プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
木質形成に直接関与するマスター遺伝子を発見
- 木質バイオマスの生産性と品質の制御につながる成果 -
平成17年8月15日
◇ポイント◇
  • 木質形成に直接関与する遺伝子の発見は世界初
  • マスター遺伝子、表皮細胞も管状要素に分化させる能力持つ
  • スーパー樹木の分子育種に新たな道を開く
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、モデル植物のシロイヌナズナとモデル樹木のポプラを用いて、樹木の骨格や生命の維持に大きく関与している木質細胞※1の分化を制御する遺伝子を発見しました。理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)形態制御研究チームの出村拓チームリーダーらによる研究成果です。この研究は国立大学法人東京大学の福田裕穂教授(同センター・客員主管研究員兼任)、及び神戸大学三村徹郎教授との共同研究で進められました。
 地球上のバイオマス※2の大部分は樹木の材に含まれる木質細胞に由来します。とくに、木質細胞である管状要素(道管・仮道管)が占める割合は高く、広葉樹では10〜40%が道管、針葉樹では95%が仮道管から構成されています。今回の研究では、この木質細胞の分化を制御する遺伝子を同定するために、研究チームが新たに開発したシロイヌナズナ培養細胞の管状要素分化誘導系※3を用いて、シロイヌナズナの約23000遺伝子の網羅的な発現解析※4を行うことで管状要素の分化の際に遺伝子発現する多数の遺伝子(約200個)が見いだされました。
 その中から、遺伝子発現の制御に関わると予想される一群のNACドメインタンパク質※5に着目し、シロイヌナズナとポプラを用いてそれら遺伝子の働きについて詳細に解析したところ、VND6およびVND7と名づけられた、互いに類似した2つのNACドメインタンパク質の遺伝子が、本来は管状要素に分化しない表皮細胞などを管状要素へ分化させる能力を持つこと、及びこれらの遺伝子の働きを抑えると正常な管状要素の形成が起こらないことが示され、これらが木質形成のマスター遺伝子※6であることが明らかになりました。
 これはバイオマスを構成する木質形成を直接誘導できる遺伝子を同定した世界初の研究成果です。今後はVND6遺伝子およびVND7遺伝子が関わる遺伝子発現ネットワークの全貌を詳細に解析することによって、バイオマスの生産性と品質を人為的に制御することが可能となり、生産性が高く品質の優れたスーパー樹木※7の分子育種技術の確立につながるものと期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『GENES & DEVELOPMENT』(8月15日号)に掲載されます。


1. 背 景
 地球上の陸地のおよそ30%(35億ha)は森林に覆われており、この森林が蓄えているバイオマス(木質バイオマス)は莫大で1.2〜2.4兆トンにもおよびます。その10分の1程度が毎年森林により再生産されると見積られており、その再生産量は人間が年間に消費するエネルギーの約10倍に相当します。このような森林由来の木質バイオマスの由来となっている細胞が木質細胞です。木質細胞には管状要素(道管・仮道管)と木部繊維あり、広葉樹では10〜40%が道管、針葉樹では95%が仮道管から構成されています(図1)。したがって、地球上の木質バイオマスの大部分が管状要素によって作り出されているといっても過言ではありません。
 木質細胞の分化のしくみについてはこれまでに世界中で様々な研究が進められ、オーキシン、サイトカイニン、ブラシノステロイドといった植物ホルモンやある種の糖タンパク質が管状要素分化の誘導因子として必須であることなどがわかっています。また、2002年に同研究チームでは、ヒャクニチソウの管状要素分化誘導系を用いて約9000のヒャクニチソウ遺伝子の網羅的な発現解析を行い、分化の過程で顕著に発現が上昇する遺伝子が少なくとも100種類存在することを示しました。
 それらの遺伝子の中には、木質バイオマスに含まれる成分のうち約50%を占めるセルロースや約25%を占めるリグニンの合成酵素遺伝子群、遺伝子発現の制御やシグナル伝達に関わると予想される遺伝子群、機能がこれまで全く示されていない未知遺伝子群が含まれていました。私たちは、これらの中に管状要素の分化を直接誘導する活性を持つ遺伝子“マスター遺伝子”が含まれていると考え、徹底した機能解析を進めてきました。


