独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人東京工業大学(相澤益男学長)は、第一原理電子状態計算法※1で、地球最深部マントル構成物質「MgSiO3ポストペロブスカイト」※2の地震波の伝播特性を初めて明らかにしました。理研中央研究所・戎崎計算宇宙物理研究室の飯高敏晃先任研究員、東工大大学院理工学研究科地球惑星科学専攻廣瀬敬助教授らによる研究成果です。
地球の内部は、地殻の下から深さ2,900kmまでがマントルでその下に核があります。マントルは上から順に、上部マントル、遷移層、下部マントル、D”層※3という層構造を持つことが地震波解析より知られています。D”層がどんな物質からできているのかはよくわかっていませんでしたが、最近の研究でD”層が「MgSiO3ポストペロブスカイト」という新発見の鉱物から成り立っているらしいことが明らかになりました。
本研究では第一原理電子状態計算法を使って「MgSiO3ポストペロブスカイト」の地震波速度を計算しました。その結果、「MgSiO3ポストペロブスカイト」の存在によりD”層における地震波速度の不連続性・異方性など種々の観測結果を矛盾無く説明し得ることが明らかになりました。これにより地球科学の最も重要な謎の一つに光が当てられました。
本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature』(7月22日号)に掲載されます。
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背 景 |
地球の半径は約6400kmですがそのうち地殻の下から深さ2900kmまでがマントルでその下が核です。マントルは上から順に、上部マントル、遷移層、下部マントル、D”層という層構造を持つことが地震波解析より知られていました。(図1)
下部マントルとD”層は「MgSiO3ペロブスカイト」と呼ばれる鉱物(図2a)であると考えられてきましたが、「MgSiO3ペロブスカイト」ではD”層での地震波速度の不連続性・異方性などの観測結果うまく説明できず、D”層の実体は地球科学の重要な謎とされてきました。 |
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研究成果 |
東工大廣瀬研究室では、地球最深部の温度圧力を実験室内に再現し、超高温高圧下でX線結晶構造解析を行う技術を発展させ、D”層が「MgSiO3ポストペロブスカイト」という新発見の鉱物(図2b)から成り立っているらしいことを最近明らかにしました[参考:2004年5月のScience 誌304, 855-858]。実験では「MgSiO3ポストペロブスカイト」の結晶構造を明らかにしました。しかし、「MgSiO3ポストペロブスカイト」の弾性テンソルの測定は現在の技術では不可能です。弾性テンソルとは鉱物を歪ませたときに生じる応力の大きさを表す比例定数(単位は圧力と同じ)で、鉱物の硬さを表し地震波速度を決める量です。
理研戎崎計算宇宙物理研究室では、スーパーコンピュータを使った大規模第一原理電子状態計算により惑星内部相当高圧力下での物質の性質を研究してきました。そこで本研究では第一原理電子状態計算を使って「MgSiO3ペロブスカイト」と「MgSiO3ポストペロブスカイト」の弾性テンソルを計算しました。その結果、「MgSiO3ポストペロブスカイト」の存在によりD”層における地震波速度の不連続性・異方性など種々の観測結果を矛盾無く説明できることが明らかになりました(表1)。例えば、垂直方向に揺れる横波の速さをVSV、水平方向に揺れる横波の速さをVSHとすると、「MgSiO3ポストペロブスカイト」ではVSH>VSVとなって観測と一致しますが、「MgSiO3ペロブスカイト」ではVSV>VSHとなって観測と矛盾してしまいます。 |
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今後の展開 |
これまでの地震波伝播、マントル対流などを扱う地球モデルでは「MgSiO3ポストペロブスカイト」の存在が考慮されていません。今後、本研究成果を含め「MgSiO3ポストペロブスカイト」の効果を取り入れて、マントル深部の地震波構造モデルを再構築する必要があります。またこのようにマントル対流の境界層であるD”層の地震波構造モデルが精密化されることにより、マントル対流の実態、とくにマントルの底からの上昇流(ホットプル ーム)の発生メカニズムが解明される大きな可能性があります。ホットプルームは地球深部の熱を地表へ輸送し大規模な火山活動をもたらすため、地球の環境変動にも大きな影響があります。現在活動しているハワイやアイスランドといったホットスポッ トと呼ばれる巨大火山もこのホットプルームによって形成されています。また過去には超大陸の分裂を引き起こしたり、大量のガスを放出して気候変動の原因となったこともありました。このようにホットプルームがどのように発生するのかを理解することは、地球内部の活動が地表の環境変動をもたらすメカニズムを理解する上で大変重要です。
本研究成果の意義は、実験では未だ測定不可能な地球マントル最深部の鉱物の弾性を第一原理計算により予測し、地震波の観測結果との関連を明らかにした点にあります。このことは今後の惑星内部の研究にはスーパーコンピュータを使った大規模第一原理計算による鉱物の高温高圧物性の研究が不可欠な手段になることを示しています。 |
| (問い合わせ先) |
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独立行政法人理化学研究所 |
| 中央研究所 戎崎計算宇宙物理研究室 |
| 先任研究員 飯高 敏晃 |
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| 主任研究員 戎崎 俊一 |
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| 国立大学法人東京工業大学 |
| 理工学研究科 地球惑星科学専攻 |
| 助教授 廣瀬 敬 |
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| (報道担当) |
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独立行政法人理化学研究所 広報室 |
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| 国立大学法人東京工業大学 |
| 評価・広報課 広報・社会連携係 |
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| Tel | : |
03-5734-2975 |
/ |
Fax | : |
03-5734-3661 |
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<補足説明>
| ※1 |
第一原理電子状態計算法 |
| 第一原理電子状態計算法は、実験結果に頼らないで量子力学の基本原理から分子や結晶の性質を計算する方法です。実験結果に頼らないので実験が不可能な極限状況での物質の性質を予測することができます。しかし、全てを計算だけで導出するので膨大な計算をしなければなりません。高性能のスーパーコンピュータがしばしば必要になります。 |
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| ※2 |
MgSiO3ポストペロブスカイト |
| 下部マントルの主要構成要素は、図2aのようにSiO6八面体が頂点を共有してつながった結晶構造を持つ鉱物「MgSiO3ペロブスカイト」であることが知られています。この鉱物はマントルの底の圧力まで安定に存在すると考えられていましたが、最近の高温高圧実験によりD”層相当の温度圧力条件で原子配列が変わり図2bのような層状の鉱物「MgSiO3ポストペロブスカイト」になることが発見されました。「MgSiO3ポストペロブスカイト」ではSiO6八面体が一方向に辺を共有するようになり、小さなイオン半径のMg2+のまわりの隙間が詰まって結晶の体積が小さくなります。そのため圧力が高くなると「MgSiO3ポストペロブスカイト」が「MgSiO3ペロブスカイト」より安定になるのです。 |
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| ※3 |
D”層 |
| マントル最下部にある200km-300kmの厚みを持ったマントル層のことです。場所による厚みの変化が大きい。地震波速度がD”層と下部マントルの境界で不連続に変化する(D”層中の方が速い。地震波速度の不連続性)。D”層中では水平に揺れる横波の方が垂直に揺れる横波より速い(S波偏向異方性)。などの特徴があります。地震波観測によりD”層の存在が知られていましたが、D”層がどんな物質からできているのかはよくわかっていませんでした。 |
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| 図2 MgSi3ペロブスカイト(a)とMgSiO3ポストペロブスカイト(b): |
| 緑色の球はMg2+イオンを表し、八面体は中心にシリコン原子、各頂点に酸素原子があることを示す。
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