プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
大脳のネットワークを再構成する分子を同定
- 脳が柔軟になる初期の過程の可視化に成功 -
平成16年12月16日
本研究成果のポイント:
  • 視覚体験によって大脳皮質の形態が変化し始める現象を捉えることに成功
  • 形態変化に必須なタンパク質分解酵素を同定
  • 正常な脳の発達を理解するための手がかりに
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、生後発達期の大脳の神経回路網が再構成する初期過程の神経細胞を可視化し、再構成を誘導する分子の同定に成功しました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)神経回路発達研究チームのヘンシュ貴雄チームリーダー・俣賀宣子専門職研究員らによる研究成果です。
 新生児の大脳皮質は未熟で、成熟するためには発達期の自己の経験によるネットワーク(神経回路)の再構成が必要です。「臨界期」と呼ばれるこの発達期内の神経細胞は可塑性(再構成したネットワークをその後も維持できる状態)を持っていることが知られています。研究チームでは臨界期の可塑性という現象を1次視覚野(両目からの情報を最初に受取る大脳の視覚領)(図1A)に焦点をあて研究を重ねてきました。そして、現在までに特定の抑制性の情報伝達が臨界期出現の引き金になることや人工的に長期にわたって興奮性と抑制性の入力バランスを崩すと、大脳皮質の個々のコラム(似た働きを持つ神経細胞の集団)の幅が変化することがわかっていました。
 今回の研究により、短期の視覚体験でもマウス大脳皮質内の細胞の形態(樹状突起上の局所的な神経突起の密度)(図4B) が変化し始める現象を初めてとらえました。さらに、この形態変化には抑制性の情報伝達と密接な関係にあるタンパク質分解酵素(プロテアーゼ:組織型プラスミノーゲンアクチベーター)が必須であることを突き止めました。この発見により機能的(働きの)変化(図2A)と形態的(形の)変化(図2B)の間に時間的なギャップがないことがわかり、さらなる正常な大脳の発達の理解が進むとともに、臨界期の可塑性が低下していることが原因と考えられる中枢性視覚障害などの神経疾患の治療の糸口となることが期待されます。
 本研究の成果は、米国の科学雑誌『Neuron』(ニューロン)の12月16日号に、発表されます。


1. 背  景
 鶏(ニワトリ)、鴨(カモ)、雁(ガン)などの鳥は、生まれて初めて見る動く物をお母さんと認識し、お母さんの後をすぐ歩いて追うことができます(刷り込み現象といいます)。なぜなら、小鳥たちは自分ですぐ歩けないと生きていけないからです。一方、生まれたばかりの人間の赤ちゃんは、歩けませんし、大人のようにきちんと物を見ることができません。なぜなら、人間の脳(特に運動系や感覚系の中枢機能)は、生まれる時までに完成されないからです。このように、人を始めとする哺乳類は、運動系や感覚系の中枢神経が生まれた時にその機能をまだ固定せず、その後のある時期に外界からの刺激に応じネットワークを修正できます(この時期を臨界期と呼びます)。このような修正機能は、私たちが幼児期にマルチな環境に対応するために有利です。
 「臨界期の脳を知る」研究は約40年前に始まりましたが当時用いられていた実験動物では、臨界期の可塑性を分子レベルまた細胞レベルで知ることが技術的に困難でした。
 現在では、マウスを用い左右の目の入力の優位性(眼優位性、※1)を評価することが可能となっており、臨界期も確認されました(ヘンシュチームリーダーはその先がけのひとり)(図1B、2A、2B)。この眼優位性は主に2つの手法で評価できます。すなわち、単眼遮蔽(※2)をした動物の1次視覚野の機能的な変化(視覚情報に細胞がどのように反応しているか)を記録するものと、入力が形態的に変化したこと(視覚情報量に従って左右の目からの入力の支配領域がどのように変わるか)を可視化するという手法です(※3)。研究チームはマウスを研究モデル動物として用いることにより、これまでも「大脳形成時における抑制性の神経伝達の必要性」に関する多くの成果をあげています(2000年3月および2004年3月記者発表)。
 また、研究チームでは、セリンプロテアーゼ(プロテアーゼ:タンパク質分解酵素)の一種である組織型プラスミノーゲンアクチベーター(tPA) の臨界期の可塑性における役割にも注目してきました。tPAの主な働きはプラスミノーゲンという基質タンパクを、活性型のプラスミンに限定分解することです(プラスミンは血中では血栓を溶かす作用を持っています)。そしてプラスミンは、細胞間を接着したり細胞外で脳構造を固定する役割を持つタンパク群(細胞外基質)を切ることができます。すなわち、tPAのタンパク質を切断する働きが、がっちりと固まった神経細胞のネットワークを柔軟にできるのではないかという発想でした。
 しかし、tPAを遺伝子操作し欠損させた(ノックアウト)マウスの1次視覚野では機能的可塑性は起こらないこと(研究チームとベルギー・ルーベン大学の永井信夫博士との共同研究, 2002年)(図3)や、tPA活性の阻害薬を注入した動物において大幅に可塑性が低下すること(俣賀宣子専門職研究員と現・当研究所視覚神経回路モデルチームの今村一之副チームリーダーの研究成果, 1996年)、は明らかとなりましたが、tPAが直接形態的な変化を引き起こすのに必要かどうかはまだ仮説でしかありませんでした。
 そこで今回研究チームでは、臨界期の形態的可塑性について詳細に調べました。研究は、「形態的変化はいつ、どこで始めに起こるのか?」、「形態的変化にプロテアーゼが必要か?」という2点に焦点を絞って行ないました。


