独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、株式会社インフォグラム(代表取締役社長 宮川敬亮:福岡市博多区博多駅前2-17-19)は、デスクトップ型超高速分子動力学計算ボード(MDGRAPE-2)を使った新しい概念の分子モデリングシステムを開発しました。理研フロンティア研究システム時空間機能材料研究グループ 国武豊喜グループディレクター、藤川茂紀研究員、上江洲一也非常勤研究員(北九州市立大学国際環境工学部助教授兼任)、計算宇宙物理研究室 戎崎俊一主任研究員、古石貴裕基礎科学特別研究員、丸山義巨協力技術員ならびに(株)インフォグラム麻生英輝取締役、田上享開発リーダーにより設計・構築されたものです。
このダイナミック分子モデリングソフトウェアは、同じく理化学研究所で設計・開発された超高速分子動力学計算ボードMDGRAPE-2とリアルタイムに連携し、これまで安価なデスクトップ型コンピューターでは不可能であった「分子動力学シミュレーション計算(以下MD計算)をリアルタイムに行いながら分子操作する」ことを可能としました。MDGRAPE-2の強力な計算能力とユーザーフレンドリーなインターフェースにより、デスクトップコンピュータで「実際に動く分子を使った」分子モデリングを実現します。このような分子モデリング技術により、より直感的な分子モデリング環境を研究者に提供できるだけでなく、分子モデリングに不可欠な分子動力学計算にかかる時間を大幅に短縮できるなど、材料設計やライフサイエンス分野において新しい分子モデリング手法として利用されることが期待されます。
このダイナミック分子モデリングソフトウェアは、2004年3月26日から開催される日本化学会第84春季年会(兵庫県西宮市)ならびに2004年3月29日から開催される日本薬学会第124年会(大阪)にて展示される。また、(株)インフォグラムはこの技術を商品化、「eMD2(エムディスクェア)」という製品名で5月から販売する予定です。
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背 景 |
創薬研究や材料開発において、分子間相互作用や各分子の挙動を把握することは必要不可欠です。従来の分子モデリングシステムでは、分子構造の設計、分子の初期配置、MD計算の実行、計算結果の解析、それに基づく分子の再設計の各処理を逐次に行い分子の様子を解析します。これらのステップ中で最も時間がかかるMD計算やその解析で、計算は分子の初期配置や分子構造に大きく依存します。とりわけ新しく計算を実行するときには、その初期条件設定の探索に多くの時間が必要ですが、最適な計算初期条件探索には、実際に条件を設定して計算実行し、その結果を元にさらなる条件設定を行うしかありませんでした。
従来のシステムでは、一度計算を実行させると、ユーザーはモニタリングするだけで計算終了まで何もすることができません。このため実際のシミュレーション計算開始までに多くの時間がかかります。
また計算を実行させながら同時に分子操作することができないため、特定の分子間相互作用をリアルタイムに把握する、分子の動きを制御する、あるいはシミュレーションを行いながらの分子配置の修正といったことは不可能でした。例えば創薬研究において、薬剤分子とターゲットたんぱく質のドッキング(分子フィッティング)シミュレーション研究は、最適な薬剤分子構造を決めるための重要な研究プロセスです。これまでの手法は、結晶構造解析から得られた「静止した」たんぱく質構造を使い、それに対する薬剤分子ドッキング研究を行っていきました。しかし実際の状態では、たんぱく質も薬剤分子も分子振動している「動いている分子」です。従って、薬剤分子をたんぱく質に近づけたときに誘発されるコンフォメーション変化などの動的挙動を考慮できないため、計算結果と実際の結果が合わないことがありました。また、そのような「分子の動き」や「相互作用の程度」を直感的に把握できないため、結果の解釈は実験化学者個人のインスピレーションに大きく依存し、定性的な判断が困難でした。さらにこのような多くの原子が存在するシミュレーション計算では、市販のデスクトップPCでは現実的な時間で計算を終了させることができません。
これらの問題点を解決するためには、高速に分子動力学計算を処理するシステムと、それをユーザーフレンドリーに利用できるインターフェースが必要です。一般的に高速な分子動力学計算を実行するためには、大規模PCクラスタや、スーパーコンピューターを利用する方法がとられますが、システム自体が極めて高価で、専門的な管理者が必要となり、広く利用できるシステムではありません。また、このようなシステムが稼動していたとしても、その多くはコマンドやキーボードベースの操作が使われていて、操作が煩雑で専門ユーザーしか活用できないなど、必ずしもユーザーフレンドリーなインターフェースとなっていません。
今回のシステムは、理化学研究所で開発された高速分子動力学計算ボード(MDGRAPE-2)と新しく開発されたユーザーインターフェースソフトウェアを組み合わせ、広く一般に利用できる新しい概念の分子モデリングシステムを提供します。 |
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ダイナミック分子モデリングシステム |
