プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
フォトクロミック蛍光タンパク質、Dronpa(ドロンパ)
- 新規蛍光タンパク質を使った書き換え可能な光メモリー技術の開発に成功 -
平成16年11月19日
本研究成果のポイント
  • ウミバラ科サンゴから新規蛍光蛋白質を同定
  • 蛍光ラベルを光でオン、オフ制御できる技術の開発
  • 時間を追って細胞内の分子の動きを繰り返し観測することが可能に
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、新しい蛍光タンパク質を作製し、細胞内の特定分子を光でラベルし、その動きを追跡することを何回も繰り返して行う技術を開発しました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)、先端技術開発グループ、細胞機能探索技術開発チームの宮脇敦史チームリーダー、安藤亮子テクニカルスタッフらが、有限会社アマルガム(西田克彦社長)と共同で得た研究成果です。
 オワンクラゲやサンゴ・イソギンチャクに由来する蛍光タンパク質を使って、生体分子をラベルして可視化する技術は広く普及しています。しかし、一般的な蛍光イメージングは、蛍光シグナルの分布の定常状態を観察できますが、その動きに関してはほとんど情報をもたらしません。2年前に研究チームがヒユサンゴからクローニングした蛍光タンパク質Kaede(カエデ、※1)などは、分子を光でラベルして(蛍光を緑色から赤色に変化させて)その動きを追跡することを可能にしましたが、ラベル反応が不可逆的である(赤色から緑色にもどらない)ため、ラベル−追跡が一回のみに限るという問題がありました。生体分子は絶えず動いており、その動きは条件によって変化します。外界の刺激を受けると、動きのスピードが変化します。生体分子の動きの変化を経時的に追うために、光ラベルが何回も繰り返してできる技術が求められてきました。
 研究チームは、ウミバラ科のサンゴから発見したタンパク質を改変することにより、異なる2つの波長の光でラベルと脱ラベルを自在に制御できるフォトクロミック蛍光タンパク質「Dronpa(ドロンパ)」を開発し、上記の技術的な問題を克服することに成功しました。このタンパク質は「ドロン」と消えて「パッ」と光ることができます。蛍光が消える様子と現れる様子を、それぞれ”Dron”と”pa”で表しています。Dronpaをガラス板の上に塗りつけたところ、書き換え可能な光メモリーとして作動することがわかりました。紫色と青色のレーザーを使って、蛍光の「ON(光る)」・「OFF(消える)」を切り換えて、情報の書き込み、読み出し、消去を何回も繰り返すことができました。
 この技術を細胞生物学に応用して、MAP kinase(※2)という細胞内情報伝達分子の細胞質―核間の往来を観察しました。Dronpaを融合したMAP kinaseが核膜を通過する動きを、同一細胞で繰り返し観察したところ、細胞増殖因子刺激に伴い、MAP kinaseの核への流入および核からの流出両方ともが亢進することを初めて証明することができました。
 MAP kinaseに限らず、外界の刺激や細胞の状態に依存して動きを変えるような細胞内情報伝達分子は数多くあります。Dronpaが、そうした分子動態の時間的変化を解析するための強力なツールとなり、細胞内情報伝達の時空間的制御に関するわれわれの理解を深めること、そして、生きた細胞を用いる創薬の技術の可能性を広げることが期待されます。
 本研究成果は、米国の学術雑誌『サイエンス』の11月19日号に掲載されます。


