プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
世界最高速のLSIの開発に成功
- 世界初のペタフロップス級計算機の実現に道筋 -
平成16年8月20日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、世界最高速のLSI「MDGRAPE-3チップ」(1LSIあたりの演算性能としては世界最高の230ギガフロップス※1の性能を達成)の開発に成功しました。この研究成果は、横浜研究所・ゲノム科学総合研究センター(榊佳之センター長)・ゲノム情報科学研究グループ(小長谷明彦プロジェクトディレクター)ゲノム解析用コンピュータ研究開発チームの泰地真弘人(たいじ まこと)チームリーダー、成見哲研究員、大野洋介研究員らによるものです。LSIの製造は(株)日立製作所が担当しました。
 理研では世界最高速の計算機「MDGRAPE-3」の開発を目指して研究を進めてきましたが、今回、その心臓部となる世界最高速LSI「MDGRAPE-3チップ」の開発に成功しました。「MDGRAPE-3」は、物質を構成する原子個々の動きをコンピュータ上で再現する分子動力学シミュレーション計算に特化した専用計算機であり、汎用計算機と比べ演算速度は格段に速くなります。
 今後製作経費が確保できれば、今回開発したLSIをベースにして、計算機としては世界で初めてペタフロップスの壁を突破する1ペタフロップス(一秒あたり1000兆回計算できる能力)の性能をもつ計算システム「MDGRAPE-3」を2006年に計算機として完成させることも可能となりました。1ペタフロップスという計算速度は、現在のスパコンTop 500リスト(世界の汎用高性能計算機500傑のリスト)に載っている計算機の速度を全て足し合わせた規模に匹敵します。
 この「MDGRAPE-3」により、医薬品候補物質のタンパク質への結合しやすさを精度よく見積もることが可能になり、新薬の開発期間の短縮に役立つことが期待されます。また、タンパク質の精緻な機構を原子レベルで解き明かすことが可能になり、タンパク質が関与して病気を引き起こす原因を原子レベルで解明するなどナノレベルの研究で強力なツールになります。
 専用・汎用を問わず科学技術計算用高性能計算機の国際競争は、米国が今後の重点課題に高性能計算機による計算科学を挙げるなど激しさを増しており、本研究グループによる専用計算機技術は今後の国際競争上重要な鍵になると期待されます。
 本成果は、文部科学省の委託研究「タンパク3000プロジェクト」の一環として理化学研究所構造プロテオミクス研究推進本部(推進本部長・小川智也、研究代表者・横山茂之)の下で開発を進めていたものです。本研究成果は、米国カリフォルニア州スタンフォード大学で開催される国際会議『Hot Chips16』※2(8月22-24日、本発表は24日)において発表されます。


