プレスリリース 独立行政法人科学技術振興機構
独立行政法人 理化学研究所
高温超伝導の解明に結びつく電子秩序を観測
平成16年8月26日
 独立行政法人科学技術振興機構(理事長:沖村憲樹)の戦略的創造研究推進事業において、独立行政法人理化学研究所(理事長:野依 良治)の研究チームは、絶縁体が超伝導体に変化する過程で、電子がチェッカーボード型に規則正しく分布することを発見した。高温超伝導のメカニズムを解明する有力な手掛かりになるものとして大きな注目を集めている。
 高温超伝導が発現する過程では、絶縁体、超伝導体、通常伝導体(金属状態)のいずれでもない謎の状態(擬ギャップ相)が現れることが知られており、高温超伝導発現の秘密を解く鍵はこの第4の相にあると考えられている。このときの電子状態を走査型トンネル顕微鏡(STM)によって観測するためには試料の表面が原子レベルで平坦であることが要求されるが、これまでは擬ギャップ相領域で安定な表面を持つ物質を作製することができず、様々なモデルが提唱されてきたものの、結論に至っていない。
 今回、研究チームは雲母のように劈開するオキシクロライドと呼ばれる高温超伝導物質Ca2-xNaxCuO2Cl2の単結晶の開発に成功し、さらに新たに開発した低温超高真空STMと超低温STMを用いて、電子の状態を解像できる高分解能マッピングを実現した。これらにより原子レベルで平坦な表面をSTMを用いた走査型トンネル電子分光(STS)によって観察し、擬ギャップ相の電子の姿をナノの世界で捉えることに初めて成功した。超伝導の鍵を握るとされる第4の相に「電子の隠れた秩序」が存在することが明らかになったことで、超伝導メカニズムの解明も大きく進展するものと期待されている。
 この研究成果は、戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「相関電子コヒーレンス制御」(研究代表者:永長直人東京大学教授)等の一環として、理化学研究所高木磁性研究室の花栗哲郎先任研究員と高木英典主任研究員兼東京大学教授が、コーネル大学のJ. C. Davis教授グループ、京都大学高野幹夫教授グループ、東京大学の高木教授グループと共同研究して得られたもので、8月26日付け英国科学誌「ネイチャー」で発表される。論文題目は” A ‘checkerboard’ electronc crystal state in lightly hole-doped Ca2-xNaxCuO2Cl2” 微少正孔ドープCa2-xNaxCuO2Cl2に形成されたチェッカーボード型電子結晶。


<研究背景>

 層状銅酸化物と呼ばれる一連の物質群には、絶対温度100Kを超える高い転移温度の超伝導(高温超伝導)が発現する。その発現メカニズムは、超伝導発見以来18年を経た今日でも未解明のまま残され、現代物性物理学最大の難問としてわれわれを魅了し続けている。
 高温超伝導の担い手は銅と酸素原子がおりなす二次元シートに閉じ込められた電子である。この電子は当初、互いの反発(相関効果)により、身動きがとれず電子の固体(モット絶縁体)を形成する。この状態から電子を抜き去り、電子の欠けた穴(正孔)を導入すると、電子固体相(モット絶縁体)は融解し、電流が流れると同時に高温超伝導が生じる。正孔を注入しすぎると、超伝導を示さない普通の金属相に変わってしまう。電子固体の融解によって、高温超伝導相が出現する移り変わりの過程で、「擬ギャップ相」と呼ばれる第4の相が出現する。(図1)いったん超伝導が出現し、超伝導電子対が集団運動するようになると、物質による差異が見えなくなる。したがって、超伝導相を眺めても、層状銅酸化物の秘密を解き明かすのは難しいといわれる。秘密を解く鍵は、むしろ超伝導出現の寸前に現れる第4の相、「擬ギャップ相」にあると多くの研究者が考えている。超伝導に姿を変えていく準備の段階では、超伝導発現に最も本質な電子秩序(あるいは秩序化の傾向)だけが強調されるはずである。これまでにも、第4の相の状態として、電子対が形成されているが自分勝手に運動する状態、電子の縞状の液晶(ストライプ)状態、電子対の結晶状態など、様々なモデルが提出され、本当に提案される秩序が実現しているのか研究者たちの間で熱い議論が戦わされてきた。実験的には、磁気共鳴、中性子散乱、光反射等を用いて、そこに「何か」があることはわかっていたが、これら「巨視的な」プローブでは試料全体の情報が平均化されてしまうために、第4の相を特徴付ける秩序形成の兆候が得られず、その正体は不明のままであった。このため「隠れた秩序」の探索が研究の鍵とされていた。


