プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
超伝導磁束量子の運動を制御
- 超伝導素子の高性能化に新たな道を開く -
平成17年8月17日
◇ポイント◇
  • ラチェット機構を活用し磁束量子の運動を制御、その素過程を初めて微視的に解析。
  • 磁束量子を活用した新たな素子開発が可能に
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、超伝導体中に発生する超伝導磁束量子を個々に操り、磁束量子の運動を実際に制御するとともに、世界で初めてその素過程の解明に成功しました。これは、理研フロンティア研究システム(玉尾皓平システム長)単量子操作研究グループ量子現象観察技術研究チーム(外村彰グループディレクター兼チームリーダー)の戸川欣彦研究員ら、デジタル・マテリアル研究チームのFranco Nori(フランコ ノリ)チームリーダーと、東京大学、日立計測器サービスの研究成果です。
 超伝導体中に発生する磁束量子の振舞いを理解し、これを制御することは、超伝導の実用化に際し重要な鍵となっています。近年、磁束量子の運動を制御する方法として、生体分子の運動に発想を得た一方向にしか進まないラチェット機構を利用した方法が考案され研究されています。この方法を用いると磁束量子を個々に操ることが原理的に可能となります。
 今回、研究グループは、透過型電子顕微鏡観察用に薄膜化した単結晶ニオブ超伝導試料上にガリウムイオンビームで加工を施してラチェット機構を作製しました。そして、1MV(100万ボルト)ホログラフィー電子顕微鏡を用いたローレンツ法により個々の磁束量子の動きをとらえ、その動的イメージングを行いました。実験条件の最適化を重ね、印加磁場を2mT(2ミリテスラ)程度変化させながら直接観察を行うことによりラチェット機構内における磁束量子の運動を制御できることを見出し、その素過程を解明することに成功しました。さらに、ラチェット機構の形状を工夫することにより、2次元平面内で磁束量子を個々に運搬できることを実証しました。
 この結果は磁気センサーSQUIDや量子ビットなどの超伝導素子の高性能化に役立つと考えられます。また、磁束量子を利用した論理回路などの新たな素子開発につながると期待されます。これまで、ラチェット機構を使った磁束量子の制御に関しては、理論的提案と数値計算による検証が行われた研究がほとんどであり、実際の動作を微視的に解析した実験はなく、今回世界で始めての研究となりました。
 本研究成果は、米国の学術雑誌『Physical Review Letters』(8月19日号)及びオンライン版(8月17日付け)に掲載されます。


1. 背 景
 超伝導は電気抵抗がゼロとなる現象であることから、電力パワー応用を大きく進展させる技術として長年研究が進められてきました。また、超伝導の量子性が顕著に出現するジョセフソン効果は高感度磁気センサーとして医療用の磁気共鳴イメージング装置(MRI)に実用化されており、また近年では量子コンピューター用の量子ビット素子としての応用が始まっています。
 これらの超伝導現象を応用する場合には、超伝導体に磁場が印加された際に出現する磁束量子注1の振舞いを理解し、これを制御することが重要な鍵となります。例えば、磁束量子の運動注2は熱の発生源となるため、電力パワー応用では電力エネルギーを散逸する原因となり超伝導現象を使用する利点を失うことになります。超伝導回路・素子においても磁束量子の運動はノイズ源となり高感度化の妨げになっています。
 これまで磁束量子の運動の制御というと、単に運動を妨げ動けなくする(ピン止めする)ことが主流でした。しかしながら、近年、低消費エネルギーで機能を発揮する生体分子の運動に発想を得たラチェット機構注3を用いたより直接的な制御方法が考案され、研究が進められるようになりました。このラチェット機構を用いると原理的に低エネルギーで磁束量子を個々に運搬できるようになります。つまり、超伝導体中から狙った磁束量子を選択的に排除することができ、超伝導素子の性能向上につながることなどが期待されます。しかし、これまでは理論的提案と数値計算による検証が先行しており、実験的には(特に微視的に)ラチェット機構内での磁束量子の振舞いはまだよく理解されていませんでした。
 研究グループは、ラチェット機構を用いた磁束量子の制御方法の理解を深めるために、100万ボルト(1MV)ホログラフィー電子顕微鏡注4を用いたローレンツ法注5により、個々の磁束量子を直接、動的に可視化し、その振舞いの観察を行いました。


