プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
椎間板ヘルニアの原因遺伝子を世界で初めて発見
- 腰痛、座骨神経痛の治療につながる大きな一歩 -
平成17年5月2日
◇ポイント◇
  • 腰椎椎間板ヘルニアの患者では「CILP」という遺伝子の発現が高い。
  • CILPのあるタイプのSNP(CILPタンパクの395番目のアミノ酸がスレオニンに変わっているタイプ)を持っていると、椎間板ヘルニアになるリスクがおよそ1.6倍も高い。
  • CILPタンパクは、TGF-βという軟骨細胞成長因子と結合し、軟骨の分化と増殖を抑制。
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、腰椎椎間板ヘルニアの原因遺伝子のひとつが、CILP(cartilage intermediate layer protein)遺伝子であることをつきとめました。理研・遺伝子多型研究センター(中村祐輔センター長)変形性関節症関連遺伝子研究チームの池川志郎チームリーダーらの研究チームによる成果 です。
 椎間板ヘルニアは椎間板の変性による疾患です。腰痛や座骨神経痛の最大の原因で、多くの人を苦しめていますが、これまでその原因は不明でした。今回の研究では、遺伝子多型を用いた相関解析を行って、CILPが椎間板ヘルニアの原因遺伝子のひとつであることを発見しました。
 CILPは軟骨細胞の周囲の基質に存在するタンパクで、TGF-βという軟骨細胞の主要な成長因子と結合して、TGF-βが軟骨基質を生み出す働きを抑制します。このTGF-βに対する抑制作用が、椎間板ヘルニアの罹(かか)り易さの違いにつながります。CILPのあるタイプのSNP(一塩基多型)を持っている人では、椎間板ヘルニアの発症リスクがおよそ1.6倍になることがわかりました。
 これらの成果は、椎間板ヘルニアの原因、病態を遺伝子、タンパクレベルで解明した世界で初めての研究成果 です。今後のCILPタンパクとTGF-βの関係の解析により、椎間板を維持するメカニズムが明らかになり、椎間板ヘルニアの画期的な治療法およびその治療薬の開発が大きく進むものと期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Genetics』ウェブサイト上のオンライン・パブリケーション(5月2日付)に発表されます。


1. 背 景
 椎間板ヘルニアは、椎間板の軟骨の変性を基盤とする疾患です。骨・関節の疾患の中で、最も発症頻度の高い疾患のひとつで、少なく見積もっても全人口の約1%が罹患します。腰椎椎間板ヘルニア、及びその前駆状態の腰椎椎間板変性症は、腰痛、座骨神経痛、足の麻痺、感覚障害など様々なやっかいな症状を引き起こします。生涯罹患率80%といわれる腰痛の大きな原因のひとつでもあります。その好発年齢は20〜40歳の青壮年期で、このため、労働生産性の低下などの社会的な問題も引き起こします。
  厚生労働省統計情報部のデータによれば、国内における椎間板ヘルニアによる入院患者は7.4/1000人にものぼります。手術患者は、初回の手術に限っても人口10万人あたり年間46.3人という報告がなされています。毎年 約5万人が手術を受けている計算になります。
 このように椎間板ヘルニアは医療、医療経済上重要な問題なのですが、その発症の根本的な原因や病態は分かっておらず、そのため有効な治療法がないのが現状です。


2. 研究手法と成果

【感受性遺伝子、CILPの同定】
以前より、椎間板ヘルニアの発症には遺伝的な要因が関与することが示唆されていました。いくつかの原因遺伝子(感受性遺伝子)が報告されていましたが、その機能がはっきりと証明されているものはありませんでした。
 椎間板ヘルニアの感受性遺伝子をみつけるために、我々は遺伝子多型研究センターで収集した遺伝子多型データと高速度大量 タイピングシステムを用いて、大規模な相関解析を行いました。候補となる遺伝子のひとつとして、CILP (cartilage intermediate layer protein) 遺伝子に着目しました。CILPは軟骨特異的な細胞外基質タンパクです。従来、その機能はよく分かっていませんでした。ヒトで組織ごとのCILP遺伝子の発現を調べた所、椎間板に著しく強く発現していることがわかりました(図1)。椎間板ヘルニアの患者さんのCILP遺伝子の発現は、椎間板の変性の重症度に伴い上昇傾向を示しました(図2右)。更に、CILPタンパクは、患者さんの椎間板の変性の強い部分に、特に、たくさん発現していることわかりました(図2左)。
 そこで、CILP遺伝子多型を用いたケース・コントロール相関解析(疾患の遺伝子を見つける方法のひとつ。疾患を持つ人と疾患を持たない人とでSNPの型に差があるかどうかを統計学的に比較する解析方法)を行った所、CILPのあるSNP(一塩基多型)が椎間板ヘルニアと最も強く相関することがわかりました(表1)。このSNPは、CILPタンパクの395番目のアミノ酸のイソロイシン(Ile)がスレオニン (Thr)に変わっていました。このスレオニン型 (Thr型)の多型が椎間板患者集団に多くなっていました。Thr型の多型を持つと、椎間板ヘルニアの発症リスクが、約1.6倍になります。

