プレスリリース

独立行政法人理化学研究所
国立療養所静岡神経医療センター
慶應義塾大学

重篤な知能障害を伴う難治てんかんの新規原因遺伝子変異の発見

平成16年3月17日

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、国立療養所静岡神経医療センター(藤原建樹院長)、慶応義塾大学(安西祐一郎塾長)は知能障害を伴う難治性てんかんでの新規原因遺伝子変異、および新規な発症メカニズムを示唆する原因変異蛋白の異常機能を発見しました。 脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)神経遺伝研究チームの山川和弘チームリーダー・神谷和作研究員、国立療養所静岡神経医療センターの藤原建樹院長・井上有史副院長、慶應義塾大学医学部生理学教室の金田誠助教授との共同研究による成果です。
 神経遺伝研究チームは平成13年に、比較的軽症でてんかん発作のみを主に示す特発性てんかんの一種(熱性痙攣プラス)の発症につながるナトリウムチャネル
*1αサブユニット2型遺伝子(SCN2A)のミスセンス変異*2を世界で初めて報告していますが、今回、共同研究グループは知能障害を伴う難治で重篤なてんかんにおいてSCN2Aのナンセンス変異*3を発見し、更にこの変異によって分断された蛋白が、残された正常チャネル蛋白の機能に影響を及ぼす可能性があることを発見しました。重篤度が大きく異なるてんかんにおいて同一遺伝子の異なる型の変異がそれぞれ見出されることはSCN1A遺伝子で知られていましたが、脳内分布も神経細胞内分布も異なるチャネルをコードするSCN2Aでも確認されたこと、更に分断蛋白が正常チャネル蛋白の機能を変化させ発症につながる可能性が示されたことは、てんかんの発症メカニズムの理解、治療法の開発に大きく寄与するものです。
 本研究成果は、北米神経科学会誌(米国)『Journal of Neuroscience』(ジャーナルオブニューロサイエンス)(3月17日号)に掲載されます。


1.

背 景

 てんかんは反復するてんかん発作(強直間代発作、欠神発作など)を特徴とし、全人口の1%以上が発症する頻度の高い神経疾患です。てんかんには多数の種類があり、遺伝的背景を持つものも少なくなく、原因となる遺伝子も百を上回ると予想されています。てんかんは、てんかん発作のみを示す比較的軽症の特発性てんかんと、運動障害・知能障害などを伴い、より重症のてんかんに大きく分類されますが、現在までに同定された特発性てんかんの原因遺伝子は、そのほとんどがイオンチャネルをコードすることが知られています。特に神経細胞の興奮を担う主要な分子である電位 依存性ナトリウムチャネルでは、ナトリウムチャネルαサブユニット1型蛋白(Nav1.1)をコードするSCN1A遺伝子と、β1サブユニットをコードする遺伝子(SCN1B)のそれぞれで、特発性てんかんの一種(熱性痙攣プラス)における疾患変異が報告されています。更に最近では、難治で重い精神発達障害を特徴とする乳児重症ミオクロニーてんかんでもSCN1A変異が同定され、また我々も小児難治大発作てんかんと名付けられたミオクロニー発作を示さない乳児重症ミオクロニーてんかん亜型でもSCN1A変異を確認しています。
 また、以前我々はαサブユニット2型蛋白(Nav1.2)をコードするSCN2A遺伝子でも熱性痙攣プラス患者におけるアミノ酸変化型疾患変異を報告しました(平成13年5月22日新聞報道)。その後SCN2Aのアミノ酸変化型変異はごく軽症の良性家族性新生児けいれん(BFNC)でも報告されています。Nav1.1チャネル蛋白は主に神経細胞の細胞体に局在するのに対しNav1.2チャネル蛋白は主に軸索に局在し(図1)、また脳内分布も異なることが知られていますが、難治てんかんでこのSCN2Aの変異が見い出されるかを明らかにすることは、これらのてんかんを診断する上でも発症メカニズムを理解し治療法の開発につなげる上でも非常に重要です。


2.

研究手法と成果

 関連機関倫理委員会*4の承認に基づきインフォームドコンセントを得て集められた乳児重症ミオクロニーてんかん、 小児難治大発作てんかん、またはそれらの類似重症てんかん症例60例の血液DNAについてSCN1A、SCN1B、GABRG2*5各遺伝子のDNA塩基配列解読による変異解析を行い、変異を示さなかった20例に関して更にSCN2A遺伝子の解析を行いました。そのうちの1例でSCN2Aの c.304C>T (R102X)変異(cDNAにおいて304番目の塩基がC(シトシン)からT(チミン)に変化し、結果 チャネル蛋白の102番目のアミノ酸であるR(アルギニン)のコドンをX(ストップコドン)へ変化させる変異)を同定しました(図2)。この変異によりNH2アミノ末端(蛋白の先端)からごくわずかの部位 で蛋白合成が止まります(図3)。この変異は患者においてヘテロ変異(父母からの2遺伝子のうち1遺伝子のみの変異)として同定されましたが、父母には見つからず、患者で新しく生じた変異であることも分かりました。
 この患者さんの症状は、重篤な知能障害を伴う難治てんかんという点で乳児重症ミオクロニーてんかんに似てはいますが、

