◇ポイント◇
- 変形性関節症の患者では「アスポリン」という遺伝子の働きが高い。
- 遺伝子が作り出すタンパク質は、アスパラギン酸の数によって微妙に異なる。
- アスパラギン酸が14個の場合には、変形性関節症になるリスクが2倍。
独立行政法人理化学研究所は、変形性関節症の原因遺伝子を発見しました。遺伝子多型研究センター(豊島久真男センター長)変形性関節症関連遺伝子研究チームの池川志郎チームリーダー、木澤秀樹研究員らの研究チームによる成果です。
変形性関節症は関節軟骨の変性、消失を特徴とする疾患です。骨や関節の疾患の中で最も発症頻度の高い疾患のひとつで、日本だけでも約700万人の患者がいますが、これまでその原因は不明でした。今回の研究では、遺伝子多型を用いた相関解析により、これまで謎であった変形性関節症の原因遺伝子のひとつが、アスポリン遺伝子であることを同定しました。
アスポリンは細胞の外の基質に存在するタンパクで、変形性関節症の軟骨で発現が著しく上昇します。アスポリンに含まれるアスパラギン酸(D)の配列の繰り返しの数が変形性関節症と相関し、14回の繰り返し(D14多型)が、変形性関節症を起こし易いことがわかりました。D14多型を持つ人では変形性関節症のリスクが約2倍になります。アスポリンはTGF-βという軟骨細胞の主要な成長因子と結合してその作用を抑制し、軟骨細胞の働きを抑制します。このTGF-βを抑制する作用が、D14を持つアスポリンで特異的に強いことが、変形性関節症の罹(かか)り易さの違いに繋がるようです。
これらの成果は、変形性関節症の原因、病態を遺伝子レベルで解明した世界で初となる研究成果です。今後アスポリンとTGF-βの関係を詳細に解析することによって、関節軟骨を維持するメカニズを明らかにするとともに、変形性関節症の画期的な治療、治療薬の開発につながるものと期待されます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Genetics』2月号に掲載されます。
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背 景 |
変形性関節症(OA: osteoarthritis)は、関節の軟骨の変性、消失を特徴とする疾患で、骨・関節の疾患の中で、最も発症頻度の高い疾患のひとつです(図1)。日本だけでも約700万人の患者がいると推定されている、ありふれた疾患 (生活習慣病)です。同様に関節の炎症を起こす関節リウマチの約10倍の患者がいます。
OAは、膝、股、手、脊椎など全身の様々な関節を犯し、関節の痛みや機能障害、歩行障害などの様々なやっかいな症状を引き起こします。中・高年者の日常生活動作(ADL: Activities of Daily Living)、生活の質(QOL:Quality of Life)の障害の最大の原因のひとつです。OAの有病率は年齢と共に増加し、70歳以上では、症状の軽いものを含めると30%近くがOAに罹(かか)っているという統計もあります。よって、OAは迫りつつある高齢化社会の大きな課題のひとつであると言えます。しかし、OAの発症の根本的な原因や病態は知られていません。そのため、有効な治療法がないのが現状です。 |
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研究手法と成果 |
【感受性遺伝子、アスポリンの同定】
OAの感受性遺伝子をみつけるために、我々は遺伝子多型研究センターで収集した遺伝子多型データーと高速度大量タイピングシステムを基盤に、候補遺伝子の遺伝子多型を用いた大規模相関解析を行いました。候補遺伝子のひとつとして、アスポリンに着目しました。アスポリンは、SLRPファミリー(small leucine-rich proteoglycan(SLRP)family)に属する機能未知の細胞外基質タンパクです。近年、ノックアウト・マウスを用いた解析によりSLRPファミリーのタンパクとOA発症との関連が報告されています。OA患者の軟骨と正常軟骨でのアスポリン遺伝子の発現量を比較した所、OA軟骨での発現が著しく高いことがわかりました。
そこで、アスポリン遺伝子多型を用いたケースコントロール相関解析※1を行った所、N末端にあるアスパラギン酸(D)リピート多型が膝関節OAと相関することがわかりました(表1)。このリピート多型はD が10から19回繰り返すのですが、このうち、14回の繰り返し(D14)が、膝関節OA患者集団に多く、13回の繰り返し(D13)が健常人(OAのない人)集団に多くなっていることが分かりました。また、D14アレル※2保有者の頻度は膝関節OAの重症度に伴い上昇傾向を示しました。D14アレル保有者はOAのリスクが、約2倍になります。更に、この多型は弱いですが、股関節OAとも相関することがわかりました。
【アスポリンの機能】
