プレスリリース

独立行政法人 理化学研究所
独立行政法人科学技術振興機構

DNA組換えのホットスポットが「ホット」になる仕組みを解明

平成16年4月21日

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(JST)(沖村憲樹理事長)は、DNAの組換えホットスポットが「ホット」(活性化)になる仕組みを明らかにしました。理研中央研究所(茅幸二所長)遺伝ダイナミクス研究ユニットの太田邦史ユニットリーダー、山田貴富協力研究員、水野健一JST・戦略的創造研究推進事業(CRESTタイプ)研究員、柴田遺伝生化学研究室の柴田武彦主任研究員らのグループによる成果 です。
 ヒトのように細胞に核を持ち有性生殖を行う生物では、両親の染色体間でDNAの切りつなぎ(遺伝的組換え
※1)を起こして子孫の遺伝子の多様性を増やし、外部の環境変動に耐えられる集団を生みだしています。 この遺伝的組換えは、「ホットスポット」と呼ばれる染色体の特別な箇所で非常に頻度が高くなることが知られていますが、どのようにしてその部位 が「ホット」になるのかはよく分かっていませんでした。
 本研究では、DNA結合タンパク質(転写因子など)に依存して組換えが活性化されるホットスポットについて、分裂酵母を用いてその仕組みを明らかにしました。分裂酵母のM26ホットスポットでは、 転写因子が染色体DNA上の認識配列に結合し、それを目印にクロマチン
※2を構成するヒストンをアセチル化する酵素が働き、ホットスポット周辺のヒストンをアセチル化します。さらに、そのアセチル化を受けた領域に、クロマチンを再編成する酵素が作用してクロマチンが再編成を受け、最終的に組換え開始酵素が作用しやすいDNAが露出した状態になることが明らかになりました。
 本研究の成果は、遺伝的組換えのホットスポットが形成される分子的な仕組みをクロマチン再編成という視点から初めて明らかにしたもので、DNA組換えの制御を通 じた新たなバイオ技術への展開が期待されます。本研究成果は、欧州分子生物学機構(英国)の学術雑誌、 『The EMBO Journal』(4月21日号)に掲載されます。


1.

背 景

 細胞に核を持つ生物の多くでは、子孫を残す際にオス・メス両親の遺伝子の交換(遺伝的組換え)を行います。遺伝的組換えは、両親からの遺伝情報を混ぜ合わせ、新しい組み合わせの遺伝子を持った子孫を多種類作ります。これによって、環境変動に対して集団生存適応度を高めていると考えられています。また、遺伝的組換えにより染色体DNAへの利己的遺伝子などの侵入や、個体で蓄積された有害な遺伝的変異を除去することも可能になります。  かつて遺伝的組換えは染色体のどこでも起きる現象として捉えられていましたが、酵母やヒト・イネなどを用いた最近の研究から、「ホットスポット」と呼ばれる特定の染色体部位 で、遺伝的組換えが集中的に起きることが明らかになってきました。また、ホットスポットには転写 因子が関わるαホットスポット、DNA配列に依存したβおよびγホットスポットがあることが知られていますが、その形成機構は依然として不明でした。
 研究グループでは、分裂酵母のαホットスポットの一種であるade6-M26ホットスポット(M26ホットスポット、ade6遺伝子の一塩基置換で生じる減数分裂期組換えホットスポット)をモデルに研究を進め、遺伝的組換えが活性化される減数分裂期のホットスポットでクロマチン構造の再編成が起きることを見出しました(Mizuno et al., Genes & Development, 1997)。また、このクロマチン再編成が、環境ストレス応答や炎症発生などに関わるシグナル伝達経路SAPK経路※3によって制御されていることを明らかにしています。クロマチン再編成の制御には、ヒストン・アセチル化やATP(アデノシン三リン酸)依存性クロマチン再編成因子が重要な役割を果 たすことが、転写活性化の系などを中心に詳しく調べられていますが、減数分裂期の遺伝的組換えのホットスポットにおけるこれらの役割は全く明らかにされていませんでした。


2.

研究の手法

 本研究では、分裂酵母M26ホットスポットをモデルに取り上げ、組換えホットスポットにおけるクロマチン再編成や組換え活性化における、ヒストン・アセチル化やATP依存性クロマチン再編成因子の役割を解析しました。具体的には、M26の組換え活性化DNA配列に結合する転写 因子Atf1・Pcr1、分裂酵母で新たに見出されたヒストン・アセチル化酵素Gcn5、ATP依存型クロマチン再編成因子Snf22のそれぞれの機能を喪失させた分裂酵母変異株で、減数分裂期のM26ホットスポットにおけるクロマチン再編成やヒストン・アセチル化、組換え開始のためのDNA切断反応、組換え頻度などへの影響を詳しく調べました。


3.