1. 背 景
 国内における現代的な科学計算専用計算機の開発は泰地チームリーダーらが18年前に開発した統計物理専用計算機m-TIS※3に始まり、その後東京大学で開始されたGRAPE(GRAvity PipE)計画※4によって大きく発展しました。これはもともと無数にある星と星との力学(引力)を計算し、銀河などの成り立ちや振る舞いを調べる天文学のための計算機でした。本発表の分子動力学シミュレーションも同じ方法で計算するもので、泰地チームリーダーらは、1995年に第一世代のチップであるMD-GRAPE chipの開発を担当してきました。一方、タンパク3000プロジェクトを代表とする構造ゲノム科学は急速に発展しており、重要なタンパク質の構造が次々と明らかにされています。これらの新しい知見を活かし、タンパク質の働きを解明したり、新しい薬を設計したりするために分子の結合状態を解くことができる、分子シミュレーションへの期待・要請が高まっています。
 こうした要請にこたえるため、これまでの専用計算機開発の実績を背景として次世代の分子動力学専用計算機「MDGRAPE-3」の開発に2002年度に着手しました。MDGRAPE-3では特にタンパク質のシミュレーションを高速化するための工夫を盛りこんでいます。MDGRAPE-3は2006年度完成予定で、完成時には1ペタフロップス(1000兆演算/秒)の性能に世界で初めて到達することを目標としています。これは現在の高性能計算機開発計画の中でも最も野心的なもので、1ペタフロップスという計算速度は、現在のスパコンTop 500リスト(世界の汎用高性能計算機500傑のリスト)に載っている計算機を全て足し合わせた規模に匹敵します。今回発表する「MDGRAPE-3チップ」はこの計画中で最も重要な要素であり、システムの心臓部といえるものです。この開発の成功により、1ペタフロップスの性能を実現できる技術を確   立することができました。
 近年、シミュレーション技術の向上、技法の向上により、専用・汎用を問わず高性能の科学技術計算の重要性はますます高まっています。生物学においては本研究で扱う分子シミュレーションや生体分子の作るネットワークの解析、物質科学においてはナノテクノロジーや材料開発、工学においては自動車のまわりの流体計算など、地球科学では天気予報から地球温暖化などのグローバル気象まで等々、その広がりは枚挙に暇がありません。こうした中、科学技術計算用高性能計算機の国際競争は激しさを増しており、米国エネルギー省では今後の重点課題の第2番目に高性能計算機による計算科学を挙げています(1番目は国際熱核融合炉)。実際、オークリッジ国立研究所に地球シミュレータ級の計算機を今年度導入すべく計画を進めています。本研究グループによる専用計算機技術は今後の国際競争上重要な鍵(2004年6月7日号のBusinessWeeK誌に特集で取り上げられる)になると期待されます。


2. 研究成果と手法
 半導体技術の性能向上は速いペースで進んでいます。これを受けパーソナルコンピュータに代表される汎用計算機もどんどん高速化していますが、実はその性能には陰りが見え始めています。
 計算機の性能を上げる開発とともに、複数の計算機を活用して計算能力を高める並列処理の開発が進んでいます。しかし、通常の計算機では並列処理にも限度があり、そのためにLSIの能力が抑えられています。これに対し、分子動力学シミュレーション専用計算機では専用化により高い並列動作が可能になります。これはメモリから一回読んできたデータを使って、並列に多くの計算を実行する「ブロードキャストメモリアーキテクチュア」※5を用いるもので、これにより、一個のLSIで同時に660演算もの演算を同時に実行することができ、性能を飛躍的に向上することができるのです。今回250メガヘルツの動作周波数を最低目標に開発を進めたところ、実際のサンプルLSIでは予定を上回る350メガヘルツで動作させることに成功しました。この性能は通常の計算機の性能に換算した場合には、230ギガフロップス(2300億演算/秒)になり、この値は米国インテル社のPentium 4 3.6GHzの32倍に相当する性能です。このような高い性能にもかかわらず、消費電力はPentium 4の1/4の20ワットしかありません。近年は消費電力(発熱量)もCPUの性能を制限する要素として重要になりつつあり、電力効率の高さも専用計算機の大きな長所の一つです。このように専用計算機は技術的な優位性が高く、今後の性能向上も期待されます。また、こうした高性能にもかかわらず、低コストであることも専用計算機の重要な利点です。
 本LSIチップは(株)日立製作所の最先端半導体技術「HDL4N」(線幅130nm)を用いて製造し、評価用基板の製造は(株)東京エレクトロンデバイスが行ないました。


3. 今後の展開
 今回の開発成功により、MDGRAPE-3に必要な基本要素の開発はほぼ完了し、MDGRAPE-3の性能は1ペタフロップスに到達させる見通しが立ちました。今後はシステムを完成させると共に、ソフトウェアの開発、応用研究を積極的に進めていきます。開発した計算機の商用化も計画しています。ソフトウェアとしては、世界中で使われているタンパク質の分子動力学シミュレーションのためのソフトウェアAmber, Charmm等への対応を進めています。また特に現在、薬剤のタンパク質への結合能力を、分子動力学シミュレーションにより高精度に予測するためのソフトウェア開発を行なっています。現在文部科学省が推進しているタンパク3000プロジェクトにより、病気に関係する重要なタンパク質の原子レベルの構造が次々と明らかになっています。ペタフロップス級の性能をもつMDGRAPE-3の完成により、医薬品のタンパク質への結合しやすさを精度よく見積もることができ、将来的には薬効が高く、低コストの薬をより短期間で開発できることにつながると期待されます。また、タンパク質の動作原理・設計原理の解明にもMDGRAPE-3は力を発揮します。特にこれまで十分に計算できなかったタンパク質の動きを見ることにより、病気を引き起こす原因を原子レベルで調べたり、生物の知恵に学んだナノ機械の開発などにも貢献していくと期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 ゲノム科学総合研究センター
  ゲノム情報科学研究グループ
   ゲノム解析用コンピュータ研究開発チーム
    チームリーダー
(大学共同利用機関法人 情報システム研究機構
 統計数理研究所 客員助教授)
     泰地 真弘人

