プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
『メラニン色素』の輸送メカニズムを解明
- 肌や髪の毛が黒くなる仕組み -
平成16年11月15日
◇ポイント◇
  • メラニン色素は皮膚内側にある細胞(メラノサイト)で合成、小胞(メラノソーム)に貯蔵
  • Rab27Aというタンパク質が、メラノソームを細胞膜へ輸送
  • 肌の美白維持に期待
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、メラノサイト(メラニン色素産生細胞)がメラニン色素を輸送する分子メカニズムを解明しました。福田独立主幹研究ユニットの黒田垂歩基礎科学特別研究員と福田光則ユニットリーダーによる研究成果です。
 私達の肌や髪の毛が黒いのはメラニン色素によるものですが、肌や髪の毛の細胞自身がメラニン色素を合成する訳ではありません。メラニン色素はメラノサイトと呼ばれる皮膚の内側に存在する特殊な細胞の中で合成され、メラノソームと呼ばれる膜に包まれた袋(小胞)に貯蔵されます。このメラノソームが細胞内を移動し、肌や髪の毛を作る細胞に受け渡され肌や髪の毛が黒くなることは古くから知られていましたが、その輸送の分子メカニズムはこれまでほとんど解明されていませんでした。今回、研究ユニットは、膜輸送の制御に関わる低分子量Gタンパク質Rab27Aとエフェクターと呼ばれる結合分子Slac2-a及びSlp2-aの機能阻害実験を行い、この輸送メカニズムを解明することに成功しました。Rab27AとSlac2-a複合体がメラノソームをメラノサイトの細胞膜近傍まで輸送し、次にRab27AとSlp2-a複合体がメラノソームを細胞膜につなぎ止め、隣接する皮膚や髪の毛の細胞にメラノソームを受け渡しやすくする機能があることを世界で初めて明らかにしました。つまり、Rab27AはSlac2-a、Slp2-aという二種類のエフェクター分子を連続的に用い、メラノソームをメラノサイトの核周辺から細胞膜まで輸送していたのです。
 今回同定されたSlac2-a及びSlp2-a分子はメラノソーム輸送を人為的に制御するための分子標的として応用可能であり、今後、これらの分子の活性化・不活性化を促す薬の開発が進めば、肌の美白の維持や白髪発生の抑制などの研究にも役立つものと期待されます。
 この成果は英国の科学雑誌『Nature Cell Biology』のウェブサイト上のアドバンス・オンライン・パブリケーション(AOP・11月14日付、日本時間11月15日)に発表されます。


1. 背 景
 皮膚や髪の毛に含まれるメラニン色素は私達の体(細胞)を有害な紫外線から守るために重要な役割を果たしています。メラニン色素はメラノサイト※1と呼ばれる特殊な細胞で合成され、核周辺でメラノソームに貯蔵された後、膜輸送※2によって細胞内にはり巡らされた交通網(微小管とアクチン線維)に沿って細胞膜まで移動し、最終的に皮膚や髪の毛の細胞(ケラチノサイトや毛母細胞)に受け渡されます(図1)。ヒトの遺伝病の中にはこのメラノソームの輸送に異常が起こり、皮膚や髪の毛が白くなる病気が知られており、メラノソーム輸送の分子メカニズムの解明は基礎生物学のみならず医科学の分野においても重要な研究課題です。今回解析を行った低分子量Gタンパク質※3の一つRab27Aも、その変異により毛髪の白色化という症状を示すヒト遺伝病Griscelli症候群※4を引き起こすことが2000年に明らかになっていましたが、Rab27Aがどのようにしてメラノソームの輸送を制御するのかといった分子メカニズム(すなわちRab27A以降の下流の因子)はこれまでほとんど解明されていませんでした。


2. 研究成果
 一般的に低分子量Gタンパク質Rabが活性化されると、エフェクターと呼ばれるパートナーと結合することにより、膜輸送を促進すると考えられていますが、多くのRabに関しては特異的なエフェクター分子が同定されていないのが現状です。本研究ではまず、メラノサイト(melan-a細胞)のメラノソーム上に存在するRab27Aエフェクター分子の探索を行い、Slac2-a、Slp2-aと命名した二種類の分子を生化学的手法により同定しました。次に、RNA干渉法※5を用いてSlac2-a及びSlp2-a分子の発現を培養細胞レベルで特異的にノックダウンすることにより、メラノソーム輸送に対する影響を検討しました。その結果、以下のことを明らかにすることができました(図2及び3)。