【CILPの機能】
 CILPには、TGF-βと結合すると推定されるアミノ酸の配列があります。TGF-βは椎間板の軟骨細胞の主要な成長因子で、II型コラーゲン、アグリカンなどの軟骨基質の発現を促進します。そこで、CILPとTGF-βの結合を調べてみると、両者は特異的に結合し、その結合力はThr型のCILPでより強いことがわかりました(図3)。免疫染色で、ヒトの椎間板でのCILPとTGF-βの存在部位 をみると、両者は細胞周囲に共存していました(図4)。これらの結果 から、CILPは、TGF-βと結合して、その作用を調節していることが示唆されました。
 そこで、ウサギの椎間板から採取した軟骨細胞でCILPタンパクの作用をみてみると、CILPはTGF-βシグナルを抑制し、TGF-βによるII型コラーゲン、アグリカンの発現を顕著に低下させました。CILPのこのTGF-βの抑制作用は、Thr型のCILPでより強いことがわかりました(図5)。

【CILPが椎間板ヘルニアを起こすメカニズム】
 機械的ストレスにより椎間板は日々傷害を受け、その軟骨細胞、基質が減少していきます。これが椎間板の変性で、二足歩行をするようになった人類の宿命と言えます。これを防ぐために、TGF-βなどの成長因子が働き、軟骨細胞を分化させ、基質を産生する能力を上げてこの減少を補償しようとします。しかし、成長因子の無制限の作用は、異常な軟骨の増大、骨化、腫瘍の発生などの新たな問題を引き起こしてしまうので、その作用には一定の調整、制御機構が必要です。我々はCILPが、椎間板においてこのTGF-βの調整役を担っていると考えています。Thr型のCILPでは、TGF-βの抑制作用が強すぎるために、十分にTGF-βが働けず、変性を起こし易くなっていると考えています。


3. 今後の展開
 近年、細胞外基質タンパクにより成長因子の活性が制御されること、そして、その機構の破綻により疾患が発生することが知られてきました。先に我々も、軟骨特異的な細胞外基質タンパクのアスポリンがTGF-β活性を制御し、変形性関節症の感受性を決めていることを報告しましたが、今回、再びCILPとTGF-βと椎間板ヘルニアで、細胞外基質タンパクによる成長因子の活性の制御と、その機構の破綻による疾患の発生のモデルを示しました。このような細胞外基質タンパクと成長因子および疾患の連関の解明は、今後の骨・椎間板疾患研究の大きな柱のひとつになるでしょう。
 今後は、CILP多型の情報を利用して椎間板ヘルニアの分子診断システムを開発し、予後、病態の予測、治療方針の決定に役立てると共に、CILP-TGF-β系の作用機構、発現調節機構などを解明することにより椎間板ヘルニアの分子病態を明らかにし、椎間板ヘルニアの新規の治療法、画期的な治療薬の開発へと発展させていきたいと考えています。
 本研究は、富山医科薬科大学整形外科、慶應義塾大学整形外科、京都府立医科大学整形外科などの臨床機関、遺伝子多型研究センター・遺伝子多型タイピング研究・支援チーム、情報解析研究チームとの共同研究によるものです。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 遺伝子多型研究センター
  疾患関連遺伝子研究グループ
   変形性関節症関連遺伝子研究チーム
  チームリーダー  池川  志郎

Tel : 03-5449-5393 / Fax : 03-5449-5393
研究推進部  星野 美和子

Tel : 045-503-9117 / Fax : 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715
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