プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
筋肉組織の構築に細胞ストレスが必要なことを発見
- 生物はストレスを体作りに役立てる -
平成17年5月23日
◇ポイント◇
  • 特殊な抗体を利用して細胞ストレスが発生していることを検出
  • 細胞ストレスが筋肉組織を作る一方で細胞死を引き起こす
  • 善玉ストレスが関わる生命現象発見や健康増進法開発の新たな糸口に
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、筋肉の組織ができるときに、小胞体ストレス※1と呼ばれる細胞ストレスが必要であることを確認しました。中央研究所バイオアーキテクト研究推進グループ、構築原理研究チーム(現・細胞がつくるものチーム)の森島信裕先任研究員、中西慶子ジュニアリサーチアソシエイト(現・協力研究員)らによる研究成果です。
 細胞ストレスは何らかの異常状態に発生し、細胞にダメージを与えたり、時には病気の原因にもなる悪者と見られていました。
 今回研究チームは、正常なマウスの胚発生の時期に筋肉が作られる過程を調べ、細胞ストレスが発生していることを見つけました。このストレスは細胞に筋肉作りの指令を出す一方で、不要な細胞にアポトーシス(細胞死※2)を起こさせて筋肉組織に含まれないようにする働きを持ちます。生物は体作りとそれに適した細胞の選択にストレスをうまく利用していることが初めて示されました。細胞ストレスをうまくコントロールすれば健康な体作りのために役立つ可能性があります。今後の研究では「善玉」ストレスが筋肉以外の組織作りでも使われているかどうかを探っていきます。
 本研究成果は、米国の学術専門誌『Journal of Cell Biology※3』(5月23日号)に掲載されます。


1. 背 景
 胚発生の時期には細胞分化によって様々な組織が作られます。将来筋肉になる場所では筋肉の元になる筋芽細胞が細胞分裂で増えた後、増殖を停止して分化過程に入ります(図1)。筋芽細胞同士が多数融合して筋管(多数の核を含む)ができ、その中で筋収縮に必要なミオシンなどのタンパク質が作られます。筋管がさらに成長すると収縮能を持つ筋繊維となります。一部の筋芽細胞は分化の途中でプログラム細胞死(アポトーシスとも呼ばれる)を起こして消滅することが知られていましたが、そのきっかけは不明でした。また、なぜ同じ筋芽細胞が「分化」と「アポトーシス」という二つの運命をたどるのか、両者の関係はどのようなものかという点は全く理解されていませんでした。
 今回、研究チームは筋分化におけるアポトーシスが起きる仕組の研究を進めたところ、筋芽細胞は細胞ストレスに促されてアポトーシス細胞または筋管細胞のどちらかに変化することを突き止めました。
 アポトーシスの研究は1990年ごろから爆発的な勢いで進んできました。この研究の基礎を築いた欧米の研究者は2002年度のノーベル医学生理学賞を受賞しています。これらの研究によって、細胞の自殺はカスパーゼ※4と呼ばれる一群のタンパク質分解酵素によって引き起こされることが判明しています。カスパーゼが細胞内の約300種類の決まったタンパク質を分解することによって細胞の解体作業が整然と進行します。分解されるタンパク質の種類は全タンパク質の約1%に過ぎませんが、細胞の構造を維持するタンパク質、細胞の増殖を制御するタンパク質、細胞内で傷ついた遺伝子を直すタンパク質など細胞の生存にとって重要なタンパク質です。これらはカスパーゼによって分解されると機能を失ったり、異常な働きをするようになります。
 カスパーゼはほとんど全ての細胞に含まれていますが、普段は活性の無い前駆体として存在しているため細胞が無闇に死んでしまうことはありません。アポトーシスが必要になるとカスパーゼ族の中で特定のサブグループが活性化します。例えば小胞体ストレスが発生するとカスパーゼ12が真っ先に活性化し、他のカスパーゼ(カスパーゼ9や3)を活性化させます。小胞体ストレスはパーキンソン病など、いくつかの重篤な神経疾患の病因であるとされているため、ここ数年、病気との関連が盛んに研究されてきました。小胞体ストレスはいつでも悪者なのでしょうか。カスパーゼ12は病気のためにあるタンパク質なのでしょうか。