1) Slac2-aはメラノソーム上のRab27Aとアクチン依存性のモータータンパク質ミオシンVaをつなぎ止めるリンカータンパク質として機能し、Rab27A・Slac2-a・ミオシンVa の三者複合体の形成が微小管からアクチン線維へのメラノソームの受け渡しさらにはアクチン線維上のメラノソーム輸送に不可欠と考えられます。これはメラノソーム・Rab27A・Slac2-a・ミオシンVaの関係を荷物・荷札・運転手・運送トラックに例えてみると分かりやすくなります。つまり、荷物であるメラノソーム上には荷札役のRab27Aが存在し、運転手役のSlac2-aにより目的地を指定され、運送役のミオシンVaに運ばれるという訳です(図3)。なお、この成果の一部は既に, Journal of Biological Chemistry (2002)及びMolecular and Cellular Biology (2003)に発表済みです。

2) アクチン線維上の輸送が終わると、Rab27Aは次のエフェクター分子Slp2-aと結合することにより細胞膜にメラノソームをつなぎ止めます。この時、Slp2-aは細胞膜に存在するリン脂質(フォスファジルセリン)とメラノソーム上のRab27Aを同時に結合する役割があることが明らかとなりました。図2右にありますようにSlp2-aを欠損したメラノサイトでは、メラノソームが細胞膜に結合していません。これはアクチン依存性のメラノソーム輸送が行われないSlac2-aを欠損したメラノサイトとは明らかに症状が異なります(図2中央、メラノソームが核周辺に蓄積)。

3) Slp2-aにはメラノソームを細胞膜につなぎ止める機能以外にも、メラノサイトの細胞の形態を維持する役割があることが明らかとなりました。Slp2-a を欠損するメラノサイトは丸い形の細胞になり(図2右)、通常の細長いメラノサイト(図2左)とは明らかに異なります。つまり、メラノサイトはSlp2-a分子を用いることにより、細胞を細長い形(あるいは樹上突起の形成)にして隣接するケラチノサイトや毛母細胞にメラノソームを受け渡しやすくしていると考えられます。

 以上の結果から、Rab27Aは二種類のエフェクター分子Slac2-a及びSlp2-aを連続的且つ秩序立って用いることにより、メラノソームを細胞膜の周辺(あるいは樹上突起の先端部)に輸送していることが明らかになりました。低分子量Gタンパク質Rabはヒトにおいて60種類以上存在しますが、異なるエフェクター分子をどのように使い分けているのかはこれまでほとんど解明されておらず、今回の研究成果は単なるメラノソームの輸送メカニズムの解明にとどまらず、Rabによる膜輸送制御に新しい概念を吹き込む極めて重要な発見と考えられます。


3. 今後の展開
 紫外線を浴びると私達の体内ではメラノサイトが活性化され、合成されたメラニン色素が皮膚に沈着し日焼け、しみ、そばかすが発生します。肌の美白維持に関する現在の研究の主流はメラノサイトの活性化を抑え、メラニン色素の合成レベルを抑えるような薬の開発ですが、今回の研究により、メラノソーム輸送のレベルでも皮膚の暗色化の制御が可能と考えられます。つまり、どんなにメラニン色素が合成されても皮膚の細胞に受け渡しさえしなければ、肌の美白は保たれる訳です。今後、Slac2-a及びSlp2-a分子の活性化・不活性化を促す薬の開発が進むことが期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所・福田独立主幹研究ユニット
ユニットリーダー 福田 光則

