独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)播磨研究所放射光科学総合研究センター城生体金属科学研究室の磯貝泰弘先任研究員と国立大学法人東京工業大学(相澤益男学長)学術国際情報センターの太田元規助教授の研究グループは、特定の立体構造をもつ人工タンパク質の完全設計に成功しました。近年、理研をはじめとする国内外の研究機関によって、多数の天然タンパク質の立体構造が次々に解明されていますが、これらのデータの蓄積を最大限活用した研究成果です。研究グループは、天然タンパク質の立体構造データベースから作成した経験的なポテンシャル関数を使って、目的とする立体構造上での各アミノ酸部位の埋もれ度や二次構造、アミノ酸残基間の相互作用など、タンパク質の分子内環境に適合したアミノ酸を選んで並べていくことによって、全長のアミノ酸配列を設計する新しい手法の開発を行いました。従来の手法で設計された人工タンパク質の多くは、実際に合成してみると、安定な主鎖の折りたたみ構造をもっている場合でも、天然タンパク質に較べて、タンパク質を構成するアミノ酸側鎖の構造揺らぎが大きいため、核磁気共鳴(NMR)分光法やX線結晶構造解析によって詳細な立体構造決定が困難でした。研究グループは、理論計算と合成・解析を繰り返すことによって設計法の改良を行い、今回、65個のアミノ酸からなるλファージ※1由来DNA結合タンパク質の立体構造に折りたたまれるようなアミノ酸配列の設計を行いました。このアミノ酸配列をもつ人工タンパク質を遺伝子工学的な手法を用いて全合成し、NMR分光法による構造解析を行ったところ、ほぼ設計通りの立体構造を形成していることが明らかになりました。従来のタンパク質工学では、天然タンパク質のアミノ酸配列の一部を改変する研究が主流でしたが、本研究は、特定の立体構造に折りたたまれるタンパク質のアミノ酸配列全体を、人間が「はじめから」設計出来ることを示しました。今回のような複雑な折りたたみ構造をもつ人工タンパク質を設計・合成し、構造決定に至ったのは日本初で世界でも稀な成果です。本研究によって、将来、環境ホルモンを効率良く分解する人工酵素など、天然には存在しない新規の構造と機能をもつ人工タンパク質を設計できるようになる可能性が広がりました。
本研究成果は、英国の科学雑誌『JOURNAL OF MOLECULAR BIOLOGY』オンライン版(10月24日の週)に掲載予定です。
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背 景
酵素や転写因子などの天然タンパク質が示す洗練された機能は、それらの分子に特有な立体構造特性に依存しています。とくに、分子量が大きく、多数の疎水性残基を含んでいるにもかかわらず、水溶液の中で高い溶解度を示し、単一な立体構造を形成することは、天然の球状タンパク質がもつ優れた分子物性の核心です。天然タンパク質のこれらの性質のおかげで、NMRやX線結晶構造解析を使って、その立体構造を知ることが可能となります。タンパク質分子が、これらの特性を実現するためのアミノ酸配列を決定することが、研究グループのデノボタンパク質設計(de novo protein design)の目標です。
球状タンパク質は一般的に、複雑な折りたたみ構造をもっているために、これをデザインするためには、計算機の利用が欠かせません。これまで、このような手法で設計された人工タンパク質の多くは、実際に合成してみると、安定な主鎖の折りたたみ構造をもっている場合でも、天然タンパク質に較べて側鎖の構造揺らぎが大きく、水に対する溶解度は低いものでした。このために、せっかく合成しても、NMRやX線結晶構造解析によって詳細な立体構造決定が出来ませんでした※2。それゆえ、立体構造情報に基づいて、構造特性を再設計することも、機能化の再設計を行うことも出来ませんでした。研究グループは、こうした問題を解決するために、理論計算と合成、解析を繰り返すことによって設計法の改良を行い、NMRを用いて溶液構造が決定できるような単一な立体構造に折りたたまれる人工タンパク質の設計を目指しました。