◇ポイント◇
- 細胞分裂の準備が整うまで分裂を止めているブレーキの解除法を明らかにした
- 細胞分裂促進因子(MPF)の1つの作用が、ブレーキ解除のための3つの作用を引き起こす
- がん細胞の増殖をとめる(ブレーキ解除をできなくする)新タイプの制がん剤開発へ
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、細胞分裂開始を止めているブレーキタンパク質が分解され、細胞分裂が始まる仕組みを分子レベルで解明しました。理研中央研究所(茅幸二所長)、長田抗生物質研究室の渡辺信元・先任研究員、長田裕之主任研究員らの研究グループによる研究成果です。
細胞分裂は、細胞分裂促進因子(MPF)と呼ばれるタンパク質が中心的な役割を担っています。MPFは、細胞分裂開始の準備が整うまでWee1というブレーキタンパク質によって不活性化されています。染色体の複製完了など分裂の準備が整うと、Wee1が分解されることでブレーキが解除されMPFの活性化が起こり、細胞分裂が始まります。研究チームは昨年,Wee1の分解に関与する分子群を明らかにしていましたが(2004年3月23日付けプレスリリース)、今回このブレーキ解除機構の詳細を分子レベルで明らかにしました。結論は、リン酸化酵素であるMPFによるWee1分子中の1カ所のリン酸化が、3つの独立の作用でWee1の分解を引き起こすという発見です。
がん治療には細胞分裂のいろいろなステップを抑える薬剤が、がん細胞の異常な増殖を抑えるために使われています。Wee1の分解を抑える薬剤を開発できれば、これまで全く無かった新しいタイプの制がん剤の開発へつながるものと期待されます。今回のWee1分解機構の解明は、その期待の実現に向けてさらに大きく前進したものです。
1カ所のリン酸化が複数の異なるリン酸化酵素の反応を誘導する例としても初めての発見であり、タンパク質リン酸化による細胞機能制御の分野でも重要な知見となります
本研究成果は、横浜市大医学部、米国ソーク研究所との共同研究によるもので、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS』のオンライン版(http://www.pnas.org、8月1日の週付け、日本時間8月2日以降)に発表されます。
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背 景 |
| 研究チームは昨年、細胞分裂開始時にWee1というリン酸化酵素がタンパク質分解により不活性化することに関与するタンパク質群を決定しています(2004年3月23日付けプレスリリース)。それらは、不要なタンパク質としての目印をWee1に付けるSCF複合体型ユビキチンリガーゼと、その基質認識サブユニットβ-TrCPがWee1に結合できるようにリン酸化を行う2つのタンパク質リン酸化酵素(Plk1とMPF)でした。これらのリン酸化酵素がWee1のどこをリン酸化するかも明らかにし、分裂の準備ができるまではWee1によって不活性化されていたMPFが、分裂開始時には逆にWee1をリン酸化してWee1の分解を引き起こすという、分裂開始のための負のフィードバックの存在を明らかにしていました。しかし、MPFによるWee1のリン酸化がWee1とβ-TrCPの結合(すなわちWee1の分解)をどのように引き起こすかは不明でした。 |
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研究手法と成果 |
今回、Wee1のどの部分がβ-TrCPに結合するかを解析するために、Wee1の部分配列を持つリン酸化したペプチド(17-8アミノ酸からなる短いタンパク質)を約10種類化学合成してβ-TrCPとの結合実験を行いました。その結果、Wee1中の、Plk1によるリン酸化部位であるセリン53周辺の配列と、MPFによるリン酸化部位であるセリン123の2アミノ酸隣のセリン121周辺の配列の2カ所が結合部位であることが明らかになりました(図1)。さらにMPFによってリン酸化されたWee1のセリン123もβ-TrCPに直接相互作用し、Wee1とβ-TrCPの結合を促進することがわかりました。これが新たにわかった細胞分裂の【MPFによるブレーキ解除のための作用その1】です。
しかし、この直接の相互作用はそれほど強いものではないことも明らかになりました。MPFによってセリン123がリン酸化されることはWee1とβ-TrCPの結合に非常に重要なので、このリン酸化は他にもWee1とβ-TrCPの結合を促進する作用を引き起こしていると予想されました。この予想のもとに、さらなる解析を行った結果、MPFによるリン酸化がWee1とβ-TrCPの結合に重要な2つのリン酸化を誘導していることが明らかになりました(図2)。
