プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
ゲノム上のタンパクの動きを捉えることに成功
- ゲノム上でのタンパクの棲み分けが明らかに -
平成16年7月1日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、90ナノメートルの解像度でゲノム上のタンパク質の動きを捉えることに成功しました。理研横浜研究所・ゲノム科学総合研究センター・ゲノム構造情報研究グループの白髭克彦客員研究員(東京工業大学助教授)、加藤由起リサーチアソシエイトらと、英国がん研究所のフランク・ウルマン博士との共同研究による研究成果です。
 ゲノム上に存在する遺伝情報が機能するためには様々なタンパクがゲノムと相互作用する必要があります。従って、ゲノム上でのタンパクのダイナミックな動きを詳細に捉えることは、ポストゲノム時代の重要な技術の1つです。研究グループは90ナノメートルの解像度(従来の約1万倍)でタンパクの動きを捉えることが可能な独自技術(ChIP-chip法※1)を開発してきました。今回、研究グループでは、このChIP-chip法を用いて、細胞分裂で重要な役割を果たすコヒーシン※2(染色体接着因子)と呼ばれるタンパク質の動きを捉えることに成功しました。
 細胞分裂では、1つの細胞(親細胞)が分裂した結果生じる2つの細胞(娘細胞)は親細胞から、通常、1組ずつのゲノムのコピーを受け取る必要があります。この過程で異常が起こると、ダウン症等の原因でもある染色体数の異常が引き起こされます。コヒーシンは、細胞分裂の過程でゲノムと結合し、このゲノムのコピーを1組ずつ受け取るというステップを確実にするためにコピーされたゲノムを分配する時までつなぎとめるタンパクとして知られていましたが、今まで、ゲノム上でどのように結合しているかは不明でした。
 解析した結果、ゲノム上に結合したコヒーシンは、その部位に新たに他のタンパク(RNA合成酵素等)が結合する際にはじかれて、次々に結合する場所が移動していることを見出しました。今回の研究結果により、転写等のゲノムと結合する他のプロセスの邪魔にならないように、コヒーシンが柔軟にゲノム上を動き回ることによって配置され、染色体を正確に親細胞から娘細胞へ伝えていくことを初めて解明出来ました。
 この発見で染色体数の異常が発生するメカニズムを解き明かす上で非常に重要な知見を得ることが出来ました。また、今後、細胞内でのゲノムの動きを直接知ることが出来るChIP-chip法などの技術の利用により、ゲノム制御ネットワークの全体像を解明していくことが出来るものと期待されます。
 本研究成果は、『nature』(ネイチャー)のオンライン版(6月30日付、日本時間7月1日)において掲載されます。


1. 背 景
 研究グループは昨年の8月に「遺伝情報の複製過程における異常修復気機構を解明」するために、染色体上のタンパクの挙動と複製領域を詳細にモニターする新しい技術「ChIP-chip法※1」を開発しました※3。この技術は、古典的な遺伝学や細胞学等の手法に頼ることが多かった染色体代謝研究を、はじめて一本の染色体DNA上で生じる複数のタンパク-DNA相互作用のダイナミックな変化およびその連携として解析することを可能にしました。つまり今までは想像するしかなかった現象を実際に観察−解析できるようになりました(図1)。
 今回はさらにこのChIP-chip法の技術を高度化し、1つの細胞(親細胞)の分裂の結果生じる2つの細胞(娘細胞)が親細胞から、1組ずつのゲノムのコピーを受け取る際に必要な、コヒーシン(染色体接着因子)※2と呼ばれるタンパク質に着目して解析を進めることにました。コヒーシンは、細胞分裂において重要な役割を果たすことが知られていながら、今まで、ゲノム上でどのように配置されているかは不明でした。


2. 研究手法と成果
 本研究では、ChIP-chip法を用いて、出芽酵母のゲノム上でどのようにコヒーシンをはじめとするタンパク質が動いているかを捉えることにしました。
 出芽酵母の3、4、5、6番染色体、および、分裂酵母の2番染色体の全体を250塩基対の範囲で解析可能なDNAチップを用いました。このチップ上には、染色体の塩基配列をくまなく、25塩基対ずつの長さに区切って貼り付けてあります。これは高精度で染色体の各領域を特異的に検出できるようデザインされていることを意味しており、解析の解像度は90ナノメートル、これまでFISH(Fluorescent InSitu Hybridization)法等の、300マイクロメートル程度の解像度しか得られなかった一般的な染色体解析法と比べ約1万倍精度が向上しています。
 解析の結果、最初、出芽酵母第6染色体(280kb:28万塩基対)上で3-4箇所の特定の領域に結合しているコヒーシンが、ゲノム上で他のタンパク(RNA合成酵素等)によってはじかれ、結合する場所が移動し、分散(10箇所以上)することを見出しました(図2)。また、この結合位置はさらに、細胞の分化や熱処理により転写状況が変わると、それに伴い場所を変えました(図3)。コヒーシンの転写による移動は非常にダイナミックで、場所によっては一万塩基以上(3マイクロメーター)を移動していると考えられます。
 今回の研究結果により、我々はこれらのタンパクがゲノム上を動くことが出来、他のゲノム機能(転写等)の邪魔にならないように棲み分けて配置し(図4)、染色体を親細胞から娘細胞へ正確に伝えていくことを初めて解明しました。


