独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校は、最も発症数の多いてんかんである若年性ミオクロニーてんかんの原因遺伝子を発見しました。脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)神経遺伝研究チームの山川和弘チームリーダー・鈴木俊光リサーチアソシエイト、米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校アントニオ・デルガドエスクイタ教授との共同研究による成果です。
若年性ミオクロニーてんかん(JME)は、思春期に発症し起床時に頻発するミオクロニー発作*1・強直間代発作*2などを特徴とするてんかんで、最も発症数が多く、少なく見積もっても全てんかん患者の7〜9%、特発性てんかんの20〜25%を占めるとされています。共同研究グループは多くのJME患者家系の遺伝学的解析により第6染色体の一部領域に原因遺伝子存在部位を絞り込み、この領域より患者さんで特異的な変異がみられる新規遺伝子EFHC1を発見しました。今まで報告されたほとんどの特発性てんかん原因遺伝子はイオンチャネルをコードしますが、EFHC1はイオンチャネルではない新規な蛋白をコードします。本発見は、最も頻度の高いてんかんの原因遺伝子を明らかにしたばかりでなく、細胞死の阻害がてんかんに繋がるという、今までに提示されたことがない全く新しいてんかんの発症機構を示唆するものであり、今後てんかんの発症メカニズムの理解、治療法の開発・改良に大きく寄与すると予想されます。
本研究成果は、『Nature Genetics』(ネイチャー・ジェネティクス)オンライン版(7月18日付け:日本時間7月19日)に掲載されます。
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背 景 |
てんかんは反復するてんかん発作(強直間代発作 (きょうちょくかんたいほっさ) 、欠神発作 (けつしんほっさ) *3など)を特徴とし、全人口の1%以上が発症する頻度の高い神経疾患です。てんかんには多数の種類があり、その4割以上に遺伝的背景が想定され、原因となる遺伝子も百を大きく上回ると予想されています。大きくは、てんかん発作のみを症状とし、脳内病変の見られない比較的軽症の特発性てんかんと、運動障害・知能障害などを伴い、しばしば進行性でより重症の症候性*4・潜因性*5てんかんに分類されますが、現在までに明らかな特発性てんかんの原因遺伝子は16(うち4つは更なる確認が必要)を数え(2004年5月20日現在)、うち14遺伝子がイオンチャネルをコードします(表1)。
若年性ミオクロニーてんかん(JME)は、8歳から20歳程度で発症し、ミオクロニー発作・全身性強直間代発作を特徴とする最も頻度の高い優性遺伝形式をとるてんかんで、少なく見積もっても全てんかん患者の7〜9%、特発性てんかんの20〜25%を占めるとされています。原因遺伝子が複数存在すると予想され、今までに脳で発現がみられるGABRA1(神経伝達物質受容体)、BRD2(核転写因子)などの遺伝子の変異がJME患者家系で報告されていますが(表1)、これらは現在のところ、変異の報告が一家系に留まり多くのJME家系では変異が見られない、もしくは遺伝学的な示唆のみで実際の変異は見つかっていないなど、JMEの原因遺伝子とはまだ確定しがたいものばかりです。一方、JMEの主要な原因遺伝子(50%のJMEの原因)と考えられるものが、以前より共同研究者であるデルガドエスクイタ教授を含め複数のグループの遺伝学的解析により第6染色体短腕部にあるとされていました。 |
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研究手法と成果 |
我々共同研究グループは関連機関倫理委員会*6の承認に基づきインフォームドコンセントを得て集められた多くのJME家系を遺伝的連鎖解析*7などの遺伝学的手法で解析することにより、更にJME候補領域を第6染色体短腕部の6p11-p12約350万塩基に絞り込みました(図1)。この領域の18の遺伝子全てについて44のJME家系で変異解析を行ったところ、17の遺伝子には疾患変異と考えられるものは見つからず、ただひとつ新規遺伝子EFHC1においてのみ複数のミスセンス疾患変異*8をJME患者で見いだしました(図2)。変異は6家系でみられ、P77T/R221Hのダブル変異が2家系で、F229L変異が2家系、D210N変異が1家系、D253Y変異が1家系でそれぞれ見つかりました。これらの変異は正常コントロール382人では全く見られませんでした。また、JME患者だけでなく正常コントロールでもある一定の割合で見つかるR159W, R182H, I619Lの3種の多型も見いだされました。