2. 研究成果
 研究グループは、ニオブ超伝導体にガリウムイオンビーム照射を行い空間的に非対称なピン止め中心の分布を持つ試料を作製しました(図1(a))。この分布に磁束量子をピン止めすることにより、ピン止めされていない(自由に動ける)磁束量子に対して、空間的に非対称なポテンシャルに囲まれた領域(図1(b)では楔形状)を作り出しました。さらに、この楔形状の領域を連ねることにより1次元方向のチャンネルを作製しました。この1次元チャンネル内外において個々の磁束量子の振舞いを詳細に調べました。
 時間的に対称に磁場の増減を行うと磁束量子は試料の内外に向かってローレンツ力を受けます。この際、人工的なポテンシャルが存在しないイオンビーム照射領域外(チャンネル外)では磁束量子はローレンツ力に応じて振動しますが、ローレンツ力の時間平均がゼロであるため正味の移動は生じませんでした。しかし、チャンネル内では空間的に楔形状のポテンシャルが生じているため、磁束量子は楔形領域のポケット部分に効率的に捉えられ、結果的に一方向にしか移動しないことが見出されました。これはラチェット機構により磁束量子の運動が一方向へ整流されることを微視的に観察した初めての実験結果です。
 また、チャンネル内の各々の楔形領域の役割を詳細に解明することができました。チャンネルには、磁束量子の動く方向に応じて磁束量子が外から進入しやすい方向(順方向)と進入しにくい方向(逆方向)があります。そのため、照射領域周辺に近づいてきた磁束量子は順方向側の端から優先的に進入してきました。いったんチャンネル内に進入した磁束量子はその端側にある楔形領域に蓄えられ、その後、磁場の増減が繰り返されると、逆側の端にある楔形領域に向かいチャンネル内を移動していきました。つまり、チャンネルの中心部では順方向へ整流作用が生じており、進入した側の楔形領域は磁束量子の貯蔵庫として働くことがわかりました。チャンネルの出口にあたる逆端の楔形領域は、磁束量子の運動の逆流が起きるため実効的に整流に寄与していませんが、逆流がチャンネル全体に伝わらないよう防波堤として抵抗する役割を担っていることがわかりました。このようにチャンネル内の楔形領域がそれぞれ異なる役割を分担しているという知見は直接観察でしか得られないものであり、今後、より効率的な整流作用を示すラチェットパターンを設計する際の指針になります。
 さらに、2次元的につながるトラック状のチャンネル内(図1(c))において、磁束量子が継続的に整流運動を行うこと、つまり、結果的に回転運動を行うことが観察されました。また、実験条件を調整することでこのトラック内で磁束量子をひとつずつ動かせることがわかりました。ラチェット機構の形状を工夫することにより、1次元方向のみならず2次元方向にも磁束量子を自由に運搬できるということは、磁束量子をあたかも粒子のごとく扱うことが可能であることを示唆しています。つまり、ラチェット機構を利用することによりノイズを抑えた高性能超伝導素子が開発できることに加え、磁束量子そのものを信号伝達に用いる論理回路などのまったく新しい超伝導素子の開発につながるものと期待されます。