研究成果

 解析の結果、M26周辺のDNA配列に結合する転写因子Atf1・Pcr1とATP依存型クロマチン再編成因子Snf22(特許出願中)が、M26ホットスポットにおけるクロマチン再編成に不可欠であること、またSnf22が組換え活性化に必須であることを突き止めました。さらに、M26ホットスポット周辺のクロマチンではGcn5(特許出願中)に依存したヒストンH3のアセチル化が高レベルで起きており、これがクロマチン再編成を促進する役割を持つことも明らかにしました。これらの成果 は、以下の点で重要な示唆を与えます。

1)

 減数分裂期のM26ホットスポットの活性化には、Atf1・Pcr1とSnf22を介したクロマチン再編成が必要である。(M26におけるクロマチン再編成実行因子の同定)

2)

 転写因子は、クロマチン構造の制御という形で組換えの活性化にも関わる。(転写 因子の新しい機能の発見)

3)

 転写因子のDNA配列への結合→Gcn5によるヒストンH3のアセチル化→ATP依存型クロマチン再編成因子によるクロマチン再編成という経路を経て、M26ホットスポットが活性化される。(クロマチン再編成作用機序の理解)

4)

 ヒストン・アセチル化レベルを変動させた場合でも、組換え頻度への影響は、転写 因子に依存した特定の遺伝子座にしか認められない。(相同組換えの部位 特異的調節という新しい概念の提示)

5)

 転写因子・ヒストン・アセチル化酵素・クロマチン再編成因子などの活性を制御することで、特定の染色体部位 の組換えの頻度をコントロールできる可能性がある。


4.

今後の展開

 本研究では、組換えホットスポットが活性化される過程に関わる種々のクロマチン関連の酵素の同定する事ができました。これらの酵素は種々の生物種で保存されており、今後これらの酵素の活性を制御することで、様々な細胞の染色体の組換えを自在に制御する技術への道筋が得られることが期待されます。特に、ヒストン・アセチル化レベルの制御が組換え制御に有望であることが、今回の結果 から明らかになりました。ヒストン・アセチル化レベルは、アセチル化酵素と脱アセチル化酵素の相反する反応の平衡状態に依存して、しかも特定の転写 因子の結合部位周辺に限定して決定されています。そこで、脱アセチル化酵素阻害剤などで細胞を処理し、ヒストン・アセチル化レベルを昂進させることで、特定染色体部位 における組換え頻度を増大させることができる可能性があり、現在高等生物の細胞を使ってその研究を進めています(特許出願中)。将来的には、細胞内での組換え活性化を通 じて、有用遺伝子の高速進化や新世代遺伝子工学など、新たなバイオ技術への展開も期待されます。

 


(問い合わせ先)


独立行政法人理化学研究所 中央研究所

 

遺伝ダイナミクス研究ユニット

ユニットリーダー  太田 邦史


Tel

:

048-467-9538

Fax

:

048-462-4671


独立行政法人科学技術振興機構

 

戦略的創造事業本部 研究推進部

研究第一課  島田 昌


Tel

:

048-226-5635

Fax

:

048-226-1164

(報道担当)


独立行政法人理化学研究所

 

広報室   駒井 秀宏


Tel

:

048-467-9272

Fax

:

048-462-4715

Mail

:

koho@riken.jp


※1

遺伝的組換え

広義ではDNA間で起きるDNA切断・再結合反応。本研究では減数分裂期に活性化される2分子の配列の類似したDNA間で起きる組換え(減数分裂期相同組換え)を指す。有性生殖を行う真核生物では、配偶子形成や子孫の遺伝的多様性確保に主要な役割を果 たす。

※2

クロマチン

真核生物の染色体はヒストンや非ヒストンタンパク質がDNAと結合し、階層的で高次な構造を作り上げている。このような構造をクロマチン構造と呼ぶ。クロマチン構造の変化、とりわけその基本単位 であるヌクレオソームの配置は遺伝子発現に重要な役割を果たすことが知られているが、最近ではその他のDNA代謝反応の制御にも重要であることが示されつつある。

※3

シグナル伝達経路SAPK経路

紫外線照射や乾燥、高浸透圧、化学物質、活性酸素、高温などの様々な細胞ストレスが細胞に加わると、一群のタンパク質リン酸化酵素(キナーゼ)によるリン酸化反応の連鎖反応が起き、最終的にストレス耐性や細胞死(アポトーシス)に関わる遺伝子群の発現に結びつく。この際重要な役割を演じるのが、ストレス応答キナーゼシグナル伝達経路(Stress-activated protein kinase pathway)であるが、この経路においてどのような機構で特定遺伝子の発現が誘導されるかについては、依然として謎が多い。この経路およびそれを構成するキナーゼは種を越えて良く保存されており、ヒトなどの高等生物では、ストレス応答以外にも炎症発生やアポトーシスにも関わっており、創薬ターゲットとしても昨今注目を浴びている。



 


 







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