◇ポイント◇
- アルツハイマー病原因物質の分解を制御する生理活性物質を発見しました。
- この生理活性物質に対する受容体は、現実的な創薬標的となります。
- 患者数の最も多い孤発性アルツハイマー病の原因解明に道を開きました。
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)神経蛋白制御研究チーム(西道隆臣チームリーダー)は、アルツハイマー病に対する新たな治療標的を発見しました。アルツハイマー病の根本原因は、脳内におけるアミロイドβペプチド(Aβ)の蓄積です。当研究チームは、これまで、世界で初めてAβ分解酵素ネプリライシンを同定し、この活性が下がると脳内Aβレベルが上昇することを示してきました(Nat. Med., 2000; Science, 2001; Lancet 2003)。さらに、実験的遺伝子治療により、アルツハイマー病モデルマウスにおけるAβ蓄積を抑制することも実証しました(J. Neurosci., 2004)。
今回は、遺伝子治療のような外科的処置を用いずに脳内ネプリライシン活性を制御する薬理学的方法を検索しました。その結果、神経ペプチド(生理活性物質)の一種「ソマトスタチン」がネプリライシンの活性を上昇させ、Aβレベルを低下させることを発見しました。特に注目すべきことは、病原性の高いAβ分子種(Aβ42)のレベルを選択的に制御することです。
また、ソマトスタチンは、細胞表面の「ソマトスタチン受容体」に結合することによって生理活性を発揮します。この受容体は、「Gタンパクに連動した受容体(GPCR:G protein-coupled receptor)」なので、格好の創薬標的となります。特に脳内に選択的に発現するソマトスタチン受容体に対する合成作動薬は、副作用なくAβのレベルを下げるとともに、記銘力(経験内容を覚え、定着させる能力)の改善に役立つことが期待されます。実際にそのような薬物を合成することが可能であることは分かっていますから、実用化の可能性は高いと言えるでしょう。
さらに、もう一つ大切なことがあります。脳内のソマトスタチンは加齢によって減少し、アルツハイマー病患者脳では顕著に低下していることが知られています。今回の発見とあわせて考えると、加齢によるソマトスタチン減少がネプリライシン活性を低下させ、その結果、Aβ蓄積をひきおこすという可能性が浮上してきます。この仮説が正しければ、アルツハイマー病患者の大半を占める孤発性アルツハイマー病の原因が初めて解明されることになります。
本研究成果は、Nature Medicineオンライン版(3月20日付け:日本時間3月21日)に掲載されます。
| 1. |
背 景 |
アルツハイマー病(AD)発症の最大の危険因子は加齢です。若年で発症する家族性ADで認められる脳内アミロイドAβペプチド(Aβ) 量の増加は、遺伝的素因によるAb産生の亢進であると考えられます。一方で、孤発性ADにおいてはAβ代謝バランスの異常、すなわちAbの産生・分解に関与する因子が加齢により影響を受けていると考えられます。我々は、Ab分解を担う主要なプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)がネプリライシンであることを同定し、その発現が加齢により減少し、それに逆相関して脳内Aβの定常量が増加していることを明らかにしました。また、実際のAD患者の海馬においてもネプリライシンの発現が低下している例が報告されています。このように全ADの大部分をしめる孤発性ADにおいてはAβの分解能の低下およびそれに伴うAβ定常量の増加が、AD発症の引き金になっている可能性が考えられます。そこで、我々はネプリライシン欠損及び、APPトランスジェニックマウスの海馬にネプリライシン遺伝子を組み込んだアデノ随伴ウイルスの導入を行い、効率的にAβ 病理を改善することに成功しました。Leissringらもネプリライシントランスジェニックマウスを作成しAβ病理を改善することに成功しています。すなわちAβ の分解系を賦活化すること(選択的に脳内ネプリライシン活性を増加させる薬剤)が、ADに対する治療および予防策の一つになりえる可能性が見出されたことになります。
脳内におけるネプリライシン活性制御機構は不明でした。特に脳内のネプリライシンは様々な神経ペプチドの代謝に関与していると考えられているため、私たちは神経ペプチドによるフィードバック機構が存在しているという作業仮説を立てました(図1)。
| 図1:リガンドー受容体システムによるネプリライシン活性制御機構(作業仮説) |
| ある神経ペプチドがその受容体を介し、ネプリライシン遺伝子発現もしくはネプリライシン活性制御因子を活性化する。活性化されたネプリライシンは、その基質を分解し神経ペプチドレベルの恒常性を調節する一方で、Aβも分解する。 |
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| 2. |
研究手法 |
