プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人東京工業大学
フォトニック結晶を用いて非線形光学効果の増大を実証
- 超高速光スイッチの高性能化実現に大きな一歩 -
平成17年3月23日
◇ポイント◇
  • 新たな非線形光学現象を発見
  • 物質の光学特性を人工的に制御できることを実証
  • 光スイッチの効率を飛躍的に高めることが可能に
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、新しい光ナノ材料『フォトニック結晶』を用い、物質の光学特性を人工的に制御することにより、非線形光学変化の増大効果を観測することに成功しました。理研ナノサイエンス研究プログラム研究技術開発・支援チーム(青柳克信チームリーダー)の井上振一郎基礎科学特別研究員らの研究グループによる研究成果です。
 光強度に比例して屈折率が変化する3次の非線形光学過程(光カー効果)は、テラビット(1012bps)クラスの超高速光スイッチング動作が可能であり、将来の超高速光信号処理へ向けた基本原理として期待されています。しかし通常光カー効果による材料の非線形光学変化量は非常に微弱なため、実用レベルの光スイッチを実現するには、この効果を増大させることが大きな課題でした。
 今回研究チームは、高非線形材料を用いて2次元フォトニック結晶構造を作製し、光の群速度を低下させ、物質の非線形変化を大きく増大させることを世界で初めて示しました。今回示したのは約5倍の増大ですが、設計次第でさらに1桁から2桁以上の増大効果が得られる見込みです。さらに光バンド分散の特異性を利用することにより、同じ材料、波長でありながら正負反対向きの非線形変化が起きるという新しい光学現象を観測しました。これらは従来の一様媒質中では決して起きえないフォトニック結晶ならではの現象です。
 今回の成果は、次世代以降の超高速情報通信において必要とされる電気信号処理を一切行わないテラビットクラス全光制御型光スイッチ素子の実現可能性を飛躍的に高める新しい技術として大いに期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』4月号に掲載されます。


1. 背 景
 情報伝送容量ニーズの急激な増加に対し、電気信号処理を一切伴わない超高速動作可能な全光制御型光スイッチ素子※1の早期実現が強く期待されています。この光スイッチには、入射する光の強度に比例して物質の屈折率が変化する3次の非線形光学現象(光カー効果)※2を利用しますが、通常、物質の非線形光学変化は非常に弱く、小型で実用レベルの素子を実現することは非常に困難でした。
 これを打破する新しい技術として注目されているのが、ナノテクノロジー技術(極微細構造加工技術)を駆使した『フォトニック結晶』※3です。フォトニック結晶は、材料を光の波長程度の周期で加工した光ナノ構造ですが、光の進む速さ(群速度)を極端に遅くするなど物質の光学特性を人工的に制御することが可能であるため、物質の非線形光学変化を大きく増大できる可能性があります。これが実現されれば、素子の高性能化につながり小型で実用レベルの光スイッチ素子実現に向け、大きく前進することが期待されます。しかしこれまで、フォトニック結晶に対する研究は、SiやSiO2、 InP(インジウムリン)などの一般的な半導体材料を用いた線形素子に対するものが主流であり、非線形光学材料を用いた非線形光学現象に対する実験的な研究は、これら材料に対する微細加工が難しく、ほとんど進んでいませんでした。
 フォトニック結晶による群速度制御を使ったレーザー光−物質間の相互作用増大や、光分散性制御を使った非線形特性の任意制御などを実証する試みは、従来光素子では不可能な光学技術への新しい展開を可能にするもので、光スイッチ以外にも波長変換素子の高性能化など様々な非線形光デバイスへの波及効果が見込まれ、学術・工業両面において非常に高い重要性をもっています。


2. 研究手法と成果
 これまで、高非線形性材料を用いたフォトニック結晶は、その応用展開に大きな期待が持たれながらも、高非線形材料自体が難加工性のため、実験的な原理実証への道が閉ざされていました。この問題に本研究グループは、高い非線形性と加工性を併せ持つ非線形光学ポリマーの使用と、強い光閉じ込めを実現する金属クラッドの使用を着想し、独自の素子構造を設計し(図1)、自由に微細加工ができる手法を確立することで、これを解決しました。これらの技術により、高非線形性材料で構成された2次元フォトニック結晶を創製することに成功し、この高非線形性2次元フォトニック結晶により、真空中の光速と比較して数十分の一以下という、極端に遅い光の群速度を実現できることを光バンド構造※4の直接観測により明らかにしました。
 作製した高非線形性2次元フォトニック結晶素子に対し、ピコ秒パルスレーザーを用いた角度分解反射分光測定により、光カー効果に基づいた非線形光学応答特性を評価した結果、群速度の遅延効果(低群速度効果)による非線形光学変化の増大効果を観測することに成功しました。今回測定に利用した光バンドは約1/5程度に光を減速したもので、約5倍の非線形変化の増大を観測しましたが、技術的にはさらに1桁から2桁以上の群速度の低下も可能であり、素子を最適に設計すれば100倍以上の非線形変化の増大も現実的に可能であると考えています。
 物理現象として新しい光学変化の観測にも成功しました。角度分解反射分光測定において光バンドに共鳴する角度(反射率のディップの部分)が入射レーザーの光強度に依存して変化しますが、そのシフトの方向が同じ波長でありながら光バンドの分散性の違いに起因して正負逆向きにシフトする現象が観測されました(図2)。これは同じ材料、同じ波長でありながら正負逆向きの非線形性を持つことを意味しており、フォトニック結晶独特の非線形光学現象に対する新規な振る舞いです。実験の結果は、理論計算で示した光バンドと非常に良い一致を示しており、これはフォトニック結晶中での非線形光学変化が自在に制御可能であること、つまりフォトニック結晶による光バンド構造操作『光バンドエンジニアリング』によって、物質の非線形光学特性を自由にデザインすること、そしてその性能を劇的に向上させることが現実的に可能であることを示しています。


