プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
植物の生長ホルモンの受容体機構を分子レベルで解明
- 作物の収穫量の制御につながる成果 -
平成17年1月13日
◇ポイント◇
  • ブラシノステロイドは、受容体タンパク質BRI1の94個のアミノ酸からなる領域に直接結合。
  • 新しいステロイド結合領域を発見。
  • 作物の収穫量や収穫時期の制御など農業への応用開発につながることが期待される。
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と米国ソーク生物学研究所は、植物の生長調節にかかわる植物ホルモン「ブラシノステロイド(BR)」が、膜貫通型タンパク質「BRI1」と結合する仕組みを分子レベルで解明することに成功しました。理研植物科学研究センター生長制御物質研究チーム(吉田茂男チームリーダー)の瀬戸秀春、平沼佐代子、藤岡昭三研究員と、ソーク生物学研究所の木下俊則研究員(現:九州大学・大学院理学研究院)、アナ・カニョデルガド研究員、及びジョアン・コリー教授らによる成果です。
 生命現象に重要な関わりを持つステロイドの受容体研究は盛んに行われていますが、BRI1は、全ての多細胞生物を通じてステロイドと結合する「細胞膜受容体」であることが証明された最初のタンパク質です。しかし、BRが他のタンパク質やペプチドの介在なしにBRI1に直接結合しているかなど、詳細な分子機構は不明のままでした。今回、研究チームは、光アフィニティーラベル法によりその結合様式を解析し、BRとBRI1が他の因子の介在なしに直接結合することを明らかにしました。更に、94個のアミノ酸からなる結合に必要な最小領域を特定することに成功し、この結合領域が、動植物を通じて他に類型のない、タンパク質の新しいステロイド結合領域であることも明らかにしました。
 本研究成果により、今後はBRがもたらす植物の成長促進、ストレス耐性など様々な生理現象について、分子レベルでの解明が受容体を中心に更に進展すると考えられます。また、BRやその受容体であるBRI1を改変することにより、植物の生長を調節することが可能となり、作物の収穫量や収穫時期の制御など農業への応用開発につながることも期待されます。
 研究成果の詳細は、英国の科学雑誌『nature』1月13日号に掲載されます。


1. 背 景
 植物ホルモンは、植物の生体内に存在し様々な植物生理現象をもたらす化学物質であり、現在7種類*1知られています。その中の一つ、ブラシノステロイド(BR)は、50種をこえる一群のステロイド化合物*2であり、細胞伸長、細胞分裂、維管束の分化、エチレン生合成の促進、ストレス耐性の付与(耐冷、耐病など)など、さまざまな生理作用を示し、植物の生長調節に必須です。1997年、BRの情報伝達に深く関わっているタンパク質としてBRI1がシロイヌナズナより発見されました(図1)。
 BRI1は、1つの細胞膜貫通領域を挟んで25個のロイシンに富んだ繰り返し領域(LRR)を細胞外に、セリン/スレオニン(S/T)型のキナーゼ領域を細胞内に持ち、シロイヌナズナで大きなファミリーを形成するLRR-受容体型S/Tキナーゼに分類されます。その中でBRI1に特徴的なのは、21番LRR(LRR21)と22番LRR(LRR22)の間に70-アミノ酸アイランド領域(ID)が存在することです(図2)。2001年、私共は、BRの活性本体と考えられているブラシノライド(BL)のトリチウム標識BLを合成、これを用いた結合親和実験データーの速度論的解析を主体とした研究により、BRI1がBRと細胞外で特異的に結合、BRの情報を細胞内へ伝達していることを明らかにし、BRI1がBRの細胞膜受容体であることを証明しました(2001年3月プレスリリース)。しかし、BRが他のタンパク質やペプチドの介在なしにBRI1に直接結合しているか、そのどの部分に結合しているかなどは不明のままであり。これを明らかにすることは、BRのBRI1による受容機構を分子レベルで理解する上で残されていた最も重要な研究課題でした。