2. 研究手法
1)細胞の可視化方法
 細胞を可視化する方法は沢山ありますが、今回は蛍光色素(DiI)を使いました。色素は0.6ミクロンの大きさの金粒子のまわりにコーティングして、高圧をかけた銃を使って脳の切片に打ち込みます。すると、1日後には色素が細胞全体に浸透し、色素を取り込んだ細胞だけがきれいに光ってみえます。これを共焦点レーザー顕微鏡で観察し、3次元構造に再現した写真が図4です。この方法では研究者が細胞を選んで染めるのではなく、細胞が偶然に色素を取り込むわけですから公平さが保たれます。

2)興奮性細胞(錐体細胞)のスパイン構造
 大脳皮質の神経細胞は、大きくわけると興奮性細胞と抑制性細胞があります。その中で、興奮性細胞は大脳の細胞の約80%を占めています。錐体型をした興奮細胞は、脳の表面に垂直に1本の突起を伸ばしています。ほとんどの場合、樹状突起と呼ばれる突起が表面に向かっています(図4A)。ここは、目からの中継点(外側膝状体)(図1A)から大脳内で入力を受け取るところです。今回は、この樹状突起にでている小さな神経突起構造(スパイン)(図4B)に注目しました。
 細胞体と樹状突起の最初の分岐の間は、臨界期の引き金を担う抑制性細胞の入力を受けるところですから、臨界期の形態変化が早い時期に起こりやすいと考えました。また、スパインは他の興奮性細胞の入力(軸策)との結合部位です(シナプスと呼ばれます)。最近、「スパインはダイナミックに動いている」という研究がトピックスになっていますが、その役割はわかっていませんでした。

3)tPAの生化学的解析
 tPAは血液の凝固線溶系ではとても有名なプロテアーゼですが、脳内でどんな役割があるかに興味を持っている研究者は非常に少ないです。まして、臨界期の可塑性についてtPAの研究をしているのは、国内外に当研究チームだけです。そこで、tPAのメッセンジャーRNA、タンパク、およびプロテアーゼとしての活性も測定しました。


3. 研究成果
1)正常な大脳1次視覚野の興奮性細胞の発達
 神経細胞の構造は今までに多くの研究者たちがゴルジ染色、蛍光色素染色、免疫組織化学染色などの方法で可視化していますが、臨界期に注目して興奮性細胞(特にスパイン)の発達を研究したものはありませんでした。そこではじめに、スパインを中心に興奮性細胞の構造の成熟度を目が開く前(10日齢)、臨界期直前(18日齢)、臨界期内(28日齢)、成熟(60日齢)で調べてみました。すると、スパイン構造は目が開く前にはほとんどなく、目が開くと急速に出現し、成熟まで増え続けることがわかりました。ただし、興味深いことに抑制性の入力を強く受ける細胞体に近いところでは、発達は臨界期の直前に終了していました。

