一つの反応の生成物は次の反応を引き起こし、ワイヤーの機能を示します。この一連の現象・反応を活用したのが今回の研究の手法です。


3. 研究成果
 図1に示したように、アルケン分子はダングリングボンドと反応した際、二重結合の反応に参加しなかった炭素が、ラジカルを持つ中間体(電子が対になっていない状態)になります。この炭素原子が図1(b)の青で示した水素原子(H)を引き抜くと表面のダイマー列に沿ったワイヤーになります。また、赤で示した水素原子を引き抜くと、ワイヤーはダイマー列に直交するように進行します。どの水素原子と反応するかは、ラジカルを持つ炭素原子と水素原子の間の距離に依存します。
 研究グループは、水素末端でダングリングボンドが存在する表面にアリルメルカプタン(ALM、CH2=CH-CH2-SHで表される)を吸着させました。この反応によりシリコンのダイマー列に直交したワイヤーを形成することに成功しました(図1(c)→(d))。図2は、形成された分子列のSTM像です。この反応では、炭素原子上のラジカル(不対電子)が、互変異性化(分子式はかわらずに構造がかわること)により硫黄原子(S)の上に移動すると思われます。したがって、硫黄ラジカルが引き抜く水素原子の位置を考えると、図1(b)の青い水素原子より赤い水素原子の方が近いことになります。そこでALM分子は、ダイマー列に直交して反応は進みます。ワイヤーの長さは供給するALM分子量でコントロールできます。このALMワイヤーは10日間以上も安定に存在し、さらに700ケルビン(430 ℃)でも安定に存在することを確認できました。


4. 今後の期待
 ダイマー列に直交したワイヤー形成により、ダイマー列に平行なワイヤーと直交したワイヤーの作成に成功し、二次元の回路を形成することができると考えられます。さらにALMワイヤーで真空側に向いている「(−SH)基(チオール基)」は様々な生体分子はもちろん金属とも親和性を示します。水素末端のシリコン表面は金属と不活性ですが、今回成功したナノワイヤーのチオール基に金属を結合させることにより、導電性を示すナノワイヤーを形成することができると考えられます。またその金属原子がついたナノワイヤーは、生体分子のセンサーとしての応用も考えられます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 中央研究所 川合表面化学研究室
  主任研究員川合 真紀

Tel: 048-467-9405 / Fax: 048-462-4663

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
図1 分子(CH2=CH-R)と水素終端シリコン表面のダングリングボンドとの反応の機構

図2 ダイマー列に垂直方向に成長した分子列のSTM像。
供給する分子の量によって、分子列の長さは制御できる。

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