プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人名古屋大学
イネの収量を決定する重要遺伝子を同定
- 「第2の緑の革命」につながる世界初の成果 -
平成17年6月24日
◇ポイント◇
  • イネ粒数を決定する遺伝子は第一染色体上腕部にある。
  • 粒数20%増加し、背丈が18%小さいコシヒカリの作出に成功。
  • QTLの組み合わせにより目的にあった「テーラーメード分子育種」が可能である。
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人名古屋大学(平野眞一総長)は、イネの収量増加に関わる重要な遺伝子が第一染色体上腕部の「OsCKX2」であることをつきとめ、その働きの仕組みを明らかにしました。名大生物機能開発利用研究センターの芦苅基行助教授らの研究チームと理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)生産制御研究チームの榊原均チームリーダーおよび(株)ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパンによる研究成果です。
 人間は長年の育種の過程の中で、突然変異による様々な形質変化の中から有用なものを選択・蓄積してきました。イネの個々の栽培品種が持つ遺伝的特性は、このような変異遺伝子座が及ぼす影響の総和によって決まっています。これらを量的形質遺伝子座(QTL)※1と呼びます。今回の研究では、イネ粒数の違いを決定する遺伝子を同定するためにQTL解析を行い、第1染色体上腕部に粒数決定に大きな影響を与えるQTL(Gn1)を見いだしました。最終的に原因遺伝子として、サイトカイニン※2の分解反応を触媒する遺伝子(OsCKX2)を同定するとともに、この遺伝子が粒数決定に関わる仕組みを明らかにしました。作物収量に直接関わるQTLを同定した世界初となる研究成果です。さらにこの知見を分子育種に利用し、Gn1と背丈を低くするQTL(sd1)をコシヒカリに共導入することにより、背丈が約18%低く、かつ粒数が約20%増加したコシヒカリの作出に成功しました。背丈の低さは風雨による倒伏被害の軽減につながります。今後はこの方法を用いることにより、農業上有利な形質の原因となる遺伝子をQTL解析などで同定し、現存の品種に導入することも可能になります。このような「テーラーメード分子育種」は、世界人口の増加に伴い危惧される食糧危機に向けた「第2の緑の革命」への基盤技術になるものと期待できます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Science』のオンライン版(日本時間6月24日付)に掲載されます。


1. 背 景
 イネ、コムギ、トウモロコシなどの穀類は人間や家畜の主要なエネルギー源となっており、人類にとって最も重要な植物です。一方で世界人口は増加の一途をたどっており、2050年には世界人口は89億人に達すると予測されています。人口増加に伴い懸念される食糧不足に対応するために、主要穀類の収量(生産力)増加につながる研究成果が求められています。
 イネはこれら穀類中でゲノムサイズが最も小さく、形質転換技術も普及しているとともに、全ゲノム配列が解読されていることなどから、主要穀類であると同時に単子葉のモデル植物として位置づけられています。
 イネでの研究成果はゲノム構造上の類似性(ゲノムシンテニー)※3を有する他の穀類(トウモロコシ、コムギなど)にも応用できる可能性を秘めています。以上のことからイネの生産性制御に関連した重要遺伝子を同定することが、今後の植物科学の応用研究への突破口になるものと期待されています。1960年代に従来育種から生まれた国際イネ研究所(IRRI,フィリピン)による短桿性イネ品種(IR8)は倒伏しにくいという形質でイネの緑の革命を起こしましたが、直接収量増加に関わるイネ子実粒数を制御する遺伝子の実体については一切わかっていませんでした。


