プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 国立天文台
すばる望遠鏡補償光学系のガイド星生成用レーザーの開発
- 揺らぎ補正で空間解像度がハッブル宇宙望遠鏡の3倍に -
平成17年7月6日
◇ポイント◇
  • 高度100kmの高層大気で輝く「人工の星」を発生させるレーザーを開発
  • 2つのレーザー光を合体し黄色に光る589nmのレーザー光を出力4ワットで発振
  • 「人工の星」を使うと、どの方向に見える天体に対しても鮮明な画像の撮影が可能になる。
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と大学共同利用機関法人自然科学研究機構 国立天文台(海部宣男台長)は、高度約100kmの高層大気を光らせ「人工星」として望遠鏡を手助けする、「すばる望遠鏡」のガイド星生成用589nmレーザーの開発に成功しました。国立天文台研究連携主幹光赤外研究部の家 正則教授、理研中央研究所(茅幸二所長)固体光学デバイス研究ユニット和田智之ユニットリーダーらの研究グループによる成果です。
 国立天文台ハワイ観測所の「すばる望遠鏡」では、大気の揺らぎによる星像のぼやけを解消する補償光学装置を装備しています。この装置は明るいガイド星を用いて大気の揺らぎの影響を瞬間的に測り、小型の薄膜鏡の形状を36個のアクチュエータで毎秒100回調節することにより、光の乱れを打ち消す機能を持つもので、通常の撮影とは比べものにならないシャープな天体撮影ができます。国立天文台では新たに制御素子数188のより高度な補償光学装置を開発中です。
 これと平行して開発したのがガイド星生成レーザーシステムです。Nd(ネオジウム):YAG(ヤグ)レーザーが発する波長1319nmと1064nmの2つの光を混ぜ合わせ、それぞれの光の周波数の和に相当する589nm(オレンジ色)のレーザーを発振させ、高度約100kmのナトリウム層の任意の場所を12等星程度に輝かせます。この「レーザー人工星」を発生させると、自然の明るいガイド星が無くても、新補償光学系を動作させて、ハッブル宇宙望遠鏡の3倍の空間解像力を実現することができます。
 今回、人工星として機能する輝きに必要な最低限の強度である出力4Wでの発振に成功しました。この「人工の星」を使えば、「すばる望遠鏡」は、天空のどの位置でも目標の天体をこれまでよりさらにきれいな画像で撮影することができるようになります。
 このシステムを用いてオレンジ色のレーザービームを夜空に向けて照射する公開実験デモを、7月6日、国立天文台と理化学研究所の共同実験として行います。


1. 背 景
 すばる望遠鏡は、大気のゆらぎの影響が少なく星の瞬きが少ないハワイ島の海抜4200mのマウナケア山頂に建設されました。望遠鏡の鏡やドームに最先端技術を駆使した工夫を施したおかげで、世界一シャープな画質の天体画像を得ることができます(※1)。しかし、どんなに性能のよい望遠鏡で観測しても、大気の揺らぎのため望遠鏡が本来もつ理論的な解像力(※2)に比べると天体の画像は不鮮明になってしまいます(※3)。国立天文台ハワイ観測所のすばる望遠鏡には、大気の揺らぎによる星像の揺らぎを除去する補償光学装置(制御素子数36)を装備しています(※4)。しかし、この仕組みでは天体の近くに揺らぎを測るための明るいガイド星(※5)が必要となるため、折角の装置を使えるのはごく限られたケースでしかありません。国立天文台では科学研究費特別推進研究(研究代表者:家正則教授)の助成を得て、新たに制御素子数188のより高度な補償光学装置を開発中です(図1)。
 特別推進研究で平行して開発しているのがレーザーガイド星生成システムです(図2)。このシステムが完成すると、高度約100kmの高層大気中にあるナトリウム層(※6)の任意の場所に明るく光る「レーザー人工星」(※7)を発生させることができるので、明るいガイド星が無くても、新補償光学系を動作させて、ハッブル宇宙望遠鏡の3倍の空間解像力(※8)を実現することができます。


2. 研究手法と成果
 レーザーガイド星生成システムの鍵となるのが、オレンジ色のナトリウムD線(波長589nm)で発振する高出力レーザーの開発です。このレーザーを上空に照射すると、高度約100kmの高層大気中のナトリウム原子が明るく輝きます。
 国立天文台は、理研固体デバイス研究ユニット(和田智之研究ユニットリーダー)の協力を得て、このための全固体レーザーをメガオプト社と開発してきました。Nd:YAGレーザーの1319nmと1064nmの2つの光(※9)を混ぜ合わせることにより、589nmの4Wレーザーを発振させることに成功しました(図3、図4)。この成功に至るまでに、具体的には、ハワイの山頂での気温の変化があっても安定に発振する高品質なレーザービームを得ることができる共振器技術、ビームの品質を保ちながら光出力を必要な強度にまで増強する光増幅技術、2つの同期された光パルスから黄色の589nmの光に波長を変換する非線形光学を利用した波長変換技術、さらに波長589nmのNaのD線に波長を50万分の1の精度で正確に同期する光制御技術を確立させることが必要でした。