<研究成果>

 高温超伝導の舞台は銅と酸素で形成される二次元面(CuO2面)である。CuO2面の電子状態を直接「見る」ことができれば、擬ギャップ相の秩序に関して決定的な情報を得ることができる。そこで本研究では走査型トンネル顕微鏡と走査型トンネル電子分光(STM/STS)を用いて、Ca2-xNaxCuO2Cl2について、ある特定の運動エネルギーを有する電子の密度(電子状態密度)の極低温マッピングを行った。これに基づき原子スケールの分解能でCuO2面の電子状態密度の「地図」を作成した。その結果、数nmの空間的広がりを持つ本質的な電子状態密度の不均一が存在することが明らかとなった。さらにその背景に結晶格子の4倍の周期を有するチェッカーボード状の電子状態密度の変調が存在することを発見した。(図2)「地図」の詳細を眺めると、結晶格子がx方向y方向にそれぞれ4個、計16個並ぶ正方形の中に、電子の山が9個並ぶ。山の位置は必ずしも原子の位置とは一致しない。すなわち電子が独自の周期を有する「電子結晶」を構成している。電子結晶の構造は電子のエネルギーには依存せず、擬ギャップ相では常に観測される。
 この成果により、モット絶縁体が高温超伝導体へとその姿を変える直前に現れる擬ギャップ相に、電子の「隠れた秩序」が存在することが初めて明らかにされた。秩序状態の微細構造が原子レベルで、エネルギーの関数として明確に捉えられているので、今後詳細に検討を進めることによって、単に電子の結晶というだけでなく、例えば電子対の結晶なのか、一つ一つの電子が形成する結晶なのか、おのずと明らかになるはずである。そうなれば、超伝導メカニズムもさらに絞り込まれることになる。
 STM/STSは表面を観測する手法なので、原子レベルで清浄かつ平坦な試料表面が欠かせない。しかし、これまでの研究に広く用いられてきた物質では、擬ギャップ相領域で化学的に不安定となり、STM/STS観測に耐える表面を作製することができなかった。このため、擬ギャップ相の電子状態の原子レベル解像は未開の領域として残されてきた。本研究のブレークスルーはSTM/STS観測を目的として、オキシクロライドとよばれる物質Ca2-xNaxCuO2Cl2に着眼し、その単結晶を開発したことにある。オキシクロライドは雲母のような良好な劈開性を示すために、容易に原子レベルで平坦な表面が得られる。ところが、物質を合成するには数GPaの超高圧が必要なため、適当な大きさの単結晶を育成するのは不可能であるとされてきた。これを可能にしたのが、京都大学化学研究所高野幹夫教授、東正樹助手が開発したキュービックアンビル型大型超高圧装置である。また、今回行った電子状態のマッピングでは、大量のデータを取得する必要があるので、測定に10時間程度の時間を要する。したがって、振動を極限まで抑えた高安定STM装置が必要となった。本研究では新たに開発した低温超高真空STMと、Cornell大学で建設された超低温STMが、電子結晶を解像するに足る高分解能マッピングを可能にした。このような、ユニークな手法による物質開発と、卓越した測定技術の有機的な協力関係が今回の電子結晶発見成功の鍵となった。


<今後の展開>

 既に学会などを通じて、今回の成果は研究者間に水面下で伝わり、Web上のプレプリント(出版前論文)サーバーには、電子対結晶状態、一電子ウィグナー結晶状態、フェルミ面効果などのモデルが毎日のように掲示される事態となっている。これらのモデルがどこまで実験結果を再現できるか、モデルの絞込みを行う。これらを通じて、物性物理学者のロマンである高温超伝導の機構にできるだけ深く切り込みたい。
 近年、強く相互作用する電子系(強相関電子系)の特徴を生かした、磁気センサ、メモリなどのエレクトロニクスの開発が急速に進みつつある。その強相関エレクトロニクスの本質は電子固体-液晶といった電子の相が微妙なバランスで競合し、ごくわずかな刺激で劇的に状態が変化することにある。本研究は強相関電子の相とその競合を、ナノスケールで可視化としたという意味で、強相関エレクトロニクスのデバイス基礎学理としてのインパクトも兼ね備えている。

