プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
光誘起巨大電流応答を有機物質で観測
平成17年2月14日
◇ポイント◇
  • 一瞬の光によって絶縁性有機物を永続的な金属に!
  • 7桁以上の抵抗変化を伴う巨大電流応答を有機導体では世界で初めて観測
  • 巨大電流応答をナノスケールで制御できる可能性
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、有機導体に光を照射し、光を切った後に発生する巨大電流応答現象を発見しました。中央研究所加藤分子物性研究室の加藤礼三主任研究員、田嶋尚也研究員、フロンティア研究システム励起子工学研究チーム(石原照也チームリーダー)の藤沢潤一研究員等の研究グループによる成果です。
 有機導体は、電流を運ぶ担体(電子または正孔)の運動に空間的な制約を引き起こし、新たな電子機能性を示す可能性を持つことが知られています。特に圧力、電場、磁場などの外的刺激を与えると電子物性の制御が容易に可能なことから、多くの研究者が活発に研究を行っています。しかし、超伝導の発見等の報告例はあるものの、電子デバイスの発展につながるような発見はまだ多くありません。
 今回、研究チームは、電荷秩序絶縁体であるα-(BEDT-TTF)2I3に波長450 nmのナノ秒パルスレーザーを照射して、絶縁状態から金属転移を誘起することに成功しました。最も重要な点は、光を切った後に7桁以上の抵抗変化を伴う巨大電流応答をもつ新たな金属状態が出現し、長時間保持される現象を有機導体では世界で初めて観測したことです。このことは光による絶縁体−金属間のスイッチングが起きていることを示し、有機デバイスの発展に大きな影響を与えるものと期待されます。
 この研究成果は、文部科学省科学研究費補助金学術創成研究「電子機能物質における自己組織化の解明と応用」(研究代表者:加藤礼三理化学研究所主任研究員)等の一環として、日本物理学会欧文誌(Journal of the Physical Society of Japan)http://jpsj.ipap.jpの2月号に掲載されます。本論文は同誌のLetters of Editors' Choiceに選ばれました。また、3月25日、東京理科大学で開催される日本物理学会で口頭発表されます。


1. 背 景
 有機導体の研究は、非金属元素からなる有機分子を使って金属の様に振舞う化合物をつくりだし、さらには超伝導を実現させ、無機物質よりもはるかに物質科学的な奥行きを持つ世界を生み出しました。有機結晶を使って新しい機能を生み出す上で特に重要な点は、様々な形状および内部自由度を持つ分子やスピンをもつ原子を結晶内に自在に配置して、電子機能をより能動的に制御できることです。実際、有機結晶は物性物理学上、数多くの興味深い電子状態を実現しているだけでなく、様々な機能性発現の観点からも有力な次世代物質であると考えられています。
 その中で研究チームの田嶋尚也研究員 (前東邦大学理学部物理学科) 等は5年以上前に、高圧力下にあるα-(BEDT-TTF)2I3が有機・無機物質含めて今までに例がない全く新しい電気伝導特性をもつ有機ナローギャップ半導体であることを見出しました。
 この有機ナローギャップ半導体の特徴は、室温から1.5 Kまで約6桁も大きく温度変化する電流担体濃度と易動度(担体の動き易さ)とが相殺して温度に依存しない電気伝導度を示すことです。低温では1015 cm-3程度の低担体濃度、106 cm2/V.s程度の高易動度の状態にあります。しかし何故、6桁にもおよぶ担体濃度と移動度の温度変化が低温まで相殺して温度に依存しない電気伝導性を示すのか未だ明らかでありません。
 その後、同じ現象が類縁物質でも発見され、この種の有機導体には有機ナローギャップ半導体になるべき何らかの機構があるように見受けられます。一方、常圧下では、α-(BEDT-TTF)2I3とその類縁物質は、低温で電荷秩序絶縁体状態にあります。そこで、有機ナローギャップ半導体と電荷秩序状態との間の相関を探索することが新電気伝導現象解明の鍵になると考えられました。


2. 研究成果
 低温絶縁体状態に電流担体(電子または正孔)を導入することができれば、その時の電気伝導性の変化を調べることで有機ナローギャップ半導体と電荷秩序状態との相関を探索することができます。本研究では、パルスレーザー励起によって担体を電荷秩序絶縁体状態に導入することを試みました。
 低温(4 K以下)・パルス高電場(≧ 470 V/cm)の下で、有機導体α-(BEDT-TTF)2I3の単結晶(図1)に波長450 nmのナノ秒パルスレーザーを照射して生じる光電流の時間発展性を測定した結果、電荷秩序絶縁体は融解して電流が流れるようになり2種類の金属転移を見出すことができました。図2に測定結果例としてレーザーパワー約8 mJ / pulse、約530 V/cmの電場下における光電流の時間依存性を示します。なお、レーザー照射開始時刻をt = 0とし、パルスレーザーとパルス電場のタイミングは図2に示したとおりです。
 レーザーを試料に照射すると光電流はレーザーの時間幅で立ち上がり、約100 nsで減衰します。この光電流強度は、レーザーパワー依存性と電場依存性の両者に対して比例します。本研究で最も興味深い発見は、光を切った後に発現する長時間保持された第二の巨大電流を観測したことです。約20 ms後に立ち上がり、高電圧を印加している間は永続的に保持されます。例えば80μs後の抵抗値は絶縁体状態の約50 ×106 Ωcmから約0.2 Ωcmまで約7桁以上減少します。したがって、これは新たに金属状態へ転移したことを示します。一方、電場を切ると巨大電流は約100 nsで元の電荷秩序絶縁体にまで戻り電流は流れなくなります。つまり、光と電場による絶縁体-金属間のスイッチングを実現することができました。
 この光誘起巨大電流応答は、強い一次元性を示すことが明らかとなりました。一方、電荷秩序絶縁状態では、電子が一方向に縞(ストライプ)状に配列していることが知られています(図1)。したがって、光誘起巨大電流応答の発現は、分子配列方向あるいは電荷秩序状態の縞状構造(ストライプ)と何らかの関係があることが示唆されます。このことは光誘起巨大電流応答をナノスケールで制御できる可能性を示していて、有機デバイスへの発展が大いに期待できます。
 この光誘起巨大電流応答発見は、もともと有機ナローギャップ半導体と電荷秩序状態との相関を探索する目的で行った研究の副産物ですが、有機物質で発見したのはこれが世界で最初です。


