プレスリリース 国立大学法人名古屋大学
独立行政法人 理化学研究所
タンパク質X線構造決定の新展開
- 専用計算機と新しいアルゴリズムを用いた、新タンパク質X線構造解析手法の開発 -
平成16年10月28日
 国立大学法人名古屋大学(平野眞一総長)、独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)のグループは、名大で開発された新しいアルゴリズムによるX線構造解析手法を、理研の超高速専用計算機MDMを用いて、計算速度を大幅に加速することにより、100万のX線回折反射を使っても、40万原子からなるタンパク質の原子1個ずつのレベルでのX線構造決定が数時間の実用的な時間で可能なことを立証しました。名古屋大学大学院工学研究科の坂田誠教授、西堀英治講師、理研中央研究所 戎崎計算宇宙物理研究室の戎崎俊一主任研究員、古石貴裕協力研究員、理研播磨研究所 宮野構造生物物理研究室の宮野雅司主任研究員、吾郷日出夫先任研究員のグループらによる研究成果です。今回の成果により、タンパク質など高分子の原子レベルの実験的構造解明への新たな道が開かれたこととなります。
 理研では、この新規なX線構造解析手法を実用化するためのプロジェクトをスタートさせました。この研究の実用化により、タンパク質X線構造決定が、高速・高確度で行われることが期待されます。このプロジェクトではさらに高性能な計算機を製作し、現行のMDMも組み合わせて利用することでX線結晶構造解析への実用的応用を目指します。
 本成果は、11月6日〜10日に米国ピッツバーグで行われるSuper Computing 2004および11月16日〜17日に大阪大学で開催される日本結晶学会で発表されます。


1. 背 景
 タンパク質は、精緻で複雑な生命現象を支える働きを担っており、多くの疾患はタンパク質の様々な働きの異常に起因しています。そのため、疾患に関連するタンパク質の構造及び機能を解析することにより、タンパク質の働きを制御することができる化合物を予測することができ、創薬プロセスを大幅に短縮することが可能となります。
 X線結晶構造解析は、タンパク質の3次元構造の原子レベルでの決定に広く用いられています。1950年代のヘモグロビンとミオグロビンの構造に関するPerutzとKendrewの先駆的な業績以後、X線回折により3次元構造が明らかにされたタンパク質は着実に増加し、最近では、従来の実験室光源の1億倍のX線強度をSPring-8※1などの高輝度光源から得られるX線を用いることで、タンパク質の高精度なX線回折データが短時間で測定可能になりました。
 一方で、ヒトを含め多くの全ゲノム配列決定により、これまで知られていなかったタンパク質をコードしている遺伝子がそれを遙かに超える勢いで飛躍的に増えています。こうした状況のもと、タンパク質X線回折データを高速、且つ高確度で解析する新しい構造解析手法の開発が望まれています。


2. 研究成果
 名古屋大学大学院の坂田 誠教授のグループは、医薬品などの有機低分子、フラーレン、有機伝導体などのX線回折データの解析に遺伝的アルゴリズムを用いた新しい方法の開発を進めており、幾つかの成果を挙げています。この方法は、タンパク質構造解析にも有力な手法となりえると考えられましたが、解析の過程で実測データと計算値の比較が数万回以上行われるため、X線回折反射本数・原子数、共に低分子の100倍以上のタンパク質では、現実的な計算時間(〜数日)で解析を行うことが出来ませんでした。
 今回、理化学研究所戎崎主任研究員のグループで開発された超高速専用計算機MDM※2を用いて、坂田教授のグループが開発した解析法のタンパク質構造解析への適用を試みたところ、タンパク質としても大型な100万のX線回折反射を使っても、40万原子を持つ物質でさえも数時間という実用的な時間で解析可能なことが明らかになりました。実験で得られるX線回折反射と計算値との比較の1回あたりの時間は、0.3秒以下であり1時間で1万2千回以上の回折データと計算値との比較によって結晶中の分子のつまり方が決定出来ました。
 MDMの離散フーリエ変換では、これまで28.53TFLOPSが世界最高の計算速度でしたが、今回の計算においては、これを上回る36.38TFLOPSを記録しました※3


