プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
土壌細菌による植物の葉緑体などの代謝系乗っ取り戦略
- 葉緑体の代謝システム改変技術の応用へ -
平成17年7月5日
◇ポイント◇
  • 土壌細菌のアグロバクテリウムがトマトやバラなどの植物に感染し、腫瘍を形成する原因は葉緑体などの色素体の代謝系を一部乗っ取るため。
  • アグロバクテリウムが宿主細胞に作らせるサイトカイニン合成酵素(Tmr)はトランジットペプチドを持たなくとも葉緑体などの色素体内に移行する。
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、アグロバクテリウム(根頭がん腫病菌)※1が植物に感染後、葉緑体などの色素体内へタンパク質を送り込むことで宿主の代謝機能を改変し、腫瘍形成を誘導していることを発見しました。植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)生産制御研究チームの榊原均チームリーダー、生長制御研究チームの笠原博幸上級研究員らによる研究成果です。
 土壌細菌の1種であるアグロバクテリウムは植物に感染すると、細菌が持つTi-プラスミド上のT-DNA領域が植物細胞の核ゲノム中に組み込む性質があり、植物の遺伝子組み換えに広く活用されています。植物に入ったT-DNA領域には細胞分裂の制御に関わる植物ホルモン(サイトカイニン※2とオーキシン)の合成酵素遺伝子がコードされており、これらが過剰に作り出すホルモンにより正常な細胞分裂制御が行えなくなり、植物細胞はコブ(クラウンゴール)をつくります(根頭がん腫病)。
 今回の研究は、このコブを作るメカニズムの一端を解明したもので、アグロバクテリウムのサイトカイニン合成酵素である「Tmr」を感染植物の色素体(葉緑体など)内に送り込むことで、植物本来のサイトカイニン合成径路※3を改変し、効率よく高活性型のサイトカイニンを作り出していることを明らかにしました。細菌による植物細胞の代謝機能改変戦略を分子レベルで明らかにした画期的な研究成果です。核ゲノムにコードされ、翻訳された後に色素体内に移行するタンパク質には通常「トランジットペプチド」と呼ばれる付加配列※4がありますが、Tmrはこのような配列を持たないことから、新規のタンパク質輸送システムの解明につながる可能性も秘めています。葉緑体の代謝改変を可能にすることで植物の生産性向上技術への応用が期待されます。
 本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS』のオンライン版(7月4日、日本時間7月5日付)に掲載されます。


1. 背 景
 植物細胞の分裂や分化はサイトカイニン(CK)とオーキシンという2つの植物ホルモンの量的バランスの下に制御されています。土壌中には様々な種類の微生物が生息していますが、それらの中でアグロバクテリウム属の土壌細菌(Agrobacterium tumefaciensなど、以下、アグロバクテリウムと呼ぶ)は植物に感染すると、クラウンゴールと呼ばれる腫瘍(写真1)を形成します。
 サクラやバラなどに見られるコブ(根頭がん腫病)はこの細菌の感染・寄生によるものです。アグロバクテリウムはTi-プラスミドと呼ばれる遺伝因子をもっており、植物に感染するとこのプラスミド上のT-DNA領域が植物細胞の核ゲノム中に組み込まれます。T-DNA領域にはCKとオーキシンの合成酵素遺伝子などがコードされており、これらが植物細胞の制御とは独立にホルモン合成を行うため、細胞内のCKとオーキシンの量的バランスが崩れ植物細胞は腫瘍化してしまうのです。
 植物のCK合成経路の初めの反応は主に色素体内で起こり、その反応基質は色素体内のメチルエリスリトールリン酸(MEP)径路由来であるジメチルアリル二リン酸(DMAPP)が用いられています。DMAPPからできる初めの反応産物であるイソペンテニルアデニン(iP)型CKは、さらにそのプレニル側鎖部分が水酸化されることで強い生理活性を持つトランスゼアチン(tZ)型CKに変換されます(図1)。
 一方、クラウンゴール内にはtZ型CKが大量に蓄積していることが古くから知られていましたが、アグロバクテリウムに感染した植物が高活性のtZ型CKだけを生産・蓄積する仕組みについては全くわかっていませんでした。アグロバクテリウムのT-DNAにコードされているCK合成酵素遺伝子はTmr遺伝子と呼ばれ、20年以上前に同定されていましたが、その遺伝子のコードするTmrは、植物細胞の色素体内へ移行するタンパク質に見られるトランジットペプチドを持たないことから、細胞質内で機能しているものと信じられていました。つまり、感染した植物細胞内のTmrは、色素体内のMEP経路ではなく細胞質内のメバロン酸経路由来であるDMAPPを用いてCKを合成していると考えられていたのです。(図1)。