1. 背 景
 生体分子は、生きた細胞の中で常に動いています。 動力の種類によって、“拡散”あるいは“輸送”と呼ばれ、動きのレンジ(幅)によって、“揺らぎ”(幅が小さい場合)あるいは“移行” (幅が広い場合)と呼ばれます。そうした生体分子の動きの時間的・空間的制御が、細胞の増殖、分化にとって重要であることがわかってきました。たとえば、MAP kinase(※2)を初めとする多くの細胞内情報伝達分子が、外界の刺激に従って、細胞質から核へ移行し遺伝子発現制御に携わること、その後再び細胞質へともどることが研究されてきました。こうした分子は疾患関連分子としてその動態が創薬のターゲットとなっており、ますます注目されています。
 Green Fluorescent Protein (GFP)など、オワンクラゲやサンゴ・イソギンチャクに由来する蛍光タンパク質を使って、生体分子をラベルして可視化する技術(蛍光イメージング技術)は広く普及しています。しかし、一般的には、ラベルした生体分子の分布の定常状態を観察することしかできません。動きに関する定量的な情報は得られません。
 生体分子の動きを追跡するために、従来、蛍光の褪色(たいしょく)を用いる技術が使われていましたが、褪色を起こすのに時間がかかるため、遅い動きしか観察できないという問題がありました。光を当てることで生体分子の蛍光を瞬時にスイッチオンするような技術(光で任意に分子をラベルする技術)は、2002年に始まりました。たとえば、当研究チームは、紫(外)光で緑から赤に色を変えるKaedeを発表しました。アメリカのグループも、紫(外)光で緑色の蛍光が出現するような蛍光タンパク質(PA-GFP)を開発しました。しかし、これらの光ラベルはいずれも不可逆的です。赤になったKaedeを緑に戻すことはできません。出現したPA-GFPの緑の蛍光を消すことはできません。従って、一つの細胞につき一回のラベルしかできません。生体分子の動きを、ある時間一点でしか追跡できないことになります。生体分子の動きは、刺激の前後などで変化することが予想されます。同一の細胞で何回も繰り返して生体分子の動きを観測するためには、定期的にリセットをかけて(以前にラベルした蛍光を消去して)新たに光ラベルし動きを観測できるような技術が必要です。


2. 研究手法と成果
 研究チームは、ウミバラ科の石サンゴ(図1)から、新規の蛍光タンパク質をクローニングしました。緑色の蛍光を発し、4量体(※3)を形成するものが取れました。これに遺伝子変異を加えることによって、単量体でフォトクロミックな性質(物質が光を吸収することによって、色が可逆的に変化する性質)を示す変異体を開発することができました。フォトクロミック分子といえば、ジアリールエテンという有機化合物を中心に、九州大学工学部の入江正浩教授らが光メモリーへの応用研究を世界的にリードされています。しかしながら、フォトクロミックタンパク質分子というのは今回の成果が初めてです。また、光照射によって可逆的に変化するのが色だけではなく蛍光であるということで、応用価値が高いといえそうです。われわれのフォトクロミック蛍光タンパク質は、単量体ゆえに、様々なタンパク質に融合して蛍光ラベルすることができます。そのタンパク質の吸収スペクトルを図2に示します。普段は、青色領域に吸収をもっており、青色のかなり弱い光を当てると明るい緑色の蛍光を発します。ところが、青色の光を非常に強く当てると、その吸収帯がなくなって、変わりに紫色領域に吸収が現れてきます。次に、紫色の光をそっと当てると、瞬時に、最初の状態にもどります。異なる2つの波長の光で、緑色蛍光のオン(青色領域に吸収がある場合)と緑色蛍光のオフ(紫色領域に吸収がある場合)とを繰り返すことができます。 緑色蛍光の消失、出現を、それぞれ、“Dron(忍者用語で姿を晦ますこと)”、“pa(光活性化、photo-activationに由来)”になぞらえ、このタンパク質を「Dronpa(ドロンパ)」と命名しました。照射する光として、蛍光を消す場合に青色のアルゴンレーザー光(488 nm)、蛍光を出現させる場合に紫色の半導体レーザー光(405 nm)を用いることができます。
 Dronpaをカバーガラスの上に一様に塗り広げ、アルゴンレーザー(488 nm)と半導体レーザー(405 nm)を搭載した通常の共焦点レーザー走査顕微鏡を使って、緑色蛍光の消去、書き込み、読み出しを行った実験を示します(図3)。これは、Rewritable molecular memory system(書き換え可能な分子メモリーシステム、「可逆的光ラベル技術」)と呼ぶことができます。光を使ったメモリーで、書き換え可能型ですから、我々が日常使用している、CD−RW、DVD-RWに相当するものと言えます。しかも、使用するレーザー光の波長が短く、レーザー光を絞るレンズの開口数を上げることができるので、高密度化が達成されるはずです。
 研究チームは、DronpaをもとにしたRewritable molecular memory systemを細胞生物学実験に応用しました。細胞内には、外界の刺激に応答して、細胞質と核とを行ったり来たりする分子がたくさんあります。中でもMAP kinaseと呼ばれるタンパク質は有名です。増殖因子などの刺激が来ると、細胞質から核へ移行し、様々な転写因子をリン酸化して遺伝子発現を制御すると考えられています。細胞の増殖、分化の過程で中心的な働きをしており、様々な疾病に関わっていることがわかってきています。MAP kinaseにDronpaを融合したタンパク質(MAP kinase-Dronpa)をCOS細胞(※4)に発現させました(図4)。MAP kinase-GFPと同様に細胞全体に緑色蛍光シグナルが観察されました。一度、全体の蛍光を消去したあと、細胞質にあるMAP kinase-Dronpaを光ラベルし、それらが核へ移行する様を観察しました。その後、再び全体を消去し、今度は核にあるMAP kinase-Dronpaを光ラベルし、それらが細胞質へ移行する様を観察しました。どちらの移行ともに効率が低いことが認められました。続いて、同じ細胞に上皮増殖因子 (EGF, Epidermal Growth Factor) (※5)をふりかけた上で、上記の細胞質→核、核→細胞質を観る実験を何回も繰り返しました。EGF添加後10−15分してから、MAP kinase-Dronpaの移行が両方向性に亢進するのが観察されました。核におけるMAP kinaseのシグナリングが、この酵素分子の細胞質―核間のシャトリング(行き来)のスピードによって制御されていることを、初めて証明することができました。