3. 今後の期待
 この成果は、超高速専用計算機MDMとその能力を最大限に引き出す、新しく坂田教授らが開発した構造解析アルゴリズムにより達成されたものです。ソフトウェアの作成は、X線回折関連部分を名古屋大学グループ、専用計算機部分を理化学研究所が共同して行いました。今回の成果で一番重要なことは、結晶構造解析でいつでも必要となるフーリエ変換計算を専用の超高速専用計算機で実行可能としたことであり、これによってまず坂田教授のグループの開発した方法がタンパク質でも現実的にできることを実証できました。そして、この方法は、原子を元にした三次元モデルをフーリエ解析して実験値と直接比較します。したがって、これまでの計算法では構造を求めることが困難だった場合(双晶など)に、適用可能であることが期待されています。
 理研では、この新規なX線構造解析手法を実用化するためのプロジェクトをスタートさせました。この研究の実用化により、タンパク質X線構造決定が、高速・高確度で行われることが期待されます。
 このプロジェクトでは、最近開発に成功した専用計算機「MDGRAPE-3」(8月20日プレス発表)を用いて計算を飛躍的に加速することを目指します。MDGRAPE-3は分子動力学計算のための専用計算機ですが、X線構造解析に必要となる計算(離散フーリエ変換)も加速できる能力があります。この計算も分子動力学計算と同じハードウェア方式「ブロードキャストメモリ方式」で加速できるため、専用計算機により飛躍的な性能向上が見込めます。このプロジェクトではこの分野の計算で100テラフロップスの性能を持つ専用計算機を製作し、現行のMDMも組み合わせて利用してX線結晶構造解析への実用的応用を目指す予定です。


(問い合わせ先)

国立大学法人名古屋大学
 大学院工学研究科
  マテリアル理工学専攻応用物理学分野
   教 授    坂田 誠

Tel: 052-789-4453 / Fax: 052-789-3724


独立行政法人理化学研究所
 中央研究所 戎崎計算宇宙物理研究室
   主任研究員   戎崎 俊一

Tel: 048-467-9414 / Fax: 048-467-4078
Mail: ebisu@riken.jp

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 SPring-8
兵庫県播磨の兵庫科学公園都市にある世界で最高の大型放射光施設SPring-8の名前はSuper Photon ring 8GeVによる。電子をほとんど光の速度まで加速することで、細く強力な様々な光を作り出すことができ、原子核の研究から最近のナノテクノロジー、バイオテクノロジーまで先端科学・技術を支える高度先端科学施設として高輝度光科学研究センター(JASRI)によって運営され、建設した原子力研究所、理化学研究所はもちろん日本国内外の大学・研究所の研究者に広く利用されている。
http://www.spring8.or.jp/j/
※2 超高速専用計算機MDM
分子動力学シミュレーションの加速するために理化学研究所計算宇宙物理研究室を中心としたチームが開発した専用計算機。MDMはクーロン力や分子間力を計算するMDGRAPE-2と離散フーリエ計算を実行するWINE-2からなる。今回の計算は、WINE-2を使って行われた。理研横浜研究所ゲノム科学総合研究センターにおいては、MDMの後継機であるMDGRAPE-3を開発中である。MDGRAPE-3は二体力の計算のほかに離散フーリエ変換も高速に実行する機能を持っている。
※3 FLOPS(フロップス)
FLoating point Operations Per Secondの略で、フロップスと読む。コンピュータの処理速度をあらわす単位の一つ。処理速度が1FLOPSのコンピュータは、1秒間に1回の浮動小数点数演算(実数計算)ができることを示す。また同様に、1TFLOPSは1秒間に1兆回の浮動小数点演算ができることを示す。大規模なシミュレーションや科学技術計算に用いる大型コンピュータの性能指標として用いられることが多い。測定手法としては、リンパックというベンチマークテストを用いる方法が有名で、世界中の計算機システムの測定結果のランキングが毎年2回発表されている。今回の測定ではタンパク質の結晶構造解析の実用計算プログラムを走らせ、行った演算数を数えて、かかった時間で割って計測する手法をとった。演算の数え方は、毎年行われるゴードン・ベル賞実行委員会の行っている手法に準じている。測定手法が異なるため、地球シミュレータ(35.86TFLOPS)とは一様に比較することは出来ない。



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