3. 今後の展開
 本研究成果は、超伝導体中の個々の磁束量子の運動が制御できることを初めて微視的に実証したものです。今後ラチェット機構による磁束量子の運動の制御技術をさらに高めていく上で、今回のような直接観察は大変有用であり、ラチェット機構の高効率化は超伝導素子の高性能化やまったく新しい超伝導素子の開発につながると期待されます。さらに、熱エネルギーを駆動源としたラチェット機構は低消費エネルギーで機能することが期待されており、その開発が望まれています。
 理化学研究所フロンティア研究システム単量子操作研究グループは、磁束量子に関する理論的提唱・実験的観察、そして超伝導量子ビットの各研究において世界をリードしており、磁束量子の制御手法およびその応用について、理論・実験の両面から新たな提唱・実証を目指して研究を継続していきます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所フロンティア研究システム
 単量子操作研究グループ/量子現象観測技術研究チーム
  研究員 戸川 欣彦

Tel: 049-296-7240 / Fax: 049-296-7247

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
注1 磁束量子:
広く実用に使われるニオブチタン(NbTi)や高温酸化物超伝導体などの第2種超伝導体に磁場を印加すると磁束線は超伝導体中で非常に細い糸状の状態となる。超伝導体中でこの磁束線は最小の一定値(2.07×10-15 Wb)をとり量子化されていることから『磁束量子』と呼ばれる。
注2 磁束量子の運動:
超伝導体中に電流が流れると磁束量子はローレンツ力を受ける。試料の欠陥などから生じる磁束量子へのピン止め力が弱いとき、磁束量子はローレンツ力を受けると動き始める。超伝導体に印加された磁場が変化した際にも、試料内部には超伝導電流が誘起されるため、ピン止めされていない磁束量子は運動を行う。
注3 ラチェット機構:
 ラチェットとは『爪車』のことであり、一方向の運動のみを許容するからくりのこと。ある条件の下では、空間的に非対称なポテンシャルの中において粒子が時間平均ゼロの力により揺さぶられた場合でも、一方向への正味の運動が生じる。生体分子はこのラチェット機構を内在しており熱エネルギーを運動源として低消費エネルギーで一方向に運動しているという説がある。
注4 100万ボルト(1MV)ホログラフィー電子顕微鏡:
波面の揃った電子線を用いた観察ができる電子顕微鏡。電子線ホログラフィーが可能であるだけではなく、ローレンツ法により磁場を定性的に可視化することができ、個々の磁束量子の動的な観察が可能である。
注5 ローレンツ法:
電子線の軌道は磁場中や磁性を有する物質を透過する際にローレンツ力により偏向される。この性質を利用すると、電子顕微鏡の結像面を正焦点からずらす(フォーカスをはずす)ことで、磁場の極性・強度に依存したコントラストの画像が観察できる。この観察方法をローレンツ法と呼ぶ。ホログラフィー電子顕微鏡を使い波面の揃った電子線を用いることにより、小さく微弱な磁場しか持たない磁束量子の観察が可能になった。


図1.(a) 試料中に作製した1次元チャンネル構造。赤点にイオンビームを照射し、磁束量子のピン止め中心を作製する。3本の1次元チャンネル構造があり、矢印の示す向きの運動が順方向になる。(b)ピン止めされた磁束量子が作り出す空間ポテンシャル分布。1次元方向(赤線)に非対称なポテンシャル分布(右グラフ参照)、左右の下方向にポケット状のポテンシャル分布が見出される。ピン止めされていない磁束量子はこの楔形領域が連なるチャンネル内を運動する。(c)2次元チャンネル構造。反時計回りの回転運動が期待される。


図2 チャンネル内外での磁束量子の振舞いを示すローレンツ像(ビデオ映像からのコマ取り写真)。(a) 白黒の粒状のコントラストが個々の磁束量子に対応する。磁束量子は磁場の増減により矢印の向きに振動する。(b) 磁束量子に下向きのローレンツ力を加えた時の様子。(a)と同じ写真で、赤点はピン止めされた磁束量子、青点は自由に動ける磁束量子を示す。上向きチャンネルの各々の楔形領域のポケット部分に磁束量子が捉えられている。(c) 上向きのローレンツ力を加えた時の様子。多数の磁束量子が上向きチャンネルの順方向へ運動し、上向きに整流されている。

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