3. 今後の期待
 細胞質―核間を移動する分子は、MAP kinaseのほかにもたくさんあります。NF-kB, NFAT, Smad, STAT(※6〜9)など多くのシグナル伝達分子が、外界の刺激に従って、細胞質から核へ移行し、遺伝子発現制御に携わっています。これらの分子は、創薬における疾患関連分子として注目されています。これらの制御の解明、さらに医薬品開発に、Dronpaを利用した「可逆的光ラベル技術」が活躍すると期待されます。
 生体分子の動きが重要なのは、細胞質―核間だけではありません。神経細胞が作る軸索や樹状突起などの構造に沿って、生体分子がどのように拡散したり運搬されるのかを知る必要があります。可逆的光ラベル技術がもたらす、生体分子の動きに関する様々なデータを組み込んで初めて、細胞内情報伝達の時間的空間的パターンをコンピュータ上でシミュレーションすることが可能になるものと思われます。
 細胞生物学領域以外にも、フォトクロミック蛍光タンパク質Dronpaを応用できると考えています。遺伝子導入で発現可能、水環境で動作可能、生分解可能といったバイオマテリアルとしての特長を生かした応用が可能です。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チーム所
  チームリーダー  宮脇 敦史

Fax: 048-467-5924
(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9271 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp

本研究は理化学研究所による研究費の他、新エネルギー・産業技術総合開発機構の「タンパク質機能解析・活用プロジェクト」の一部として行われました。


<補足説明>
※1 蛍光タンパク質Kaede(カエデ)
ヒユサンゴの彩りに関わる蛍光タンパク質。初めは緑色の蛍光を発するが、紫(外)光の照射によって、赤色へ変換する。光で細胞などをラベルする技術が、このタンパク質を使って開発された。緑―赤の変換は不可逆的な反応による。
※2 MAP kinase(マップキナーゼ)
タンパク質のリン酸化酵素の一種。 酵母からヒトに至るまで真核生物に普遍的に存在する。 細胞増殖、分化、アポトーシスなどの生命現象において働く。
※3 4量体
サンゴに由来する蛍光タンパク質の多くは、堅い4量体を形成する。同じタンパク質が4つ集まることによって蛍光性となる。
※4 COS細胞
サルの腎臓から系統化された上皮系細胞の株。細胞生物学において多用される。
※5 上皮増殖因子 (EGF, Epidermal Growth Factor)
各種の表皮、繊維芽細胞の増殖を促進する、53個のアミノ酸からなるポリペプチド。細胞膜上のEGF受容体と結合して、細胞応答反応を誘導する。
※6 NF-kB,
免疫、炎症、骨形成、皮膚分化、ガン化などに必須の役割を果たす転写因子。
※7 NFAT,
T細胞活性化因子。この因子が核内に移行することによってインターロイキン2などの遺伝子の転写が誘導される。
※8 Smad,
細胞増殖の抑制、分化、免疫抑制、創傷治癒などに関わるTGF-bスーパーファミリーというシグナル伝達において、細胞質膜から核までのシグナル伝達に関わる主要な分子。
※9 STAT
インターロイキン6の刺激によって活性化されて核内に移行し、細胞の増殖、分化に関わる遺伝子を誘導する転写因子。





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