Tel: 045-507-2508 / Fax: 045-507-2524

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
本研究に関する詳細な内容は、理研ホームページでご覧になることが出来ます。
本研究は、文部科学省委託研究 RR2002 「タンパク3000プロジェクト」での研究成果です。

※1 FLOPS
Floating point number Operations Per Secondの略で、フロップスと読む。コンピュータの処理速度をあらわす単位の一つ。処理速度が1FLOPSのコンピュータは、1秒間に1回の浮動小数点数演算(実数計算)ができることを示す。大規模なシミュレーションや科学技術計算に用いる大型コンピュータの性能指標として用いられることが多い。
※2 Hot Chips 国際会議
毎年8月に米国スタンフォード大学で開催される、高性能LSI・マイクロプロセッサに関する最も重要で権威のある国際会議。今年度で16回目を迎える。毎年米国Intel社、IBM社、AMD社などが将来のマイクロプロセッサ開発計画に関する発表を技術に力点をおいて行なうことから、産業界からも非常に注目度が高い。過去の日本人講演者には、NECソリューション開発研究本部長渡辺貞氏、ソニー副社長久多良木健氏らがいる。
※3 統計物理専用計算機m-TIS
東京大学で泰地チームリーダーが開発した磁性体(磁石)モデルのシミュレーションのための専用計算機。パーソナルコンピュータと接続して使う方式は専用計算機として画期的であった。また2号機はFPGA(ハードウエアを書き換え可能なLSI)を用いた、再構成可能な計算機システムとして世界最初のものであった。
※4 GRAPE
東京大学で 1989 年から開発を続けている天文シミュレーション専用計算機。最新の GRAPE-6 は2002 年に完成し、 64 Tflops (Tflops は1秒に1兆回の演算を行なう速度)と2004 年現在でも、理研のMDM(75Tflops)とともに世界最速の計算機である。(次は 40 Tflops の地球シミュレータ)
※5 ブロードキャストメモリアーキテクチュア
一回メモリから読み出した値を使って、いくつもの計算を並列に行なう方式。これにより、飛躍的に高度な並列化が可能になる。どんな応用にも使えるものではないため、普通の計算機では使えない方式であるが、分子動力学計算などへの応用では劇的な効果がある。他には、遺伝子配列解析や、密行列(要素がぎっしり詰まった行列)の計算、境界要素法(電磁波の解析などさまざまな工学的応用がある計算法)、3次元テレビ(計算機ホログラフィ)などへの応用が可能である。


図1.GRAPE計画とその他高性能計算機の発展の状況


図2.MDGRAPE-3チップの写真
チップの半導体部分の大きさは15.7mm角。日立製作所のHDL4N(130nm)製造技術で製造。


図3.ブロードキャストメモリアーキテクチュアの原理
普通の計算機では、計算素子を増やせばその分メモリからの道の太さを太くする必要があるが、専用計算機では同じデータを使うのでメモリからの道の太さは同じでよい。この結果計算素子を飛躍的に増やせる。


図4.MDGRAPE-3 PCI-X版基板
テスト用と小規模応用/商用化目的を兼ねて開発。1ボードで460ギガフロップス(4600億計算/秒)の性能を実現。(株)東京エレクトロンデバイスが製造担当


図5.ペタフロップスシステムのイメージ図


図6.MDGRAPE-3で可能になること

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