独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、動物の発生の過程で器官形成に欠かせない細胞の形の変化が、情報伝達に重要なタンパク質によって厳密に制御されていることを、実際に発生中の胚を用いて明らかにしました。理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)パターン形成研究チームの高橋淑子チームリーダーらによる研究成果
です。この研究は名古屋大学の貝淵弘三教授、及び東京大学の黒田慎也助教授との共同研究で進められました。
発生中の胚を構成する細胞はその形から、上皮細胞と間充織(かんじゅうしき)細胞の2種類に分類されます。上皮細胞がシート状にきっちりと並び規則正しい形をしている一方、間充織細胞はパラパラしていて体内を遠くに移動するような細胞です。器官が作られるとき、上皮細胞が間充織細胞へ、また間充織細胞が上皮細胞へと、同一の細胞がその形をダイナミックに変化させます。このような変化を「細胞の上皮−間充織転換」とよび、発生のみならず、ガン細胞の転移にも大きく関わる重要な現象です。これまで試験管内の培養細胞を使って、細胞の形を支える細胞骨格がRho(ロー)ファミリー分子によって制御されていることがわかっていましたが、実際に発生する体の中でのしくみは全くわかっていませんでした。本研究では、ニワトリ胚の体節(背骨や筋肉を作るもと)の形成を研究対象として、RhoファミリーのメンバーであるCdc42とRac1が細胞の上皮化に重要な役割を担っていること、及びこれらの分子が転写
因子Paraxis(パラキシス)と協調して働くことが体節形成に欠かせないことを明らかにしました。これらの成果
は、さまざまな器官形成における上皮−間充織転換のしくみの解明に役立つと共に、ガン転移の大きな原因である異常な上皮−間充織転換をくい止めるための治療薬の開発を大きく前進させるものです。
この成果は米国の科学雑誌『Developmental Cell 』(Cell Press)の2004年9月号に掲載されます。
| 1. |
背 景 |
発生中の胚を構成する細胞は、大きく2種類の細胞種に分類されます。シート状に規則正しい配列をとる上皮細胞と、形態・分布が一様ではなく、体の中で移動する間充織細胞です(図1)。上皮細胞は消化管や肺などで、それぞれ消化吸収や酸素交換を行うなど、生理機能を発揮する上で中心的な細胞です。一方で間充織細胞は、上皮細胞の形成を助けたり、また筋組織に分化したりします。
発生の過程では、単純な形態の胚組織から次々と複雑な器官が出来上がりますが、このとき同一の細胞が上皮から間充織に、そして間充織から上皮にと、しばしばその形を変化させて、最終的に高い機能をもった器官が完成されます。このような細胞の形態変化を「上皮−間充織転換」とよびます。上皮−間充織転換の異常は、正常な器官が作られないのみならず、ガン細胞の転移を促進することにもなります。このように細胞の上皮−間充織転換は極めて重要な生物現象であるにもかかわらず、そのしくみは未解明なままでした。その理由としては、体内における器官形成と細胞一つ一つの振る舞いの解析をうまくつなげられる方法がなかったことがあげられます。
細胞の形は、細胞内に張り巡らされている細胞骨格※1の形状により決まります。細胞骨格を調節する重要な因子として、Rhoファミリー低分子量
GTPアーゼ※2があります(図2)。Rhoファミリー分子の機能は、これまで試験管内で二次元的な培養条件下で詳しく調べられてきましたが、体中の三次元的な器官形成でRhoファミリーがどう働いているのかは謎となっていました。そこで本研究では、生きたままの胚内で器官形成の遺伝子操作ができるニワトリ胚(図3)を用いて、体節分節現象を研究対象として上皮−間充織転換におけるRhoファミリーの役割を解明しました。体節は将来の背骨、肋骨、そしてほぼすべての骨格筋を作る前駆体です。私たちの背骨にみられるように、体節は頭−尾方向に沿って繰り返し並んでいます(このような繰り返しパターンを「分節構造」とよびます)(図3)。体節が分節化する際、もとは間充織だった細胞の一部が上皮細胞へと変化します(図4)。従って分節化を遂げた体節では、その外側を上皮細胞が覆い、内側に間充織細胞が包まれるという、いわば饅頭のような単純な格好になります(この場合饅頭の「皮」が上皮細胞で「あんこ」が間充織細胞に相当)。このような分節特有の上皮化現象をうまく利用することで、これまで誰もわからなかった上皮化のしくみが明らかになったのです。
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| 2. |
研究成果 |
| ニワトリ胚の孵卵開始後二日目では、すでに基本的な体の形ができつつあるのを見て取ることができます(図2)。体節も盛んに分節化を繰り返している時です。体節が分節する少し前(未分節の時)の間充織細胞内に遺伝子を導入します。高橋淑子チームリーダーが以前独自に開発した体節内へのエレクトロポレーション法※3を用いてGFP遺伝子(これ自身は何も影響を及ぼさない)を発現させ、体節が分節するまで待ちます。すると緑色に光るGFP陽性細胞は、形成された細胞の外側上皮と内側間充織の両方に均一に分布します(図5)。この現象をもとにすると、Rhoファミリータンパク質を実験的に活性化させたり不活性化させたりした時の上皮化への影響を容易に解析できることに気づきました。具体的にはRhoファミリーのなかでも特にCdc42とRac1に注目しました。特筆すべき発見として、Cdc42の活性を低下させたときにのみ、本来間充織のままであるべき細胞がすべて上皮細胞へと変化しました(図6)。逆にCdc42の活性が常に高い場合は、細胞は上皮化しませんでした。Rac1の活性レベルも厳密に調節されることが必須であることがわかりました。さらに、Rac1と転写
