独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、海産由来の細胞毒物質アンフィジノライドH(図1) の作用機構を明らかにすることに成功しました。中央研究所長田抗生物質研究室の臼井健郎先任研究員らの研究グループによる研究成果です。この研究は中央研究所先端技術開発支援センターバイオ解析チームの堂前直チームリーダー、北海道大学の小林淳一教授の研究グループ、千葉大学の大橋一世教授の研究グループとの共同研究で進められました。
アンフィジノライドHは沖縄の海から単離された渦鞭毛藻(うずべんもうそう)アンフィジニウム(図1)が生産する天然化合物であり、以前の研究から腫瘍細胞に対し非常に強力な細胞毒活性を示すことが報告されていましたが、これまでその活性がどのように発揮されるか不明でした。本研究ではアンフィジノライドHががん細胞の転移・浸潤に深く関与する細胞骨格タンパク質アクチンと共有結合し、アクチンが重合したアクチンフィラメントを安定化することにより機能を阻害すること、またその結合部位を明らかにすることに成功しました。標的タンパク質上の結合部位を明らかに出来たことにより、今後この部位を標的とした抗腫瘍剤の開発が期待されます。
研究成果の詳細は、米国の科学雑誌『Chemistry & Biology』(Cell Press)の9月17日号(日本時間18日付)に掲載されます。
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背 景 |
平成15年、日本におけるがん死亡者数は30万9465人で、亡くなる方の約3人に1人ががんであるという統計が得られています。がんは高齢者だけの病気ではなく、30歳代からの死亡原因の第一位を占め、がん治療が緊急を要する問題であることを示しています。がんが治療困難な理由の一つとして、がん細胞が発生した部位から他の部位へ浸潤・転移することが挙げられますが、この浸潤・転移に深く関わっているのが細胞骨格※1の一つであるアクチンタンパク質です。
アクチンは単量体アクチンと、単量体アクチンが方向性を持って重合した繊維状のアクチンフィラメントの二つの構造を持ち、細胞内でこの二つの構造は動的な平衡関係を保つことにより、細胞の運動や分裂などに関与しています(図2)。以前よりがんの浸潤・転移にアクチンが関わっていることから、アクチンを標的とする抗腫瘍剤の開発が試みられてきました。
一方、沖縄の海から単離されたアンフィジニウム(サンゴと共生する渦鞭毛藻)が生産するアンフィジノライドHは、腫瘍細胞に対し極低濃度で強力な細胞毒活性を示すことが知られていましたが、その標的分子は不明なままでした。
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研究手法と成果 |
アンフィジノライドHの標的分子を同定するため、動物培養細胞に処理したところ、細胞質分裂の阻害や形態変化が観察されました。そこで細胞骨格のアクチンを調べたところ、正常な細胞で観察されるアクチンフィラメントから構成されるストレスファイバー※2がアンフィジノライドH処理で消失し、異常な凝集体が作られることが明らかとなりました(図3)。このアクチンの構造変化が、アンフィジノライドHが直接アクチンに作用したために起こるのか、あるいは他のタンパク質を介した作用かを調べるため、アクチンを精製し、他のタンパク質を含まない状態でアンフィジノライドHの作用を検討したところ、アクチンフィラメントの安定化を引き起こすことが明らかとなりました。このことからアンフィジノライドHはアクチンに直接作用するアクチン重合安定化剤であることが分かりました。
試験管内ではアクチンフィラメントを安定化するアンフィジノライドHが、細胞内のアクチン構造を破壊して異常な凝集体を形成するのは不思議です。そこで細胞内に蛍光タンパク質GFPを融合したアクチンを導入し、凝集体形成過程を経時的に観察したところ、アンフィジノライドH処理によりストレスファイバーが縮み、次第に凝集体へと構造変化する様子が観察されました。
細胞毒活性にはアンフィジノライドH分子内のアリルエポキシドが必要であることが、共同研究者による以前の解析により報告されていました(図1)。アリルエポキシドは反応性に富んだ官能基であることから、アクチンと共有結合※3する可能性が考えられました。そこでアンフィジノライドH処理したアクチンの質量を質量分析計※4により測定したところ、アクチン一分子につきアンフィジノライドHが一分子結合することが明らかとなりました(図4)。さらに詳細な質量分析、および出芽酵母を用いた変異アクチン解析により、その結合部位はアクチンが重合する際に重要だと考えられているサブドメイン4領域中のチロシン残基であることが確かめられました。アクチンと共有結合し、さらにその結合部位がアミノ酸レベルで明らかとなったアクチン重合安定化剤はアンフィジノライドHが初めてです。
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今後の展開 |