 今回、理化学研究所でこのシステム、あるいはそのプロトタイプ機、を用いてオレンジ色のレーザービームを夜空に向けて打つ公開実験デモ(※10)を、国立天文台と理化学研究所の共同実験として行います(図5)。


3. 今後の展開
 このレーザーガイド星生成システムは、今夏最終調整を終えたあと、ハワイ観測所に移送し、すばる望遠鏡への実装の準備に入ります。平成18年度中にはこのシステムを用いた試験観測を行う予定です。完成すれば、補償光学を用いない場合には近赤外線では平均で0.4秒角のすばる望遠鏡の空間解像力が約5倍の0.07秒角に向上します(図6)。


(問い合わせ先)

大学共同利用機関法人自然科学研究機構 国立天文台
研究連携主幹 光赤外研究部 教授  家 正則

Tel: 0422-34-3520 / Fax: 0422-34-3527
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 国立天文台
ハワイ観測所上級研究員 早野 裕

(6/30-7/10の期間)
 Tel: 0422-34-3931 / Fax: 0422-34-3864
(上記以外の期間)
 Tel: 1-808-9345941 / Fax: 1-808-934-5099
独立行政法人理化学研究所
 中央研究所 固体光学デバイス研究ユニット
研究ユニットリーダー 和田 智之(さとし)

Tel: 048-467-9827 / Fax: 048-462-4684

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 http://subarutelescope.org/j_index.html
※2 望遠鏡の理論的な解像力は「回折限界」と呼ばれています。直径D[m]の望遠鏡を用いて、波長λ[μm]の光で星を観測する場合、回折限界は1.2λ/Dラジアンとなり、直径8.2mのすばる望遠鏡で波長2.2μmの近赤外線で観測する場合は、回折限界の星像の直径は0.07秒角となるはずです。
※3 大気に揺らぎによりぼやけた星像の大きさを「シーイング」と呼びます。 マウナケアはシーイングが世界でも一番良い場所として知られていますが、それでも波長2μmの近赤外線では、通常は回折限界の約5倍にあたる0.4秒角程度にぼやけてしまいます。
※4 http://subarutelescope.org/Introduction/instrument/j_AO.html
※5 36素子の補償光学系を使うには約15等星より「明るいガイド星」が必要ですが、そのような星が観測したい天体のすぐそばに偶然ある確率は2%程度でしかありません。このため現在の補償光学系は、その性能をフルに発揮できるケースが限られています。
※6 高度90kmから100kmの間に、ナトリウム原子密度が高い層があることが知られています。火星の周囲にも同じようなナトリウム層があることが知られており、流星などから蒸発した原子のうち、ナトリウムについては、この高さに物理化学的な理由で集積するのだろうと考えられています。
※7 レーザーガイド星は、ナトリウム層のナトリム原子を励起して光らせます。そのため、ナトリウムD線として知られている589nmのオレンジ色の光(高速道路の照明などに使われているオレンジ色のランプはナトリウム灯です)で発振する高出力レーザーの開発が必要となりました。実際にはナトリウム層の直径約50cm、長さ約5kmの円筒状の領域をレーザー光が通過するときに、その部分のナトリウム層が光ることになります。地上から見た明るさは約12等星となります。
※8 すばる望遠鏡は直径8.2m、ハッブル宇宙望遠鏡は直径2.4mですから直径ではすばる望遠鏡が3.4倍大きいため、同じ波長で観測すると回折限界はすばる望遠鏡のほうが約3.4倍小さくなり、解像度で勝ることになります。
※9 和周波について
1/1319 + 1/1064 = 1/589 の関係から、波長1319nmと1064nmの2つのNd:YAGレーザーの光を混ぜ合わせると、偶然ですが、ちょうど589nmのナトリウムD線の波長のレーザー光が得られます。
※10 今回のデモはレーザービームの発射を見ていただくものであり、画像をきれいにする188素子の新補償光学系は現在ハワイ観測所で製作中ですので、画像がきれいになるのをお見せできるわけでは無いことを、事前にお断りしておきます。


図1.レーザーガイド補償光学系の
構成
図2.すばる望遠鏡に搭載するレーザーガイド星生成システム
(遠藤孝悦・画)


図3.理化学研究所が開発した589nmNd:YAG和周波レーザー


図4.全固体589nmレーザー


図5.レーザービーム照射


図6.補償光学を用いない場合の解像力(左)とレーザーガイド補償光学を用いた 場合の解像力(右)のシミュレーション。

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