プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
独立行政法人科学技術振興機構
酸化ストレス状態を認識する分子を細胞の小胞体内で発見
- 活性酸素の酸化・還元が細胞内のカルシウム伝達機構を制御 -
平成17年1月14日
本研究成果のポイント
  • 酸化ストレスを認識するタンパク質ERp44が細胞内のIP3Rを介したカルシウム情報伝達を直接に制御
  • 細胞内での酸化還元(レドックス)状態の制御とカルシウム情報伝達が深く関連
  • 老化現象の関わりなど医学・健康科学への貢献が期待
 独立行政法人理化学研究所(理研:野依良治理事長)は独立行政法人科学技術振興機構(JST:沖村憲樹理事長)と共同で、酸化ストレスを制御するメカニズムの一端を解明することに成功しました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)発生神経生物研究チーム、JSTカルシウム振動・国際プロジェクトの御子柴克彦チームリーダー(東京大学医科学研究所教授)、肥後剛康研究員らの研究グループによる研究成果です。
 地球上の生物は、絶えず活性酸素種や様々なストレスによって生み出される酸化ストレスの危険に曝されています。しかし、長い進化の過程で、生物は、生体内の酸化還元(レドックス)状態を制御するレドックス制御機構を発達させることで、それらのストレスに対応し、生体内の恒常性を維持することに成功してきました。
 今回、研究グループは、ERp44と呼ばれるタンパク質が、細胞内でカルシウム伝達に関与しているイノシトール1、4、5-三リン酸(IP3)受容体(IP3R)タイプ1(IP3R1)に結合し、そのカルシウム放出活性を制御し、レドックス機構を制御することを見いだしました。このことにより、レドックス制御とIP3Rを介したカルシウム情報伝達が、深く関連していることが初めて示されました。細胞内の小胞体と呼ばれる器官でレドックス状態を認識する分子の発見は初めてで、しかもIP3Rと直接連携してカルシウムを制御しているという、この発見の意義は細胞内の酸化ストレス還元メカニズムを解明する点で大変大きいものです。
 最近、IP3R1のカルシウム放出活性の異常がアルツハイマー病やハンチントン病の発症に関与していることが報告され、また、レドックス状態の制御不全が、加齢に伴う様々な老化現象を引き起こす一因と考えられています。ERp44を過剰発現させると細胞死を抑制するという結果も含めて、今回の発見が、新たな細胞内シグナル伝達経路の発見にとどまらず、医学・健康科学において応用されることが期待されます。
 本研究成果は、米国の科学誌『Cell』(セル)(1月14日号)に掲載されます。


1. 背 景
 地球上の生物は、絶えず活性酸素種や様々なストレスによって生み出される酸化ストレスの危険に曝されています。しかし、長い進化の過程で、生物は、生体内の酸化還元(レドックス)状態を制御するレドックス制御機構を発達させることで、それらのストレスに対応し、生体内の恒常性を維持することに成功してきました。更に近年、酸化ストレスが細胞の障害になるだけではなく、情報伝達のセカンドメッセンジャー(※1)となり、細胞の機能を調節していることが解明されました。酸化ストレスとレドックス制御は、チオレドキシン(※2)等のタンパク質が中心的役割を担っており、タンパク質(システイン残基)中のチオール基のレドックス状態を制御することで、情報伝達のon/offの調節を行っています。(図1)
 生物の細胞は、細胞外からの刺激を受けるとそれらを様々な情報に変換し、細胞応答を引き起こします。細胞には、細胞内のカルシウム濃度を変化させることによって情報を伝達するカルシウムシグナル伝達機構が存在しています。カルシウムは、細胞内においてイオンとして存在するため、迅速かつ広範囲にわたる濃度変化つまり空間移動が可能です。その結果、多彩な情報伝達が生み出され、細胞分裂、細胞死、受精、発生等の様々な細胞応答の制御が可能となります。
 通常、細胞内のカルシウム濃度は、極めて低く抑えられており、細胞内カルシウム濃度上昇とその変動は、細胞内小器官である小胞体からのカルシウムの放出に依存しています。細胞質へのカルシウム放出は、細胞内の小胞体に局在するカルシウムの受容体であるIP3R(アイピースリーレセプター)を介して行われています。IP3Rは、ホルモンや神経伝達物質等の細胞外刺激によって細胞内に産生されるIP3の結合によって活性化され、カルシウムを小胞体内腔から細胞質へ放出します。様々な種の生物に普遍的に存在するIP3Rは、細胞分裂、細胞増殖、細胞死、受精、発生、記憶や学習といった多岐に渡る生命現象において重要な役割を果たしていることが知られています。(図2)
 IP3Rは分子量300kDa(※3)に及ぶ巨大なタンパク質であり、4量体(※4)を形成することでチャネルとして機能します。また、IP3RにはIP3R1・IP3R2・IP3 R3の3種のサブタイプが存在します。それらの細胞内局在や組織分布は必ずしも同じではなく、それ故にそれぞれのサブタイプが特有の役割を生体内で果たしていると考えられています。その構造の大部分は細胞質に存在、そこにはIP3結合領域が存在しており、今まで多くの研究者が細胞質領域に焦点を当てることによって、カルシウム制御機構を解明できると考えていました。しかし、どのようにしてIP3Rを介した時空間的カルシウム濃度が精密にかつ微細に制御されているかについて、未だ不明な点が多く残されています。


