独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、細胞分裂の準備が出来るまで分裂を止めておく仕組みの一端を分子レベルで解明しました。中央研究所抗生物質研究室の渡辺信元・先任研究員、長田裕之主任研究員らの研究グループによる研究成果です。
細胞分裂にはMPF(M-phase promoting factor; 細胞分裂促進因子)と呼ばれるタンパク質をリン酸化する酵素が中心的な役割を担っています。細胞分裂開始の準備が整うまでMPFは、Wee1というリン酸化酵素によって不活性化されています。染色体の複製完了など分裂の準備が整うとMPFの活性化が起こりますが、そのメカニズムは明らかにされていませんでした。
今回、研究チームは、Wee1の不活性化に関与する分子群としてタンパク質分解に関わる一連の因子(SCFb-TrCP; b-TrCPをFボックスタンパク質として含むSCF複合体型ユビキチンリガーゼ)を同定しました。細胞分裂の開始時に活性化し始めたMPFは、他のリン酸化酵素とともにWee1をリン酸化し、Wee1を不要なタンパク質として目印を付けて、分解する経路の引き金となっていました。MPFは自身を抑えるWee1が減少することで、より活性化し、さらにWee1を分解させることが可能になります。このようなフィードバック機構は細胞分裂開始時におけるMPFの急速な活性化を可能にするメカニズムとして古くから想定されていましたが、今回の発見はその存在を分子レベルで証明した世界初の研究成果です。
がん治療には細胞分裂のいろいろなステップを抑える薬剤が、がん細胞の異常な増殖を抑えるために使われています。今回の成果を応用し、Wee1の分解を抑える薬剤を開発できれば、これまで全く無かった新しいタイプの制がん剤の開発へつながるものと期待されます。
本研究成果は、東邦大学理学部、米国ソーク研究所との共同研究によるもので、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS』のウェブサイト(http://www.pnas.org、3月22日付け、日本時間3月23日)に発表され、3月30日号に掲載されます。
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背 景 |
1つの細胞が2つになる時、すなわち細胞分裂の開始時には遺伝情報が記録されている染色体が正しく倍加されているなど、その準備が完全でなければなりません。さもないと2つになった細胞がそれぞれ生きていけないからです。細胞分裂開始時に中心的な役割を持つMPF(分裂促進因子;サイクリンBとCdc2の複合体)は、この準備が整うまで不活性化されています。Wee1というタンパク質リン酸化酵素が、MPFの構成成分であるCdc2をリン酸化することで、この不活性化を行っています(図1)。
細胞分裂の準備が整うと、Cdc25という脱リン酸化酵素によって、Cdc2は脱リン酸化され活性化します。この時、Wee1が不活性化されることがMPFの急速な活性化に必要ですが、その仕組みは明らかでありませんでした。 |
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研究手法と成果 |
研究チームはすでに、細胞分裂期にWee1がタンパク質分解によって不活性化されることを示してきました。その後、我々を含むいくつかのグループはWee1がユビキチン化・プロテアソーム依存分解系※1(図2)という生体内のタンパク質が分解されるのによく利用されるシステムで分解されることを明らかにしてきました。
今回、Wee1が細胞分裂期に分解されるのに先立ちリン酸化されることに注目しました。リン酸化されたタンパク質を目印に結合し、ユビキチン化するSCF複合体型ユビキチンリガーゼ(図3)が生体内の重要な制御に関わっていることが明らかになってきていたからです。実際、出芽酵母(パン酵母)で予備的な実験を行ったところ、酵母内に導入したヒトWee1の分解がSCF複合体型ユビキチンリガーゼの変異酵母株では起こりませんでした。
この結果から、ヒト細胞中でもSCF複合体型ユビキチンリガーゼがWee1の分解に関わっていると考えました。図3に示しましたように、SCF複合体型ユビキチンリガーゼではその構成成分のFボックスタンパク質※2が標的タンパク質を認識し結合します。そこでWee1に結合すると考えられるFボックスタンパク質の候補を遺伝子データベース配列情報から予想し実験を行ったところ、β-TrCPというFボックスタンパク質がWee1に結合すること、β-TrCPを含むSCF複合体型ユビキチンリガーゼがWee1をユビキチン化出来ることを見いだしました。