2. 研究手法と成果
【植物とアグロバクテリウムのサイトカイニン合成酵素の性質の違い】
 植物細胞の色素体内にあるMEP径路のDMAPP生成に至る過程には側鎖部分にはじめから水酸基を持つヒドロキシメチルブテニル二リン酸(HMBDP)が中間代謝産物として存在しますが、植物のCK合成酵素(IPT)はHMBDPをほとんど利用できないことがわかっています。実際に植物のIPT遺伝子をシロイヌナズナの中で人為的に過剰発現させるとiP型CKが大量に蓄積しました。一方、アグロバクテリアのTmr遺伝子を人為的に過剰発現させたシロイヌナズナではクラウンゴールの場合と同じくtZ型CKのみを大量に蓄積しました。次に試験管内でTmrの酵素としての性質を詳しく調べたところ、植物の酵素であるIPTとは異なりDMAPPとHMBDPに対し、ほぼ同じ親和性を持つことがわかりました。TmrはDMAPPを用いればiP型CKを、HMBDPを用いればtZ型CKを直接合成できる能力を備えているのです。試験管内での結果を踏まえると植物体内でTmr遺伝子が発現した場合にはiP型CKとtZ型CKの両方が蓄積するはずですが、実際にはtZ型CKしか蓄積しません。
 この結果を説明しうる1つの可能性はTmrが色素体内に局在し、HMBDPを優先的に利用することですが、Tmrには色素体移行に必要なトランジットペプチドがありません。

【アグロバクテリウムのサイトカイニン合成酵素Tmrは宿主色素体内に移行する】
 Tmrのカルボキシ末端に緑色蛍光タンパク質(GFP)を融合させたキメラ遺伝子(Tmr-GFP)をシロイヌナズナ細胞内で一過的に発現させることで植物細胞内での局在性を検討しました。するとTmrはトランジットペプチドを持たないにもかかわらず、Tmr-GFPは色素体に局在していました(図2)。さらに実際のクラウンゴールにおけるTmrの細胞内局在を確かめるため、アグロバクテリウムを感染させたニチニチソウの培養細胞を用いて免疫化学的にTmrを検出したところ、やはり色素体内に局在していることが確かめられました。次に13Cまたは18Oで安定同位体標識したHMBDPを利用して1段階でtZ型CKを合成したか、iP型CKを経由して2段階でtZ型CKを合成したかを調べました(図3)。その結果、アグロバクテリウム非感染植物のtZはDMAPP由来の側鎖であるのに対し、感染植物のtZはHMBDP由来であることがわかりました。
 さらに240アミノ酸からなるタンパク質であるTmrの一部を削り込んだ解析からTmrのアミノ末端側約半分の領域(124アミノ酸)が必要であることがわかりました。Tmrでは酵素触媒反応に必要な領域と色素体移行に必要な領域が重複していることになります。

【Tmrの色素体内移行の生理的意義】
 植物のCK合成酵素であるIPTは色素体内にあるDMAPPを基質にするため、高活性のtZ型CKを合成するためにはさらにCYP735A※5酵素による側鎖の水酸化が必要です。一方、アグロバクテリウムのTmrはDMAPPよりも代謝上流に位置するHMBDPを基質にできるため、色素体内に入り込むことで植物元来のCK生合成経路をあたかもハイジャックするがごとく新規のCK合成経路を作り出し、1段階で高活性型のtZ型CKを合成しているのです(図3)。通常植物とは異なる生活環を営む土壌細菌が、いったん植物に感染すると、T-DNAによるTmrを発現し、植物細胞の色素体にタンパク質を送り込むことで植物の代謝系を利用・改変して腫瘍形成を誘導・増殖するという生物学上非常に興味深い戦略を明らかにできました。


3. 今後の展開
 本研究では土壌細菌が感染時に植物細胞の色素体内の代謝機能を自身に有利な方向へ改変する仕組みを明らかにしました(図4)。自然界には数多くの生物種間でアグロバクテリウムと植物のような寄生/宿主の関係が成り立っています。このような寄生生物による宿主の代謝改変戦略は今後、他の生物種間でも見つかるかも知れません。また、トランジットペプチドを持たないタンパク質でも色素体内に移行する例を示すことができました。この移行の仕組みの解明については今後の研究課題ですが、未知のタンパク質輸送システムの発見につながる可能性を秘めています。
 今回の研究成果は私たちに寄生生物がとる効率の良い物質生産戦略の例を教えてくれました。葉緑体も色素体の1つですが、色素体は糖やアミノ酸をはじめとする多くの重要物質の合成の場です。今後、植物をはじめとする多様な生物の代謝システムを解明することで、葉緑体の代謝機能改変への基盤技術、ひいては植物生産力の量的・質的な向上につながる基盤技術の開発が可能になるものと期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 植物科学研究センター
  生産機能研究グループ 生産制御研究チーム
   チームリーダー  榊原 均

