プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
遺伝子の転写活性にかかわる因子の相互作用を解明
- 転写因子DksAの結晶構造および分子メカニズム -
平成16年8月6日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、遺伝子の転写活性にかかわるタンパク質「DksA」の機能を原子レベルで解明することに世界で初めて成功しました。播磨研究所・横山構造分子生物学研究室の横山茂之主任研究員、ドミトリ・バジリエフ(Dmitry G. Vassylyev)副主任研究員およびオハイオ州立大学(米国)の研究グループによる成果です。
 細菌内では、アラーモン(警告物質)と呼ばれるグアノシン4リン酸(ppGpp)がRNAポリメラーゼ(RNAP)の活性中心近傍に結合し、DNAの遺伝情報をRNAへ転写する転写反応を制御します。今回、研究グループは、「DksA」というタンパク質がppGppに依存する転写調節に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。高輝度X線回折※1により、大腸菌由来のDksAタンパク質の結晶構造を2.0Å※2の分解能で決定したところ、球状ドメインとコイルドコイルドメイン※3の二つのドメインからなっており、コイルドコイルドメインを形成する2つのα-へリックス※4の連結部にはアスパラギン酸残基が2つ存在していました。この構造は、RNAポリメラーゼのRNA分解反応を促進する因子「GreA」に類似していました。
 DksAのコイルドコイルドメインはRNAPの基質侵入孔※5に入り、ppGppに結合しているマグネシウムイオンとDksAのアスパラギン酸残基とが結合し、ppGpp−RNAP複合体を安定化させていると考えられます。研究グループは、DksAが(GreAとは作用機序が異なるものの)転写伸長反応に影響を及ぼすこと、転写開始反応に対するppGppの効果を増大させること、及び、RNAPに直接結合することによってアスパラギン酸残基がRNAPの活性中心近傍に位置することを生化学的解析によって裏付けました。アスパラギン酸残基を他の残基へ置換した変異DksAには、それらの効果が認められませんでした。今回の研究結果は、RNAPの基質侵入孔が複数の転写因子による制御作用のための大事な孔であることを示唆しています。
 本研究は、わが国で推進している「タンパク3000プロジェクト」の一環として行われたもので、転写調節因子に関するタンパク質の解明という学術的な貢献の他、今後の新たな創薬開発に大きく寄与すると考えられます。
 研究成果の詳細は、米国の科学雑誌『Cell』の8月6日号(日本時間7日付)に掲載されます。


1. 背 景
 細菌では、細胞内のアミノ酸が枯渇すると、「マジックスポット」といわれるグアノシン4リン酸(ppGpp)という化学物質の濃度が上がり、緊縮調節と呼ばれる複雑な制御が起こります。ppGppは、DNAの遺伝情報をRNAに転写する酵素であるRNAポリメラーゼ(RNAP)というタンパク質と複合体を形成し、アミノ酸代謝に関与している遺伝子の転写を制御します。 一方では、リボソームRNAとトランスファーRNAの転写を阻害し、他方では、アミノ酸の生合成や輸送に必要なタンパク質の発現を促進します。すなわち、 ppGppの作用は、細胞のアミノ酸量を増加させることにあります。
 生細胞を用いて行うin vivo実験系※6に比べ、生細胞を利用しないin vitro実験系では、ppGppのリボソームRNA合成阻害の効果が低く現れます。このことから、細胞内には、ppGppの活性を制御する因子が存在することが約30年前から提唱されていました。最近になって、in vitro実験でDksAタンパク質が、ppGppによるリボソームRNA合成阻害を促進することが示されましたので、DksAタンパク質が、生体内でppGppの活性を制御していると推測されるようになってきました。


