プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
毛を形作る遺伝子から薬を探す
- 育毛と脱毛は遺伝子でコントロールできるか? -
平成16年4月8日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、体毛が形作られる際にBone Morphogenetic Protein(BMP)の受容体が働くことが必須であることを世界で初めて発見しました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)山田研究ユニット(山田真久ユニットリーダー)の結城宗浩研究員、米国・国立衛生研究所(NIH-NIEHS)の三品裕司室長(分子発生生物学研究室)、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫遺伝研究ユニットの吉田尚弘ユニットリーダーらの共同研究グループによる研究成果です。
 体毛を形作る遺伝子の働きを探ることは、家系的に「脱毛」に悩む人、一人一人に適したオーダーメイドの治療法開発に重要であると考えられます。今回我々は、タンパク質であるBMPの受容体の一つBMP receptor type IAの遺伝子を皮膚で欠損したマウスを作成したところ、この遺伝子欠損が脱毛をひきおこすことを初めて発見しました。この発見は、BMP receptor type IA遺伝子をターゲットとした育毛剤開発に発展すると考えられます。また、逆にこの遺伝子をターゲットにした永久脱毛剤の開発も可能になると考えています。
 本研究成果の詳細は、英国の科学雑誌「Development」4月15日号に発表されます。


1. 背  景
 Bone Morphogenetic Protein (BMP)は、1965年に骨を形成するのに必要な蛋白質として発見された物質です。これまでにBMPは細胞増殖や分化調節を介し、体軸形成(背腹軸や前後軸の決定)や発生過程における多くの組織形成に重要な機能を持つことが分かってきました。皮膚においてBMPの働きを阻害すると、毛根の毛母細胞の増殖が異常に高まり、毛の分化が障害を受けることが知られていました。しかし、数種類のBMP受容体が皮膚に存在することから、各受容体の特異性は分かっていませんでした。


2. 研究手法と成果
1) 研究手法
 本研究では、マウスの前肢と後肢の皮膚にCre組み換え酵素を発現するマウスを用いました。このマウスと、BMP receptor type IA遺伝子が 2個のloxPで挟まれたマウス(loxPマウス)とを交配しました。Cre組み換え酵素には、loxPを認識して組み換えを起こす働きがあります。従って、交配の結果生まれたCreとloxPの両方を持つマウスでは、BMP receptor type IA遺伝子を皮膚組織特異的に欠損させることが出来ます(図1)。このことにより、BMPの作用を皮膚でのみ観察することが可能になります。興味深いことに、これらのマウスでは脚の体毛を失っていました(図2)。
2) 研究成果
 このミュータントマウスの毛の微細構造を電子顕微鏡で観察したところ、毛を構成する細胞層の一部(内毛根鞘)が無くなってしまっていることが分りました(図3)。これは、内毛根鞘*1を作る毛母細胞が正常に分化しなかった為であることが分りました。また、このミュータントマウスでは、毛周期(毛の生え変わりのサイクル)(図4)*2の繰り返しと共に、脱毛症状が進行するこれまでに報告のない症状が現れることを発見しました。つまりこのミュータントマウスでは、BMP receptor type IA遺伝子が働かなくなったために、毛母細胞の集まる毛根の形態が崩れてしまったということが分りました。正常な毛の分化が出来なくなっていくと、毛根の構造自身にも影響がでてしまい、最終的には毛が無くなってしまうということなのです。これまでに、BMPの機能を阻害する蛋白質を高発現させたマウスの実験報告があります。このマウスでは非特異的に数種類のBMP受容体の働きを止めてしまうことになるのですが、この場合は毛幹(図3)がなくなり、分化しなくなることにより毛が生えてこないということが知られています。従って、毛の発生に関わる蛋白質ひとつひとつの機能を探ることが脱毛や育毛のメカニズムを解明することに重要であると考えられました。


3. 今後の期待
<育毛剤開発の可能性>
 脱毛の原因としては、毛根に十分な栄養分が供給されないことや、男性ホルモンに対する毛根の感受性の違いなどがあげられます。しかし、毛を形作る仕組みの解明はまだ十分に進んだとは言い切れません。
 そこで、我々は毛を形作る遺伝子を不活性化することにより、分子機能を調べることにしました。今回の研究から、BMP receptor type IA遺伝子の発現量または下流の細胞内シグナルの低下が脱毛発症の一つの要因である可能性を発見しました。ストレスや食生活をはじめとする「薄毛に悩む人」一人一人の脱毛原因が違っても、毛根の形成不全という共通の形態異常をもつことが考えられます。今回の研究成果は、「電子顕微鏡による毛母細胞の形態の解析」と「遺伝子(BMP receptor type IA)の発現パターン解析」、これら2種類の解析から「毛が抜ける」原因を分析できる可能性があることを示しています。そこで、患者の患部における毛の微細構造や遺伝子の発現プロファイルを作成することから、より効果的な育毛治療法を確立することが可能になります。
 また、BMP receptor type IA遺伝子の発現が体毛の形成に関与していたということは、薬剤または遺伝子導入でBMP receptor type IAを毛母細胞で特異的に活性化させれば、毛が生えてくる可能性があることを強く示唆しています。BMPは本来骨の無いところに骨形成を誘導する蛋白質として発見されたことから、その副作用を軽減するためにも毛母細胞のBMP receptor type IAのみに直接作用する作動薬の開発が望まれます。

<永久脱毛薬開発の可能性>
 表裏一体の現象として、BMP receptor type IA遺伝子を不活性化することにより永久脱毛を確実に施行することが可能になると考えられます。ミュータントマウスの皮膚では、癌化すること無く毛根が無くなることが観察されました。皮膚のBMPに直接結合する作用拮抗剤では毛母細胞の増殖が異常に高くなりますが、このBMP receptor type IA遺伝子の発現を特異的に止めることができれば、皮膚癌などの重篤な副作用を起こすことなく、永久脱毛させることが可能になると考えられます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター 山田研究ユニット
  ユニットリーダー  山田 真久

Tel/Fax: 048-467-7648
(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9271
Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
*1 内毛根鞘
毛は、毛随・毛皮質・内毛根鞘・外毛根鞘などの様々な層から構成されており、毛母細胞はそれぞれの層を形成する全ての細胞に分化するといわれています。毛母細胞は、毛乳頭から増殖因子を受け取り、増殖して上昇しながら毛を作る細胞へと分化します。
*2 毛周期
毛は毛周期に従って作られ、毛周期は成長期・退行期・休止期の3つの時期に分類されます。成長期には、毛母細胞が活発に分裂し毛の形成が進行します。退行期に入ると毛母細胞が消失し、退行期から休止期にかけては毛の形成がストップします。新たな成長期に移行すると、消失した毛母細胞が供給され、毛の形成が始まります。


図1
Cre/loxPシステムでは、Creという組換え酵素がloxPという短いDNAを認識するとそこでDNAの組換えが起こります。Creを組み込んだマウスと、loxPで目的の遺伝子(図ではexonと書かれている部分)を挟んだマウスを掛け合わせ、組織特異的プロモーター(図のPと書かれた部分)によってCreが発現し、loxPに挟まれた遺伝子を破壊し、働きを止めることが出来ます。本研究では、BMP Receptor Type IA(BMPRIA)遺伝子の働きを止めました。


図2


図3


図4

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