EFHC1はカルシウムイオン結合モチーフを持つ640アミノ酸からなる新規蛋白をコードします(図1a)。発現は広い範囲の組織でみられ(図1c)、脳の神経細胞でもみられます(図1d-i)。次に、EFHC1の機能を探るため、培養した海馬の神経細胞で強制発現させてみたところ、アポトーシス*9による細胞死を引き起こすことが判りました(図3)。さらに驚くことにJME患者のみでみられた変異を導入したEFHC1遺伝子産物では全てのJME変異でこの細胞死誘導効果が阻害されるのに対し、正常人でもみつかる3種の多型では阻害がさほどみられないことが判りました(図4)。また、このアポトーシスは特定のカルシウムチャネル*10(Cav2.3)の阻害剤で抑制されること(図5)、脳内でEFHC1の発現とCav2.3チャネルの発現がよく一致すること(図6)、EFHC1遺伝子産物がCav2.3チャネルの電流を特異的に増加させ、この増加がJME変異により阻害を受けること(図7)、EFHC1遺伝子産物がCav2.3チャネルと特異的に結合すること(図8)などを見いだしました。
これらの結果は、EFHC1がJME原因遺伝子であることを強く支持するものであり、また、JME患者でみられた変異が、本来EFHC1遺伝子産物が有するCav2.3チャネルを介したアポトーシスによる神経細胞死誘導機能を阻害し、それがJMEの発症に繋がっていることを示唆しています。 |
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今後の期待 |
JMEは脳内病変の見られない特発性てんかんに分類されますが、神経細胞数の増加や、本来あるべき場所でない部位での神経細胞の出現、構造異常などmicrodysgenesisと呼ばれる微少な組織学的変化がJMEを含む特発性てんかんの患者さんでみられることが複数の論文で報告されていました。これらの異常がJMEの発症に関わっていることが示唆されてきましたが、なぜ起こるのかは全く不明でした。今回、我々が発見したEFHC1遺伝子が有する神経細胞死誘導効果は、まだ大胆な仮説ではありますが、この遺伝子が中枢神経系の発達過程で余分な神経細胞を取り除く役割を果たしている可能性を示唆し、更にJME患者に於いて、疾患変異によってEFHC1が細胞死誘導効果を失うことにより異常な神経細胞が残存し、易興奮性の神経ネットワークの形成に繋がっている可能性を提示しています。今後、動物モデルなどによる更なる検証が求められます。
本発見は、最も頻度の高いてんかんの主要な原因遺伝子の同定であるばかりでなく、今までに提示されたことがない全く新しいてんかんの発症機構をも示唆するものであり、今後てんかんの発症メカニズムの理解、治療法の開発・改良に大きく寄与することが期待されます。
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| (問い合わせ先) |
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独立行政法人理化学研究所 |
| 脳科学総合研究センター 神経遺伝研究チーム |
| チームリーダー 山川 和弘 |
| (報道担当) |
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独立行政法人理化学研究所 広報室 |
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<補足説明>
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ミオクロニー発作 |
| 短時間のぴくぴくとした骨格筋の攣縮発作。全身の場合もあれば顔面、体幹、四肢の一部に限局する場合もある。 |
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| *2 |
強直間代発作 |
| てんかん発作のなかでも最もよく見られるもので、大発作として知られる。固く激しい筋の収縮により四肢がこわばった姿勢に固定される。呼吸抑制のためにチアノーゼを呈し、しばしば眼球および頭部が側方へ偏位し、転倒を伴う。間代発作時には、筋の間欠的な攣縮によるガクガクとした動きを示す。 |
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| *3 |
欠神発作 |
| 行動が突然中断し、眼球の短い上転を伴って、うつろな凝視が見られる発作。発作は数秒から30秒ほど続く。 |
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| *4 |
症候性てんかん |
| てんかんのうち、難治のてんかん発作に運動障害・知能障害などを伴い、しばしば進行性で、かつ脳内病変の認められるもの。 |
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| *5 |
潜因性てんかん |