2. 研究手法と成果
 これを明らかにするため、今回は、リガンドと受容体の相互作用を化学的手法で直接解析できる光アフィニティーラベル法*3を用いて実験を進めました。まず、本法に必要な光アフィニティープローブとして、二種類の機能を持ったBR化合物、即ち、光反応基であるフェニルジアジリンと検出器であるビオチンで二重に構造修飾したカスタステロン(天然BRの一種)の誘導体、BPCS(図3)を合成しました。フェニルジアジリン基は光照射(365 nm)により化学的に不安定なカルベンを生成、瞬時に近傍の分子と安定な共有結合を生成(クロスリンク)します。一方、ビオチン基はクロスリンクした分子を検出するためのマーカーの役割を果たします(ビオチン抗体法、ビオチン−アビジン法)。更に、ビオチン基は検出器としてだけでなく、精製基(アビジンカラムなど)としての機能も持っています。BPCSのBRI1への結合親和活性は、低下しましたが、BLの約4%の活性を保持していました。
 次に、BPCSを用い、BRI1-GFP融合タンパク質を高発現したシロイヌナズナの遺伝子組み換え体のミクロソーム分画*4を材料として光アフィニティー標識実験を行いました。その結果、BPCSはBRI1-GFPに特異的に結合してクロスリンクすることが明らかとなりました(図4)。更に、BPCSの結合領域を明らかにするため、幾つかのBRI1断片を大腸菌で発現・精製し、それぞれについて光アフィニティー標識実験を行いました。その結果、BPCSが特異的に結合してクロスリンクする最小領域として、IDとIDに隣接したC末端側の22番LRR(LRR22)からなる94アミノ酸領域(ID-LRR22)が必要であることが明らかとなりました。このことは、トリチウム標識BLを用いた結合親和実験でも確認され、ID-LRR22断片へのBLの結合親和活性は全長BRI1の場合とほぼ同じ値を示しました。以上の結果より、BRI1はBRが直接結合するBR受容体であり、BRの結合部位は、BRI1細胞外領域のID-LRR22に存在することが明らかとなりました。
 LRR-受容体型キナーゼは動植物界に広く存在していますが、これまで明らかにされているリガンドは、すべてペプチドやタンパク質です。従って、BRI1はペプチドやタンパク質以外の低分子化合物をリガンドとするLRR-受容体型キナーゼの初めての例となります。また、動物では様々なステロイドホルモンに対応して数多くの受容体が同定されており、それらは例外なく相同性の高いアミノ酸配列からなるステロイド結合領域を持っています。しかし、BRのBRI1結合領域である94個のアミノ酸からなるID-LRR22は、これらのステロイド結合領域とは全く相同性がありませんでした。従って、ID-LRR22は、動植物を通じて他に類型のない、新しいステロイド結合領域の報告になります。


3. 今後の期待と展開
 今回の成果によって、BRがもたらす植物の様々な生理現象について、分子レベルでの解明が受容体を中心に更に進展するだけでなく、BRI1以外のLRR-受容体型S/Tキナーゼについてもリガンドやその植物体内における役割が明らかにされると期待されます。
 またBRI1は、全ての多細胞生物を通じて、ステロイドそのものをリガンドとする膜受容体であることが証明された最初の例ですが、動物においても、ステロイド化合物は性ホルモン、副腎皮質ホルモンなど生物学的にきわめて重要な働きをもつ物質です。その受容体は細胞内(或は核内)と細胞膜の双方に存在しますが、細胞膜受容体については現在までほとんど明らかにされておりません。今回、BRI1がステロイドであるBRと直接結合する細胞膜受容体であること、更に、その結合領域ID-LRR22が、これまで知られていたステロイド結合領域とは相同性がない新しい領域であることが証明されたことは,動物ステロイドの細胞膜受容機構の今後の研究に重要な知見を与えると考えています。
 本研究により、BRの結合領域を131kDaの膜貫通型タンパク質BRI1から94個のアミノ酸からなるID-LRR22 (11 kDa)に絞り込むことができました。また、全長では困難であったBRI1の大腸菌による大量発現がID-LRR22では可能でした。従って、今後は、NMRやX線結晶構造解析といった手法により、ID-LRR22やID-LRR22:BR複合体の構造情報を得、ID-LRR22の立体構造とBRが結合しているアミノ酸残基を明らかにして行く予定です。これにより、コンピューター上で、ID-LRR22とのドッキングシュミレーションによる様々な化合物のバーチャルスクリーニングが可能となり、BRI1を標的とした効果選択性の高い植物生長調節剤、即ち、強力なBR活性を示す化合物、或いは逆にBR活性を阻害する化合物の探索が効率的に進むと期待されます。
 以上の様に、BRのBRI1による受容機構を分子レベルで詳細に明らかにして行くことにより、将来的には、受容体であるBRI1遺伝子を改変することによって植物の成長を制御することも可能となるうえ、さらに生長調節剤のように遺伝子改変を伴わずに植物機能を制御する新規物質を創製することも夢ではありません。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 植物科学研究センター 生長制御物質研究チーム
 (中央研究所 吉田植物機能研究室)
  先任研究員  瀬戸 秀春

