プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人東京医科歯科大学
国立感染症研究所
抗SARSウイルス剤の候補化合物を発見
- タンパク質の立体構造に基づく合理的薬剤設計からの成果 -
平成16年9月8日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、東京医科歯科大学(鈴木章夫学長)および国立感染症研究所(倉田毅所長)は、重症急性呼吸器症候群(SARS)ウイルスのタンパク質の立体構造に基づいて、コンピュータを利用した薬剤設計(Structure-Based Drug Design: SBDD)により、SARSウイルスの増殖を阻害する医薬品候補物質となる化合物(リード化合物:医薬品の原石となる化合物)を発見することに成功しました。理研横浜研究所ゲノム科学総合研究センター(榊佳之センター長)タンパク質構造・機能研究グループの横山茂之プロジェクトディレクター、廣田洋チームリーダー、梅山秀明客員主管研究員、松本武久上級研究員、大貫裕之研究員、佐藤万仁研究員らの研究グループ、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科ウイルス制御学講座の山本直樹名誉教授、山本典生助手らの研究グループと国立感染症研究所ウイルス第一部の森川茂第一室長らのグループによる成果です。
 近年、中国、香港、台湾を中心に流行しているウイルス感染症であるSARSは、ヒトの健康生活を脅かすだけでなく、汚染地域およびその周辺地域の経済活動にも大きな影響を与えています。理研は、タンパク3000プロジェクトの一環として、SBDD によるSARS治療薬の開発を目的に、昨年9月より東京医科歯科大学および国立感染症研究所と共同研究を実施してきました。理研で、SARSウイルスの増殖に必須であるウイルス由来のタンパク質の立体構造に基づいて、約百万種類の化合物構造データベースの中から抗ウイルス剤の候補となる物質を目指してコンピュータ上で結合のシミュレーションを行い、百種類以上の化合物を選択しました。東京医科歯科大学および国立感染症研究所は、理研で選択された化合物のウイルス増殖阻害活性を、SARSウイルスを感染させたサルの細胞を用いて評価したところ、ひとつの化合物(コード:RIKEN00046)に顕著なウイルス増殖阻害活性を認められました
 RIKEN00046は、細胞毒性も極端に低い医薬品のリード化合物になり得ることから、今後、動物実験を開始するとともに、ウイルス由来のタンパク質とRIKEN00046との複合体の結晶構造を解析し、SBDDの技術を駆使してリード化合物の最適化を図る予定です。また、製薬企業とも積極的に連携し、医薬品としての早期実用化を目指します。


1. 背 景
 「重症急性呼吸器症候群」SARS (Severe Acute Respiratory Syndrome)は原因不明の急性肺炎として2003年にアジアを中心に拡大しました。SARSの最初の症例は、2002年11月中旬に中国広東省で発生していましたが、世界保健機構(WHO)に対してこの地域における非定型肺炎の集団発生に関する報告があったのは2月11日でした。
 そして、これがSARSの症例定義に当てはまると確認されたのは4月2日にWHOの調査チームが広東省を訪れる許可が下りた後でした。その間の2月21日に、広東省で患者の治療にあたっていた1名の医師が香港のホテルに滞在し、その時期に同じホテルに宿泊していた人を通じてベトナム、香港、シンガポール、トロントなど世界中に感染が拡がりました。
 WHOが2003年9月26日に発表した2002年11月1日から2003年7月31日までの期間における全世界での感染者数(可能性例)は8,098名、死亡者数774名です。7月には一応終息しましたが、今年冬以降再発生する可能性は否定できません。
 中国衛生省は1月31日、新たに広東省でSARS患者が確定したと発表しました。昨年12月以降、広東省で4例目の患者となります。WHOの報告によると、患者は隔離され治療を受け、既に完全に回復し退院しました。また関係する接触者81名は全て特定され、二次感染等の拡大は確認されませんでした。中国衛生部は、4月22日以降、さらに別の1名のSARSの疑い例をWHOに報告しています。患者は既に隔離され、関係する500名を超える接触者は特定され、全員に健康観察が行なわれており、現段階では二次感染等の拡大は確認されていません。
 2003年3月25日、米国の疾病対策センター(CDC)が一本鎖(+)27kb RNAを遺伝子とし、エンベロープを持つコロナウイルス科の新しいウイルスがあることを発見し、4月12日にはカナダの研究グループがこのコロナウイルスの全遺伝子配列を突き止め、4月16日、WHOはこれがSARSの原因だと断定しました。
 主要な感染経路としては、飛沫感染が想定されていますが、接触感染(分泌物、排出物などに含まれるウイルスが付着した手で、目、鼻、口等を触ることによる感染)など、その他の感染経路もあります。潜伏期間は2〜10日の範囲で、通常2〜7日間と考えられています。入院時の症状は、発熱があり、他に悪寒、筋肉痛、乾性咳が多く見られます。つづいて、頭痛、咽頭痛、息切れ、眩暈が現れますが、下痢は少ないようです。治療は対症療法(呼吸管理等)が中心となっています。ステロイド、リバビリンの投与などさまざまな治療法が試みられていますが、現在のところ確立したものはありません。現在、残念ながらSARS予防のためのワクチンもありません。
 SARSの治療については、2003年5月に香港の研究グループなどが、エイズの進行を抑えるために使われるアミノ酸の一種を投与するとウイルスが細胞に進入するのをかなり止めることができるという研究成果を発表しましたが、SARSウイルスを抑える薬は開発されておらず、効果的な治療薬もありませんでした。2003年7月に、エイズ治療に使われている抗ウイルス薬のネルフィナビルにより、新型肺炎SARSのウイルスの増殖が抑えられることが東京医科歯科大学と京都大学などの研究グループの実験で明らかになりました。既にエイズの治療で用いられている薬なので、すぐに臨床に使える可能性が高いと考えられます。
 今回の発見された化合物は、 ネルフィナビルに比べてSARSウイルスの増殖を抑える効果が高く、しかも細胞に与える毒性はネルフィナビルに比べてかなり低いことが分かりました。