2. 研究手法と成果
【イネの粒数と草丈に関わるQTLの同定】
 ジャポニカ米のコシヒカリに比べ、インディカ米のハバタキは植物体の草丈も低く、かつ多くの粒数を実らせます(図1)。この農業生産上重要な形質を決定する遺伝子を同定するため、2種を掛け合わせたラインを作成しQTL解析を行いました。その結果、粒数(Grain number)に影響を与えるQTLを5つ(Gn1 - Gn5)、草丈(Plant height)に影響を与えるQTLを4つ(Ph1 - Ph4)見いだしました。
 このうち、粒数増加に関するQTLについてはGn1が、また低い草丈に関するQTLについてはPh1が最も強い効果を持ちます。Ph1は第1染色体下腕部に位置し、イネの緑の革命の原因遺伝子であったsd1※4と同一でした。一方、Gn1は第1染色体上腕部に位置しており、詳しいマッピングを行ったところ、さらにGn1aとGn1bという2つのQTLに分離できることがわかりました。両QTLは粒数増加に対し、ほぼ同じ効果を持ちます。そこでGn1aに着目しさらに解析を進め、最終的にGn1aというQTLはサイトカイニンの分解反応を触媒するサイトカイニンオキシダーゼ/デヒドロゲナーゼ遺伝子(CKX)※5が原因遺伝子であることを突き止めました。

【CKX遺伝子が収量に関わる仕組み】
 サイトカイニンは細胞分裂の促進、細胞周期の調節、老化阻害、腋芽の活性化など多様な生理活性を持つ植物ホルモンの1種です。イネゲノム上にはCKX遺伝子が11個(OsCKX1-OsCKX11)見いだされていますが、粒数の多いハバタキではGn1aとして同定されたOsCKX2のみの発現レベルが下がっていました。このOsCKX2遺伝子はイネの花の分裂組織などで発現しています。ハバタキではOsCKX2遺伝子の発現レベルが下がることで花芽の分裂組織中のサイトカイニン分解活性が低くなるため、サイトカイニン含量が局所的に増加し、細胞分裂活性を高めたことから花の数が増加し、結果的にイネの子実粒数が増加したものと考えられます(図2)。実際にハバタキとコシヒカリの花芽の部分のみを採取しサイトカイニン含量を測定したところ、ハバタキの含量の方が高いことがわかりました。

【QTLの組み合わせによる有用形質遺伝子の利用】
 イネ品種間での形質の違いを決める遺伝子が明らかになれば、その遺伝子を育種的手法によって従来品種に導入することが可能です。そこで今回のQTL解析で得られたGn1とPh1というハバタキのQTL遺伝子領域を交雑によりコシヒカリに導入してやりました。すると、Gn1, Ph1だけを導入したイネではそれぞれ粒数が増加し、草丈が低くなりました。さらにそれらを掛け合わせGn1とPh1を併せ持つラインでは従来品種のコシヒカリに比べ粒数が約20%増加し、草丈は約18%低くなっていました(図3)。これはQTL解析で有用な遺伝子がイネで見いだせれば育種技術を用いて従来品種にその形質のみを複数導入することが可能であることを実験的に証明した最初の例になります。

 なお、本研究は理化学研究所、名古屋大学、本田技研(株)の共同研究成果ですが、QTL解析と育種実験は名古屋大学と本田技研が、CKX遺伝子が収量に関わる仕組みの解明については理研と名古屋大学が主となって研究を進めました。


3. 今後の展開
 今回の研究で、イネ粒数を決定する最も強いQTLがサイトカイニンの分解反応を触媒する遺伝子であることを世界で初めて明らかにできました。1960年代にイネ、コムギで起こった緑の革命はともに半矮性の形質を従来育種法で選択し、多収性を実現しました。その後の研究によりこの原因遺伝子はともに植物ホルモンであるジベレリンに関わるものであることがわかり、ジベレリンは農業上極めて重要な植物ホルモンとされ、世界中で活発に研究が進められています。今回の研究でサイトカイニンも直接収量(子実粒数)に関わる植物ホルモンであることが明らかにされ、サイトカイニンは農業上重要な植物ホルモンであることがわかったわけです。また、QTLの組み合わせにより目的にあった「テーラーメード分子育種」が可能であることも証明できました。イネは長年の人の手による育種過程の中で、耐病性や環境耐性などに関わる遺伝子を失ってしまっている可能性があります。一方でイネは野生種を含め世界中に特徴のある様々な品種がコレクションされています。これらの中から生産性向上に関わる遺伝子の探索を行い、従来品種に導入すればさらなる増収が望めます。来るべき食糧危機を回避するべく「第2の緑の革命」を起こすための基盤技術が提供できたものと考えています。