Tel: 048-467-4192 / Fax: 048-467- 4324

国立大学法人九州大学
 大学院理学研究院生物科学部門
  助手  木下 俊則

Tel: 092-726-4763 / Fax: 092-726-4758

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 7種の植物ホルモン
オーキシン、ジベレリン、エチレン、サイトカイニン、アブシジン酸、ブラシノステロイド、ジャスモン酸。このうち、現在まで受容体が明らかにされているのはエチレン、サイトカイニン、ブラシノステロイドに限られる。
※2 ステロイド化合物
シクロペンタノペルヒドロフェナントレン炭素骨格を持つ化合物群の総称。ほとんど全ての生物はステロイドを生合成しており、生体の構成成分(ステロールなど)あるいは動物ホルモン(性ホルモン、副腎皮質ホルモンなど)に代表される生体機能物質として、最も広く出現する天然成分の一つである。植物ステロイドでは、唯一ブラシノステロイドが植物の生長調節に関わっていることが明らかにされているが、その他の植物ステロイドの植物体における機能については殆ど明らかにされていない。
※3 リガンド
特定のペプチドやタンパク質と特異的に結合する物質を一般にリガンドという。例えば、種々の受容体タンパク質分子と特異的に結合するホルモン、神経伝達物質,レクチン、抗原、抗体のほか、酵素分子と特定の結合をする基質、補酵素、調節因子なども指す。低分子量の分子、イオンだけでなく、高分子量物質に至るまで広く用いられる。
※4 光アフィニティーラベル法
リガンドを認識する特定の生体高分子を特異的に化学修飾する方法の1つ。リガンドと結合親和性(アフィニティー)が高いタンパク質やペプチドを、光アフィニティーラベル化剤(光アフィニティープローブ)で補足し、これを解析するためのマーカーをつける。光アフィニティープローブは、一般にリガンドの誘導体であり、相手方を光反応による共有結合の生成で補足する光反応基(アジド或はジアジリン)と、これを検出するマーカーとなる検出基(放射性同位元素或はビオチン)を持ち、リガンドの基質特異的結合親和性を保持していることが必要である。
※5 ミクロソーム分画
生体組織を磨砕した混濁液から分画遠心法によって分離された顆粒分画。核・ミトコンドリア、リソソームを沈降させた上澄みを更に超遠心分離にかけて沈澱する分画で,膜受容体を含んだ細胞膜の一部もこの中に含まれる。


図1  シロイヌナズナの野生株(Ws-2)と代表的なBRI1変異株(bri1-5、bri-4
変異株には、矮性(背丈が低い)だけでなく、葉、茎、花等、各部の形態変異も観察される。
その程度は、BRI1遺伝子の変異点の違いにより異なる。ブラシノステロイド生合成酵素突然変異体でも、ほぼ同様の形態変異が観察され、ブラシノライド処理で野生型に回復する。しかし、BRI1変異体は回復しない。


図2 BRI1の構造
細胞外のN末端にシグナルペプチド、ロイシンジッパーモチーフ、ロイシンに富んだ25個の繰り返し領域(LRR)、LRRを挟むかたちでシステインペアーが2箇所、LRR21とLRR22に挟まれて70-アミノ酸アイランド(ID)が存在する。
そして1回の膜貫通領域を挟んで、細胞内にセリン/スレオニンキナーゼ領域を持つ。ID-LRR22は今回の研究で明らかになったブラシノステロイドの結合領域。


図3 本研究で用いた化合物 の化学構造式


図4 BPCS によるBRI1-GFPの光アフィニティー標識実験
ミクロソーム分画を抗-GFP抗体で免疫沈降させた試料(タンパク質混合物)をBPCSで 光アフィニティー標識するとBRI1-GFPが特異的に標識された。

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