2. 研究手法と成果
 今回、研究グループは意外な側面からIP3Rの制御が全く新しい機構によって行われていることを発見しました。IP3Rには細胞質領域の他、小胞体膜を貫通する部位とその結果生じる小胞体内腔領域(L3)も存在します。重要な特徴は、チャネルポアというカルシウムが小胞体膜を通過する際に通る入り口が小胞体内腔領域によって形成されていることです。研究グループは、このポア領域に隣接する小胞体内腔領域に注目しました。興味深いことに、L3の中でもポア領域(L3C)ではサブタイプ間でアミノ酸配列が完全に保存されているのに反し、その隣接領域(L3V)では非常に低い相同性を有していました。
 そこで、研究グループはL3Vに結合するタンパク質がIP3Rの活性を制御し、その制御はサブタイプ特異的である考え、結合タンパク質を検索しました。その結果、酸性条件下でIP3R1にのみ結合する小胞体内腔タンパク質ERp44を見いだしました。IP3R1は他のサブタイプに比べ、特に脳での発現が多いサブタイプとして知られています。(図3)
 当初、ERp44がカルシウムシグナル伝達制御に関与するという知見は無く、また、IP3R1がレドックス制御されているか否かは不明でした。しかし、研究グループはERp44がIP3R1のレドックス制御に関与し、そのカルシウム放出活性を制御していると考えました。その可能性を示唆する事実としてIP3R1のL3Vに存在するシステイン残基の存在があげられます。興味深いことに、L3Vのアミノ酸配列は3つのサブタイプ間で非常に相同性が低いにも関わらず、3つのシステイン残基が完全に保存されていました。
 そこで、それらシステイン残基を他のアミノ酸に置換したところ、ERp44とIP3R1との結合が顕著に減少していることがわかりました。また、これらのタンパク質は酸性条件もしくは中性条件でも還元剤が存在すれば結合しました。これらのことは、ERp44とIP3R1の結合がL3Vのシステイン残基のレドックス状態に依存していることを示しています。また、人工脂質膜を用いた単一チャネル電流測定法によって、ERp44が小胞体内腔レドックス状態依存的にIP3R1の活性を制御することが明確に示されました。これらin vitroでの再構成実験に加え、in vivoにおいてもERp44のIP3R1活性への影響を調べるため、細胞内カルシウムイメージング実験を行いました。(※5)
 様々な細胞を用いて調べた結果、IP3R1を多く、またはそれのみを発現しているHeLa, DT40-KMN60細胞においてERp44はIP3R1を介したカルシウム放出を抑制していることがわかりました。一方、IP3R1が少ない、または全く発現していないCOS-7, DT40-1KO細胞では、そうした抑制は観察されませんでした。
 また、RNA干渉法によってERp44の発現を減少させると、IP3R1を介したカルシウム放出が顕著に増大しました。更に、ERp44との結合が低下するシステイン変異を導入したIP3R1とERp44をDT40-TKO 細胞 (IP3Rsを全く発現していない細胞)に共発現させても、ERp44によるIP3R1活性の抑制は観察されませんでした。これらの実験によって、ERp44がIP3R1活性をIP3R1のシステイン残基依存的に抑制することが示されました(図4)。こうして、分子生物学、生化学、細胞生物学、電気生理学的手法を用いて、IP3R1が小胞体内腔側から、結合タンパク質によって、小胞体内腔の環境、特にレドックス状態依存的、そしてサブタイプ特異的に負の制御を受けるという、全く新しい機構が示されました。(図5)
 まとめると、チオレドキシンファミリーに属するタンパク質ERp44が、カルシウムチャネルであるイノシトール1、4、5-三リン酸(IP3)受容体(IP3R)タイプ1(IP3R1)に結合し、そのカルシウム放出活性を制御することを見いだしました。このことにより、レドックス制御とIP3Rを介したカルシウム情報伝達が、深く関連していることが初めて示されました。とくに小胞体内腔のレドックス状態を認識する分子の発見は初めてで、しかもIP3Rと直接連携してカルシウムを制御するため、この発見の意義は大変大きいものです。