3. 今後の期待
 今回の発見で染色体数の異常が発生するメカニズムを解き明かす上で非常に重要な知見が得ることが出来ました。コヒーシンは細胞の老化やダウン症等の染色体異常による疾患との関連も指摘されておりますが、今回の研究成果は細胞分裂におけるコヒーシンの役割の解明に貢献することが期待されます。さらに、今後、細胞内でのゲノムの動きを直接知ることが出来るChIP-chip法などの技術の利用により、ヒトゲノム中から従来の方法では同定困難であった遺伝子や転写制御システムを発見できる可能性が高まり、ゲノム構造およびゲノム情報の制御の全体像を解明していくことが期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 横浜研究所 ゲノム科学総合研究センター
  ゲノム構造情報研究グループ 客員研究員
  (国立大学法人東京工業大学 助教授)
 白髭 克彦

Tel: 045-924-5812 / Fax: 045-924-5814
(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9271 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 ChIP-chip法
ポストゲノム解析技術として、頻繁に用いられる技術の一つにマイクロアレイ技術がある。マイクロアレイは通常、転写産物の網羅的定量に用いられるが、タンパクの結合部位の定量的同定に用いる方法がChIP-chipである。
この方法はChIP(Chromatin Immuno-Precipitation;染色体免疫沈降法)とDNAチップ(chip)による検出を組み合わせて用いる。細胞内でDNAとタンパクを固定後、結合位置を明らかにしたいタンパクに対する特異的抗体を用いて、染色体DNA―目的タンパク複合体のみを精製分離(染色体免疫沈降法とよぶ)し、共精製されてくるDNA断片をDNAチップ上で検出する。この方法により、網羅的に目的タンパクのゲノム上の結合部位を検出することができる。
本方法は種々の転写因子の制御遺伝子や、未知の遺伝子を検索する上で、転写産物を解析するよりもはるかに直接的である。
※2 コヒーシン(染色体接着因子)
複製の結果生じる、姉妹染色体を染色体分配時までつなぎとめ、正確に一対の染色体が二つの娘細胞へ分配することを保証するタンパクの1つ。酵母からヒトまで高度に保存されている。x
※3 本研究に関する詳細な内容は、理研ホームページでご覧になることが出来ます。
http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2003/030828/index.html
http://chromosomedynamics.bio.titech.ac.jp
※4 なお、本研究は、独立行政法人理化学研究所の他に、文部科学省科学研究費、特定領域研究「染色体機能装置のダイナミクスとアルゴリズム」(研究代表者:吉川寛)、特定領域研究ゲノム「タンパク結合プロファイルに基づいた染色体代謝ネットワークの解析」(研究代表者:白髭 克彦)の支援を受けております。


図1 今回作成した高密度タイリングチップ(図は分裂酵母二番染色体タイリングチップ)のスキャンイメージ。図では点にしか見えないが、原寸では8mm四方の領域に50万個の異なる配列が配置されている。


図2 染色体上のコヒーシンの分布
出芽酵母第六染色体上(280kb(28万塩基対))の領域のコヒーシンの配置。図の横軸は染色体上の位置を示しており、左側のテロメア(染色体の末端)から右側のテロメアまでを示している。縦軸はタンパクの結合強度を示しており、灰色で示された領域がコヒーシンが有意に結合している領域である。横軸の上下の青い棒は遺伝子の位置。横軸の上の遺伝子は左から右に、下の遺伝子は右から左へ転写される。最初は3,4箇所の場所からコヒーシンは結合を始めるが、図のよう最終的に落ち着く場所は遺伝子が互い違いに向き合っている中間点である。こういった場所への移動は転写によって両方向から弾かれたためであることがわかった。コヒーシンタンパクの発揮するゲノムの分配という機能は、自由に動けるコヒーシンの性質によって転写と巧妙に棲み分けることに成功しているといえる。


図3 転写ではじかれるコヒーシンの例 図2で○で囲まれた領域
(A)この領域では通常は一箇所に固まっているコヒーシンが(上、赤矢印)、減数分裂期では図に赤色の四角に示した遺伝子の転写(左から右)がなくなるため、左側に広がる。
(B)逆にこの領域では赤色の四角で示した遺伝子の転写が引き起こされるため(右から左へ)コヒーシンが左へ動いている。


図4 この図のように転写活性のONとOFFによって、コヒーシンの分布はダイナミックに変わる。転写がONになると、コヒーシンはRNA合成酵素に押され、また、OFFになると広がり、局在を自由に変える。これはおそらく、コヒーシンが環状の構造をとっているためであるからと予想される。このようにして、転写という機能とゲノムの分配という機能は互いの邪魔にならぬよう棲み分けているのである。
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