2. 研究の手法
理研では、ゲノム情報の公開直後より,SARSウイルスの増殖に必須なウイルス由来タンパク質(プロテアーゼ3CL-PRO)を創薬の標的にして、コンピュータを用いたホモロジーモデリングによりその立体構造を予測しました。このモデル構造及び後に公開されたX線結晶解析による構造情報を順次、活用して、約100万種類の化合物構造情報が登録されたデータベースの中から、コンピュータ上でタンパク質の活性部位と化合物とを結合させるドッキングシミュレーションによるin silicoスクリーニングを行い、約130種類の化合物を選択しました(図1)。今回発見されたリード化合物RIKEN00046は、まずモデル構造を利用したスクリーニングで見出され、次のX線構造を利用したスクリーニングでも上位に選らばれていました。東京医科歯科大学と国立感染症研究所はそれぞれ独立して、ベロ細胞(サル腎臓由来の培養細胞株)を用いたウイルス感染実験で、上記の約130種類の化合物によるウイルス増殖を抑制する効果を評価しました(図2)。これまでに評価した化合物の中でRIKEN00046は、ウイルスが細胞を破壊する現象(細胞変性)を顕著に抑制しました(図3)。その効果は、東京医科歯科大学と京都大学などの研究グループの実験で、SARSウイルスの増殖が抑えられることが明らかになりましたネルフィナビルよりも優っています。また、RIKEN00046の細胞毒性はネルフィナビルの半分以下ですので、ネルフィナビルに比べても、RIKEN00046は抗SARSウイルス剤のリード化合物として高い有望性を持っています(表1)。また、細胞がウイルスに感染した72時間後にRIKEN00046を細胞に投与しても、同様に顕著にウイルスによる細胞変性を抑制しますので、ウイルスに感染した後でも、RIKEN00046は抗ウイルス効果が有ります。感染後のウイルスの増殖数は、ウイルスが感染したベロ細胞およびその培養液に含まれるウイルス遺伝子のコピー数をPCRで測定しましたところ、ウイルスによる細胞変性を抑制する濃度で、ほぼ完全にウイルスの増殖が阻害されたことが確認されました(図4)。一方、今回の標的タンパク質であるプロテアーゼの活性をRIKEN00046が阻害する効果を、評価しました。遺伝子組み換え大腸菌で造りましたプロテアーゼタンパク質とともにRIKEN00046(RIKEN00046濃度5μM、プロテアーゼタンパク質濃度1μM)を24時間、インキュベートしたところ、プロテアーゼタンパク質の酵素活性の約70%が阻害されました(図5)。


3. 今後の展開
 これまでSARSウイルスを抑える薬は開発されておらず、効果的な治療薬は実用化されていませんでしたが、本成果によって、SARS治療薬の開発に弾みがつきます。今後はマウスあるいはラットを用いた動物感染実験により、RIKEN00046の抗SARSウイルス増殖抑制効果を評価します。同時にウイルス由来のタンパク質とRIKEN00046との複合体の結晶構造を解析し、SBDDの技術や、分子動力学計算を駆使してその最適化を図る予定です。また、RIKEN00046に構造が類似する化合物を探索、あるいは設計し、それら化合物のSARSウイルスに対する作用を評価し、なるべく広い範囲で化合物の抗SARSウイルス剤としての用途特許を出願する予定です。なお、SARS治療薬の開発に興味を示す製薬企業とは積極的に連携し、迅速に医薬品としての実用化を進めていく予定です。
 この成果は、コンピュータを駆使して、タンパク質構造のデータに基づいた薬剤候補化合物探索期間を大幅に短縮する新薬の開発、すなわち‘創薬の論理的なアプローチ’を可能にする、タンパク3000プロジェクトの成果の一つです。今後のプロジェクト進捗により、タンパク質の機能を制御する医薬品候補物質の探索、および最適化の加速化が一層期待されます。また、基礎研究から実用化へ向けて、各研究機関が協力体制を築き、SARSのような新興感染症など、迅速な対応が必要とされる新薬開発を力強くバックアップする研究体制の構築の例でもあります。これらの成果を、創薬の実用化へと結びつけるための、更に高度な研究開発体制、例えば、実用に近い程度の高い精度をもつ分子動力学計算専用計算機の製作などにより創薬の開発期間短縮を目指すなどすることで、タンパク3000プロジェクトの研究力を利用した、国民の健康・福祉の向上や、効率の良い産業構造の改革に貢献していきます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 ゲノム科学総合研究センター
  タンパク質構造・機能研究グループ
   プロジェクトディレクター  横山 茂之

Tel: 045-503-9196 / Fax: 045-503-9195

   上級研究員  松本 武久

Tel: 045-503-9457 / Fax: 045-503-9450

(連絡先)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 ドッキングシミュレーションによるin silicoスクリーニング
多くの薬は、疾病に関係した生体高分子(標的タンパク質)の特定部位に薬物分子が結合して作用しています。薬の必要条件は、その結合が十分に強いことですが、その強弱をコンピュータ上のシミュレーションで推計することが可能になってきました。一方、様々なタンパク質の三次元立体構造の解明が急速に進展しており、また、数百万化合物の巨大ライブラリも市販されています。その結果、データベースなかの化合物をコンピュータ上でドッキングし、薬の候補を迅速に選定することをin silicoスクリーニングまたはヴァーチャルスクリーニングと呼びます。







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