OAの基本的な異常は軟骨細胞の代謝異常にあると思われます。そこで、アスポリンの軟骨代謝における機能を調べる目的で、試験管内で軟骨の分化を再現出来るモデルであるATDC5細胞を用いてアスポリン安定高発現株を作製しました。アスポリンをたくさん発現している細胞株では、軟骨分化マーカー遺伝子(II型コラーゲン、アグリカンなど)の発現、及び細胞外プロテオグリカン※3の蓄積量が著明に低下しました。軟骨細胞の主要な成長因子であるTGF-βは、軟骨分化マーカー遺伝子を誘導し、軟骨基質の合成を促進します。しかし、アスポリン安定高発現株ではこのTGF-βの軟骨の分化を誘導する作用が強く抑制されました(図2a,b)。精製アスポリンの添加によってもこのTGF-βに対する抑制作用は再現されました(図2c)。また、アスポリンは TGF-βと結合し、軟骨細胞に共存することがわかりました。以上の事から、アスポリンはTGF-βとの結合によりTGF-β作用を抑制し、それにより、軟骨細胞の分化、基質産生を抑制する作用を持つ、軟骨代謝のモデュレーターであることがわかりました。更に、アスポリンの一過性発現実験により、このアスポリンのTGF-βの抑制作用は、D14を持つアスポリンで、特異的に高くなっていることがわかりました(図2d)。
【アスポリンがOAを起こすメカニズム】
外傷や機械的ストレスにより軟骨は傷害を受け、軟骨細胞、基質が減少します。これに対して、TGF-βなどの成長因子が働き、軟骨細胞を分化させ、基質を産生する能力を上げてこの減少を補償しようとします。これが、OAを防ぐ機構のひとつです。しかし、成長因子の無制限の作用は、異常な軟骨の増大、骨化、腫瘍の発生などの新たな問題を引き起こしてしまいますから、その作用には一定の調整、制御機構が必要です。われわれはアスポリンが、軟骨においてこのTGF-βの調整役の役割を担っていると考えています(図3)。そして、アスポリンのDリピート多型は、傷害を受けた軟骨を再生する能力の個人差をもたらし、OA感受性を左右する、すなわちD14を持つ人は、TGF-βの制御作用が必要以上に強く働きすぎるために十分な軟骨の再生、基質の産生が得られ難いので、OAになり易くなると考えています。 |
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今後の展開 |
今回、アスポリンとTGF-βおよびOAで、細胞外基質タンパクによる成長因子の活性の制御と、その機構の破綻による疾患の発生のモデルを示しました。同様の例が、マルファン(Marfan)症候群※4などでみつかっています。このような細胞外基質タンパクと成長因子および疾患の連関の解明は、今後の骨・関節疾患研究の大きな柱のひとつになるでしょう。今後は、アスポリン多型の情報を利用してOAの分子診断システムを開発し、予後、病態の予測、治療方針の決定に役立てると共に、アスポリンの作用機構、発現調節機構などアスポリン-TGF-β系を解明することによりOAの分子病態を明らかにし、新規のOA治療、画期的なOA治療薬の開発へと発展させてゆきたいと考えています。
本研究は、三重大学整形外科、東京大学整形外科、杏林整形外科などの臨床機関、遺伝子多型解析センター遺伝子多型タイピング研究・支援チーム、武田薬品工業などとの共同研究によるものです。 |
| (問い合わせ先) |
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独立行政法人理化学研究所 横浜研究所 |
| 遺伝子多型研究センター |
| 変形性関節症関連遺伝子研究チーム |
| チームリーダー 池川 志郎 |
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| Tel | : |
03-5449-5393 |
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Fax | : |
03-5449-5393 |
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| (報道担当) |
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独立行政法人理化学研究所 広報室 |
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<補足説明>
| ※1 |
ケースコントロール相関解析 |
| 疾患の遺伝子を見つける方法のひとつ。疾患を持つ方と疾患持たない方とでSNPの型に差があるかどうかを統計学的に比較する解析方法。 |
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| ※2 |
アレル |
| 対立遺伝子のこと。通常はひとつの遺伝子座を構成するDNA全領域を複数個体で比較したとき、異なっているものが存在するときにそれぞれを指す言葉である。アレル(allele)には「異なった」という意味がある。 |
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| ※3 |
プロテオグリカン |
| プロテオグリカンはタンパク質と糖分(多糖体)からできた巨大な分子である。ビンを洗うブラシのような形をしていて、コラーゲンの繊維の間を縫うように編み込まれており、目の細かい網を軟骨の内部に形成している。 |
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| ※4 |
マルファン(Marfan)症候群 |
| 骨系統疾患の一つ。常染色体優性遺伝病。身体の結合組織が犯され、骨格(高い身長、長い手足と指)、目(水晶体の脱臼)、心臓や大動脈(心臓の弁の異常など)、肺などに様々な症状を呈する。 |
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