プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
種子を眠りから目覚めさせる遺伝子を同定
- コムギの耐穂発芽品種の作出に期待 -
平成16年3月26日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物ホルモンであるアブシジン酸(ABA) ※1の主要な不活性化酵素であるABA 8'-水酸化酵素※2の遺伝子を世界で初めて同定し、この遺伝子を失った植物の種子は深く休眠することを明らかにしました。理研植物科学研究センター(杉山達夫センター長)生長生理研究グループ(神谷勇治グループディレクター)生殖制御研究チームの南原英司チームリーダー、久城哲夫研究員、岡本昌憲研修生らの成果です。  研究チームでは、種子に内在する"植物の眠り薬"であるABA量の調節メカニズムに注目しました。種子の休眠はABAによって調節されており、休眠時にはABAを蓄積(合成)し、種子発芽時にはABAを代謝(分解)します。ABAの代謝は種子の"休眠解除の鍵プロセス"であると考えられています。これまで、ABAの合成については研究がよく進んでいましたが、分解に関わる主要な酵素であるABA 8'-水酸化酵素は遺伝子レベルで全く理解されていませんでした。  今回の研究では、研究チームはゲノム配列が解読されているシロイヌナズナを実験材料としてABA 8'-水酸化酵素の遺伝子の同定を行い、4つのCYP707A遺伝子※3がABA 8'-水酸化酵素遺伝子であることを突き止めました。また、これらの中で種子発芽時に強く発現するCYP707A2(CYP707A遺伝子の1つ)遺伝子が壊れた種子は眠りが深く、著しい発芽遅延を示すことにより、CYP707A2は休眠を解除する遺伝子("休眠解除の鍵")であることを明らかにしました。  コムギを例にとると、"種子を眠らせること"は収穫上の重要な課題です。コムギの1つの特徴として収穫期の天候の状態で収穫前に穂上で種子が一斉に発芽する「穂発芽」というものがあります。「穂発芽」は発芽時に活性化される種子貯蔵物質分解酵素がコムギ種子のデンプンやタンパク質を分解してしまうことから、種子の発芽したコムギが混入した場合、小麦粉の品質を劣化することになります。雨の多い我が国では「穂発芽」は大きな問題であり、国産コムギと輸入コムギの品質を比較した場合、大きく劣る原因となっています。  今回の発見は、コムギにおけるCYP707A遺伝子の機能が低下した野生種を選抜することによって、従来の育種方法よりも効率的に耐穂発芽品種を選抜できることが期待されます(特許出願中)。また、コムギにおけるCYP707Aの活性を調節する阻害剤等を開発することにより、収穫上の課題であった穂発芽を克服できることが期待されます(特許出願中)。 本研究成果は、欧州分子生物学機構『The EMBO Journal』※4のウェブサイト上のアドバンスト・オンライン・パブリケーション(http://www.nature.com/embojournal/index.html、AOP、3月18日付け、日本時間3月19日)に発表されます。


1. 背 景
 種子発芽を調節することは、農業上とても重要な問題です。コムギは収穫前に穂上で発芽すると小麦粉の品質に決定的なダメージを与えます。このように"種子を眠らせること"や"種子を目覚めさせること"は育種上の重要な課題です。植物ホルモンであるABAは種子の中に内在する"植物の眠り薬"として働き、休眠種子内には通常、眠りのシグナルであるABAが蓄積しており、この蓄積されたABAが吸水後代謝されることによって速やかに発芽することが知られています。このように種子のABAの代謝は"休眠解除の鍵プロセス"であると考えられていますが、このABA代謝に関わっているABA 8'-水酸化酵素の遺伝子("休眠解除の鍵")は明らかにされていませんでした。  ABA 8'-水酸化酵素は酵素学的な研究からチトクロムP450モノオキシゲナーゼ型(P450)酵素※5であることが知られていました。P450は植物において多様に進化しており、様々な植物で広く存在する事が知られていますが、その多くはどのような化学反応を触媒する酵素なのか知られていません。研究チームでは、ゲノム情報が解読されたシロイヌナズナを実験材料に、ABA 8'-水酸化酵素の遺伝子の同定を行いました。