2. 研究手法と成果
 今回の研究では、2000年に全ゲノム配列が決定されているモデル植物のシロイヌナズナと2005年中に全ゲノム配列が決定・公開予定のモデル樹木のポプラを用いました。
 まず、シロイヌナズナの培養細胞にブラシノステロイドとホウ酸を作用させることによって、約半数の細胞が管状要素に分化する誘導系を開発しました。ついで、シロイヌナズナの約23000遺伝子が含まれるDNAチップを用いて網羅的な遺伝子発現解析を行いました。その結果、管状要素の分化が盛んに起こる時期に急激に発現する遺伝子が200種類以上見いだされ、その中の約10分1は遺伝子発現の制御に関わると予想される遺伝子であることがわかりました。
 その中で、ヒャクニチソウの管状要素分化誘導系でも見出され、類似した7種類のNACドメインタンパク質(vascular-related NAC-domain protein 1〜7=VND1〜VND7=維管束関連NACドメインタンパク質1〜7)の遺伝子に着目しさらに解析を進めました。VND1〜VND7遺伝子はいずれも管状要素などの木質細胞か、木質細胞に分化する能力を持つ前形成層細胞に特異的に発現していました(図2)。とくに、VND6遺伝子は網目状の模様を持つ道管(後生木部道管)に、VND7遺伝子はらせん状の模様を持つ道管(原生木部道管)に発現していました。
 VND1〜VND7遺伝子を高発現させたシロイヌナズナを作出したところ、茎や葉の表皮の細胞など全く異なる機能を持つ細胞が本来の形のままで管状要素へ分化することがわかりました。特筆すべき点として、根の表皮の内側にある皮層や内皮の細胞においてはVND6とVND7遺伝子の高発現によってそれぞれ、後生木部道管と原生木部道管が分化しました(図3、4、5)。逆に、VND6とVND7遺伝子の働きを抑えると、後生木部道管と原生木部道管の分化がそれぞれ特異的に阻害されました。さらに、VND6とVND7遺伝子は管状要素分化に必須な3種の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン、ブラシノステロイド)の共存するときに最も強く発現することがわかり、これら植物ホルモンのシグナルを遺伝子発現につなげる要の役割を果たしていることが示されました(図6)。
 モデル樹木のポプラにVND6とVND7遺伝子を高発現させたところ、ポプラの葉の表皮細胞が、VND6遺伝子では後生木部道管にVND7遺伝子では原生木部道管に分化しました。このことにより、VND遺伝子群による木質形成の制御のしくみが樹木と草本を超えて進化的に保存されていることを示すことができました。


3. 今後の展開
 今回の研究では世界に先駆けて、バイオマスを構成する木質形成を直接誘導できる遺伝子の同定に成功しました。植物においては細胞分化の運命を直接支配するようなマスター遺伝子はほとんど知られていません。今回発見したVND6遺伝子およびVND7遺伝子は、高発現によって本来は管状要素に分化しない表皮細胞などを管状要素へ分化させる能力を持つこと、逆に働きを抑えると正常な管状要素の形成が起こらないこと、また、異なる植物種であり樹木であるポプラにおいても管状要素の分化を誘導できることなどから、これらが木質形成のマスター遺伝子であることが明らかになりました。
 今後、VND6遺伝子とVND7遺伝子が関わる遺伝子発現のネットワークを明らかにすることで、木質細胞が分化するしくみの全貌が解明されると期待されます。そして得られた知見をもとにして、バイオマスの生産性と品質(すなわち、個々の木質細胞の分化の頻度やタイミング、セルロースとリグニンの比率のような木質細胞の質、)の人為的な制御技術が確立され、生産性が高く品質の優れたスーパー樹木の分子育種※8に新たな道が開かれると考えています


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 植物科学研究センター
  生産機能研究グループ 形態制御研究チーム
   チームリーダー  出村 拓

