プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
高グリシン血症の原因となるPタンパク質の立体構造を解明
- 構造情報から新たな治療も可能 -
平成17年3月25日
◇ポイント◇
  • Pタンパク質の構造が原子レベルで明らかにされ、機能を発揮する上で重要な領域を同定
  • 細菌からヒトまで、Pタンパク質が触媒反応を進める機能上、重要な領域は生物種を超えて共通
  • Pタンパク質の異常でおきる高グリシン血症の発症メカニズムを、立体構造に基づき解明
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、生体内でのグリシン※1の分解反応で重要な役割を担うグリシン開裂系Pタンパク質の立体構造を世界で初めて決定しました。播磨研究所先端タンパク質結晶学研究グループ構造解析高度化チームの中井忠志訪問研究員(日本学術振興会特別研究員)、神谷信夫チームリーダー、ストラクチュローム研究グループの中川紀子連携研究員、真岡伸子連携研究員、増井良治連携研究員、倉光成紀グループディレクターらの研究グループによる研究成果です。
 先天代謝異常症の一つである高グリシン血症はグリシン開裂系の異常により発症します。グリシン開裂系は4種類のタンパク質から構成されますが、患者の約8割がその中のPタンパク質の遺伝子に変異をもつことが知られています。しかし、それらの変異がどのようなメカニズムで生体内のグリシン分解反応に悪影響を及ぼすのかは、これまで闇に包まれていました。研究グループは、高度好熱菌丸ごと一匹プロジェクト※2と共同で調製した安定なサンプルから結晶を得て、大型放射光施設SPring-8の理研構造生物学ビームラインBL44B2及びBL45XUにより、Pタンパク質の立体構造の決定に世界で初めて成功しました。その結果、Pタンパク質は、同類のPLP酵素とは全く異なるタイプの二量体を基本単位とする特異な構造であることが明らかになりました。さらに、Pタンパク質が機能を発揮する上で重要な領域が原子レベルで明らかにされ、それらの領域は細菌からヒトまで生物種を超えて共通であることが判明しました。さらに、高グリシン血症の発症メカニズムを立体構造に基づいて説明することに初めて成功しました。
 本研究は、わが国で推進している「タンパク3000プロジェクト」の一環として行われたもので、遺伝子情報に基づいた治療につながることが期待されます。
 本研究成果は、欧州分子生物学機構の学術雑誌『The EMBO Journal』のオンライン版3月24日号(日本時間25日付け)に掲載されます。


1. 背 景
 高グリシン血症は、血中に高濃度にグリシンが蓄積し、痙攣、呼吸障害などの神経症状を引き起こす先天性のアミノ酸代謝異常症です。患者の大部分は新生児期に死亡し、生存できても重篤な精神発達の遅れを伴います。この遺伝病は、フィンランド北部で発症頻度が高く、発症率は新生児一万人あたりに一人となっており、グリシン開裂系の異常によって発生することが知られています。
 グリシン開裂系は、P・H・T・Lの4種類のタンパク質から構成されており、生体内でグリシンを分解する反応を触媒※3します。グリシン開裂系の遺伝子に変異が生じると、遺伝子情報に基づいて合成されたタンパク質にも変異が生じ、グリシンの分解反応を進めることが不可能になってしまいます。その結果、分解されなかったグリシンが血液中に蓄積し、高グリシン血症を発症するのです。発症メカニズムを原子レベルで解明するためには、タンパク質の立体構造情報が必要不可欠です。1991年から2004年にかけて、L・H・Tタンパク質の構造が明らかにされてきましたが、高グリシン血症の患者の約8割がPタンパク質に変異をもち、その重要性が叫ばれていたにも関わらず、残るPタンパク質の構造はこれまで全くの謎でした。


