プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
重イオン発生装置でビーム強度の世界記録を大幅に更新
平成16年8月2日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人東京工業大学(相澤益男学長)は、独立行政法人放射線医学総合研究所(佐々木康人理事長)の協力の下、新しいイオン発生法を開発し今までに無い高い強度を持つ炭素イオンビームを得る事に成功しました。これは中央研究所・延與放射線研究室の岡村昌宏先任研究員と同研究室研修生柏木啓次(東京工業大学・総合理工学研究科・創造エネルギー専攻・博士課程、 注)による研究成果です。
 重イオン発生装置は半導体製造用加速器、原子核実験用加速器やがん治療用重イオン加速器にイオンビームを供給するために使用されます。重イオンは電子と混在する状態であるプラズマを発生する事により生成され、これに高電圧をかけることによって取り出されます。従来は一般的に高周波によって発生したプラズマを磁場によって閉じこめるECR(Electron Cyclotron Resonance)イオン源*1が使用されていました。研究グループは固体ターゲットにレーザーを照射した際に発生するプラズマが非常に高い輝度を持つことに着目し、重イオンをプラズマ状態のままRFQ(Radio Frequency Quadrupole)型加速器に入射し加速する新しい方法(プラズマ直接入射法)を開発しました。この方法では重イオンを取り出した後にビームが発散してしまう現象も回避できるため高い強度で高い電荷数を持つ重イオンを効率良く生成することができます。この方法に合わせて新しく設計製作したRFQ型加速器を用いて炭素イオンでは世界記録である加速電流50mA(ピーク時)を達成しました。ECR型イオン源を使用した場合約500μA程度が最大であり、比較すると100倍程度の電流量が得られた事になります。また発生粒子数においても、レーザーを一度照射する事によって約1011個の重イオン得る事が可能です。
 今後、重イオンがん治療装置や半導体製造装置の大幅な小型化やコストダウンに寄与すると予想されます。
 本研究成果は日本加速器学会年会・リニアック技術研究会(8月6日 日本大学理工学部)及び、線形加速器国際会議(8月17日、International Linear Accelerator Conference, Lubeck, Germany)で発表されます。
 注)現在、日本原子力研究所高崎研究所


1. 背 景
 原子核素粒子実験用装置として発展してきた粒子加速器は表面改質や医療用装置など多方面に応用されてきています。この様な粒子加速器は加速する粒子の種類によって電子、陽子、重イオン加速器に大別されます。
 なかでも重イオン加速器はイオン発生部分において高い強度のビームを生成するのが困難とされていました。現在、一般的に広く用いられている重イオン発生装置はECR型と呼ばれるものです。しかしこのタイプのイオン発生装置では例えば炭素多価ビームを生成する場合、約500μAの電流量を持つビームが最大です。また得られる最大電荷数は実用強度が得られる範囲では炭素の場合、4価程度でした。
 近年、原子核実験用大型加速*2がアメリカやヨーロッパで建設されていますが、これらの施設を効率良く運転するために高電荷数、高強度の重イオンビームを生成する目的で新型の重イオン発生装置の開発が活発に行われています。この新しいタイプのイオン発生装置にはLIS(Laser Ion Source) やEBIS(Electron Beam Ion Source)型*3があります。いずれのタイプも大型レーザーや超電導磁石を利用するなど大変大掛かりな装置となっています。さらに十数mA程度のビーム強度を発生しても初段線形加速器にビームを運ぶ過程で空間電荷効果によるビーム発散現象が起こり効率良くビームを加速する事は大変困難であり、実用化までにはさらに研究開発が必要と考えられていました。