| そこでまず、ネプリライシン活性を評価するために我々が確立した活性染色法(ネプリライシン活性を視覚化する方法)を用いて、ネプリライシン活性に対するさまざまな因子(表1)の効果についてスクリーニングを行いました。初代培養神経細胞へ各因子を添加し24時間後のネプリライシン活性を評価した結果、唯一ソマトスタチンがネプリライシン活性を増加させる因子として見出されました(図2)。これは細胞レベルの実験ですが、個体レベルでも同様のことが生じていることをソマトスタチン遺伝子欠損マウスを用いて証明しました(後述)。
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| Neuropeptides: 神経ペプチド;growth factors and cytokines: 成長因子およびサイトカイン; neurotransmitters: 神経伝達物質;kinase inhibitors and hormone: キナーゼ阻害剤およびホルモン |
| 図2:ソマトスタチンによるネプリライシン活性の増加(活性染色法による観測) |
| SST:ソマトスタチン、チオルファン(ネプリライシン特異的阻害剤)添加24時間後のネプリライシン活性。上段はネプリライシン活性(黄色シグナル)、下段は位相差顕微鏡像。数字はコントロールに対する比活性(%)、n.d.:検出不能。NEP(+/+):野生型由来神経細胞、NEP(-/-):ネプリライシン欠損マウス由来神経細胞。 |
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| 3. |
研究成果 |
| ソマトスタチンは、成長ホルモンの分泌抑制因子として古くから知られている神経ペプチドの一つです。最近では記憶学習等への関与も報告されており、その生理作用は(複数の受容体に作用することによって)多岐に渡っていると考えられます。また、脳内ソマトスタチンは加齢とともに減少し、AD患者では顕著に低下していることが報告されています。ネプリライシン活性に対するソマトスタチンの効果を活性染色法によりさらに検討を進めたところ、その効果は濃度依存性を示し、ソマトスタチン添加後24時間でピークを示しました(図3)。また、ネプリライシン特異的阻害剤チオルファンの添加及びネプリライシン欠損マウスから調製した初代培養神経細胞へソマトスタチンを添加しても全くシグナルが得られないことから、この効果はネプリライシンに特異的であると考えられます(図2)。さらに初代培養神経細胞の培養液中のAβ 量を測定したところ、興味深いことにソマトスタチン添加群では病原性の最も高いAβ分子種(Aβ42)が選択的に低下していることが分かりました(図4)。一見小さな効果に見えますが、培養細胞では実際の脳内よりも細胞外液の体積が数百倍大きいのですから、これは重要な発見です。また、この変化は、ネプリライシン欠損神経細胞では見られないことから、ソマトスタチンによるAβ42量の低下はネプリライシン活性の増加を介した選択的な効果であると考えられます。
| 図3:ネプリライシン活性に対するソマトスタチンの効果 |
| (上)ソマトスタチン添加後のネプリライシン活性の経時変化。黒丸:ソマトスタチン添加群、白丸:コントロール群。(下)濃度依存性の検討。各濃度のソマトスタチンを添加後24時間のネプリライシン活性を表す。 |
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| 図4:培養上清中Aβのレベル |
| CTR(コントロール)、SST(ソマトスタチン:1μM)添加24時間後の培養上清中AβをELISAにより定量10, 15)。NEP(+/+):野生型由来神経細胞、NEP(-/-):ネプリライシン欠損マウス由来神経細胞。*p< 0.05 (n=12)。 |
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| ソマトスタチン欠損動物の解析 |
| 初代培養神経細胞を用いたin vitro(培養細胞)実験の結果より、ソマトスタチンがネプリライシン活性を制御している可能性が示されました。そこで、ソマトスタチン欠損マウスを用いてさらなる解析を行いました。ソマトスタチン欠損マウスには形態学的な異常は認められませんが、ソマトスタチン欠損マウスの海馬でのネプリライシン活性は野生型と比較して約60% にまで低下していました(図5上)。また、それに逆相関してAβ量の増加が認められました。興味深いことにこれはAβ42がより選択的に有意に増加していました(図5下)。この効果は、家族制アルツハイマー病原因遺伝子プレセニリンの病原性変異の表現系によく似ています。このAβ42への選択性はin vitroでの結果(図4)とも一致しています。ソマトスタチン欠損マウスの小脳においては、ネプリライシン活性及び脳内Aβ量に変化は認められませんでしたので、これは実際の人のAβ病理変化(初期病変は海馬や側頭皮質で認められ、小脳ではほとんど変化が認められない)とも一致しています。また、ソマトスタチン欠損マウスでのAβの産生に関わるAPP発現量、および α-, β-, γ-セクレターゼ活性について検討を行いましたが、差は認められませんでした。つまり、ソマトスタチンはAβの産生系ではなく、ネプリライシン活性を選択的に調節することで分解系を通して脳内Aβ量に影響したと考えられます。 |
