プレスリリース 独立行政法人理化学研究所
網膜の神経活動分布の可視化に成功
― 脳科学のイメージング技術を眼底検査に応用 ―
平成16年9月28日

 独立行政法人国立病院機構東京医療センター(田中靖彦院長)と独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、視力に大きく影響する網膜の神経活動の分布を、非侵襲的に可視化することに成功しました。東京医療センター臨床研究センター視覚生理学研究室の角田和繁研究室長と、理化学研究所脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)脳統合機能研究チームの谷藤学チームリーダーとの共同研究による成果 です。
 眼底にはカメラのフィルムに相当する網膜(もうまく)という膜状の神経組織が存在しています。視力が低下したり視野が狭くなったりする原因のひとつは、網膜にある視細胞(しさいぼう)の働きが局所的に低下することです。これまでの臨床検査では、自覚的な検査によって視力や視野を測定したり、電気生理的検査(神経の電気的信号をとらえる検査法)によって網膜の機能を測定したりするのが一般 的でした。 しかし、視細胞の機能を、客観的かつ非侵襲的に直接可視化する方法はありませんでした。
 本研究では、脳科学で広く使われているイメージング技術(光学計測法: Optical Imaging / オプティカル・イメージング)を眼底に応用することにより、霊長類の視細胞の詳細な機能的トポグラフィー(神経活動の分布図)を作成することに初めて成功しました。
 社会の高齢化にともない、中高年以降に発症する視力障害は大きな社会問題となりつつあります。現在すでに臨床応用に向けた開発も行われており、この検査法が実用化されれば、加齢黄斑変性症、網膜色素変性症、未熟児網膜症など視力を脅かす重大な疾患の早期発見や、治療効果 の判定などに、大きく寄与することが期待されます。
 本研究成果は、『Investigative Ophthalmology & Visual Science』10月号に掲載されます。

1. 背 景
 国民の高齢化にともなって、中高年の視力障害によるQuality of Lifeの低下が大きな社会的問題となりつつあります(図1)。特に最近では、網膜の中心部が障害を受ける「加齢黄斑(おうはん)変性症」が中年以降の視力低下の原因として注目されており、またそれ以外にも、「糖尿病網膜症」、「網膜色素変性症」、乳幼児の「未熟児網膜症」など、視力を脅かす網膜疾患は数多く存在します(図2)。
 網膜とは眼球のもっとも奥に位置している、カメラのフィルムに相当する膜状の神経組織です(図1)。そのなかには明るいところで細かい字を見分ける錐体(すいたい)視細胞や、暗いところで働く杆体(かんたい)視細胞などが密に分布しています(図3)。これらの視細胞が機能的に障害を受けると、視力が低下したり、視野の一部が欠けたりして様々な疾患に至ります。しかし最近の治療技術の進歩により、それらの疾患の早期発見が失明予防につながるケースも数多く見られるようになりました。 このため、網膜の機能を客観的に正しく評価することは、様々な網膜疾患の早期発見、失明予防および治療効果の判定のために大変重要なこととなっています。
 日常の眼科診療においては、視力検査、視野検査などにより自覚的な視機能が測定され、また網膜電図(光刺激に対して生じる電気的な反応をとらえる計測法)などにより網膜機能が客観的に測定されています。しかし、網膜の詳細な機能的分布を、客観的に、かつ非侵襲的にイメージングすることは、これまで困難な課題とされていました。


2. 研究手法と成果
 発表者らは、脳科学で広く使われているイメージング技術(光学計測法:Optical Imaging / オプティカル・イメージング)をサルの眼底に応用することにより、網膜における神経活動の空間パターン(機能的トポグラフィー)を描出しようと試みました(図4)。光学計測法とは、神経活動に伴って生じる微小な組織反射率の変化をビデオカメラで捉える方法であり、神経活動の高い部分と低い部分の違いが、画像上明瞭に描出されます。この方法を大脳皮質に用いることで、最近では数多くの脳科学における新発見がなされてきました。
 実験は、麻酔下のアカゲザル(網膜の機能構造はヒトとほとんど同じ)で行いました(図5)。測定には、CCDカメラを組み込んだ眼底カメラを用います。目には見えない赤外光(波長800ナノメートル以上)で網膜の表面 を観察します。正常な網膜に光刺激(フラッシュ)を与えると、網膜内で神経活動が生じて組織の反射率が変化します。刺激の前と後での反射率変化をコンピューターで計算し、神経活動のトポグラフィーを作成します。図では色が濃く変化したところが、神経活動の強く起きた部分です。
 これによって、明順応下(明るい状態)では、中心の黄斑部に錐体視細胞の活動ピークが描き出されました(図6上段)。また、暗順応下(暗い状態)では、中心の錐体視細胞のピーク以外に、周辺部にある杆体視細胞の活動ピークを描き出すことができました(図6下段)。これらのトポグラフィーは、自覚的に検査して得られる正常者の網膜感度や、解剖学的な錐体・杆体視細胞の分布によく一致しています(図2)。さらに、人工的に障害を作成した網膜では、障害領域に一致して信号が低下していることも分かっています。
 このように、錐体・杆体視細胞の機能的トポグラフィーを非侵襲的に詳細に描出したのは、世界で初めてであります。しかも本計測法の計測には、わずか数秒間しかかかっておりません。我々はこの計測方法を、網膜内因性信号計測法(Functional Retinography)と呼んでいます。


3. 今後の展開
本計測システムの利点は、
1) 網膜の神経活動の強さを、部位別に詳細にマッピングできる。
2) 非接触、非侵襲的、客観的な検査で、検査時間も数秒間と短い。
3) 従来はとくに困難であった杆体視細胞の機能的マッピングも可能である。
などであります。
 問題点としては、新しい計測法であるため、視細胞由来とされる信号の起源が100%は理解されていないことが挙げられます。 (現在のところ、神経活動にともなう細胞構造の微小変化や、神経活動にともなう局所ヘモグロビン濃度変化、などが信号の起源と考えられています。)
 この技術をヒトでの計測に応用することにより、加齢黄斑変性症、網膜色素変性症をはじめとする網膜疾患の初期診断、治療効果判定等に役立てることが可能となります。また、乳幼児においてはあらゆる検査がむずかしく、網膜の機能を詳細かつ客観的に評価することが困難でした。しかし全身麻酔下でこの検査を用いることにより、乳幼児網膜の詳細な機能評価をすることも可能になります(図7)。
 現在、動物を用いた基礎的な実験を理化学研究所において、ヒト被験者を用いた実験を東京医療センターにおいて行っております。また、民間の光学機器メーカー(株式会社ニデック:愛知県蒲郡市・小澤秀雄社長)と実用化にむけた共同開発を行い、数年後の臨床応用を目指しております(図8)。最終的には、さまざまな医療機関において患者さんの目の健康に大きく寄与できることを目標としています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター 脳統合機能研究チーム
  チームリーダー        谷藤  学

Tel : 048-464-3423 / Fax : 048-462-4696


独立行政法人国立病院機構
東京医療センター臨床研究センター 視覚生理学研究室長
 
(脳科学総合研究センター 脳統合機能研究チーム  非常勤研究員)
  角田 和繁

Tel : 03-3411-0111 / Fax : 03-3412-9811
 
    脳科学研究推進部        吉垣 聡子
   
Tel : 048-467-9596 / Fax : 048-462-4914

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

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