1つは、MPFによってリン酸化されたセリン123にPlk1が直接結合することで、Plk1によるセリン53のリン酸化を誘導する作用です。Plk1は保有するポロボックスドメイン(PBD)という領域を介してリン酸化タンパク質に結合しますが、MPFはセリン123をリン酸化することでWee1上にPBDの結合に適した配列を形成していたのです。これが、新たに明らかとなった【MPFによるブレーキ解除のための作用その2】です(図2)。
研究チームは、Wee1とβ-TrCPの結合に重要なもう1つのリン酸化であるセリン121のリン酸化を行う酵素がCK2というリン酸化酵素であることも明らかにしました。ただし、CK2はセリン123がリン酸化している時のみセリン121をリン酸化できました。すなわちMPFによるセリン123のリン酸化がセリン121のリン酸化を誘導していることが分かりました.これが【MPFによるブレーキ解除のための作用その3】です(図2)。CK2活性を阻害する薬剤を利用することで、細胞内でCK2がセリン121のリン酸化を介してWee1の分解さらには細胞分裂開始のタイミング決定に重要な役割を果たしていることも明らかになりました。
これらの解析により、細胞分裂期におけるMPFの急速な活性化を可能にするブレーキ(Wee1)の解除(分解)の分子機構、すなわち細胞分裂開始におけるMPFの活性化のための負のフィードバックの分子的実体が明らかになりました。それは、MPFによるWee1のセリン123のリン酸化という【1つの作用】が引き起こす【ブレーキ解除のための3つの作用】でした。
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まとめと今後の期待 |
細胞分裂開始時までMPFはWee1というブレーキによって不活性化されています。細胞分裂開始時には、活性化し始めたMPFがWee1をリン酸化することで不活性化するという負のフィードバックが存在することを、昨年研究チームは証明しました。今回の発見は、その負のフィードバックの分子基盤を明らかにしたものです。MPFによるWee1のリン酸化は3通りの方法でWee1を分解に導くユビキチン化リガーゼへの結合を誘導していました。この仕組みによりWee1は分裂開始時に急速に分解され、MPFの急速な活性化が可能になるのです。
3通りの方法のうち2つは他のリン酸化酵素によるWee1のリン酸化の誘導でした。1つのリン酸化が複数のリン酸化酵素(今回の例ではPlk1とCK2)の反応を誘導する例としても初めての発見であり、リン酸化を介したシグナル伝達機構の分野でも重要な知見です。
がん治療には細胞分裂のいろいろなステップを抑える薬剤が、がん細胞の異常な増殖を抑えるために使われています。特に細胞分裂に中心的役割を持つMPFの活性、MPFを活性化する脱リン酸化酵素Cdc25の活性を阻害する様な薬剤は、有力な抗がん剤として研究開発が進められています。今回の成果を応用し、Wee1の分解を抑える薬剤を開発できれば、やはりがん細胞の増殖を抑えることが予想され、これまで全く無かった新しいタイプの抗がん剤の開発へつながるものと期待されます。今回のWee1分解機構の詳細の解明はその期待へと大きく前進したものです。
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| (問い合わせ先) |
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独立行政法人理化学研究所 |
| 中央研究所 長田抗生物質研究室 |
| 先任研究員 渡辺 信元 |
| 主任研究員 長田 裕之 |
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| Tel | : |
048-467-9541 |
/ |
Fax | : |
048-462-4669 |
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| (報道担当) |
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独立行政法人理化学研究所 広報室 |
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<補足説明>