2)形態変化の初期過程の発見
 tPAの生化学的な解析結果から(図5A)、プロテアーゼ活性の変化は単眼遮蔽して2〜4日後に臨界期のマウスにだけ現れることがわかりました。この変化の時間経過は機能的可塑性の変化(図2A)とよく似ています。そこで、大脳皮質への入力の形態変化(図2B)ではなく、もっと早い変化が期待できるスパインが左右の目のバランスを崩した後に変化するかを調べました。細胞体から最初の分岐までは抑制性入力がとても強くスパインは出現しないので、分岐後を25ミクロンにわけてそれぞれスパイン数(密度)を数えてみました。すると、どの部分でも目を閉じた後ではその数が減少していることがわかりました(図5B)(図6A, 青丸)。この現象をスパインの剪定(せんてい:pruning)と名づけました。ちょうど植木の枝を剪定するのに似ているからです。重要なのは、プロテアーゼ活性と同様この変化は成熟した動物や、左右の目からの入力がない単眼領域(図1A)では現れなかったという発見です。
 長期に片目を閉じていると大脳への入力が縮小し、開いていた目の入力は支配を広げることはすでにマウスによる研究でも報告されています(図2B)ので、長期の遮蔽では、開いていた目から広がった入力が新しいシナプスを作る可能性があるわけです。そこで、臨界期を越えて長期(30日以上)に目を閉じた後のスパインを数え、無処置の同じ日齢の動物と比較してみました。するとスパイン密度は細胞体に近いあたりはまだ少ない傾向が残っていますが、50ミクロン以上離れると回復していることがわかりました。研究チームでは、新しい入力に見合ったシナプスができたのだと考えています(図7)。この動物にはすでにほとんど可塑性がありませんから、この増加は最終的に固定された結果と思われます。

3)形態的可塑性へのtPAの関与
 可塑性を反映する形態変化の初期過程を見つけることができましたので、次にここに関わる分子メカニズムを調べました。機能的可塑性のなかったモデル動物であるtPAノックアウトマウス(図3)を使って、目を閉じた後のスパイン密度を野生型と比べてみました。その結果、tPAを遺伝的に欠損しても、興奮性細胞の基本的な構造には異常を来しませんでしたが、単眼遮蔽の効果は全くないことがわかりました(図6A, 灰色丸) 。さらに、外来のtPA(E6010, 天然型tPAの構造の1部を遺伝子組換えにより改変したtPA:エーザイ(株)より供与)を遮蔽中に脳質内に投与すると、tPAノックアウトマウスでも細胞体の近傍からスパインの剪定が始まることもわかりました(図6A, 赤丸)。すなわち、tPAが機能的可塑性に必須であるばかりか、形態的変化を誘導するのにも重要であることがわかりました。これは、tPAが形態的可塑性に必要なことを示す初めての報告になります。

4)形態的可塑性への抑制性の神経伝達とtPAの位置づけ
 研究チームはかつて機能的可塑性において、抑制性の神経伝達とtPAに密接な関係があることを突き止めています(※4)。今回の研究では、形態的可塑性にも興奮性と抑制性のバランスが大切かを調べてみました(図6B)。その結果、抑制性GABAの低下したGAD65ノックアウトマウス(※4)でも、単眼遮蔽後のスパインの剪定は起こらないこと(図6B, 黒丸)、遮蔽中にジアゼパム(※4)を脳質内に投与すると形態的可塑性は上昇し(図6B, 赤丸)、スパイン密度は遮蔽後の野生型(図6B, 青丸)と同じくらいになることを見つけました。

 以上の結果から、臨界期のマウスを単眼遮蔽した後に起こる形態変化は、機能的変化と同じタイミングでスパインの剪定から始まっていて、分子メカニズムも同じであることが解明されました。


4. 研究の意義
1) 今まで時間的なギャップがあると考えられていた、臨界期の機能的変化と形態的変化は実は大脳皮質内の細胞では同じタイミングで始まっていることがわかりました。この研究ではスパイン(シナプス後部)に注目し、かつ、すべてのスパイン数の変化を追跡したことで、一過性にスパインが剪定されることがわかりました(図7)。今までの研究は大脳皮質4層への入力(軸策:シナプス前部)を可視化して、その形態変化を調べていたのでわからなかった現象です。