2. 研究手法と成果
 Pタンパク質はα2β2四量体※4のビタミンB6※5依存性酵素(PLP※6酵素)であり、グリシン開裂系の第一ステップの反応を触媒します。今回の研究では、高度好熱菌丸ごと一匹プロジェクトと共同で調製したThermus thermophilus HB8由来のPタンパク質を用いることにより、初めてPタンパク質の結晶を得ることに成功しました。それでもなお、分子量が約20万とグリシン開裂系タンパク質の中で最大であることなど、難しい研究対象であることには変わりなく、X線を照射したときにより多くの回折を与え、量産が可能といった性質を持つ、構造解析に適した結晶を得るまでには丸4年の歳月を必要としました。大型放射光施設SPring-8の理研構造生物学ビームラインBL44B2及びBL45XUにおいてSIRAS法※7を適用し、世界で初めて構造解析に成功しました。
 Pタンパク質の構造は2.1Å※8という高分解能の解析で決定できました。Pタンパク質はαβ二量体が二回軸※9で関係付けられ、(αβ)2四量体構造をとっています(図1左)。α鎖とβ鎖の間でアミノ酸配列に類似性がみられ(22%が同一アミノ酸)、立体構造でもよく類似していることがわかりました。(αβ)2四量体から密接な側のαβ二量体を見たところ、構造の似たαおよびβサブユニットが疑似の二回軸により関係づけられていることがわかりました(図1右)。PLP酵素は、折畳み構造にもとづいて4タイプに分類されており、Pタンパク質が分類されているタイプのPLP酵素は、これまで62個が知られています。この62個のPLP酵素は、全てα2二量体を基本単位にもっていますが(図2右)、Pタンパク質はαβ二量体を基本単位として活性部位を構成するという特異な構造をもつことがわかりました(図2左)。また、PLPを含むPタンパク質以外に、PLPを含まないもの、PLPと基質アナログ※10を両方含むものの構造解析を行い、PLPおよび基質※10の認識など、反応に必要不可欠なアミノ酸残基を同定しました。その結果、それらのアミノ酸残基は他の生物種でも高度に保存されていることから、今回明らかになったPタンパク質の触媒反応メカニズムは、基本的には生物種を超えて共通であることが示唆されました。
 高度好熱菌のPタンパク質の立体構造に基づいて作成したヒトのPタンパク質の構造を図3に示します。現在、病気を引き起こす11種類の変異が同定されています。そこで、各変異が立体構造に与える影響を考察しました。例えば、アミノ酸残基564番に変異が起きるとこの病気が発症します。564番は活性部位に隣接しているので、これが変異により他のアミノ酸残基に置き換わると、活性部位の構造が壊れ、Pタンパク質がうまく働かなくなると考えられます。その他、Pタンパク質の立体構造に基づき大部分の変異についても、それらがどのように酵素活性の消失を引き起こし、高グリシン血症を引き起こすのかを、立体構造の立場から原子レベルで説明することに成功しました。


3. 今後の展開
 今回の結果は、Pタンパク質が機能を発揮する上で重要な領域を原子レベルで明らかにし、それらが細菌からヒトまで生物種を超えて共通であることを解明しました。さらに、高グリシン血症の発症メカニズムを、立体構造に基づいて説明することに成功しました。今後も蓄積されていくであろう変異情報に対しても、今回の結果が有用な基礎情報となるでしょう。例えば、PLPに隣接する場所に新たに変異が見つかった場合は、PLPの結合力が弱まっている可能性を考慮し、PLPの材料であるビタミンB6※8製剤をまず投与するといった判断を下すことが考えられます。さらに、臨床に携わる医師が直接、Pタンパク質の構造情報を活用することにより、新たな治療法の糸口をつかむことも期待できます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所・播磨研究所
 先端タンパク質結晶学研究グループ・構造解析高度化研究チーム
  研究員  中井 忠志
  チームリーダー  神谷 信夫