論文題目 : "A 'checkerboard' electronc crystal state in lightly hole-doped Ca2-xNaxCuO2Cl2"
和文題目 : 微少正孔ドープCa2-xNaxCuO2Cl2に形成されたチェッカーボード型電子結晶

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
チーム型研究(CRESTタイプ)
研究領域 : 高度情報処理・通信の実現に向けたナノ構造体材料の制御と利用(研究統括:福山 秀敏 東北大学 教授)
研究期間 : 平成14年度〜平成19年度

基礎的研究発展推進事業 (SORST)
研究代表者 : 北澤 宏一(研究代表者代行 花栗哲郎)
研究期間 : 平成12年度〜平成15年度


(本件問い合わせ先)

花栗哲郎(はなぐり てつお)
 独立行政法人理化学研究所中央研究所
 木磁性研究室先任研究員

住所: 〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1
Tel: 048-467-9349 / Fax: 048-462-4649
Mail: hanaguri-at-riken.jp


高木 英典(たかぎ ひでのり
 独立行政法人理化学研究所中央研究所
 木磁性研究室主任研究員

住所: 〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1
Tel: 048-467-9348 / Fax: 048-462-4649
Mail: h-takagi-at-riken.jp

 東京大学大学院新領域創成科学研究科
 物質系専攻 教授

住所: 〒277-8561 千葉県柏市柏の葉5-1-5
Tel: 04-7136-3790 / Fax: 04-7136-3792
Mail: htakagi-at-k.u-tokyo.ac.jp


甲田 彰(こうだ あきら)
 独立行政法人科学技術振興機構
 特別プロジェクト推進室

Tel: 048-226-5623 / Fax: 048-226-5703
Mail: mail kouda-at-jst.go.jp


<用語解説>
※1 超伝導
金属が低温において突然電気抵抗を消失する(ゼロ抵抗)で知られる現象。超伝導状態では物質から磁場が排除されること(マイスナー効果)も良く知られる。ゼロ抵抗を用いた強力磁石や送電、微弱磁場センサ、超高速デバイスなどの応用が期待される。
※2 層状銅酸化物の高温超伝導
銅原子と酸素酸素原子が織り成す二次元銅酸素シートを構造の基本として、これを層状に積み重ねた構造を有する一連の層状銅酸化物は高温超伝導発現の舞台として知られる。1986年にBednorzとMullerによって発見された。層状銅酸化物で実現する超伝導転移温度の最高値はHg-銅酸化物の135 K(圧力下で164K)である。それ以前の転移温度の最高がNb3Geの23 Kであった事を考えるならば、そのインパクトの大きさが理解できる。
高温超伝導のメカニズムは1957年にバーディーン、クーパー、シュリーファー博士らによって提唱された超伝導の標準理論BCS理論では説明不能であると言われ、発見以来世界中の研究者を巻き込んだ論争が繰り広げられている。
※3 電子相関
電子はマイナスの電荷を持った粒子であるため、電気的な反発力によりお互いの個性を主張する電子相関と呼ばれる性質をもつが、これが極端になった強電子相関の系では、お互いの運動状態を束縛しあって動きの取れなくなったモット絶縁体と呼ばれる状態(電子固体)になったりする。高温超伝導を示す銅酸化物は、強電子相関を示す物質に分類される。
※4 Ca2-xNaxCuO2Cl2 高温超伝導体
最高で絶対温度28Kの超伝導転移温度を示す高温超伝導物質。図3に示すような結晶構造をもち、高温超伝導の舞台である銅と酸素のネットワーク面がイオン性の強いCa(Na)Cl面で挟み込まれる構造を有する。イオン性の強いCa(Na)Cl面が強い劈開性の起源である。超伝導性は現在東大物性研の広井善二らによって最初に発見された。
※5 走査型電子顕微鏡(STM)と走査型トンネル電子分光(STS)
走査型電子顕微鏡(STM)は試料表面に接近させた鋭い金属探針に電圧を印加し、その際、量子力学的なトンネル効果によって流れる電流を測定することによって、試料の表面形状とともに電子状態を原子レベルの空間分解能で調べることのできる装置である。走査中の各点において、トンネル電子分光を行うと局所的な電子状態密度を空間分解で調べることができる。これが走査型トンネル電子分光(STS)である。




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