| 重い症状から特発性てんかんには分類しがたいが、脳内病変の認められないてんかん。 |
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| *6 |
関連機関倫理委員会 |
| 独立行政法人理化学研究所、米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校 各倫理委員会。 |
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| *7 |
遺伝的連鎖解析 |
| 特定の遺伝疾患を有する多数の家系に於いて、症状が染色体のどの領域と一緒に親から子へと伝わっているかを統計的に解析することにより、染色体上のどこに疾患原因遺伝子が存在するのかを予想する方法。 |
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| *8 |
ミスセンス変異 |
| 突然変異のうち、コードする蛋白にアミノ酸の置換をもたらすもの。 |
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| *9 |
アポトーシス |
| 遺伝的にプログラムされた細胞死。細胞の萎縮・核DNAの断片化などを伴う。不要な細胞の除去など、個体の発生に必須の役割を果たしている。 |
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| *10 |
カルシウムチャネル |
| 神経細胞膜上には、ナトリウムチャネル、カリウムチャネル、カルシウムチャネルなど様々なイオンチャネルが存在し、神経細胞の興奮・抑制などを司っている。カルシウムチャネルは神経細胞において多様な働きをする。ポア(イオンが通る穴)を形成する主要サブユニットであるαサブユニットとその開閉などを制御するβ、γ、β2−δサブユニットからなる。αサブユニットの種類によりL-type (Cav1.1, Cav1.2, Cav1.3, Cav1.4), P/Q-type (Cav2.1), N-type (Cav2.2), R-type (Cav2.3), T-type (Cav3.1, Cav3.2, Cav3.3) などに分類される。 |
<表1>
| 図1.第6染色体6p12領域の物理地図とEFHC1遺伝子産物の構造・発現(EFHC1は様々な組織で発現する新規蛋白をコードする。脳では神経細胞の樹状突起・細胞体に発現する。) |
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| 図2.JME家系に見いだされたEFHC1遺伝子変異(a. JME患者のみでみられた変異; P77T, R221H, F229L, D210N, D253Y. これらは正常コントロール382人では見られない。b. 正常人でも見られる多型R182HとJME大家系。EFHC1の多型はR159W, R182H, I619Lが確認されている。c. ハプロタイプ解析により見いだされたファウンダー効果。640kbの領域が独立したJME家系の患者で共通に見られる)。 |
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| 図3 EFHC1遺伝子産物を初代培養海馬神経細胞で発現させるとアポトーシスによる細胞死がおこる |
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| 図4 変異型EFHC1遺伝子産物による生存神経細胞数の経時的変化(疾患変異を導入した遺伝子産物は細胞死誘導効果を失うのに対し、正常人で見られる多型を導入したものでは細胞死誘導効果はある程度保たれる) |
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| 図5 カルシウムチャネル阻害剤によるEFHC1遺伝子産物依存的神経細胞死の検討 |
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| 図6 カルシウムチャネルCav2.3とEFHC1遺伝子産物は脳内で共在する |
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| 図7 EFHC1遺伝子産物はCav2.3カルシウムチャネルの電流を特異的に増加させ、JME疾患変異はEFHC1遺伝子産物の電流増加効果を弱める(Cav2.1などでは電流増加はみられない)。 |
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| 図8 EFHC1遺伝子産物はCav2.3カルシウムチャネルと特異的に結合する(Cav2.1,Cav2.2には結合しない)。 |
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