プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
スピン梯子の量子相転移の兆候を世界で初めて観測
平成17年8月19日
◇ポイント◇
  • スピン梯子物質の量子相転移の兆候を世界で初めて観測
  • スピン梯子物質の相転移を活用した新たな素子開発への可能性
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、スピン梯子物質において量子相転移の兆候を観測することに成功しました。理研播磨研究所量子磁性材料研究チーム(勝又紘一チームリーダー)、埼玉大学工学部・本多善太郎博士らによる研究成果です。
 水を冷やしていくと氷になります。このように、温度、磁場、圧力などの変化で物質の状態が変化することを相※1転移といいます。また、磁気的相互作用など、量子力学的な効果によって、絶対零度※2における、ある状態から別の状態への変化を量子相転移といいます。量子相転移は、理論上だけのものではなく、温度の低下に伴って量子相転移の兆候が観察されるので実験研究が可能です。
 磁性原子が梯子状に配列した「スピン梯子」物質においては、梯子同士の相互作用がなければ、温度を下げるにつれて磁性が弱くなり、絶対零度では非磁性の状態になるとされています。梯子間に相互作用があり、その強さがある値以上になると、絶対零度でもスピン※3が整然と揃った状態が実現されます。スピン梯子物質Na2Co2(C2O4)3(H2O)2の磁化率の温度依存性を測定したところ、理論的には絶対零度に向かってゼロになるはずの磁化率が、5ケルビン※2以下に冷やしても一定の値になることが分かりました。これは、梯子間の相互作用により、非磁性の相から磁気的な相への量子相転移の兆候を捉えたものと考えられます。
  スピン梯子物質における量子相転移のメカニズムの解明から、新規磁性材料の創製が期待されます。例えば、スピン梯子物質の非磁性相と磁性相の転移を磁場により制御することにより、コンピュータのメモリや演算素子の開発が可能となるでしょう。
 本研究成果は、アメリカの学術誌 『Physical Review Letters』に8月19日オンライン出版されます。


1. 背 景
 水を冷やしていくと氷になります。このように、温度、磁場、圧力などの変化で物質の状態が変化することを相転移といいます。絶対零度では熱による撹乱がないので、状態の変化は無いと思われますが、量子力学的な効果によって、ある状態から別の状態に変化する事が知られています。これを量子相転移といいます。量子相転移は理論上だけのものではなく、絶対零度に近づくと、その兆候が観測されるので実験的研究の対象となります。量子相転移はいろいろな物質において生じることが予想されており、例えば、高温超伝導体においては、絶縁性の反強磁性体にホール※4を注入していくと金属的性質を示した後、超伝導を示すようになりますが、絶対零度付近でのこの転移は量子相転移とされています。
 図1(a)は一次元磁性体を模式的に示しています。丸は磁性原子を表し、その間に引かれた線は磁気的相互作用を表します。図1(b)は二本の一次元磁性体が鎖と垂直方向に相互作用する系で「スピン梯子」と呼ばれています。スピン梯子物質は、その構造に特徴的な量子効果により、奇妙な現象がいくつか報告されています。例えば、ホールを添加することにより超伝導が出現することなど、高温超伝導との関連で注目されています。スピン梯子物質は、梯子間の相互作用がなければ、理論的には温度を下げるにつれて磁性が弱くなり絶対零度で非磁性の状態になると言われています。また、梯子間に相互作用があり、その強さがある値以上になりますと、絶対零度でもスピンが整然と揃った状態が実現されると言われています。これまで、スピン梯子物質はいくつか報告されていますが、量子相転移はまだ観測されておらず、世界初の観測を目指して激しい競争が行われてきました。


2. 研究手法と成果
 理研・播磨研究所に設置されている、超伝導量子干渉素子(SQUID)※5磁束計を用いて、新しいスピン梯子物質Na2Co2(C2O4)3(H2O)2単結晶の磁化率の温度依存性を測定したところ、図2に示すように、理論的には絶対零度に向かってゼロになるはずの磁化率が、5ケルビン以下に冷やしても一定の値になる現象が観測されました。この現象は、梯子間の相互作用により、非磁性の相から磁気的な相へ量子相転移する兆候を、世界で初めて捉えたものと考えられます。


3. 今後の期待
 スピン梯子物質Na2Co2(C2O4)3(H2O)2単結晶について、磁化率の温度依存性を測定することにより、スピン梯子物質における量子相転移の兆候を観測することに成功しました。この量子相転移のメカニズムを解明することにより、新規磁性材料の創製が期待されます。例えば、スピン梯子物質に磁場をかけて非磁性相と磁性相の転移を制御することにより、全く新しいコンピュータのメモリや演算素子の開発が可能となるでしょう。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 播磨研究所
 量子材料研究グループ 量子磁性材料研究チーム
  チームリーダー  勝又 紘一

Tel: 0791-58-2916 / Fax: 0791-58-2923
 播磨研究推進部猿木 重文

Tel: 0791-58-0900 / Fax: 048-467-0800

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9271 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1
物質の状態のこと。気体は気相、固体は固相などと呼ぶこともある。
※2 絶対零度、ケルビン
熱力学的に考えられる最低の温度を絶対零度とし、そこから測った温度を絶対温度という。絶対温度の単位をケルビン(K)で表す。0 K = -273.15 ℃。
※3 スピン
電子は原子核の周りを回転運動していると共に、自転していると考えられる。この自転に対応する物理量をスピンとよぶ。電荷を帯びた物体が動くと磁気が発生するので、スピンにより電子は小さな磁石となる。
※4 ホール
ホール(Electron hole または単にhole)は正孔ともいい、物性物理学の用語。半導体において、物性や化学結合に関わる電子が不足し、その不足によってできた孔。超伝導現象などにおいて極めて重要な役割を果たす。
※5 超伝導量子干渉素子(Superconducting Quantum Interference Device, SQUID)
二枚の超伝導体の間に薄い絶縁膜を挟んだ素子。膜に垂直に電圧をかけると、電流(ジョセフソン電流という)が流れ、その値は磁場に依存する。この特性を利用して、高感度の磁気特性評価に使われている。


図1.(a)一次元磁性体と(b)スピン梯子の模式図


図2.スピン梯子物質Na2Co2(C2O4)3(H2O)2単結晶の磁化率の温度依存性。
試料をゼロ磁場中で低温まで冷やし、そこで100ガウスの磁場をかけて温度を上げながら測定。単結晶試料の梯子方向に対して、青点は平行に、赤点は垂直に磁場をかけて測定したデータを表す。理論上では、「・」で示したように絶対零度に近づくと磁化率は0になるが、実際には約5Kより低温の領域において、磁化率が一定となることが観測された。これは、量子相転移の兆候を観測したものと考えられる。

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