プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
てんかんの新たな発症メカニズムを解明
- てんかんの診断・治療の新展開につながる大きな一歩 -
平成16年10月18日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、遺伝子欠損マウスを用いて、てんかんの発症の新しいメカニズムを解明しました。免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫系構築研究チームの大野博司チームリーダーらの研究チームによる研究成果です。
 これまでに明らかにされたてんかんの原因遺伝子は、直接神経伝達を調節するイオンチャネルや神経伝達物質の受容体にかかわる遺伝子がほとんどでした。今回、研究チームが、神経細胞のみに発現し、タンパク質の細胞内局在部位を制御するAP-3Bと呼ばれるタンパク質複合体の遺伝子欠損マウスを作製したところ、てんかん発作を引き起こすことがわかりました。このマウスの脳では、神経伝達物質を貯蔵・放出するシナプス小胞の形態や数に異常が認められるとともに、抑制性の神経伝達物質の放出が少なくなることが明らかになりました。したがって、てんかんけいれんの抑制性神経伝達に障害が起こり、相対的に神経興奮性が増大することで発症すると考えられます。
 これらの成果は、タンパク質の細胞内局在を決定する因子の遺伝子異常がてんかんの発症原因となることを世界で初めて解明したものであり、今後のてんかんの発症メカニズムの研究や治療法の確立に新たな方向性を提示する、重要な発見と期待されます。
 本研究成果は、米国の学術専門誌『Journal of Cell Biology』(10月25日号)の「Early Release Articles」として10月18日にオンライン掲載されます。また、その号の注目すべき論文として「In This Issue」欄にも紹介記事が掲載されています。


1. 背 景
 細胞の内部は、オルガネラ(細胞小器官)と呼ぶ構造でさらに小さな区画に細分される構造となっています。細胞はこの小区画に何万種類にも及ぶと考えられるタンパク質のひとつひとつが、所属するべきオルガネラに正しく局在してはじめて細胞は正常に機能できます。このタンパク質の正しい細胞内局在は細胞自身の生存に欠かすことができないばかりでなく、神経系や免疫系など、高等多細胞生物特有の高次機能を支える細胞機能としても重要であり、その破綻は種々の病気の原因となります。このようなタンパク質の細胞内局在を制御する因子として、AP複合体と呼ばれるタンパク質複合体が知られています。現在までに6種類のAP複合体が知られており、それぞれが異なるオルガネラへのタンパク質局在を制御していると考えられています。そのうちのひとつであるAP-3Bは神経細胞にのみ発現していますが、その機能はこれまでよくわかっていませんでした。


2. 研究手法と成果
 AP-3Bの機能を個体レベルで詳細に解析するために、同研究チームはAP-3Bのサブユニットのひとつであるμ(ミュー)3Bを作る遺伝子を欠損したマウス(μ3B遺伝子欠損マウス)を作製し、解析を試みました。その結果驚くべきことに、μ3B遺伝子欠損マウスは人の病気であるてんかんとそっくりのけいれん発作を起こすことがわかりました。けいれんを起こしやすい気質は、抑制性の神経伝達物質であるγ(ガンマ)-アミノ酪酸(GABA)の作用を阻害することにより神経興奮性を増大させてけいれんを引き起こす薬剤に対する感受性が高まっていることでも確認できました(図1)。このμ3B遺伝子欠損マウス脳を電子顕微鏡で観察し、シナプス小胞の大きさや数を定量したところ、興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸を含むシナプス小胞は、正常マウスに比べμ3B遺伝子欠損マウスで数は若干減っているが大きさにはほとんど差はありませんでした。一方、GABAを含むシナプス小胞は大きさ、数共にμ3B遺伝子欠損マウスで減少していました。(図2)また、このシナプス小胞の生化学的解析を行ったところ、μ3B遺伝子欠損マウス脳組織では正常マウスに比較して、刺激時のGABAの放出量が低下して(図3)、さらにシナプス小胞にGABAを取り込む働きをするVGATというタンパク質の量も相対的に減少していました(図4)。同時に脳の神経伝達の拡がりの様子を、蛍光色素を使って可視化して観察したところ、遺伝子欠損マウスでは正常マウスに比べて神経興奮の拡がりが著名に延長していました(図5)。
 これらの研究結果から、AP-3B遺伝子欠損マウスでは、
(1)シナプス小胞の構造や機能が異常になり、
(2)抑制性の神経伝達物質であるGABAの放出が傷害され、
(3)相対的に神経興奮性が増大して神経伝達が過剰になり、
てんかんけいれんが誘発されると考えられます。


3. 今後の展開
 てんかんは反復するてんかん発作を特徴とし、全人口の1%以上もが発症する、頻度の高い神経疾患です。その半数近くに遺伝的背景が想定されていますが、現在までに同定された原因遺伝子は20に満たず、そのほとんどはイオンチャネルや神経伝達物質の受容体という、直接神経伝達に拘わる分子群でした。したがって、今回の研究によるタンパク質の細胞内局在を制御する因子の異常がてんかんの発症原因となりうることの発見は、てんかんの病因の研究に新たな方向性を提示し、また、てんかん治療のための新たな創薬ターゲットを提供することで、てんかん学の新展開につながる大きな一歩と期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 免疫・アレルギー科学総合研究センター
  免疫系構築研究チーム
   チームリーダー 大野 博司

Tel: 045-503-7031 / Fax: 045-503-7030

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 Journal of Cell Biology
インパクトファクター(学術雑誌の評価基準)は、12.023。細胞生物学の分野で影響力の大きいジャーナルの一つです。Thomson ISI社のリストにおいて、インパクトファクターが10を越えるものは、全5752誌中73誌あります。


図1 薬剤によるけいれん誘発実験
4週齢(左)あるいは8週齢(右)の正常マウス(●)あるいはm3B遺伝子欠損マウス(■)の尾静脈からけいれん誘発薬(pentylenetetrazole)を投与し、投与量(縦軸)に対するけいれんの重症度(横軸、数字が大きいほど重症)をプロットした。4週齢、8週齢とも、正常マウスに比較して遺伝子欠損マウスでけいれんが起こりやすくなっていることがわかる。


図2 電子顕微鏡観察によるシナプス小胞の数および大きさの定量
2〜16週齢の正常マウス(■)あるいはμ3B遺伝子欠損マウス(□)の脳組織切片の電子顕微鏡写真を用い、シナプス小胞の数および大きさを測定し比較検討した。


図3 神経伝達物質の放出量の測定
2〜16週齢の正常マウス(●, ■)あるいはμ3B遺伝子欠損マウス(○,□)の脳スライスからの、非刺激時(●,○)あるいは刺激時(■,□)のグルタミン酸あるいはGABAの放出量を測定した。非刺激時には正常マウスと遺伝子欠損マウスでグルタミン酸、GABAの放出量に差は認められないが、刺激に伴い遺伝子欠損マウスでは正常マウスに比較してGABAの放出量が低下している。


図4 神経伝達物質の放出量の測定
正常マウス(+/+)あるいはμ3B遺伝子欠損マウス(-/-)脳からシナプス終末を濃縮し、シナプス小胞にGABAを取り込む働きをするVGATの蛋白量をウエスタンブロット法により定量したところ、正常マウスに比較して遺伝子欠損マウスではVGATの量が低下していた。


図5 神経伝達の拡がりの観察
正常マウス(+/+)あるいはμ3B遺伝子欠損マウス(-/-)脳スライスにおける神経伝達の拡がりの様子を、蛍光色素により可視化して観察したところ、遺伝子欠損マウスでは正常マウスに比べて神経興奮の拡がりが著名に延長していた。

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