| 図5:ソマトスタチン欠損マウスのネプリライシン活性及び脳内Aβレベル |
| ソマトスタチン(SST)欠損マウス由来(+/+ : n=14、+/- : n=21、-/- : n=10;各12週齢)海馬ネプリライシン活性(上)、脳内Aβレベル(下)。*p<0.005 |
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| ネプリライシンの局在とAβ分解 |
| ソマトスタチン欠損マウスでのネプリライシン活性の低下が認められたことから、ネプリライシンの発現低下が予想されました。遺伝子の発現は、15%程低下していましたが、これだけでは上記の結果を説明することはできません。そこで、ソマトスタチン欠損マウスの脳切片を作成し、免疫組織化学による検討を行いました(図6)。その結果、ソマトスタチン欠損マウスの歯状回外側分子層においてネプリライシンの発現(図6:赤)が約20%有意に低下していることが明らかとなりました。また、ネプリライシンは加齢により歯状回外側分子層などにおいて領域特異的に発現が低下することが知られており、今回の結果とも一致します。しかしながら、これだけでは、海馬のネプリライシンが40%減少し、しかもAβ42が選択的に低下していることを十分に説明することはできません。そこでさらに詳細に検討を進めるため、同一切片を用いて三重染色を行いました。三重染色とは、二種類の神経細胞の局所的マーカーとネプリライシンの共存性を検討する免疫組織科学的方法です。その結果、野生型と比較してソマトスタチン欠損マウスにおいては、歯状回外側分子層だけでなく網状層においてもネプリライシンとvesicular GABA transporter(VGAT : シナプスマーカー(図6:緑))との共染色性に有意な低下が認められました(図6:黄)。しかしながら tau (軸索マーカー(図6:青))との共染色性(図6:紫)には差は認められませんでした(VGAT, tauそれぞれ単独の染色性には差が認められません)。すなわち、ソマトスタチンは領域特異的にネプリライシンのシナプスへの局在を制御していると考えられます。 |
| 図6:ソマトスタチン欠損マウスの脳切片を用いた免疫組織化学による解析 |
| ソマトスタチン欠損マウス海馬歯状回における三重染色像(ネプリライシン:赤、VGAT:緑、tau:青)。上段は野生型、下段はソマトスタチン欠損マウス由来脳切片。最左パネル中白枠の狭角像で画像解析を行った。両端矢印は歯状回外側分子層を示す。 |
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| 以上の結果を簡単にまとめると、以下のようなスキームが描かれます。すなわち、ソマトスタチン(SST)は、その受容体(SSTR)に作用して、ネプリライシンの発現を高めるだけでなく、Aβ42の分解に適したシナプス膜表面への移動を促進することが分かりました。 |
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| ネプリライシンによるAβ分解に対するpHの影響 |
| 上述のようにソマトスタチンは、領域特異的にネプリライシンの局在も制御していることが分かりましたが、Aβ42に対する選択性は作用のメカニズムが十分に説明できていません。私たちは昨年、ネプリライシンを様々な細胞内領域にターゲッティングさせたところAβの分解に選択性があることを報告しました(J. Biol. Chem., 2004)。すなわち、Aβ40はネプリライシンによって細胞内で分解される傾向があり、またAβ42は細胞外で分解され易いことを示しました。しかし、まだ「何故Aβ40は細胞内で分解されやすく、Aβ42は細胞外で分解されやすいのだろうか?」という問いに厳密には答えられていません。そこで、ネプリライシンやAPP(アミロイド前駆体タンパク質)といった分子は、細胞内の輸送小胞に存在していると考えられてシナプスに輸送されることに注目しました。この輸送小胞の内部pHは酸性側の約5であり、これはシナプス近傍まで輸送されてきても維持されています。これが、輸送小胞がシナプス膜と融合することによりpHが中性域へとシフトします。そこで、ネプリライシンによるAβの分解に対するpHの影響について検討を行いました。その結果、非常に興味深いことに Aβ40はpH 7.2、pH 5 どちらの条件下においてもネプリライシンにより分解されるが、Aβ42は pH 7.2の時に対してpH 5の条件下では、約1/10程度しか分解されないことが明らかとなりました(図7)。これらの結果は、Aβ42は輸送小胞内(細胞内)では分解されず、細胞外(細胞膜近傍)に分泌されて初めてネプリライシンによって分解されることを示しています。言いかえると、ネプリライシンがシナプスへ局在しなければAβ42は分解する作用が非常に弱いことを意味しています。以上の結果より、ソマトスタチンは、ネプリライシンの発現および局在を制御することでAβ42に対して選択的に影響していると考えられます。 |