β-TrCPはタンパク質のリン酸化を認識し結合します。われわれはWee1中のアミノ酸配列の中でβ-TrCPの結合に必要なリン酸化部位の解析を行い、53位と123位のセリンがリン酸化されることが結合に必要で、53位のセリンは細胞分裂開始時に活性化されるPlk1(Polo like kinase 1; ポロ様キナーゼ,ショウジョウバエのPoloという名前のタンパク質リン酸化酵素と類似の配列を持つヒトのリン酸化酵素のひとつ)というリン酸化酵素、123位のセリンはMPFそのものによってリン酸化されることを見いだしました。すなわちWee1はこれらの2つの酵素によってリン酸化されることでβ-TrCPに結合することが可能になり、ユビキチン化され分解されることが明らかになりました(図3)。
また、これらのセリンをリン酸化されないアミノ酸と置き換えたWee1は細胞内で安定になること、β-TrCPを干渉RNA法※3で阻害するとWee1が安定化することなど、細胞中でWee1のリン酸化とβ-TrCP結合がWee1の安定性に関わっていることも確認しました。さらにWee1が安定化すると細胞分裂期の開始も遅れることからこのWee1の分解が細胞分裂開始にとても大事な役割をしていることを証明しました。 |
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まとめと今後の展開 |
細胞分裂開始時にはMPFはCdc25によって脱リン酸化され活性化します。活性化したMPFが逆にCdc25をリン酸化し活性化し安定化するという正のフィードバックループ(図4;陽)はMPFの急速な活性化を引き起こします。Plk1がこのようなループの引き金になるリン酸化を起こすことも示されていました。
今回の成果は、MPFを不活性化するWee1分子上にMPFが「リン酸化による分解シグナル」を形成するという負のフィードバック(図4;陰)が存在することを証明したものです。このようなフィードバックもMPFの急速な活性化に重要でその存在が予想されていましたが、その実体はこれまで不明でした。また正のフィードバックを開始するPlk1は、負のフィードバックも「リン酸化による分解シグナル」を形成することで開始します。Plk1は細胞分裂の準備が出来たことを監視する機能の制御を受けていることが知られており、分裂の準備からMPFの活性化の間で重要な機能を担っています。
がん治療には細胞分裂のいろいろなステップを抑える薬剤が、がん細胞の異常な増殖を抑えるために使われています。特に細胞分裂に中心的役割を持つMPFの活性、MPFを活性化する脱リン酸化酵素Cdc25の活性を阻害する様な薬剤は、有力な抗がん剤として研究開発が進められています。今回の成果を応用し、Wee1の分解を抑える薬剤を開発できれば、やはりがん細胞の増殖を抑えることが予想され、これまで全く無かった新しいタイプの抗がん剤の開発へつながるものと期待されます。 |
| (問い合わせ先) |
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独立行政法人理化学研究所 |
| 中央研究所 抗生物質研究室 |
| 先任研究員 渡辺 信元 |
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| 主任研究員 長田 裕之 |
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| Tel | : |
048-467-9541 |
| Fax | : |
048-462-4669 |
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| (報道担当) |
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独立行政法人理化学研究所 広報室 |
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<補足説明>
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ユビキチン化・プロテアソーム依存分解系 |
| ユビキチンとは76アミノ酸からなるタンパク質で、E1, E2, E3という3種の酵素による一連の反応でユビキチンのC末端のグリシンが標的タンパク質のリジンに共有結合する。ユビキチンはユビキチン内のリジンにも共有結合するのでユビキチンの連なったポリユビキチン鎖が標的タンパク質に結合することになる。ポリユビキチンは不要になったタンパク質に付けられた目印となり、ポリユビキチン化されたタンパク質はプロテアソームという細胞内の巨大なタンパク質分解酵素複合体に運ばれて分解される。この経路でE3は標的タンパク質を認識しユビキチン化する最終決定を行う。すなわちタンパク質の運命を決定するという重要な役割をする。 |