Tel: 048-462-4994 / Fax: 048-462-4995
(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 メラノサイト
脊椎動物のメラニン(メラニンを含む黒色の色素顆粒=メラノソーム)を産生する細胞で、表皮の内側(基底層)や毛髪の付け根(毛球)に存在します。メラノソームを皮膚や毛髪の細胞に移送することにより、体色の変化に関わる細胞です。紫外線、ストレス(活性酸素)、ある種のホルモンに応じてメラニン合成を活発に行い、生体防御に携わる一方で、メラノサイトが合成するメラニンはしみ、そばかすの原因となります。またメラノサイトががん化すると、メラノーマ(悪性黒色腫)という非常に危険ながん細胞になります。
※2 膜輸送
真核生物の細胞内は様々な膜で包まれた器官(細胞内小器官と呼ばれる)で満たされています。細胞内小器官は独立したものではなく、小胞や膜を輸送することによって情報交換を行っており、このプロセスを膜輸送と総称しています。
※3 低分子量Gタンパク質Rabとエフェクター
膜輸送を適切に行うためには交通整理人の存在が不可欠です。膜輸送を制御する因子として酵母からヒトまで普遍的に保存されているものの代表が低分子量Gタンパク質Rabです。ヒトには60種類以上のRabが存在しており、それぞれが固有の膜輸送を制御すると考えられています。RabはGTP を結合した活性化型とGDPを結合した不活性化型の二つのフォームをとり、活性化型のGTP-Rabは特異的な結合タンパク質(エフェクター分子)と結合することにより、膜輸送を促進します。
※4 Griscelli症候群
60種類以上存在するRabの中で、初めてヒトの遺伝性疾患と関連性が示されたのが、Griscelli症候群タイプI型の原因遺伝子産物 Rab27Aです。タイプI型のGriscelli症候群患者は毛髪の白色化(メラノソームの輸送異常)及び重度の免疫不全(細胞傷害性T細胞からの溶菌性顆粒の放出異常)の症状を示します。タイプII型(ミオシンVaの変異)あるいはタイプIII型(Slac2-aの変異)によっても同様な毛髪の白色化が起ることが知られています。
※5 RNA干渉法
20塩基程度の二本鎖RNAを細胞内に発現させると、その配列と相補的なRNAのみが特異的に分解され、その結果、目的の蛋白質の発現を特異的に抑制することができます。


図1 組織レベル、細胞レベルで見たメラノソームの輸送メカニズム
メラノサイトの核の周辺で合成されたメラニン色素はメラノソームに蓄積されます。
成熟したメラノソームはまず長距離・両方向性の微小管により細胞膜の近くまで輸送されます。 ここで短距離・一方向性のアクチン線維により細胞膜直下まで輸送され、細胞膜につなぎ止められます(上図)。
最終的にメラノソームは隣接する肌を作る細胞(ケラチノサイト)あるいは毛を作る細胞(毛母細胞)に受け渡され、皮膚や毛髪の暗色化が起ります(下図)。


図2 Slac2-a及びSlp2-aを欠損したメラノサイト(melan-a細胞)における
メラノソームの輸送異常
正常のメラノサイトではメラノソームが細胞膜の近傍に存在していますが(左図)、RNA干渉法によりSlac2-aを欠損したメラノサイトでは核周辺にメラノサイトが蓄積し、Griscelli症候群に特有の症状を示します(中央)。これは微小管からアクチン線維へメラノソームを受け渡せず、メラノソームが逆行性の微小管輸送により再び核周辺に戻ったために起ります。
これに対し、Slp2-aを欠損したメラノサイトではメラノソームは細胞の縁に存在しますが、細胞膜には結合していません(右図、細胞膜を赤線で示しています)。また、Slp2-aを欠損したメラノサイトは細長い形態をとれず丸くなります。


図3 分子レベルで見たメラノソームの輸送メカニズム
成熟したメラノソーム上には荷札役のRab27Aが特異的に存在し、ここに運転手役のSlac2-a及び運送役のモーター蛋白質ミオシンVaが結合し、Rab27A・Slac2-a・ミオシンVa の三者複合体が微小管からアクチン線維へのメラノソームの受け渡しさらにはアクチン線維上のメラノソーム輸送に不可欠と考えられます。その後、Rab27Aは次のエフェクター分子Slp2-a機能(宅配役)により、輸送されてきたメラノソームを細胞膜につなぎ止めます。この時、Slp2-aは細胞膜に存在するリン脂質(フォスファジルセリン)とメラノソーム上のRab27Aを同時に結合しています。また、Slp2-aにはリン脂質を結合することによりメラノサイトの形態を細長く保つ役割もあります。

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