プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
緑膿菌(りょくのうきん)で病原菌の新たな感染メカニズムを発見
- 感染症の予防・治療に向けた新たな可能性 -
平成17年7月21日
◇ポイント◇
  • 感染、イオン輸送システム(Shaシステム)に原因
  • Shaシステムの欠損「緑膿菌」、マウスの感染性・病原性が著しく低下
  • Shaシステムホモログが、感染症の予防法・治療法の開発のかぎ握る
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、日和見感染、院内感染症などの病原菌として広く知られている緑膿菌※1が感染する新たなメカニズムを解明しました。理研中央研究所工藤環境分子生物学研究室の工藤俊章主任研究員、古園さおり先任研究員ら、藤沢薬品工業株式会社(現在のアステラス製薬株式会社)及び横浜市立大学との共同研究成果です。
 細胞内外へイオンを導くイオントランスポーターの1つであるマルチ遺伝子型Na+/H+アンチポーター(Shaシステム) ※2は、細菌の細胞内pHやナトリウムイオン(Na+)恒常性維持に中心的に働いています。新たな解明は、Shaシステムが緑膿菌において主要なNa+ イオン恒常性維持機能として働くことを明らかにし、さらに病原性に関与することを突き止めたことです。マウス感染モデルにおいて、Shaシステムを欠損させた緑膿菌株は野生株よりも致死性が大きく低下し、また感染臓器における定着性もまた野生株より大きく低下していました。Shaシステムは、細菌が感染宿主へ侵入する際、宿主内の高いイオン環境への適応に重要な役割を果たしていると考えられました。
 一方、最近のゲノム研究の進展の結果、コレラ菌、黄色ぶどう球菌、ブルセラ菌、リステリア菌、ジフテリア菌などの病原菌ゲノムにも、このShaシステムのホモログが存在することが明らかになってきました。
 今後、このShaシステムの感染における具体的な役割や輸送メカニズムを詳細に調べることによって、多くの病原菌の感染予防や治療法の開発につなげられる可能性が考えられます。
 本研究成果は、米国細菌学会誌『Journal of Bacteriology』(8月1日付け)に掲載されます。


1. 背 景
 マルチ遺伝子型Na+/H+アンチポーター(Shaシステム)は、好アルカリ性菌(Bacillus halodurans※3のアルカリ適応因子として、理研の当研究室において世界で最初に見いだされたイオン輸送系です(図1)。私達は、このShaシステムの機能解析を複数の細菌において体系的に進めていました。Shaシステムが欠損すると細菌は他のイオン輸送系では見られない著しいpHや塩感受性をもたらすことから、Shaシステムは細菌の主に細胞内pHおよびNa+恒常性維持に中心的役割を担っていると考えています。
 近年、Shaシステムのホモログが豆科植物において共生窒素固定を行う根粒菌(Sinorhizobium meliloti)にも発見され、Shaシステムが共生植物へ感染するために欠かせないものであることがハンガリーのグループより報告されました。また、最近のゲノム研究の進展の結果、多くの病原菌ゲノムにも、このShaシステムのホモログが存在することが明らかになってきました。私達はこれらの研究より、Shaによって付与される高いイオン恒常性維持能力が細菌の感染の原因、病原性の原因になると考え、緑膿菌におけるShaシステムの研究を進めました。