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| ※2 |
Fボックスタンパク質 |
| Fボックスという共通の機能ドメインを持つタンパク質群の総称。SCF複合体型ユビキチンリガーゼ中で標的タンパク質を認識する役割を持つ構成成分である.Fボックス領域とはSCF複合体中でSKP1との結合に必要な領域で、サイクリンFに相同性があることからこのように名付けられた。ヒトでは約60種類のFボックスタンパク質が知られユビキチン化する標的タンパク質の多様性に対応していると考えられるが,未だ標的が明らかになっていないFボックスタンパク質がほとんどである。 |
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| ※3 |
干渉RNA法 |
| 特定の遺伝子配列の一部(21塩基程度)の2本鎖RNA(small-interfering RNA (siRNA) )を細胞に導入することで、その遺伝子mRNAからのタンパク質合成を阻害する方法。数年前に開発された方法で、細胞内の特定のタンパク質を特異的に減少させることができるので、特定のタンパク質の機能を調べるのに広く使われている。 |
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| 図1)細胞分裂に重要な役割を持つMPF(サイクリンB, Cdc2複合体)の細胞分裂開始時における活性調節機構 |
| MPFは細胞分裂開始の準備ができるまでリン酸化によって不活性化されている。Wee1はこのリン酸化を行うリン酸化酵素である。細胞分裂開始時には、Wee1が不活性化されることがMPFの急速な活性化にとって必要である。今回、その経路に関与するタンパク質分解経路に関連した因子群とその作用メカニズムを明らかにした。 |
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| 図2)タンパク質のユビキチン化・プロテアソーム依存分解経路 |
| ユビキチンとは76アミノ酸からなるタンパク質で、E1, E2, E3という3種の酵素による一連の反応でユビキチンのC末端のグリシンが標的タンパク質のリジンに共有結合する。ユビキチンはユビキチン内のリジンにも共有結合するのでユビキチンの連なったポリユビキチン鎖が標的タンパク質に結合することになる。ポリユビキチンは不要になったタンパク質に付けられた目印となり、ポリユビキチン化されたタンパク質はプロテアソームという細胞内の巨大なタンパク質分解酵素複合体に運ばれて分解される。この経路でE3は標的タンパク質を認識しユビキチン化する最終決定を行う。すなわちタンパク質の運命を決定するという重要な役割をする。 |
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図3)Wee1は,MPFとPlk1という細胞分裂期に活性化するリン酸化酵素でリン酸化されると,β-TrCPというF-ボックスタンパク質を含むSCF複合体型E3ユビキチンリガーゼによってユビキチン化される。
Wee1を認識するF-ボックスタンパク質としてβ-TrCPを見いだした。さらにβ-TrCPとの結合に必要なWee1中のリン酸化部位を決定した。このリン酸化は細胞分裂開始時に活性化するMPFとPlk1というリン酸化酵素によって行われることも明らかになった。 |
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| 図4)細胞分裂開始時におけるMPFの急速な活性化を可能にする2つのフィードバックループとそれを開始させるリン酸化酵素Plk1 |
| 細胞分裂開始時にはMPFはCdc25によって脱リン酸化され活性化する。活性化したMPFが逆にCdc25をリン酸化し活性化し安定化するという正のフィードバックループ(陽)はMPFの急速な活性化を引き起こす。今回,MPFを不活性化するWee1分子上にMPFが「リン酸化による分解シグナル」を形成するという負のフィードバック(陰)が存在することを証明した。正のフィードバックを開始することが知られていたPlk1は、負のフィードバックも「リン酸化による分解シグナル」を形成することで開始する。Plk1は細胞が分裂の準備が出来たことを監視する機能の制御を受けていることが知られており、分裂の準備からMPFの活性化の間で重要な機能を担う。 |
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