Tel: 045-503-9605 / Fax: 045-503-9609
研究推進部 企画課         星野 美和子

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 木質細胞
植物の木部に作られる細胞で、リグニン化した厚い細胞壁もつ。水の通道に働く道管、水の通道と植物体の支持に働く道管、植物体の支持に働く木部繊維を指す。このうち、道管と仮道管をまとめて管状要素という。
※2 バイオマス
生物量。生体量。生物現存量。食料や資材、燃料など、太陽エネルギーを蓄えた生物を原料とする有機性資源をいう。地球上のバイオマスの大部分は森林由来の木質バイオマスであり、海洋のバイオマスは300分の1程度と見積られている。現在、無秩序な森林資源の利用や森林破壊により、年間約1000万ha(0.3%)ずつ森林が減少している。これに伴って、森林の木質バイオマスに蓄えられた二酸化炭素が放出されることも地球温暖化の原因となっていると考えられている。
※3 管状要素分化誘導系
ヒャクニチソウの管状要素分化誘導系は福田裕穂東京大学教授が大学院生だった1980年に開発した実験系で、ヒャクニチソウの葉から取り出した光合成細胞を、植物ホルモンのオーキシンとサイトカイニンを含む培地で培養することにより、約半数の細胞を3日ほどで管状要素に分化させることができる。今回の研究では、1週間単位で新しい培地に植えついで増殖させているシロイヌナズナの培養細胞にブラシノステロイドとホウ酸を作用させることによって、約半数の細胞が管状要素に分化する誘導系を新たに開発した。
※4 網羅的な遺伝子発現解析
ガラスや半導体などの基板の上に数千から数万におよぶ遺伝子のDNA断片や合成オリゴヌクレオチドを貼り付けた研究ツールであるマイクロアレイまたはDNAチップを用いた遺伝子の発現解析。
※5 NACドメインタンパク質
NACファミリータンパク質、NAC転写因子、NACファミリー転写因子とも言う。植物特有の転写制御因子でNACドメインと呼ばれる保存されたDNAに結合すると予想される領域を共通に持つ。植物の形態形成に関与する遺伝子として単離されたペチュニアのNAM遺伝子、シロイヌナズナのATAF1遺伝子と ATAF2遺伝子、CUC2遺伝子の間でこの領域が保存されており、それらの頭文字をとってNACドメインと命名された。シロイヌナズナには100以上のNACドメインタンパク質遺伝子が見出されているが、ほとんどの遺伝子の機能はわかっていない。今回の研究成果で注目した7種類の遺伝子について維管束の形成に関連していることがわかった。
※6 マスター遺伝子
特定の細胞種に分化する必要な一群の遺伝子の発現を、直接または間接に制御している遺伝子。動物ではMyoD遺伝子(筋細胞分化)を始めとして数多くのマスター遺伝子が知られている。植物では、根毛形成に関わるGL2遺伝子、静止中心形成に関わるPLT遺伝子など少数しか知られていないが、植物の様々な細胞種の分化にもそれぞれマスター遺伝子が存在すると予想される。
※7 スーパー樹木
諸星紀幸・元東京農工大学大学教授が提唱したバイオテクノロジーにより作り出される樹木で、早生、耐塩性、耐凍性、耐乾燥性、耐病性、リグニン抑制、などの高機能を備えた樹木が想定される。世界的には様々な機能が付加された樹木の開発が進んでいるが、日本でも最近、耐塩性遺伝子が組み込まれたユーカリが開発され、筑波大学の隔離圃場での野外栽培試験が今年9月から行われる予定になっている。
※8 分子育種
遺伝子組換え技術や異種間の細胞融合などのバイオテクノロジーによって、従来の交配による育種では容易には得られなかった形質を生物に付与すること。酵母や菌類に用いられることもあるが、ほとんどは作物や樹木などの植物に対して使われる。とくに遺伝子組換え技術による分子育種は、従来の育種に比べ、広範囲の生物遺伝資源の中から特定の形質を選んで利用できるという利点がある。


<図1> 形成層細胞から木質細胞や師部細胞への分化
植物の維管束には木部と師部があり、木部にリグニン化した厚い細胞壁をもつ木質細胞が分化する。水の通道に働く道管、仮道管をまとめて管状要素という。


<図2> シロイヌナズナの管状要素分化誘導系、網羅的な遺伝子発現解析、VND遺伝子の発現パターン
(A) シロイヌナズナ培養細胞から分化した管状要素(白く光っている細胞)
(B) シロイヌナズナ管状要素分化誘導系における管状要素の割合
(C) 網羅的な遺伝子発現解析の結果。管状要素分化が盛んに起こる時期に急激に発現が上昇する約200の遺伝子を赤で囲った。
(D) VND1〜7遺伝子のシロイヌナズナ根における発現パターン。緑色に光った核を持つ細胞に各遺伝子が強く発現することが示された。


<図3> VND6・VND7遺伝子の高発現によってシロイヌナズナの茎(胚軸)に誘導された管状要素
VND6・VND7遺伝子の高発現によってシロイヌナズナ胚軸の表皮の細胞が管状要素に分化した。ノマルスキー微分干渉顕微鏡により透明化した胚軸に特徴的な模様を持った管状要素が強調されて観察される。


<図4> VND6・VND7遺伝子の高発現によってシロイヌナズナの根に誘導された管状要素
VND6・VND7遺伝子の高発現によってシロイヌナズナ根の皮層や内皮の細胞が管状要素に分化した。共焦点レーザー走査型顕微鏡によりサフラニン-Oで染色した根に特徴的な模様を持った管状要素が観察される。根においては、VND6遺伝子の高発現によって網目状の模様を持った後生木部タイプの道管が、VND7遺伝子の高発現によってらせん状の模様を持った原生木部タイプの道管が分化した。


<図5> VND6・VND7遺伝子の高発現によってポプラの葉に誘導された管状要素
VND6・VND7遺伝子の高発現によってポプラ葉の表皮の細胞が管状要素に分化した。共焦点レーザー走査型顕微鏡によりサフラニン-Oで染色した葉に特徴的な模様を持った管状要素が観察される。ポプラ葉においても、VND6遺伝子の高発現によって網目状の模様を持った後生木部タイプの道管が、VND7遺伝子の高発現によってらせん状の模様を持った原生木部タイプの道管が分化した。


<図6> VND6遺伝子、VND7遺伝子による管状要素分化の制御
VND6遺伝子とVND7遺伝子は植物ホルモンのシグナルに応答して後生木部道管と原生木部道管が分化するのに必要な一群の遺伝子の発現を制御するマスター遺伝子として機能すると考えられる。今後、両遺伝子が関わる遺伝子発現のネットワークを明らかにして、その知見をもとに下流の特定の遺伝子の働きを高めたり弱めたりすることができるようなれば、木質細胞すなわちバイオマスの生産性や品質を人為的に制御することが可能になると期待される。

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