1)

乳児重症ミオクロニーてんかんが主として全般てんかん*6を示すのに対し、部分てんかんを示す(図4)

2)

乳児重症ミオクロニーてんかんが生後2 〜 6ヶ月で発症するのに対し、1年7ヶ月で発症している

3)

乳児重症ミオクロニーてんかんが熱感受性を示す (入浴などで発作が起こる)のに対し、熱感受性を示さない、

等の点で異なります。
 さらに我々は、この変異がもたらす効果を調べるために、野生型および変異型ヒトSCN2A-cDNAをヒト培養細胞にて発現させ、ホールセルパッチクランプ法*7により電気生理学的なチャネルの性質の機能的変化を検討しました。変異型チャネル単独では予想される通 り電流を通しませんでしたが(図5A)、驚いたことに野生型と変異型を同時に発現させると、野生型の電流の流れる様式に特有の変化がみられ(図5B)、変異型分断蛋白が野生型チャネル蛋白の機能に影響を及ぼしていることが確認されました。このことにより、単純に正常チャネル蛋白量 が半分になることがこの患者に見られる症状を引き起こしているのではなく、分断された蛋白質が残された正常チャネルに影響を及ぼすといった異なる発症のメカニズムが存在することが示唆されました。


3.

今後の期待

重篤な知能障害を伴う難治てんかんにおいてSCN2A遺伝子変異が見いだされ、更に分断蛋白が正常チャネル蛋白の機能を変化させ発症に繋がる可能性が示されたことは、今後てんかんの診断、発症メカニズムの理解に大きく寄与し、更には現在では治すことが困難な重篤で悲惨なこれら難治てんかんの新しい治療法の開発に道を開くものと期待されます。


(問い合わせ先)


独立行政法人理化学研究所

 脳科学総合研究センター 神経遺伝研究チーム

  チームリーダー          山川 和弘

 

 脳科学研究推進部          佐藤 彩子

 

 

Tel

:

048-467-9596

Fax

:

048-462-4914

(報道担当)


独立行政法人理化学研究所 広報室    田中 朗彦


Tel

:

048-467-9271

Fax

:

048-462-4715

Mail

:

koho@riken.jp


<補足説明>

※1

ナトリウムチャネル

神経細胞膜上には、ナトリウムチャネル、カリウムチャネル、カルシウムチャネルなど様々なイオンチャネルが存在し、神経細胞の興奮、抑制などを司っている。特にナトリウムチャネルは神経細胞の興奮に主要な働きをする。ナトリウムチャネルはポア(イオンが通 る穴)を形成する主要サブユニットであるαサブユニットとその開閉などを制御するβサブユニットからなっており、αサブユニットは1〜6,8〜11型までが同定され、例えば1型は脳・脊髄に、5型は心筋にというように、それぞれ発現部位 が異なる。βサブユニットは1,2,3,4型が知られている。

※2

ミスセンス変異

突然変異のうち、コードする蛋白にアミノ酸の置換をもたらすもの。

※3

ナンセンス変異

突然変異のうち、アミノ酸に対応するコドンをストップコドンに変化させるもの。蛋白はそこで分断される。

※4

関連機関倫理委員会

独立行政法人理化学研究所、国立療養所静岡神経医療センター 各倫理委員会。

※5

GABRG2

γアミノ酪酸(GABA)-A受容体γサブユニット2型遺伝子。この遺伝子でも熱性けいれんプラス、乳児重症ミオクロニーてんかん症例で疾患変異が同定されている。

※6

全般てんかん

脳の一部が興奮しててんかん発作を起こすものを部分てんかんと呼ぶのに対し、両側半球が同時に興奮して発作が起こるものを全般 てんかんと呼ぶ。

※7

ホールセルパッチクランプ法

パッチクランプ法とは、細胞に先端口径1mm程度のガラス電極を押しつけてギガシールと呼ばれる状態を作り、膜表面 上に存在するチャネルを通るイオン電流を精度良く測定する方法である。またイオン電流の流れ方を調べることでチャネルの性質を詳しく知ることができる。ホールセルパッチクランプ法では、細胞全体を流れるイオン電流を測定することができる(下図参照)。

 


図1.神経細胞におけるNav1.1、Nav1.2ナトリウムチャネルの分布


図2.重篤な知能障害を伴う難治てんかんで見いだされたSCN2A-R102X(分断型)変異


図3 SCN2A遺伝子にコードされるNav1.2チャネルの構造とR102X変異


図4 SCN2A-R102X変異を持つ患者の部分てんかん発作時脳波(Fp: 前頭極部、F: 前頭部、C: 中心部、P: 頭頂部、O: 後頭部、T: 側頭部、奇数:左側、偶数:右側、z:中心線、av: 全誘導の平均電位)。C3、P3などの奇数(左側)部位に高振幅波が見られる。


図5 ホールセルパッチクランプ法による電気生理学的チャネル機能変化の検討
A:変異型単独では電流は流さない。
B:野生型(正常)チャネルと分断された蛋白を共発現させると正常チャネルに大きな機能変化が見られる。

A

 

B

 

 

 

[Go top]