2)抑制性神経伝達が引き金となって始まる臨界期において、tPAは機能の変化(機能的可塑性)と形の変化(形態的可塑性)の両方を誘導することがわかりました。研究チームはtPAは細胞外に拡散して細胞外の環境を変える司令塔だと考えています。tPAはタンパク質分解酵素の一種でプラスミンを増やします。この2つの活性プロテアーゼ(セリンプロテアーゼとプラスミン)により、細胞外の環境は急速に変化していくと考えられ(図8)、それらに分解される細胞外基質タンパクや細胞接着因子の新たな臨界期の候補要因が予想されます。


5. 今後の期待
1)臨界期の可塑性に関する研究には国内外の数多くの研究者が約40年もの間取り組んできたにも関わらず、初期過程の形態変化を捉えたのは今回が初めてです。本研究の成果が得られたのは、実験モデルとしてマウスを用いたことや、科学機器の技術進歩も大きく影響しているといえます。今後は、今回の研究成果を踏まえた上で、スパイン(シナプス後部)だけでなく、軸策(シナプス前部)の微細な構造変化を同時に追う時代になると思われます。

2)今回の研究により、抑制性伝達物質とプロテアーゼの関係を明らかにしました。研究チームは現在、2種類の異なったノックアウトマウスを分子生物学、生化学、および、組織学実験のモデル動物として用いることで、臨界期の開始に必要な抑制性の神経伝達からシナプス再構成の際プロテアーゼに分解されるタンパク群(tPAとプラスミンの基質となる分子)(図8)までの経路を解き明かす研究を進めています。また、その他の感覚系や運動系の臨界期可塑性の分子および細胞メカニズムを知るための先駆的な研究になると思われます。

3)今回のマウスによる実験の成果はヒトの育成や治療へ応用できると思われます。事実、いくつかの精神疾患において、錐体細胞の形態異常が報告されています。しかし、 脳内におけるtPAの役割は、今までどちらかというと「悪役」でした。なぜなら、tPAは唯一の心筋梗塞の治療薬ですが、脳内に入ったtPAが神経細胞死を起こすという症例が報告されているからです。ですから、「tPAを大量に注射して頭を柔らかくしよう」などといった単純な訳にはいきません。「良薬」でも大量ですと「毒」になります。そこで、臨界期の可塑性を損なった中枢性視覚障害や精神疾患等への適切なtPAの応用は今後の大きな課題となるでしょう。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター 神経回路発達研究チーム
  チームリーダー  ヘンシュ 貴雄
  専門職研究員  俣賀 宣子
(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9271 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 眼優位性 (Ocular Dominance) (図2も参照してください)
1次視覚野(Visual Cortex)の神経細胞の特性のひとつ。神経細胞は左右の目から入力を受けていますが、その割合はそれぞれ違います。そこで、どちらの目からの入力が優位かを調べます。大脳の可塑性(Plasticity)が高い時期(臨界期, Critical Period)に単眼遮蔽(※2)をすると、この優位性が変化します。
※2 単眼遮蔽 (Monocular Deprivation)
眼優位性の可塑性は、動物の片目を閉じて、左右の目のバランスを崩すことで評価できます。片目を閉じることを、単眼遮蔽と呼んでいます。マウスの場合は無処置では、皮質と反対側の目からの入力が強いので(図2A、中央)、反対側の目を閉じて評価しています。
※3 可塑性の評価方法
・機能的可塑性 (機能の変化:Functional Plasticity)
可塑性が高い1次視覚野の神経細胞は、視覚体験に応じてその反応性を変化させることができます。すなわち、片方の目を強制的に閉じてしまうと、閉じた方の目に対する応答が減少していきます(図2A、右)。一方、臨界期にないマウスでは、片目を覆って飼育する前と後でもこの変化はおこりません図2A、左)。そこで、左右の目ごとに光刺激を与え、1次視覚野の神経細胞がどちらの目からの光刺激に良く応答するかを電気生理学的に測定すると「機能的変化」がわかります。マウスの目を3−4日間だけ閉じることで機能的可塑性を評価することができます。
・形態的可塑性 (形の変化:Morphological Plasticity)
片方の眼球にマーカー色素などを注入すると、中継点である外側膝状体とよばれる部位から大脳に入ってくるその目からの入力の支配(形態変化)を可視化することができます(図2B)。しかし、この現象は機能的変化に比べると、ゆっくり起こる為、有意な変化がでてくるにはマウスの目を20日以上も閉じておく必要があります。
※4 機能的可塑性に関する抑制性の神経伝達とtPAの位置づけ
多くの研究は、あるひとつの分子に焦点をあてて行われますが、1つの分子で機能のすべてがわかることは殆どないでしょう。臨界期の可塑性に関しても、今まで神経伝達物質(グルタミン酸、ノルアドレナリン等)、神経成長因子(BDNF, NGF等)、細胞内情報伝達系(転写因子、プロテインキナーゼ等)など多くの分子が関与して可能性が報告されています。しかし、これらの因子がどのような順番で可塑性を調節したり、制御したりするのかは殆どわかっていません。そこで研究チームでは、マウスで臨界期の可塑性に重要であることが証明された抑制性の神経伝達系とtPAがどの順番で機能的可塑性に関与しているか、薬理学的な手法を使って調べました。抑制性の神経伝達を弱めたノックアウトマウス(抑制性伝達物質GABAの合成酵素、GAD65遺伝子を欠損)では、単眼遮蔽してもtPA活性は上がらず、人工tPAの脳室内投与により機能的可塑性レベルを高めることができました。一方、GAD65ノックアウトや開眼直後の野生型マウスの臨界期を開始させることができるジアゼパム投与ではtPAノックアウトマウスの可塑性を高めることはできませんでした。これらの結果から、抑制性の神経伝達がまず臨界期をスタートさせ、その後、tPAが可塑的な環境を作ることがわかりました(これは、2002年に報告しています)。