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タンパク質リン酸化酵素 |
| 酵素とは生体内の化学反応(代謝)を進行させる生体触媒のこと。その活性を発現するために低分子の補酵素を必要とするものもある。酵素が化学構造を認識して作用する化学物質を基質と呼ぶ。タンパク質リン酸化酵素はタンパク質の構成成分(アミノ酸)にリン酸を付加する反応を触媒する酵素で、約50年前、カゼインというタンパク質をリン酸化する活性として初めて見出された。これらは現在、CK1, CK2と呼ばれる酵素であり、CKはカゼインキナーゼ(casein kinase)に由来する。ゲノム解読により、ヒトは518種のタンパク質リン酸化酵素を持つことが明らかにされている。 |
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| ※2 |
SCF複合体型ユビキチンリガーゼ |
| 不要になったタンパク質に目印としてユビキチンというタンパク質を多数つける酵素(ユビキチンリガーゼ)の一種。構成成分としてSkp1, Cul1, Fボックスタンパク質をもつのでSCF複合体型という。ユビキチンをつける標的タンパク質の認識に関与するFボックスタンパク質は多数種存在し(ヒトでは約60種)、多数の標的タンパク質に対応できる. |
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| ※3 |
β-TrCP (β-transducin repeat containing protein) |
| Fボックスタンパク質の一種。SCF複合体型ユビキチンリガーゼの構成成分としてユビキチン化する標的タンパク質に結合する。タンパク質リン酸化を指標に結合することが多く、Wee1の他にも、細胞増殖癌化に関与するIκB, βカテニンや細胞周期調節に関わるCdc25, Emi1などのユビキチン化を制御することが知られている。 |
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| ※4 |
ポロボックスドメイン(PBD) |
| タンパク質リン酸化酵素Plk1(Polo like kinase 1; ポロ様キナーゼ1)は酵素活性部位外にリン酸化したタンパク質に特異的に結合する領域ポロボックスドメイン(PBD)を持つ。PBDはセリン-リン酸化セリンまたはスレオニン-プロリンという配列に最も良く結合するが、Wee1のセリン123がリン酸化されるとこの至適配列に合致する。 |
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| 図1 β-TrCPへの結合に重要なWee1中のアミノ酸配列とリン酸化 |
| 結合に重要なアミノ酸配列を1文字表記(A:アラニン D:アスパラギン酸 E:グルタミン酸 F:フェニルアラニン G:グリシン K:リジン P:プロリン Q:グルタミン S:セリン T:スレオニン W: トリプトファン) で表した。枠で囲んだ6アミノ酸部分が特に重要であり、53位と121位のセリンはリン酸化されるとβ-TrCPと強く相互作用する。MPFによる123位のリン酸化は結合に非常に重要だが、β-TrCPとの直接の相互作用はそれほど強くない。なお123位はMPFの類似のリン酸化酵素CDK2によってもリン酸化される。
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| 図2 MPFによるWee1のセリン123のリン酸化は、分裂のブレーキ解除に重要な3つの作用を引き起こす |
| MPFによってリン酸化されたWee1のセリン123は、β-TrCPと弱い直接の相互作用をする。さらにWee1とβ-TrCPの結合に重要な2つのリン酸化、すなわちPlk1によるセリン53のリン酸化とCK2によるセリン121のリン酸化を誘導する。Plk1 はポロボックスドメイン(PBD)を介してWee1のセリン123に結合しセリン53 をリン酸化し、CK2によるセリン121のリン酸化にはセリン123のリン酸化が必要である。Wee1とβ-TrCPの結合によってWee1はユビキチン化、分解へと誘導され、分裂のブレーキは不活性化される。β-TrCPはSCF複合体型ユビキチンリガーゼの基質認識サブユニットであり他の構成成分はSkp1, Cul1, Rbx1, E2などである。
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