2. 研究成果
 ゲノム配列の解読により、シロイヌナズナゲノムには272個のP450遺伝子が存在することが知られていました。これらの中で25個のP450はどのような化学反応を触媒するかが知られていましたが、その他のP450についてはどのような酵素反応に関わるのかわからない機能未知の酵素でした。これまでに機能が知られているP450の構造的な特徴、全ゲノムの遺伝子発現プロファイル、近年解読されたイネのゲノム情報との比較などから休眠を解除する候補P450の遺伝子を絞り込みました。絞り込んだ遺伝子を酵母の中で発現させてABA 8'-水酸化活性を有する遺伝子の特定をおこなった結果、4つの遺伝子CYP707A1、 CYP707A2、 CYP707A3、 CYP707A4)が目的のABA 8'-水酸化酵素遺伝子であることが明らかとなりました。  種子吸水時によるこれら4つの遺伝子の発現を調べたところ、4つの中でCYP707A2遺伝子だけが強く発現していることがわかりました。ABA 8'-hydroxylase遺伝子はシロイヌナズナで4つあり、各々が異なる器官で発現しています。4つのCYP707AのmRNAは配列の違いで容易に区別できます。(図1)このことにより世界で初めてCYP707A2遺伝子は種子休眠解除のための発芽時の急激なABAの代謝を担っている遺伝子であると分かりました。さらにCYP707A2遺伝子が壊れた突然変異株(cyp707a2変異株)を調べてみました。Cyp707a2変異株は種子休眠が深く、著しい発芽遅延が観察されました。(図2)また、Cyp707a2変異株種子は正常型種子と比べて5倍以上のABAが蓄積しており、この蓄積されたABAは吸水後も高いレベルを保つ事がわかりました。


3. 今後の展望
 データベースの配列からCYP707A遺伝子はシロイヌナズナ以外の植物にも広く保存されていることが類推されています。この発見は、コムギを始めとする農作物種子の眠りと目覚めをコントロールすることが期待されます。また、ABAは種子休眠以外にも植物の低温や乾燥ストレス適応反応のシグナルとして働くことが知られており、実際にABAの内生量や感受性を調節することによって植物が低温や乾燥ストレスに強くなる事が知られており、ストレス耐性植物の作出など様々な応用が期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所

植物科学研究センター 生殖制御研究チーム
  チームリーダー 南原 英司
Tel: 045-503-9666
Fax: 045-503-9665
  グループディレクター 神谷 勇治
Tel: 045-503-9660
Fax: 045-503-9665
(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272
Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 ABA
種子休眠や植物の低温、乾燥、塩ストレス防御機構のシグナルとして機能する植物ホルモンの一つ。カロテノイドを前駆体として合成される。植物内のABA量は上記の条件で強く蓄積され、その後の種子発芽やストレス条件から解放された時に速やかに減少する。
※2 ABA 8'-水酸化酵素
ABAの不活性化は酸化反応と付加反応に大別される。生理現象と連動したABAの代謝はほとんど全て酸化反応であり、酸化反応は主にABAのC8'位のメチル基を水酸化する反応(ABA 8'-水酸化)である。8'-水酸化ABAは分子内異性化により速やかに生理活性が低いファゼイン酸に変換される。
※3 CYP707A遺伝子
チトクロムP450遺伝子群は、遺伝子の構造を元にCYP番号を付けて分類されている。P450 タンパク質の構造が40%以上の相同性がある場合は同じCYP番号を付け(CYP family)、さらに構造が類似しているものには(55%以上)数字の後ろにアルファベットを付けて(CYP subfamily)各々を区別する。CYP subfamily番号が同じP450は同一の機能を持つ重複遺伝子であると考えられる。
※4 EMBO Journal誌
The EMBO Journalは分子生物学全般において、厳しいピアレビューを受けた影響力のある論文を過去20年間にわたって掲載しています。クオリティーの高さはインパクトファクターにも反影され2002年には10.698と、分子生物学分野における最も引用度数の高いジャーナルの一つです。Thomson ISI社の2001年版のリストにおいて、インパクトファクターが10を越えるものは、全5752誌中73誌である。
※5 チトクロムP450モノオキシゲナーゼ型(P450)酵素
酵母から動物まで広く分布する酸化酵素。酸素分子を活性化し有機基質に導入する酸素添加酵素。



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