図1A マウスの目から大脳の1次視覚野までの投射と両眼性の細胞がある領域を示しています。両眼領域は1次視覚野の約3分の1で、ここの細胞は臨界期に左右の目からの入力量の違い対して応答性を変えることができます。


図1B マウスの1次視覚野では、臨界期は生後4週目に現れます。この時期の可塑性レベルは一生涯で一番高いことがわかっていますが、その分子や細胞メカニズムはまた解明されていないことが多いです。


図2A 眼優位ヒストグラムを示します。これは、右側の1次視覚野の神経細胞(1匹から20〜30個)を記録して、その細胞特性(眼優位性)をまとめた例です。グループ1は左目だけに、グループ7は右目だけに反応する細胞です。グループ4はどちらの目にも同じだけ応答、その他は中間になります。臨界期内のマウスの目(ここでは左目)を閉じると、ヒストグラムが開いていた右目のほうにシフトしているのがわかります(中央から左のヒストグラムに変化)。一方、成熟後(臨界期後です。図1Bを参照)では、4日間単眼遮蔽してもヒストグラムは無処置とほとんどかわりません(中央と左のグラフ)。
これは、研究チームの成果です(2000年記者発表)。このように記録した細胞の眼優位性が変化することを、機能的可塑性があるといいます。


図2B 1次視覚野第4層への入力を可視化したものです。入力(軸策)は、中継点(外側膝状体、図1A参照)からの投射です。臨界期のマウスにおいて閉じられた目の軸策の終末部分が退縮していることを示しています。一方、開いていた目からの入力はその支配を広げます。この現象を形態的可塑性といいます。ただし、この変化が観察するには20−40日間の遮蔽が必要です。


図3 tPAノックアウトマウスでは、機能的可塑性レベルが低下しています。 中央は無処置、左は単眼遮蔽4日後、右は単眼遮蔽2週間後です。遮蔽は臨界期内に行われました。tPAノックアウトマウスでは、2週間どころか2ヶ月単眼遮蔽しても眼優位ヒストグラムは野生型のような劇的変化が認められませんでした。2週間後もまだ沢山の細胞が閉じていた目に応答しているのがわかります(グループ1〜3が沢山残っています)。一方、人工的なtPAを遮蔽と同時に脳質内に投与すると、tPAノックアウトマウスの可塑性レベルが高まることもわかりました。