2. 研究成果と手法
 今回、高エネルギー加速器研究機構Photon FactoryのNW12シンクロトロンビームラインを用いて、その立体構造を原子レベルで決定し、「DksA」というタンパク質の立体構造が、DksAとはアミノ酸配列の似ていない転写因子「GreA」に類似しているという結果を得ました。両タンパク質共に、コイルドコイルドメインと呼ばれる構造を有しており、コイルドコイルドメインを形成する2つのα-へリックスの連結部には酸性アミノ酸残基が存在していました。最近、GreAのコイルドコイルドメインが、RNAPの基質侵入孔に入ってRNAP活性部位の近傍に位置し、GreAの酸性残基が、RNAPの触媒であるマグネシウムイオンと相互作用しているというモデルが提唱されました。
 研究グループは、最近、RNAPとppGppとの複合体の結晶構造を決定しました (Cell、2004、117巻、p299-310)。 そこでは、ppGppがRNAPの基質侵入孔内の活性部位近くで結合し、2個のマグネシウムイオンが、それぞれppGppの二リン酸部分に結合していることがわかりました。マグネシウムイオンの一つはタンパク質内に位置し、RNAPのアミノ酸残基で強固に固定されていたのに対し、もう一つは基質侵入孔を通して分子の外側から近付きやすい位置にあり、ppGppのリン酸基とのみ、緩く結合していました。
 DksAがppGppのリボソームRNA合成阻害を促進するという、これまでに得られていた知見と、DksAと GreAとの立体構造が類似しているという知見を合わせると、DksAのコイルドコイルドメインがRNAPの基質侵入孔に入ることによって、ppGppに結合しているマグネシウムイオンとDksAのアスパラギン酸残基とが結合し、ppGpp−RNAP複合体を安定化させていると考えられます(図1、2)。
 DksAがRNAPに直接結合し、コイルドコイルドメインを形成する2つのα-へリックスの連結部に存在する酸性アミノ酸残基がRNAPの活性部位に位置することを、生化学的な実験で確かめることができました。さらに、その酸性アミノ酸残基を他の残基に変異させた変異DksAには、ppGppに対するリボソームRNA合成阻害を促進する効果が認められなかったことから、酸性アミノ酸残基が、DksAの活性に重要であることも明らかとなりました。


3. 今後の展開
 本研究成果で例示されたことは、他の類似した転写因子の立体構造を基に、その因子の詳細な作用メカニズムを明らかにすることができたということです。すなわち、立体構造上類似しているGreAと比較することにより、DksAの機能のメカニズムを遺伝学的な解析データという限られた情報を用いて、迅速でかつ詳細な生化学的実験を行うことに成功しました。また、この研究成果はDksAの作用機構の解明のみならず、転写制御の原理に関する二つの重要な知見が示されています。一つは、RNAPの基質侵入孔は、様々な制御を行うためにRNAPの触媒部位との接点が必要な転写因子の結合部位となっていることです。他の転写因子の場合でも、類似した作用でRNAP活性を制御している可能性があります。もう一つは、転写制御因子のRNAPへの結合の仕方が、塩基性残基による水素結合だけでなく、マグネシウムイオンを介することで安定化されているという点です。本研究は、わが国で推進している「タンパク3000プロジェクト」の一環として行われたものです。転写調節因子のメカニズムをさらに詳細に把握していくことは創薬にとっても意義のあることで、本研究の成果を用いて、今後の抗生物質の創製といった医療への応用も期待できます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 播磨研究所 横山構造分子生物学研究室
  主任研究員  横山 茂之

Tel: 0791-58-2838 / Fax: 0791-58-2835
  副主任研究員  ドミトリ・バジリエフ

Tel: 0791-58-2838 / Fax: 0791-58-2835
(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 X線回折
1ÅぐらいのX線の波長はタンパク質などの物質中の原子と原子の距離と同程度であり、物質が規則正しく並んだ結晶によって回折される。回折されたX線の強度を詳しく解析することにより、結晶内の分子構造を解明することができる。
※2 Å(オングストローム)
長さの単位で、1オングストロームは1x10−10メートル(=0.1ナノメートル)。 タンパク質の立体構造解析においては、解析した構造の分解能を表す単位として用いられ、数字が小さいほどより精度の高い高解像度の立体構造であることを示す。
※3 コイルドコイルドメイン
2重らせん構造を持つ部位のこと。ドメインとは、構造的・機能的にタンパク質の基本構成単位。
※4 へリックス
タンパク質のとる高次構造の1つ。アミノ酸3.6残基で1回転するらせん形構造で、1残基あたり1.5Åのすすみをもつ。
※5 基質侵入孔
酵素の作用を受けて変化する物質の通路。
※6 「in vivo」と「in vitro」
「in vivo」:インビボと読む。生きている細胞や生体内でどのような反応が起きているか、その様子を示す言葉。「in vitro」はインビトロと読み、生体外に取り出したときの状態を生体内と区別するとき用いる言葉。



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