3. 今後の期待
 細胞内カルシウム恒常性の撹乱は細胞応答の異常、曳いては様々な疾患を引き起こすことが知られています。特に最近、IP3R1のカルシウム放出活性の異常がアルツハイマー病やハンチントン病の発症に関与していることが報告され、また、レドックス状態の制御不全が、加齢に伴う様々な老化現象を引き起こす一因と考えられています。ERp44を過剰発現させると細胞死を抑制するという結果も含めて、今回の発見が、様々な疾患や神経細胞死の機構の解明に貢献することが期待されるとともに、新たな細胞内シグナル伝達経路の発見にとどまらず医学・健康科学における応用も期待されます。(図6)


(報道担当・問い合わせ先)
(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター 発生神経生物研究チーム
  チームリーダー  御子柴 克彦

Tel: 048-467-9745 / Fax: 048-467-9744

独立行政法人科学技術振興機構
  国際室  山口 憲

Tel: 03-5214-7375 / Fax: 03-5214-7379

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9271 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp

独立行政法人科学技術振興機構
  総務部 広報室  福島 三喜子

Tel: 03-5214-8404 / Fax: 03-5214-8432


<補足説明>
※1 セカンドメッセンジャー
細胞外情報物質(ホルモンや神経伝達物質)が細胞膜にある受容体に結合した結果、細胞内に新たに生成、または流入する別種の細胞内物質のこと。代表的なセカンドメッセンジャーとしてはIP3, Ca2+, サイクリックAMPがある。セカンドメッセンジャーは、さらにその受容体を活性化するか、または何らかの効果器に働きシグナルの空間・時間的拡散や増幅を行い、多様な細胞機能を調節する。
※2 チオレドキシン
標的タンパク質のジスルフィド結合(S-S結合)を還元開裂させる活性をもつ低分子タンパク質。
※3 Da(ダルトン)
分子や原子の質量を表す単位。炭素の同位元素12C(炭素)原子の1個の質量を12Daとする。したがって、1Da=1.661x10-27kg。一般には、1molあたりのタンパク質の相対質量である分子量の単位として便宜的に使用している。
※4 4量体
分子やポリペプチド鎖などの単量体が4個重合したり、会合したものをいう。IP3Rは4量体を形成することで、そのCa2+放出機能を発揮することができる。
※5 in vitro(インビトロ) in vivo(インビボ)
  • in vitro:生体から物質などを取り出して試験管などで実験を行なうこと。
  • in vivo:生体の各部が自然のまま置かれた状態で実験などを行うこと。






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