2. 研究手法と成果
 研究チームでは活性化カスパーゼを高感度で検出できる抗体(図2)を作製して、カスパーゼが活性化している細胞に目印を付ける方法を開発してきました(関連商品:活性化カスパーゼ−9検出抗体、発売元・医学生物学研究所)。どの細胞でどの種類のカスパーゼが活性化しているかを調べれば、何がカスパーゼの指示役になっているかを探る手がかりが得られるからです。筋肉組織ではカスパーゼ12がたくさん作られていることから、カスパーゼ12と筋繊維形成との関わりに注目しました。その結果、小胞体ストレスが細胞内でシグナルを発信してカスパーゼ12を活性化させ、筋芽細胞のアポトーシスを起こしていること、同時にそのシグナルは筋管形成も促すことが、初めて明らかとなったのです。
 カスパーゼ12の活性化を検出するため、活性化の前後でこの酵素の構造が変わる点に注目しました。前駆体はひとつながりのポリペプチド鎖ですが、それが決まった場所(アミノ酸残基)で切れて断片化するとタンパク質分解活性を持つようになります。断片化によってそれまでは無かった断端が生じます。その断端を認識して結合する抗体(断端認識抗体)を作製しました。この抗体に蛍光物質などを付けてやれば、活性化カスパーゼ12のあるところに目印が付けられます。
 マウスは二十日ネズミの名前から想像されるように、受精後約20日間の発生過程を経て生まれてきます。発生過程が後半に入ってしばらく経った胎齢13日ころに背筋や首筋ができます。筋肉になる場所を断端認識抗体で調べてみると、カスパーゼ12がこの時期に活性化していることが分かりました(図3)。大半の筋芽細胞中でカスパーゼ12の活性化が見られました。カスパーゼ12の活性化は小胞体ストレスが発生していることの証拠になります。証拠固めとして、ストレス防衛タンパク質の合成など、小胞体ストレスに対する応答反応を調べたところ、この時期の筋芽細胞中でこれらの応答があることが確かめられました。しかし、カスパーゼ12活性化もストレス応答も一過的なものであり、筋肉ができあがってしまうと見られなくなります。また、カスパーゼ12が活性化している細胞全てがアポトーシスを起こす訳ではなく、ストレスに耐えた細胞はその後、筋肉に分化することが分かりました。筋芽細胞がアポトーシスを起こすか、それとも筋管になるのか、これを決定する機構の詳細は今後解明すべき課題です。
 筋分化における小胞体ストレスの発生はどれくらい重要なのでしょうか。小胞体ストレスが発生すると細胞内にあるストレスセンサータンパク質が起動し、細胞内のほかのタンパク質にシグナルを送ります。筋芽細胞を培養してシャーレの中で筋分化を起こさせてみると、ストレスセンサーが働いていることが分かりました。ところがストレスセンサーが働かないような薬剤を投与するとアポトーシスが起きなくなるとともに筋分化の進行も妨げられることが分かりました(図4)。これは小胞体ストレスがアポトーシスを起こす引き金になっている一方で筋分化過程にとっても必要であることを示しています。筋芽細胞に生じた小胞体ストレスはセンサーを通して細胞内でシグナルを発信し、カスパーゼ12を活性化させて一部の細胞にアポトーシスを引き起こします。一方で小胞体ストレスによるシグナルは細胞に筋繊維形成を促していると考えられます。


3. 今後の展開
 今回、生物が体作りに細胞ストレスをうまく利用していることを初めて示しました。細胞分化、細胞死という見かけ上異なる二つの現象がともに小胞体ストレスが発するシグナルを利用するのは効率が良い仕組であると言えます。筋芽細胞が筋繊維になるか、それとも自ら死んで消えていくか、その行く末を決めている細胞間の違いを探ることが、今後重要な課題です。研究チームはストレスに対する抵抗性が細胞の生死を分けていると考えています。これが正しいとすると、筋肉になった細胞は、細胞ストレスという試練を乗り越えた細胞と捉えることができます(図4)。
 細胞ストレスには様々な種類(酸化ストレス、熱ショック、浸透圧ショックなど)がありますが、なぜ小胞体ストレスが筋分化に関係しているのでしょうか。筋繊維中の小胞体はカルシウムの放出、取り込みによって筋収縮を調節しており、筋芽細胞に比べて非常に発達していることが知られています。研究チームは筋分化の時期に小胞体に起こる大変化がストレスの発生に関わっているのではないかと考えています。 また、出来上がった筋肉の中では筋収縮のたびに小胞体の環境が激変し、小胞体ストレスが起きやすい環境にあると思われます。小胞体ストレスに弱い細胞はアポトーシスによってあらかじめ除かれているのだとすると、筋芽細胞が経験するストレスは理にかなったものであると言えます。
 今回の研究で小胞体ストレスをコントロールすることで筋分化を制御する道が開ける可能性が出てきました。高齢者や入院中の患者さんにとっては良好な筋組織を作ることが高いQOL(quality of life、生活の質)の維持に必要です。また、「善玉」ストレスが筋肉以外の組織作りで活躍しているかどうかも探っていきたいと考えています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 中央研究所
  バイオアーキテクト研究推進グループ
   細胞がつくるものチーム
  先任研究員 森島  信裕