図4A 左はニッスル染色法といってすべての神経細胞の細胞体が染まる染色です。大脳はこのように6層構造をしています。一方、左は今回使用したDiI染色で偶然に2/3層にある1個の興奮性細胞(錐体細胞とよばれています)がきれいに可視化できたものです。注目したのは、この細胞の1次樹状突起です。


図4B 興奮性細胞の1次樹状突起上にある神経突起(スパイン)を示します。この構造は、興奮性細胞が成熟したことを示すと考えられています。スパインは、他の興奮性細胞の軸策と化学結合します。結合部分はシナプスと呼ばれています。今回の研究ではじめて単眼遮蔽するとスパインの密度がかわることがわかりました。


図5A 単眼遮蔽後のtPAプロテアーゼ活性の変化を示します。臨界期内に目を閉じると活性が上昇しているのがわかります。この変化は機能的可塑性が生じるタイミングと一致します。また、7日後には基礎値に戻ってくるのがわかります。この変化は成熟動物では起こりません(星印)。


図5B 野生型マウスを臨界期内に単眼遮蔽してスパインの密度を調べた1例です。実際には、最初の分岐から25ミクロンずつに区分してスパイン数をカウントしました。4日間の単眼遮蔽でスパインが剪定されているのがわかります。機能的可塑性やtPAプロテアーゼ活性の変化と時間的にも一致します。


図6A tPAノックアウトマウスにおけるスパインの変化を示しています。すべてのグループから10個以上の細胞の総スパイン数をカウントしています。野生型では、図5Bでも示したように単眼遮蔽でスパインの剪定が行われました(青色)。一方、tPAノックアウトマウスでは、遮蔽をしてもその数は減少しません(灰色)。そこで、人工的にtPAを脳質内に投与すると、細胞体の近傍から剪定が始まっているのがわかります(赤色)。


図6B 抑制性神経伝達が低下しているグルタミン酸脱炭酸酵素(GAD 65)のノックアウトマウスの結果です。tPAと同じく、単眼遮蔽をしてもスパインの剪定は起こっていません(黒色と青色を比較)。一方、シアゼパムで神経伝達を高めながら、目を閉じると完全に野生型と同じ現象がでてきました。


図7 本研究から得られた結果をまとめた、形態的可塑性のモデルを示します。初期過程では、2日後にtPAの活性が上昇し、細胞外の流動性が高まることで、スパインの動きが激しくなっています。このtPAの活性上昇の引き金になっているのが抑制性神経伝達だと思われます。
4日後には、閉じた目からの入力が弱まった結果、不要なスパインが剪定されます。この際、軸策の変化は微妙なため、従来の軸策トレース方法ではこの変化は捉えられていません。
遮蔽30日以上経過すると、開いていた目から皮質への入力や他の皮質内の細胞からの入力が支配を広げ、それに見合ったスパインが新しく形成されるのではないかと考えました。


図8 今後の課題のひとつであるスパイン剪定に関与する詳細なメカニズムの仮説

tPAは開いていた目、閉じていた目、どちらのシナプス周辺にも遊離されます(赤色)。一部の細胞外基質タンパク(灰色)や細胞接着因子(黄色)はtPAあるいはプラスミンで切られます。ここでシナプスは全体的に動きがさかんになっていると思われます。しかし、細胞接着因子の中には、神経活動には依存しますが、tPAに対して感受性のないたんぱく質(緑色)もあります。これらの接着因子は神経活動がない閉じていた目のシナプスでは、時間が経つと消失します。なぜなら、神経活動がないシナプスには新しいタンパクが運ばれないからです。一方、開いていた目では、これらのタンパクは絶えずシナプスに補充されますから、このシナプスはずっと維持されます。また、遮蔽7日後にはtPA活性は元のレベルに戻りますので、その後はプロテアーゼで切られたタンパク質(黄色)もシナプス部に認められるようになるでしょう。これが、開いていた目に応答しているシナプスだけが生き残れるメカニズムなのではないかと考えています。今後、仮説が正しいかどうか証明していきたいと思います。

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