2. 研究手法と成果
 レーザービームを固体表面に照射し、プラズマを発生させると、このプラズマは固体表面と垂直方向に数百eVの速度を持って断熱膨張を行ないます。このプラズマを利用したイオン発生装置はLIS型と呼ばれます。従来のLIS型ではプラズマを数メートル程度膨張させ適度なプラズマ密度になった所に引き出し電極を設置し、その後ビームを初段加速器まで輸送します。しかし、引き出し電極開口部を通過する事のできる立体角は非常に小さいものであるため、レーザープラズマの持つ高輝度性が活かされないことになります。
 そこで、レーザープラズマの持つ本来の高輝度性を有効に利用する為に開発したのがレーザープラズマ直接入射法(Direct Plasma Injection Scheme, DPIS)です。大型加速器施設の初段加速器としてはRFQ型線形加速器を用いるのが一般的ですが、研究グループではRFQ加速器の入り口部分に隣接する領域にプラズマ発生ターゲットを配置し、発生したプラズマからイオンを引き出さず、プラズマのままRFQ入り口までプラズマの断熱膨張速度を利用して輸送することに成功しました。この結果、従来型の重イオン装置と比較して1000倍以上の輝度を持つ重イオンビームを引き出す事ができるようになりました。また重イオンはプラズマ状態を保ったまま輸送されるため空間電荷効果によるビーム損失がありません。輸送距離も短いため、イオンが電子と再結合する確立も小さくなり高い電荷数を得る上でも大変有利です。
 このような高輝度重イオンビームを加速するためには、専用に設計されたRFQ線形加速器が必要です。そこで、表1に示す性能を持ったRFQ線形加速器を開発しました。この結果、炭素ターゲットに炭酸ガスレーザーを照射することによって発生したプラズマをRFQ線形加速器に入射し核子当り100keVのエネルギーまで加速する事に成功しました。
 2004年7月の時点で加速電流量は50mA(図1)に達しています。この電流量は世界記録を大幅に更新するものです。RFQ加速器の写真を図2にイオン発生部の断面図を図3に示します。
 イオン源部分はRFQ加速器に直接取り付けられており大きさも一辺が約40cmの直方体に収まる大きさです。従来のイオン源が一辺数メートルに及ぶ高圧ステージ*4に設置されることと比べて大幅にコンパクト化になっています。さらに高圧部分は全て真空容器内に設置されているので、高圧部分を囲うフェンスも必要ありません。取り扱いに関しても大幅に簡単化できることになりました。


3. 今後の期待
 現在実用化されている重イオンがん治療装置はイオン発生装置で発生できる重イオンの強度が限られている事から、円形加速器に入射する行程を約30回から40回に渡って繰り返し行い、必要とされる粒子数蓄積した後に加速します。このような方式を利用すると円形軌道を周回するビーム断面積が重イオンを入射する回数分大きくなってしまいます。ここでプラズマ直接入射法を使ったイオン発生装置を使用すれば、一回の入射行程で必要とされる粒子数を供給できる事になり、運転も大幅に単純化されます。また周回ビームの断面積も従来の方式に比べて数分の1以下に縮小することが可能です。ビーム断面積が小さくなれば円形加速器の主な構成要素である電磁石の大きさやその電源も数分の一に縮小する事が可能です。一台で約百億円程度と言われているがん治療装置の建設コストも大幅に削減できる可能性があります。また、がん治療装置だけでなく、原子核実験用大型加速器施設へ大強度ビームを供給できることになり、新たな領域での実験が可能となります。半導体製造などを始めとした産業応用分野での活用も期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 中央研究所 延與放射線研究室
 先任研究員 岡村 昌宏

Tel: 048-467-8521 / Fax: 048-467-4641
Mail: mokamura@postman.riken.jp

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 ECRイオン源 Electron Cyclotron Resonance Ion Source
ソレノイド磁石等を利用した磁場で囲まれた領域にマイクロ波を導入し、気体または固体を加熱しプラズマを生成する。この時磁場中でマイクロ波の周波数と同期してサイクロトロン運動を行う電子により効率良くイオン化が行われる事を利用したイオン発生装置。
※2 原子核実験用大型加速器
ブルックヘブン国立研究所(米国、ニューヨーク)のリック加速器(Relativistic Heavy Ion Collider, RHIC)やセルン研究所(スイス、ジュネーブ)で建設中のLHC加速器(Large Hadron Collider)等がある。リック加速器は周3.8kmの超電導衝突型加速器、LHC加速器は周長27kmにも及ぶ巨大超電導加速器。
※3 EBISイオン源 Electron Beam Ion Source
ソレノイド磁場中で細く収束された電子ビームにそのクーロンポテンシャルを利用してイオンを捕獲しイオン化する形式のイオン発生装置。通常、超電導ソレノイドと大型電子銃、それにイオンを供給するための外部イオン源からなる。
※4 高圧ステージ
初段加速器に適合する入射速度を得るためにイオンに初速を与える装置。金属製の台を作りその上にイオン発生装置や関連する電源等を設置する。数万ボルトの電圧を与える事が多い。


表1 RFQ基本パラメータ


図1 加速器後方で検出された炭素イオン電流(赤)
青線は炭素ターゲットに照射されたレーザーのタイミングを示す。


図2 RFQ型線形加速器
フランクフルト大学の協力により開発され放射線医学総合研究所の加速器施設に設置されている。同研究所の高出力高周波電源によって運転される。後方に見える箱型の部分が重イオン発生装置。


図3 イオン発生部断面図
線形加速器の入り口部分に直接取り付けられている。レーザーはターゲット後方より入射され凹面鏡によってターゲット表面に集光される。ターゲット表面より発生したプラズマはRFQ線形加速器に向かって膨張し、加速される。
[Go top]