Tel: 048-462-1111(内線5659) / Fax: 048-462-4671

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 小胞体ストレス
タンパク質の不良品が細胞内の小胞体という構造体の中にたまり、細胞に負荷がかかった状態のこと。タンパク質合成の低下、タンパク質分泌の停止など様々な障害を引き起こす。
※2 アポトーシス(細胞死)
細胞が自殺機構を働かせて自ら死んでいく現象。胎児の指の間をうめている細胞の消失、過剰につくられる神経細胞の間引き、ガンになりかけた細胞の自滅などを起こし、高等動物にとっては必須な現象。
※3 Journal of Cell Biology
“ジャーナルオブセルバイオロジー(The Journal of Cell Biology: JCB)は世界で最も引用される科学に関する定期刊行物の一つ。発行頻度は隔週刊で、1955年の創刊以来、細胞生物学における最先端の研究論文等を掲載している。編集部は著名な現役の研究者から構成されており、発行業務は米国ロックフェラー大学出版部によって行われている。雑誌の重要度を示すインパクトファクターは12.023(2003年)であり、高い影響力を持つ学術雑誌といえる。ちなみにThomson ISI社の2003年版のリストにおいて、インパクトファクターが12を越えるものは、全5907誌中64誌である。”
※4 カスパーゼ
細胞中のタンパク質を壊して細胞を死へと導く酵素で、アポトーシスの初期段階から活性化する。哺乳類細胞ではカスパーゼ1から14まで見つかっている。


図1 筋芽細胞がたどる二つの道筋
筋芽細胞は増殖をやめた後、細胞融合によって筋管細胞となるか(上側の道)またはアポトーシスを起こして消滅する(下側)。
融合した細胞中で核(緑の丸で示す)がそのまま残るため、筋管細胞は多核となる。筋管がさらに成熟すると筋繊維となって筋収縮を始める。
筋芽細胞に限らず、一般的にアポトーシスを起こした細胞は小さく丸まった形になる。


図2 アポトーシスの研究に有効な抗体の開発
アポトーシスはタンパク質の切断によって達成される。不活性なカスパーゼ前駆体は他のカスパーゼによって切断されて活性化する。また、活性化したカスパーゼは約300種類のタンパク質を切断してアポトーシスを引き起こす。
切断によって出現してくるポリペプチド末端の構造(青色部分)にフィットした抗体(断端認識抗体)は切断前のタンパク質分子には結合しない。断端認識抗体に赤や緑の蛍光物質を付ければ、どの細胞でタンパク質の切断、すなわちカスパーゼの活性化が起こっているかを知ることができる。写真は、マウス胎仔の脳、指の間、背中の神経節で起こっているカスパーゼの活性化を検出した例。


図3 筋肉組織ができる時に小胞体ストレスが発生している
マウス胚の組織切片を特異的な抗体で処理することで、特定のタンパク質があるかどうか、あるとしたらどこにあるか調べることができる。最上段の写真には数十個、その下の6枚の写真には数百個の細胞が写っている。胎生13.5日は筋肉が作られ始める時期にあたる。この時期に活性化カスパーゼ12とストレス応答タンパク質が見られた(茶色い部分)。最上段の拡大写真でよく分かるように、大半の細胞がこれらのタンパク質を含んでいる。これは組織全体に渡って小胞体ストレスが発生していることを示している。小胞体ストレスの発生は一時的であり、発生後期には見られなくなる(15.5,18.5日)。


図4 細胞ストレスは筋分化とアポトーシスを促すシグナルを同時に発信している。筋芽細胞は分化過程に入ると遺伝子発現やタンパク質合成パターンを大きく変え、構造的に見ても小胞体の発達などの大変化を示す。この時に細胞内で生じる小胞体ストレス(上段左図)は一部の細胞にアポトーシスを起こさせる(上段中図)。生き残った筋芽細胞は融合して筋管となり、細胞中に筋肉特有のタンパク質(ミオシンなど)を含むようになる(上段右図)。下段は薬剤を使ってストレスセンサーの働きを阻害した場合。
上段左:小胞体ストレスの発生をストレス応答タンパク質(赤)で確認した。上段中:アポトーシス細胞(丸くて小さい)が数十個見えている。上段右:細長い筋管が何本も形成され、その中でミオシン(赤)が合成されていることが分かる。

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