アンフィジノライドHは海洋微生物が生産する細胞毒物質として報告されていましたが、これまでその標的分子・作用機構は不明でした。今回の研究により、その標的分子は細胞内骨格タンパク質であるアクチンであり、重合したアクチンフィラメントを安定化させることを明らかにしました。アクチンに対する作用薬はこれまでに数多く報告されていますが、アクチンと共有結合し、重合安定化を引き起こす薬剤は初めての報告になります。
さらにその結合領域は他のアクチン重合安定化剤が作用すると推測されていた領域と重なり、結合部位をアミノ酸レベルで初めて明らかにしました。本研究で明らかとなった結合部位の構造情報は、バイオプローブとしてアクチンフィラメントの重合安定化機構の更なる理解に役立つのみならず、これまで開発が遅れているアクチンを標的とした抗腫瘍剤の設計・開発が期待されます。
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| (問い合わせ先) |
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独立行政法人理化学研究所 |
| 中央研究所 長田抗生物質研究室 |
| 先任研究員 臼井 健郎 |
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| Tel | : |
048-467-9542 |
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Fax | : |
048-462-4669 |
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| (報道担当) |
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独立行政法人理化学研究所 広報室 |
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<補足説明>
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細胞骨格 |
| 細胞内に張り巡らされている繊維状の構造の総称。アクチンや微小管などがその代表。細胞の運動、分裂など様々な機能を担っている。小さな単位が一定の方向性を持って重合・脱重合することにより、常に動的不安定性を保っており、この動的不安定性が機能発現に重要。 |
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| ※2 |
ストレスファイバー |
| アクチンフィラメントとII型ミオシンを主要構成成分とする構造体。細胞に収縮力を働かせる繊維状の構造。 |
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| ※3 |
共有結合 |
| 原子同士で互いの電子を共有することによって生じる結合。結合の強さは強い。 |
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| ※4 |
質量分析計 |
| 分子・物質1分子の質量(重さ)を測定する装置 |
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| 図1. 渦鞭毛藻アンフィジニウムとその生産物アンフィジノライドH
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左:アンフィジノライドHを生産するアンフィジニウムは沖縄の海から珊瑚に共生する渦鞭毛藻として単離された。
右:アンフィジノライドHの構造。赤丸で細胞毒活性に必要なアリルエポキシドを示した。 |
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| 図2.単量体アクチンとアクチンフィラメント |
| アクチンは細胞内で単量体アクチンと、単量体アクチンが繊維状に重合したアクチンフィラメントの二つの形態を持つ。この二つの形態は動的な平衡関係にあり、その動的不安定性が細胞の運動や分裂、特に腫瘍細胞の浸潤・転移に深く関わっている。 |
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| 図3. アンフィジノライドHによる細胞内アクチンの変化 |
左:薬剤未処理 いくつものアクチンフィラメントが細胞の中を貫くように存在。
右:アンフィジノライドH処理 アクチンフィラメントが消失し、代わって異常なアクチンの塊(凝集体)が見られる。 |
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| 図4. アクチン-アンフィジノライドH複合体の質量分析計(MALDI-TOF MS)による検出 |
| アクチンの分子量(重さ)、約42,000が、アンフィジノライドHと反応させることによりアンフィジノライドH、1分子分増加している。このことからアンフィジノライドHはアクチンと共有結合していることが分かる。 |
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