(問い合わせ先)

国立大学法人 名古屋大学
 生物機能開発利用研究センター
  有用農業形質保存分野
   助教授 芦苅 基行

Tel: 052-789-5225 / Fax: 052-789-5226
独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 植物科学研究センター
  生産機能研究グループ 生産制御研究チーム
   チームリーダー 榊原  均

Tel: 045-503-9576 / Fax: 045-503-9609
独立行政法人理化学研究所
   横浜研究所 研究推進部  星野 美和子

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 QTL (Quantitative Trait Locus)
量的形質遺伝子座。人間は長年にわたる育種の過程で、自然に起こる突然変異による植物の様々な形質変化の中から有用なものを選択・蓄積してきた。イネなど作物類の個々の品種が持つ遺伝的特性は、このような変異遺伝子座が及ぼす1つ1つの影響の総和によって決まっている。このようにある形質に加算的な影響を及ぼす遺伝子座を量的形質遺伝子座(QTL)と呼ぶ。
※2 サイトカイニン
植物ホルモンの1種。細胞分裂の促進、細胞周期の調節、老化阻害、腋芽の活性化など多様な生理活性を持つ。アデニンの6位の窒素原子に炭素5つのプレニル基をもつ構造が基本骨格であり、側鎖構造の違いによりトランスゼアチン、イソペンテニルアデニンなどが知られている。主な合成場所は根であるが、地上部の篩部組織などでも合成される。合成された場所で局所的に作用するとともに、通道組織である道管・篩管を介して植物体内を長距離輸送され作用する。
※3 ゲノムシンテニー
ゲノム構造上の類似性。植物は維管束植物、単子葉、双子葉植物などと進化を遂げてきたが、進化上近縁に位置する植物種同士ではゲノム染色体上の遺伝子の並びや一次配列などに類似性を持つことが知られている。よってモデル植物で得られた知見をこの類似性を基に他の作物に応用できると考えられている。
※4 sd1
semi-dwarf(半矮性)の形質を与える遺伝子。従来育種によってなされた「イネの緑の革命」の原因遺伝子。この遺伝子はジベレリンの生合成に関わるGA20オキシダーゼをコードすることが名古屋大学大学生物機能開発利用研究センターの松岡信教授らによって明らかにされている。
※5 サイトカイニンオキシダーゼ/デヒドロゲナーゼ (CKX)
サイトカイニンの分解反応を触媒する酵素。側鎖を切断し、アデニンと側鎖由来ブテナール化合物を生ずる。シロイヌナズナやイネ、トウモロコシなどでの研究から、CKXは多重遺伝子族を構成しており、各遺伝子で発現場所や発現制御様式が異なることが明らかにされている。イネゲノム上には11種類のCKX遺伝子が見いだされている。サイトカイニンの細胞内のサイトカイニンレベルのフィードバック調節機構の本体になっている。


<図1>コシヒカリ(左)とハバタキ(右)
コシヒカリはハバタキに比べ草丈が高く、穂当たりの子実粒数が少ないことがわかります。
この違いは長年の育種の過程で選抜・蓄積されてきた有用遺伝子座の効果の総和によるものです。
両者品種間での子実粒数の違いを決定している遺伝子の探索を行いました。


<図2>Gn1a遺伝子座がイネ子実粒数に影響を与える仕組み


<図3>QTLの組み合わせによるコシヒカリへの有用遺伝子の共導入
従来品種のコシヒカリに草丈を低くするsd1と子実粒数を増やすGn1を共導入すると、双方の形質が付与されました。

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