Tel: 045-503-9576 / Fax: 045-503-9609
独立行政法人理化学研究所
  横浜研究所 研究推進部  星野 美和子

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9271 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 アグロバクテリウム
Agrobacterium tumefaciens。根頭がん腫病菌とも呼ばれる。土壌細菌の1種で双子葉植物や一部の単子葉植物に感染し、クラウンゴール(根頭がん腫)と呼ばれる腫瘍を形成する。その際、Ti-プラスミド上のT-DNA領域を宿主の核ゲノムに転移させる。現在の遺伝子組み換え植物の作出方法の1つはこの現象を利用している。この細菌に感染、罹病した植物は生育不良などを起こし、最終的に枯死する場合もある。
※2 サイトカイニン
植物ホルモンの1種。細胞分裂の促進、細胞周期の調節、老化阻害、腋芽の活性化など多様な生理活性を持つ。アデニンの6位の窒素原子に炭素5つのプレニル基をもつ構造が基本骨格(図5)であり、側鎖構造の違いによりトランスゼアチン(tZ)、イソペンテニルアデニン(iP)などが知られている。中でもtZの生理活性が最も強い。植物の他にアグロバクテリウムなどの一部の土壌細菌、キイロタマホコリカビなどの粘菌が合成する能力を持つことが知られている。
※3 サイトカイニンの合成径路
植物のサイトカイニン合成の初発反応はアデニンヌクレオチド(特にADP, ATPを好む)とDMAPPの縮合反応により、iPヌクレオチドが生産される。その後、P450酵素(CYP735A)の働きによりプレニル側鎖末端が水酸化され、tZヌクレオチドに変換される。ヌクレオチドは脱リン酸、脱リボースされ、活性をもつサイトカイニン分子になる。なお、植物の組織中にはtZ, iPの他に側鎖二重結合が還元されたジヒドロゼアチンや水酸基の立体的配置の異なるシスゼアチンも存在するが、その活性や存在量は植物種によってまちまちである。アグロバクテリウムのサイトカイニン合成の初発反応はアデニンヌクレオチド(AMPのみを利用する)とHMBDPもしくはDMAPPの縮合反応により、tZヌクレオチドもしくはiPヌクレオチドが生産される。実際の宿主色素体内ではHMBDPを優先的に利用している。
※4
通常核ゲノムにコードされ、翻訳後に分泌されたり、細胞小器官(オルガネラ)に移行するタンパク質にはそのアミノ末端やカルボキシ末端に移行に必要な付加配列が存在する。色素体内に移行するタンパク質は、翻訳時にそのアミノ末端部分に20から100アミノ酸からなるトランジットペプチドと呼ばれる付加配列を持ち、その配列を認識する輸送機構によって、色素体膜(外膜及び内膜)を通過する。通過後はストロマに存在するペプチダーゼによって、付加配列は切断され、成熟体タンパク質となる。
※5 CYP735A
iP型サイトカイニンをtZ型サイトカイニンに変換する酵素。P450酵素と呼ばれる一群の酵素ファミリーの1つ。P450酵素とはチトクロムP450モノオキシゲナーゼ型酵素のことで、酵母から動物まで広く分布する酸化酵素。酸素分子を活性化し有機基質に導入する酸素添加酵素。植物にはP450酵素をコードする遺伝子は非常に多く存在し、シロイヌナズナでは273個、イネでは458個の遺伝子が見いだされている。その多くの機能は未解明である。


<写真1> アグロバクテリウムがトマトに感染してできたクラウンゴール


>>拡大図
<図1> 植物色素体内のMEP径路とサイトカイニン生合成径路
Tmrによるサイトカイニン合成径路の従来説部分を水色で示しました。
この部分が今回の研究で訂正されました。
(Tmr: アグロバクテリウム由来のサイトカイニン合成酵素。
IPT: 植物由来のサイトカイニン合成酵素。
CYP735A: iP-ヌクレオチドをtZ-ヌクレオチドに変換するP450酵素。)


<図2> Tmr-GFP融合タンパク質の細胞内局在性
プラスチドが蛍光を発しているのがわかります。
このことはTmr-GFP融合タンパク質が色素体に局在していることを示しています。


>>拡大図
<図3> 安定同位体標識化合物によるアグロバクテリウム感染細胞のサイトカイニン合成径路の解析
感染細胞から抽出したサイトカイニンの質量を詳しく分析することでtZの側鎖がHMBDP, DMAPPどちらから由来しているかがわかります。


<図4> アグロバクテリウム感染からサイトカイニン合成径路改変までの仕組み


<図5> サイトカイニン

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