| 図7:ネプリライシンによるAβ分解におけるpHの影響 |
| 新神経細胞内の分泌顆粒内はpH 5〜の酸性であるのに対して、細胞間隙(細胞外)はpH 7を超える中性である。Aβ40はいずれのpHでもネプリライシンに分解されるが、Aβ42は中性でのみ効率的に分解される。 |
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| 4. |
今後の期待 |
上述してきたように、ソマトスタチンは、ネプリライシン活性を制御することでAβの代謝に関与していると考えられます。ソマトスタチンは、ソマトスタチン受容体(SSTR)を介して様々な生理作用を及ぼすことが知られており、その受容体には5種類のサブタイプが存在します。それらの発現は、脳内においても各領域によってレベルが異なっていることが分かっています。例えばSSTR-4の発現は海馬と大脳皮質において顕著で、他の部位での発現は低いことが示されています。このようにどのSSTRのサブタイプがネプリライシン活性を制御しているかが明らかになれば、それを標的としたアゴニスト(作動薬)により、より副作用も少なく、かつ効率的に脳内Aβレベルを低下させることが可能になるでしょう。実際に、実験試薬の段階では、ここのSSTRサブタイプを識別して活性化する化合物が合成されています。また、加齢やADによってソマトスタチンレベルの低下が認められることから、補充療法的な意味もあると考えられます。一方で、今回明らかになったソマトスタチン以外にも、コルチスタチンがSSTRに作用することが知られており、このコルチスタチンもネプリライシン活性調節作用を有することも考えられます。同様に、ソマトスタチンやコルチスタチン以外の因子にもネプリライシン活性制御作用を有するものが存在している可能性は残っています。
以上、本研究では、Aβの分解機構について明らかになった研究成果を医学の現場に応用する道が開かれたことを示しました。我々がネプリライシンAβの分解の中心を担うことを同定して以来、様々な視点でADとネプリライシンとの関係について研究が進められており、最近ではネプリライシン遺伝子多型とADリスクの関係も報告されています。孤発性ADの原因が、Aβの分解系の低下による可能性が議論されており、今回明らかとなった結果から我々は、以下のような仮説を考えています。加齢に伴い、ソマトスタチンを初めとする神経ペプチドレベルの低下が起こり、その結果、ネプリライシン活性の低下を引き起こし、脳内Aβレベル(特に病原性の高いAβ42)の上昇が起こると考えられます。そして、それぞれの現象が、さらなる悪循環を形成し、時間経過とともに孤発性ADの発症へつながるシナリオを描くことができます(図8)。この仮説が正しければ、全アルツハイマー病患者の99%以上を占める孤発性アルツハイマー病の原因が初めて明らかになります。今後はさらに、加齢によって低下した分解系をより特異的かつ効率的に賦活化できるような物質の探索を行って、ADに対する予防・根本治療を担えるような創薬への道を築いていきたいと思います。
| 図8:仮説:老化・加齢による孤発性ADの発症 |
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| (問い合わせ先) |
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独立行政法人理化学研究所 |
| 脳科学総合研究センター 神経蛋白制御研究チーム |
| チームリーダー 西道 隆臣 |
| 副チームリーダー 岩田 修永 |
| 研究員 斉藤 貴志 |
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| Tel | : |
048-467-9715 |
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Fax | : |
048-467-9716 |
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| 脳科学研究推進部 |
| 佐藤 彩子 |
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| Tel | : |
048-467-9596 |
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Fax | : |
048-462-4914 |
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| (報道担当) |
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独立行政法人理化学研究所 広報室 |
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