3. 今後の展開
 高非線形性フォトニック結晶を用いて、レーザー光と物質との間の相互作用を制御することにより、物質中の非線形光学変化を増幅させること、且つそれを任意に制御することに成功しました。このようなフォトニック結晶の非線形光学現象における特異な振る舞いは、非線形光学分野全体に対し共通する概念であり、第二高調波発生や光パラメトリック増幅など他の様々な非線形光学過程に対し今後適用していくことで、さらに新しい現象の発見や応用分野の開拓につながっていくことが期待されます。
 本成果で実験的に示したフォトニック結晶の低群速度効果による非線形光学変化の増大効果は、全光制御型光スイッチ素子の劇的な性能向上を導く新しい手法として期待できます。これは次世代以降の光情報通信技術において必要とされるテラビットクラスの超高速・高集積光スイッチの実現可能性を飛躍的に高めるもので、今後さらなる性能の向上を目指し研究を進めていきます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 ナノサイエンス研究プログラム 研究技術開発・支援チーム
  基礎科学特別研究員  井上 振一郎

Tel: 048-467-1343 / Fax: 048-467-5893
チームリーダー  青柳 克信

Tel: 048-467-9733 / Fax: 048-467-5893

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 全光制御型光スイッチ素子
光(信号光)を光(制御光)で制御する素子。一般に、制御には光スイッチ材料の3次の光非線形性※2が用いられる。制御光が材料と相互作用することにより、制御光の有無に応じて材料を通過した信号光の強度減衰が制御される。従来は光ファイバーを通ってきた信号光を一旦電気信号に変換し、電子回路で信号処理を行っていた。電子回路によるスイッチでは、CR時定数で決まる速度制限のために、テラビット(1012bps)クラスの超高速信号処理は不可能である。一方、光制御素子はそうような信号処理速度の制約が無いため、全光制御型光スイッチは次世代の大容量光通信システムにおいて重要な素子であり、研究・開発が求められている。
※2 3次の非線形光学過程(光カー効果)
材料の屈折率が入射する光強度に比例して変化する現象。3次の非線形光学過程には、他に第三高調波発生や二光子吸収などの現象があるが、材料の3次の非線形分極により、光強度に比例して屈折率が変化する現象を限定して光カー効果と呼ぶ。有機材料などにおける純粋な3次の非線形分極による光カー効果は、光吸収を伴わずフェムト(10-15)秒オーダーの超高速応答性を示す。一方近年、半導体材料を使用した光スッチ素子にレーザー光を照射し信号光を制御する試みが盛んに行われている。これらはキャリアの光励起により見かけ上、大きな光非線形性を示すが、上記の純粋な光カー効果によるものではない。またキャリアの緩和過程を含むため3次の非線形光学過程に比べスイッチ速度は比較的遅く、光吸収を伴う。
※3 フォトニック結晶
異なる屈折率を持つ材料を光の波長オーダーの周期で配列させた人工の光子(フォトン)に対する結晶構造。フォトニック結晶内に入った光は、周期的な散乱を受けることにより光バンド構造※4を形成し、結晶内で非常にゆっくり進んだり、または結晶中から完全に排除されたりするなど、従来の一様媒質中ではありえない異常な振る舞いを起こす。
※4 光バンド構造
フォトニック結晶中の光に対する波数とエネルギーの分散関係。固体結晶中の電子に対するバンド構造と同様に、ポテンシャル(光においては屈折率)の周期的変化を光子が感じることにより形成される。結晶配列の周期や形を人工的に操作することで、光バンド構造は任意に制御することができ(すなわち光バンドエンジニアリング)、これを積極的に利用することによって狙った波長の光を極限まで遅くしたり、または排除したりすることが可能である。


図1 本研究に用いた高非線形性2次元フォトニック結晶の素子構造の模式図(左)、 及び3次元時間領域有限差分(3D-FDTD)法により計算した光バンドモードの結晶単位胞内 における電場強度分布(右)。電場強度分布から、金属クラッドによりナノ構造が光を強く閉じ 込めていること、また非線形光学ポリマー層に結晶の周期性が良く反映されていることが分かる。


図2 (a)角度分解反射スペクトルの入射光強度依存性。共鳴点a、bはそれぞれ異なる光バンドに共鳴した状態であり、共鳴点bにおいて大きな非線形変化が生じていることが分かる。
また共鳴点aとbは正負反対の非線形シフトを生じている。
(b)実験と理論計算により得られた光バンド構造。このバンド構造解析の結果は、(a)に見られる非線形光学変化の違いが、共鳴している光バンドの分散性、及び群速度の違いに起因した現象であることを明瞭に示している。

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