MDGRAPE-2の利用により、市販のデスクトップPC単体に非常に高い計算速度をもつ分子動力学計算機能を付与させることができます。これによって、例えば原子数が約5000個の場合、デスクトップPC(Intel, Pentium Xeon 2.8GHz)では、シミュレーション計算が約20倍程度にまで大幅に短縮されます。またさらに多くの原子数(約50000個)の場合、約36倍程度にまで短縮されます。つまり約5千原子数のシミュレーション計算の場合、1日かかっていた計算が1時間程度で,約 5万原子数の場合は、1ヶ月かかっていた計算が1日で終わることを意味します。加えてこのMDGRAPE-2はデスクトップPCに複数個導入可能で、それに応じて計算能力を向上させることが簡単に出来ます。
この強力な計算機能によって、数千原子からなる多分子系シミュレーションにおいても1計算ステップあたりの計算所要時間が大幅に短縮されるため、シミュレーション中に分子の動的挙動をビデオフレームレートに近いスピード(約5000原子数のシミュレーションで15.6fps、1stepあたりの計算所用時間は0.056秒)で見ることが可能です(MDGRAPE-2を使用しなかった場合は0.9fps、1stepあたりの計算所要時間は約1.16秒)。これにユーザーフレンドリーな操作インターフェースや表示画面を加えることで、分子シミュレーション計算中に、特定の分子・原子に一定力を与え分子を移動させることが可能となりました(図1)。当然、分子操作中も常に分子間相互作用が計算されており、周辺分子との間の分子間相互作用が加味された分子配置操作が可能です。例えば、タンパク質に対し、有機低分子を近づけることで、接近に伴うタンパクあるいは有機分子の立体コンフォメーション変化や、相互作用力、ドッキングひずみ、解離挙動などの動的挙動をリアルタイムに視ることが可能となります。
このような分子シミュレーション中での分子操作に加え、このソフトウェアはMDGRAPE-2に対する分子動力学シミュレーションプレポスト機能を持ち、分子動力学計算を単純に実行させることも可能です。
これらのシステムにより、スーパーコンピューターに匹敵する計算能力を安価な市販デスクトップPCに付与し、動いている分子を使っての直感的な分子モデリングが可能となります。
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| 図1 ダイナミック分子モデリングシステムのイメージ図 |
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システム構成 |
| システムはユーザーインターフェース部と分子動力学計算部(以下「計算サーバー」と略)とに分かれます(図2)。ユーザーインターフェース(以下「操作クライアント」と略)はマイクロソフトWindows XP上で稼動します。MDGRAPE-2はRedHat上で動作し、操作クライアントと計算サーバーはイーサネットを経由して通信を行います。従って計算サーバーと操作クライアントを物理的に近くに設置する必要がなく、十分な通信帯域が確保できれば、遠隔地に置くことも可能です。さらに操作クライアント上の設定によって、複数の計算サーバーとも通信でき、容易に拡張できます。計算実行する原子数が極めて少数の場合(数百個程度)、MDGRAPE-2を使用しなくてもMD計算中に分子操作は可能ですが、それ以上の場合は計算サーバーを使用しないと性能が大幅に下がります。
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| 図2 システム構成図 |
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今後の展開 |
| この成果は、日本化学会第84春季年会(兵庫県西宮市)ならびに日本薬学会第124年会(大阪)に出展します。さらに、機能追加を行った上で、共同開発メンバーの(株)インフォグラムならびに販売代理店より、「eMD2(エムディスクエア)」という商品名で5月より販売する予定です。利用者としては、創薬、新素材などの開発技術者、学校教育における教育機器、大学・研究機関における実験化学者などを想定しております。その後もユーザーからのフィードバックを元に機能追加を継続的に行い、よりユーザーに使いやすいシステムとそれに伴う新しいモデリング手法の開発を進めます。「eMD2(エムディスクエア)」に関する情報は、今後専用ホームページ(http://www.emd2.jp, 3月下旬ウェブサイト公開)にて随時公開します。 |
| (問い合わせ先) |
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独立行政法人理化学研究所 フロンティア研究システム |
| 時空間機能材料研究グループ |
| トポケミカルデザイン研究チーム |
| 研究員 藤川 茂紀 |
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| (契約担当) |
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独立行政法人理化学研究所 研究調整部 技術展開室 |
| 前川 治彦 |
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| Tel | : |
048-467-9729 |
| Fax | : |
048-462-4609 |
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| (報道担当) |
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独立行政法人理化学研究所 広報室 |
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