2. 研究手法と成果
 病原菌の1つである緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)由来のShaシステムの機能を、とくに感染における役割を中心に研究しました。まず、ゲノム解析によって見いだされた緑膿菌由来のShaホモログ遺伝子群(shaABCDEFG)にNa+/H+アンチポーター活性(Na+イオン排出活性)があるかどうかを調べました。具体的には、主要なNa+/H+アンチポーターを欠損した大腸菌株への相補実験を行い、緑膿菌由来Shaホモログ遺伝子群は実際にNa+ /H+アンチポート活性を担っていることを明らかにしました(図2)。Shaシステムをコードする遺伝子クラスターのうち最大の遺伝子であるshaABを破壊した緑膿菌株(TR18)は、Na+イオンに対して顕著な感受性を示し、また膜小胞※4を用いたDpH※5依存的なNa+排出活性は野生株に比べ有意に低下していました。一方、一遺伝子型のNa+/H+アンチポーターであるNhaPを欠損させた緑膿菌株では、TR18株のような著しいNa+イオン感受性やNa+イオン排出活性の低下は見られませんでした(図2)。以上のことから、Shaシステムは、緑膿菌の細胞外にNa+を排出する主要なシステムであると結論しました。
 さらに緑膿菌株(TR18株)の病原性をマウス感染モデルにより検討したところ、TR18株は野生株よりもマウスに対して低い致死性を示し、感染臓器における定着性もまた野生株より大きく(注、倍率を提示するとしたら、肺感染の場合で1/17,000となります)低下していました(図3)これらの結果よりShaシステムは病原性に一役果たしており、Shaシステムによって付与される高いNa+イオン恒常性維持機能は、感染において緑膿菌が宿主内イオン環境へ適応していくために必要であると考えられました。
 近年の細菌ゲノム研究の進展の結果、Shaシステムホモログは多くの動・植物感染菌に分布していることが明らかになってきました(図4)。例えば、コレラ菌、黄色ぶどう球菌、ブルセラ菌、リステリア菌、ジフテリア菌などの病原菌ゲノムにも、Shaシステムホモログが存在します。Shaシステムは高等生物由来のイオン輸送系と蛋白質配列上の相関がないことから、Sha蛋白質分子を標的とした阻害剤は感染菌に特異的に作用し、感染症克服に役立てる可能性が考えられます。


3. 今後の展開
 近年、緑膿菌を初めとして、様々な感染菌の病原因子の網羅的スクリーニングが行われており、薬剤排出ポンプや病原因子分泌装置※6が注目されています。しかしながら、細菌の感染因子としてイオン輸送系に注目した研究は少なく、このShaシステムの分子構造や感染に果たす具体的な役割を詳細に調べることによって、新しい感染予防や治療法の開発につなげられる可能性も考えられます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 中央研究所 工藤環境分子生物学研究室
  主任研究員  工藤 俊章

Tel: 048-467-9544 / Fax: 048-462-4672

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 緑膿菌
好気性のグラム陰性桿菌の一種.一般に病原性は低いが、各種慢性疾患、高齢、薬物投与などで感染抵抗性が弱まった宿主に感染することがあり,日和見感染菌のひとつとして知られている。特に緑膿菌が呼吸器に感染した時、その毒素により肺組織が破壊され重篤化しやすいと言われている。
※2 マルチ遺伝子型Na+/H+アンチポーター(Shaシステム)
7ないしは6個の遺伝子から構成され、Na+(またはK+)とH+を対向輸送するイオントランスポーターの1種。緑膿菌由来Shaシステムのような6遺伝子タイプでは、7遺伝子タイプにおけるA、B遺伝子が融合した形となっている。細菌のpHおよびNa+(またはK+)イオン恒常性維持に中心的な役割を持つ。Shaシステムが欠損すると、単なるpHや塩感受性以外にも、アルカリ適応、胞子形成や共生といった機能に著しい低下が認められ、細胞にとって多能性を付与する重要なシステムと考えられる。
※3 好アルカリ性菌
pH9〜11のアルカリ環境を好んで生育する一群の微生物。培地のpHが11であっても、細胞内pHは中性ないし微アルカリ性に保たれている。好アルカリ性バチルスBacillus halodurans C125株を用いた研究から、Shaシステムはアルカリ環境において細胞内pHの恒常性維持機能として働くことにより、アルカリ適応因子であることが明らかになった。C125株は好アルカリバチルスの標準株として宿主ベクター系も開発され、好アルカリ性細菌の特徴的機能が明らかにされつつある。最近、C125株の全ゲノム配列が決定された。
※4 膜小胞
細菌をフレンチプレスで破壊すると、破壊された膜断片は安定な膜小胞の形態をとる。この膜小胞を利用して膜機能の研究が行われている。例えば、膜上に存在するアンチポーター活性の測定に利用される。
※5 DpH
細胞内外のプロトン(H+)濃度差。これと細胞内外の膜電位差(DY)を合わせたものがプロトン駆動力であり、膜上のアンチポーターやATP合成酵素を駆動するエネルギー源となる。
※6 病原因子分泌装置
病原菌がヒトや動物などに感染する時に使ういわば病原因子の放出装置。グラム陰性菌の分泌装置はI型からV型に分類されるが、なかでもIII型およびIV型分泌装置は、病原因子を直接宿主に移行させるシステムとして近年注目されている。





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