因子であるParaxis(パラキシス)とが協調して働くことにより、体節の正常な上皮化がもたらされることも見いだしました。
これらの研究結果をまとめると図7のようになります。上皮化をおこす体節細胞では、Cdc42の活性が低く抑えられることが必須であるという我々の発見は、培養細胞を用いたこれまでの研究では全くわからなかったことであり、極めて新しい発見といえます。
このように、生きた胚内での三次元的な器官形成に注目した本研究では、そのユニークな着眼点から、多くの新規の知見がもたらされました。
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| 3. |
今後の展開 |
| 高橋淑子チームリーダーらは以前、体節の分節化が、隣り合う細胞間のコミュニケーションにより引き起こされるということを発見し、当時全く新規であったこの誘導活性を「セグメンター」と名付けました(Sato
et al., Development, 2002; 記者発表済み)。今回、注目した細胞の上皮−間充織転換は、セグメンターシグナルが働いたあとにおこる現象です。近い将来、細胞集団の中で伝わるシグナルがどのようにして一つ一つの細胞の形の変化を引き起こすのか、という発生メカニズムの謎のなかでも最も根幹的な問題に答えが出せると期待しています。また本研究で得られた成果
は、ガン細胞の転移の大きな原因である上皮−間充織転換を抑える治療薬の開発に大きな貢献することが期待されます。最後に、本研究は発生生物学、細胞生物学、分子生物学という3つの分野を有機的に統合することによって初めて可能となりました。このような分野間のギャップを埋めるような学問分野の開拓も国際的に高く評価されたことを付け加えます。
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| (問い合わせ先) |
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独立行政法人理化学研究所 神戸研究所 |
| 発生・再生科学総合研究センター |
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パターン形成研究チーム |
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チームリーダー 高橋 淑子 |
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奈良先端科学技術大学院大学客員教授 |
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| Tel |
: |
078-306-3301 |
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Fax |
: |
078-306-3303 |
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研究推進部 今泉 洋 |
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| Tel |
: |
078-306-3005 |
/ |
Fax |
: |
078-306-3039 |
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| (報道担当) |
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独立行政法人理化学研究所 |
| 広報室 駒井 秀宏 |
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<補足説明>
| ※1 |
細胞骨格 |
| 細胞膜のすぐ内側に張り巡らされている強固な繊維状の構造の総称。アクチンなどが主な構成成分。これらの構造の変化によって細胞の形が変わる。 |
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| ※2 |
Rhoファミリー低分子量GTPアーゼ |
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細胞外からの情報を細胞内に伝える情報伝達分子のなかでも特に重要なタンパク質。機能は多岐に及ぶが、特に細胞骨格を調節するしくみがよく知られている。Rhoファミリーのなかでは、Rho,
Rac, Cdc42が詳細に解析されている。GTP結合型が活性をもち、GDP結合型が不活性。活性型と不活性型がうまくバランスされていることが細胞機能にとって重要である。
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| ※3 |
エレクトロポレーション法 |
| 電気穿孔法のこと。細胞に短時間に電圧パルスを与えることにより、細胞膜上に一時的に孔を生じさせ、細胞外の物質を細胞内に取り込ませる方法。生きた胚の中で発生中の細胞に遺伝子を取り込ませるための効果
的な方法。 |
図の説明
| 1. |
上皮細胞と間充織細胞の概説、及び上皮−間充織転換のイメージ |
| 2. |
細胞の形態変化が細胞骨格とRhoファミリーGTPアーゼによって調節されていることの概説と、本研究での研究目的。 |
| 3. |
本研究で用いた発生中のニワトリ胚と体節分節の様子 |
| 4. |
体節分節における細胞の上皮化の模式図 |
| 5. |
GFP遺伝子を体節内に導入したときの、GFP陽性細胞の分布の様子 |
| 6. |
Cdc42を抑制すると体節細胞は過剰に上皮化した |
| 7. |
本研究により明らかになったことのまとめ |
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