Tel: 0791-58-2921 / Fax: 0791-58-2826
  研究推進部  猿木 重文

Tel: 0791-58-0900 / Fax: 0791-58-0800

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 グリシン
グリシン (NH2CH2COOH) は、体内に含まれるアミノ酸の中で、最も単純な形を持つアミノ酸。多くの種類の蛋白質では、グリシンはわずかしか含まれていないが、ゼラチンやエラスチンといった動物性蛋白質のうち、コラーゲンと呼ばれるものに多く含まれる。
※2 高度好熱菌丸ごと一匹プロジェクト
高度好熱菌 Thermus thermophilus(サーマス サーモフィルス) HB8 細胞内のあらゆる生命現象を生体分子の立体構造に基づき理解しようというプロジェクト。高度好熱菌由来のタンパク質は安定で熱に強く、結晶化率も高いため、21世紀の新たな研究分野となる原子生物学(システムバイオロジー)のモデル生物として期待されている。
※3 触媒
化学反応に際し、反応物質以外のもので、それ自身は化学変化をうけず、しかも反応速度を変化させる物質。
※4 α2β2四量体
2本のα鎖と2本のβ鎖の合計4本のポリペプチド鎖(多数のアミノ酸が鎖状につながったもの)が寄り集まってできたひとかたまり。
※5 ビタミンB6
動物の主要な栄養素(タンパク質・脂質・糖質・無機塩類・水)の他に、動物の栄養を保ち、成長に不可欠な微量の有機物の総称をビタミンという。ビタミンは動物が自分の体内で生合成できないため、植物や細菌が合成したものを摂取しなければならない。20種以上のビタミンが知られているが、ビタミンB6は動物の体内でアミノ酸の物質代謝に関与する。ビタミンB6が欠乏すると動物の成長が悪くなり皮膚病をおこす。
※6 PLP
ピリドキサールリン酸(pyridoxal phosphate)の省略形。ビタミンB6を材料として体内でつくられる補酵素の一種で、ビタミンB6の骨格をもつ。アミノ酸の代謝において、アミノ基の転移、脱炭酸、ラセミ化など重要な働きをする。
※7 SIRAS法
X線による結晶構造の決定法の一つで「異常分散効果を利用した単一重原子同形置換法」(Single Isomorphous Replacement with Anomalous Scattering)を意味する。一種類の重原子(原子量の大きい金、白金、水銀などの重金属原子)の含有結晶と、もともとの非含有結晶を使用して構造を決定する。重原子含有結晶を測定するときには、異常分散効果を十分に利用するために重原子の種類に応じてX線の波長を変更する必要がある。また、信号が微弱なため従来よりも輝度の高いX線源が必要でありかつ精度の高い測定が必要となる。したがって、この方法を用いる場合には、SPring-8のような高性能な放射光実験施設が格段に有利である。
※8 Å(オングストローム)
長さの単位で、1オングストロームは1×10-10メートル(= 0.1ナノメートル)。タンパク質の立体構造解析においては、解析した構造の分解能を表す単位として用いられ、数字が小さいほどより精度の高い高解像度の立体構造であることを示す。
※9 二回軸
一つの物体がある軸のまわりに180°の回転対称(回転移動しても変らない性質)をもつとき、その軸を二回軸と呼ぶ。
※10 基質および基質アナログ
酵素の作用を受けて反応を起す物質を、その酵素の基質という。Pタンパク質の場合にはグリシンに対応する。また、基質に化学構造のよく似た物質を基質アナログと呼ぶ。構造解析を行う際、酵素に取り込まれるが反応は進行させない基質アナログを使えば、酵素が基質を取り込んだ状態に対応する構造を解析することができる。


図1 Pタンパク質の立体構造。(左)(αβ)2四量体の構造。(右)αβ二量体の構造


図2 Pタンパク質とグルタミン酸脱炭酸酵素のサブユニット構成の比較。
(左)Pタンパク質(αβ)2四量体。(右)グルタミン酸脱炭酸酵素(α2)3六量体。グルタミン酸脱炭酸酵素はPタンパク質にもっとも近い種のPLP酵素であり、二量体同士で比較すればよく似た構造をもっている。
しかし、二量体あたりの活性部位(黄色の球で示したPLP分子の位置する場所に対応)の数はPタンパク質の1個に対し、グルタミン酸脱炭酸酵素の2個と異なっている。


図3 ヒトPタンパク質のモデル構造。
高グリシン血症を引き起こす11種類の変異をマゼンタの球で示した。

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