1)正常な大脳1次視覚野の興奮性細胞の発達
神経細胞の構造は今までに多くの研究者たちがゴルジ染色、蛍光色素染色、免疫組織化学染色などの方法で可視化していますが、臨界期に注目して興奮性細胞(特にスパイン)の発達を研究したものはありませんでした。そこではじめに、スパインを中心に興奮性細胞の構造の成熟度を目が開く前(10日齢)、臨界期直前(18日齢)、臨界期内(28日齢)、成熟(60日齢)で調べてみました。すると、スパイン構造は目が開く前にはほとんどなく、目が開くと急速に出現し、成熟まで増え続けることがわかりました。ただし、興味深いことに抑制性の入力を強く受ける細胞体に近いところでは、発達は臨界期の直前に終了していました。
2)形態変化の初期過程の発見
tPAの生化学的な解析結果から(図5A)、プロテアーゼ活性の変化は単眼遮蔽して2〜4日後に臨界期のマウスにだけ現れることがわかりました。この変化の時間経過は機能的可塑性の変化(図2A)とよく似ています。そこで、大脳皮質への入力の形態変化(図2B)ではなく、もっと早い変化が期待できるスパインが左右の目のバランスを崩した後に変化するかを調べました。細胞体から最初の分岐までは抑制性入力がとても強くスパインは出現しないので、分岐後を25ミクロンにわけてそれぞれスパイン数(密度)を数えてみました。すると、どの部分でも目を閉じた後ではその数が減少していることがわかりました(図5B)(図6A, 青丸)。この現象をスパインの剪定(せんてい:pruning)と名づけました。ちょうど植木の枝を剪定するのに似ているからです。重要なのは、プロテアーゼ活性と同様この変化は成熟した動物や、左右の目からの入力がない単眼領域(図1A)では現れなかったという発見です。
長期に片目を閉じていると大脳への入力が縮小し、開いていた目の入力は支配を広げることはすでにマウスによる研究でも報告されています(図2B)ので、長期の遮蔽では、開いていた目から広がった入力が新しいシナプスを作る可能性があるわけです。そこで、臨界期を越えて長期(30日以上)に目を閉じた後のスパインを数え、無処置の同じ日齢の動物と比較してみました。するとスパイン密度は細胞体に近いあたりはまだ少ない傾向が残っていますが、50ミクロン以上離れると回復していることがわかりました。研究チームでは、新しい入力に見合ったシナプスができたのだと考えています(図7)。この動物にはすでにほとんど可塑性がありませんから、この増加は最終的に固定された結果と思われます。
3)形態的可塑性へのtPAの関与
可塑性を反映する形態変化の初期過程を見つけることができましたので、次にここに関わる分子メカニズムを調べました。機能的可塑性のなかったモデル動物であるtPAノックアウトマウス(図3)を使って、目を閉じた後のスパイン密度を野生型と比べてみました。その結果、tPAを遺伝的に欠損しても、興奮性細胞の基本的な構造には異常を来しませんでしたが、単眼遮蔽の効果は全くないことがわかりました(図6A, 灰色丸) 。さらに、外来のtPA(E6010, 天然型tPAの構造の1部を遺伝子組換えにより改変したtPA:エーザイ(株)より供与)を遮蔽中に脳質内に投与すると、tPAノックアウトマウスでも細胞体の近傍からスパインの剪定が始まることもわかりました(図6A, 赤丸)。すなわち、tPAが機能的可塑性に必須であるばかりか、形態的変化を誘導するのにも重要であることがわかりました。これは、tPAが形態的可塑性に必要なことを示す初めての報告になります。
4)形態的可塑性への抑制性の神経伝達とtPAの位置づけ
研究チームはかつて機能的可塑性において、抑制性の神経伝達とtPAに密接な関係があることを突き止めています(※4)。今回の研究では、形態的可塑性にも興奮性と抑制性のバランスが大切かを調べてみました(図6B)。その結果、抑制性GABAの低下したGAD65ノックアウトマウス(※4)でも、単眼遮蔽後のスパインの剪定は起こらないこと(図6B, 黒丸)、遮蔽中にジアゼパム(※4)を脳質内に投与すると形態的可塑性は上昇し(図6B, 赤丸)、スパイン密度は遮蔽後の野生型(図6B, 青丸)と同じくらいになることを見つけました。
以上の結果から、臨界期のマウスを単眼遮蔽した後に起こる形態変化は、機能的変化と同じタイミングでスパインの剪定から始まっていて、分子メカニズムも同じであることが解明されました。
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