3. 今後の展開
 その後の研究で、さらに幾つかの類縁物質の電荷秩序絶縁体状態でも、同様の実験結果が観測され、この現象がかなり一般的である可能性が明らかとなっています。近年、ナノスケールのエレクトロニクス開発が急速に発展しつつあります。今回の成果は巨大電流応答をナノスケールで制御できる可能性を備えており、有機デバイスの基礎物理学発展に大きな影響を与えることが期待されます。有機物質は、物質創成の奥行き深い自由度があるので、光誘起巨大電流応答の発現機構、電流担体の電気的性質を明らかにして行くと、新たな物質開発が期待できます。
 さらに当初の目的である有機ナローギャップ半導体と電荷秩序状態との間の相関を追求し、有機ナローギャップ半導体における新しい電気伝導現象(担体濃度と易動度の温度変化が相殺して温度に依存しない電気伝導性を示す)を解明することも重要です。電荷秩序は有機・無機物質の電子の性質に大きな影響を与えており、この現象を解明することは今後の重要な問題です。
論文題目:"Photo-Induced Insulator-Metal Transition in an Organic Conductor α-(BEDT-TTF)2I3"
和文題目:有機導体α-(BEDT-TTF)2I3における光誘起絶縁体-金属転移


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 中央研究所 加藤分子物性研究室
  研究員  田嶋 尚也

Tel: 048-467-4504 / Fax: 048-462-4661
 中央研究所 加藤分子物性研究室
  主任研究員  加藤 礼三

Tel: 048-467-9408 / Fax: 048-462-4661

独立行政法人理化学研究所
 フロンティア研究システム 励起子工学研究チーム
  研究員  藤沢 潤一

Tel: 048-462-1111(内線6359) / Fax: 048-467-9599

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9271 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 有機導体
有機物は、生体、樹脂、化学繊維などのように電気を通さない絶縁体である、というのが常識的な考えであった。しかし、1940年代頃から有機伝導体の開発が行われており、1954年に東大理学部の赤松、井口、松永等が、ベンゼン環5個からなるペリレン分子とヨウ素とを反応させて生じた物質が高い伝導度をもつことを見いだした。1973年には、TCNQ (tetracynoquinodimetance)とTTF (tetrathiafulvalene)という有機分子の間で電子のやり取りをして形成される電荷移動錯体の電子状態が金属的であることが確認され、金属元素を一切含まない「金属」が誕生した。有機導体の特徴は、望みの物性を示すように分子集合体を設計する、いわゆる分子設計あるいは機能設計が可能なことである。多種の有機分子性導体が開発されており、無機物質と同様に絶縁体から超伝導体まで多様な物質群を形成している。
※2 有機導体α-(BEDT-TTF)2I3
図1に示すような結晶構造をもつ。有機分子BEDT-TTF (bis(ethylenedithio)tetrathiafulvaleneの略称)が並んだ層とI3イオンが並んだ層とが交互に積層した層状構造をしている。BEDT-TTF分子2個あたり1個の電子がI3分子に移動し、I3分子は閉殻となるためにI3イオン層は絶縁層である。一方、BEDT-TTF分子層は電子を放出したことで正孔ができて電気を流す。このようにして二次元電子系が形成されている。ギリシャ文字aはBEDT-TTF分子の配列の仕方を表し、他にβ、θ、κ-型などがよく知られている。このような有機導体では、BEDT-TTF分子の配列の仕方が電子物性を決定する。β、θ、κ-型の(BEDT-TTF)2I3は数Kで超伝導転移するのに対してa型は135 Kで電荷秩序による金属-絶縁体転移を起こす。
※3 ナローギャップ半導体
半導体のうち伝導帯と価電子帯間のエネルギーギャップが狭いものをナローギャップ半導体と呼ぶ。一般にはエネルギーギャップが0〜0.5 eVの半導体に対して使われている。エネルギーギャップが狭いことが伝導帯と価電子帯の形状を鋭くし、電子または正孔の有効質量は小さくなり、高い易動度をもつことが知られている。高圧力下の有機導体α-(BEDT-TTF)2I3は1 meVのエネルギーギャップ、正孔の有効質量が0.02 m0m0:自由電子質量)のナローギャップ半導体である。
※4 電荷秩序
電子は負の電荷をもっており、電子間には反発力が働いている。お互いの反発相互作用の効果が顕著に現われる電子の集合体(強相関電子系)では、しばしば電子が結晶中で均一に存在しないで、例えば縞状(ストライプ状)に配列するといった秩序化現象が自発的に起こる。これを電荷秩序あるいは電荷分離などと呼ぶ。この時、元々電流を運んでいた電子(あるいは正孔)が動けなくなるため絶縁体となる。


図1
有機導体α-(BEDT-TTF)2I3の結晶構造(左)
と2次元伝導層(右;電荷秩序絶縁体状態では黄色と青色のBEDT-TTF分子は異なる電荷を持つ)


図2 有機導体a-(BEDT-TTF)2I3の光誘起巨大電流応答

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